作品タイトル不明
クラーケン討伐
ディアナ達が出航しようとしていると、フレッドが知らせに来たのは夜明け前というよりも深夜でした。
ランズヘルトの東の端ジョベートと、西の端ヴォルザードでは太陽が昇る時間が異なります。
ヴォルザードでは真っ暗闇でしたが、ジョベートでは東の水平線が明るくなりつつありました。
「総勢何人なの?」
『ディアナを入れても十七人……』
「それでクラーケンを倒せると、本気で思ってるのかな?」
『思ってはいる……たぶん身の程知らずだけど……』
クラーケンは数年に一度のペースで姿を現すという話ですから、ここに参加している者達もその時期は体験しているはずです。
それでも、クラーケンが出没するのは海の上ですから、実際に目にした者は居ないのでしょう。
ディアナ達が沖に出ようとしている船には、舳先と両舷、船尾に合計四張の弩弓が据え付けてあります。
たぶん、これでロープの先に樽をつけた銛を撃ち込むのでしょう。
「これって、もしかして鯨を捕る船なのかな?」
『そう捕鯨船……でも休漁中……』
クラーケンが出没しているのと、今は鯨が回遊する時期ではないそうで、捕鯨船は港に係留されていたそうです。
船は帆船ですが、今は櫂を使って進んでいます。
漕ぎ方が手馴れているように見えるのは、やはり漁師町に育った者達だからでしょう。
ディアナは船の舳先に立って、ジッとまだ暗い海を睨んでいます。
一応、出航する船を止めるために、湾の入口には警備の者が詰めているそうですが、そもそも船を出そうとする者など居ないので、警備は形ばかりのようです。
湾の中程まで進んだ船は、スルスルと帆を上げ、山から吹き降ろす風を捉えると一気に船足を上げました。
参加している面子は船の扱いに慣れているようで、中心になって指示を出しているのは赤っぽい髪の体格の良い男です。
『あいつがディアナの右腕……セイドルフ……』
「冒険者なの?」
『Bランク……』
「他に高ランクの冒険者は?」
『Cランクが三人……他はDランク以下……』
確かにメンバーの顔ぶれを見ると、セイドルフが一番年上で、他は僕と同じか一つか二つ上ぐらいのようです。
ギルドのランクが全てではありませんが、些か経験不足に感じます。
「ジョベートの周辺って、魔物が出るのかな?」
『山や湿地も近い……魔物は出るけど、ヴォルザードほどではない……』
「街によって同じランクでも、強さが異なるとかはあるのかな?」
『基本的には無い……でも厳密に同じでもない……』
冒険者のランクは依頼の達成数に加えて、魔物を討伐して素材をギルドに納めた経歴も加味されるので、一応ランクによる強さは一定だとされています。
ただし、地域によっては生息する魔物も異なりますし、討伐の条件も違ってきますので、厳密に同じという訳ではないようです。
船が湾の入口を通り掛かると、警備所に詰めていた者が慌てて出て来て、鐘を鳴らしながら大声で戻るように警告して来ました。
勿論、ディアナ達が警告に従うはずもなく、船は滑るように外海へと出て行きます。
船の帆は風をはらんでいるものの、強風という感じではなく、海も大きく波立ってはいません。
徐々に明るくなり始めた空にも雲はなく、どうやら穏やかな天候の一日になりそうです。
船の影に潜んでいると、影の空間は揺れないので、外の景色が揺れる感じです。
揺れる船の映像を延々見ている感じなので、海が荒れていたら酔っていたかもしれません。
船が外海に出ると、セイドルフはディアナの隣に立ち、他の者達は各々の持ち場で海を見張り始めました。
船乗りとしての動きはキビキビとしていて、なかなかのものだと感じますが、さて冒険者としての戦闘能力はどうなのでしょうかね。
港を離れてから三十分程が経過しても、クラーケンが襲ってくる気配はありません。
もしかして、何もしないうちに依頼が終わってしまったのでしょうかね。
そう言えば、最後にクラーケンが確認されてから、どの程度経っているのか聞くのを忘れました。
「十時の方向に鳥山!」
「取舵! 全員戦闘準備!」
セイドルフが声を張り上げると、船上にピリっと緊張が走りました。
海鳥が群れるところには小魚の群れがいて、それを狙う大きな存在もいるという事なのでしょう。
「ディアナさん、キャビンへ……」
「構うな。それとも私一人も守れぬのか?」
ディアナの挑発するような笑みに、セイドルフは腰の剣を叩いてみせました。
「いいえ、イカの化けものなど、俺が斬り刻んでやりますよ」
「それで良い! 皆の者、気を引き締めて掛かれ!」
「おぅ!」
どうやらセイドルフはディアナに惚れているようですし、そのディアナはカミラタイプの人物のようです。
さて、クラーケンは出て来るのでしょうかね。
「帆を下ろせ、櫂を入れろ!」
鳥山に接近したところで帆が降ろされて、船は惰性でゆっくりと進み始めました。
右舷には水平線が広がり、左舷には遠くに雪を抱いた山の峰が見えます。
海面は小さなうねりはあるものの、船が作る航跡波以外には凪いでいます。
「下だ! 来るぞ!」
右舷で海を覗き込んでいた一人が叫んだ直後、丸太のような足が海面から突き出され、あっと言う間に船に絡み付きました。
「叩き斬れ!」
「うらぁ、食らえ!」
船上で待ち構えていた者達は、一斉に得物を抜いて斬りかかりました。
剣、ナイフ、中には戦斧を振るっている者もいますが、クラーケンの足には傷一つ付かず、弾力で跳ね返されています。
「くそっ、刃が通らねぇ。どうなってやがる!」
「駄目だ、毒矢が刺さらない」
「攻撃魔術も駄目だ。全然効かないぞ!」
どうやらクラーケンは属性魔術を纏っているようで、グリフォンの時と同様に、生半可な攻撃は通用しないようです。
しかも本体は船の下にいて、船上からは見ることさえ出来ません。
『ケント様、救助の準備をして下され。あの足に巻き付かれたら、締め殺されかねません』
「分かった。フレッド、魚市場のスペースにゴーレムを設置しておいて」
『了解……任せて……』
身体を影の空間に残して、星属性の魔術で意識を飛ばします。
クラーケンは、八本の足でガッチリと船を固定して、二本の触腕を振り回しています。
身体が海の中に沈んだままなので、おそらく当てずっぽうなのでしょうが、やがて一人が捕らえられてしまいました。
「うぎゃぁぁぁ、助けてぇ!」
「送還!」
触腕の吸盤がへばり付き、グルっと巻き取られたところで送還術を発動させました。
クラーケンの触碗が途中でスッパリと切断され、冒険者ごと姿を消しました。
「消えた! どうなってやがる」
「油断するな、来るぞ」
「やべぇ、船が壊れそうだ!」
触腕を一本切断されて怒ったのか、クラーケンの皮膚の色が蠢くように変わり、船体を捕らえている腕に力が加えられました。
ミシミシと船体が軋み、船べりにヒビが入っていきます。
もう一本の残された触腕が振り回され、また冒険者が捕らえられました。
「くっそぉ、放せぇ!」
「送還!」
この冒険者も触腕ごとジョベートの湾に送り返しました。
「また消えた。どこに行っちまったんだよ」
「おい、上がって来るぞ、銛を用意しろ!」
「舳先と船尾も急げ!」
触腕を二本とも切り飛ばされたクラーケンは、船の真下から右舷側へと移動し始めました。
残った腕を使って、獲物を捕らえるつもりなのでしょう。
「うわぁ、傾く……沈むぞ!」
クラーケンの胴体は、船と同じぐらいの大きさがあります。
この巨体に横から抱きつかれれば、船が傾くのは当然で、船べりを超えて海水が流れ込み始めました。
セイドルフが意地で撃った銛も、刺さる事無く弾かれました。
このままでは船が沈みかねません。
「しかたない、調理を開始しますかね。本日のメニューはイカリングにしましょう。送還!」
クラーケンの足の付け根を輪切りにするように、送還術を発動。
こちらは、魚市場の鯨用のスペースへ送ります。
鯨を水揚げ解体するスペースなので、海水ごと送っても大丈夫でしょう。
「送還、送還……おっと、魔石はこっち」
クラーケンを輪切りにするように送還術を連続して使い、零れ落ちた大きな魔石は影の空間に確保します。
更に送還を続け、最後に三角の耳の部分を送還し終えると、海からクラーケンは姿を消しました。
「どうなってる……」
「助かったのか?」
「帰ろう、早く! 他のクラーケンが来る前に帰ろう!」
「助けて、引き上げてくれ!」
「おい、ロープだロープ!」
船上に残った者達は、大慌てで帰港の準備や、海に投げ出された者の救助を始めました。
ディアナは舳先近くの支柱にしがみ付いたまま、ブルブルと震えています。
セイドルフも弩弓の発射レバーを持ったまま呆然としていました。
船は帆を上げてクラーケンのいた海域を離れ、ジグザグに進路を取りながら陸地を目指しています。
「陸だ、とにかく陸の近くまで戻るぞ。おい、クラーケンの足を剥がせ」
「くっそ、吸盤が張り付いて……うらぁ!」
「おい、取っておいた方が金になるんじゃないのか?」
「バカ、それで他のクラーケンに狙われたらどうすんだよ!」
セイドルフが放心状態にも拘わらず、生き残りたい一心なのか、船上に残った者は思い思いに自分に出来る事を探して動き回っています。
「ラインハルト、こっちを見張っていて、僕はバディさんに途中経過を報告してくるから。ザーエ、湾の中に送った二人を見ておいて」
『了解しましたぞ、こちらはお任せください』
「お任せ下さい、王よ」
影の空間経由で、ジョベートの丘の上に立つ領主の別邸へと移動しました。
門の前に闇の盾を出して表に出ると、海賊風の門番さんがギョッとしていました。
「すみません。バジャルディさんにお会いしたいのですが……」
「ケント・コクブ……す、少し待ってくれ」
急ぎ足で門番は姿を消し、その直後、慌しい足音と共にバディさんが姿を見せました。
「あぁ、ケントさん、大変なんです。姪っ子のディアナが船を出したようなのです」
「知ってます。今、こちらに向かって戻って来るところですよ」
「えっ、御存知だったのですか?」
「はい、さっきまで見てましたから……」
「えぇぇぇ! 何ですって、どうして止めて下さらないのですか!」
「僕が口で言った程度で、止まるような人じゃないですよね」
「それは……確かに仰る通りですが、それでディアナは」
「クラーケンに襲われて、こちらに向かっている最中ですよ。あぁ、湾の中央あたりに二人ほど送りましたけど、ここの人たちですから泳げますよね?」
「クラーケンに襲われたですって!」
「はい、クラーケンは輪切りにして、魚市場の鯨用のスペースに送りました。まぁ、嘘だと思うなら見に行ってみて下さい」
「クラーケンを輪切り? い、一緒に来て下さい。おい、留守を頼むぞ」
港へと続く坂道を転がるように駆けていくバディさんを追い掛けて走りました。
「バディさん、そんなに走らなくても、クラーケンは逃げませんよ」
「あぁ、すみません。つい気持ちが急いてしまって……でも、どうやってクラーケンを輪切りにしたのですか?」
「送還術の応用です」
僕の使う召喚、送還術が、空間を切り取るようにして発動することを伝え、クラーケンを少しずつ送還して輪切りにした様子を伝えました。
「そんな方法があるとは……では、クラーケンは死んでいるのですね?」
「はい、魔石も取り出してしまいましたから、完全に死んでます」
魚市場に付くと、物音で気付いた人達が、遠巻きにクラーケンの死骸を見ていました。
うん、我ながら見事なイカリングですけど、中身がデロデロ出ちゃって、ちょっと凄いことになってます。
「おぉ、バジャルディさんだ」
「バディさん、大変です、突然あれが現れて……」
「分かっている。クラーケンの死骸だ。検分するから手を貸してくれ」
「へい! おい、みんな手を貸せ」
足の付け根の頭の部分から、三角のミミの部分まで、順番に並べ直すと、輪切りにしたクラーケンの標本が出来上がりました。
「こんなにデカいのかよ……」
「バディさん、こいつは一体誰がやったんです?」
「あそこにいるケント・コクブ。ヴォルザードのSランク冒険者だ」
「Sランク……嘘だろう?」
まぁ、僕がSランクに見えないのは、いつもの事ですけどね。
集まっていた人たちの好奇な視線に晒されていると、外から駆け込んで来た人が叫びました。
「おーい、船が戻ってきたぞ!」
「乗って行った連中は無事なのか?」
「分からんが、船はダメージを受けているようだ」
船は、この近くから持ち出されたもののようで、舳先をこちらに向けて進んで来ますが、遠めに見ても左に傾いでいるようです。
岸壁にはずぶ濡れの男が二人、船に向かって手を振っています。
先に送還した二人のようで、どうやら無事だったようですね。
「バディさん、すみませんが次の仕事が入っているので失礼しますね。ヴォルザードの仕事を片付けたら戻って来ますので……」
「そうですか。我々からすると、ここからヴォルザードまで行くだけで大仕事なんですが……」
「あっ、そうだ。新鮮な貝とかあったら分けていただきたいんですが……ヴォルザードは海の幸が手に入らないので」
「分かりました。岩場で取れる貝とか海老などの漁はやっていますので、良いものを選んでおきましょう」
「ありがとうございます。では、後ほど……」
闇の盾を出して、影の空間へと潜ると、魚市場に集まっていた人からはどよめきが起こりました。
ヴォルザードで帰還作業が待っているのも事実なんですが、それよりもディアナ達と顔を合わせると面倒そうなので、ここは失礼しましょう。
クラーケンの討伐で、連続して送還術を使いましたが、距離が短いためか余り消耗していませんでした。
それでも日本への送還は魔力を大量に消費するので、念のために魔力の回復を助ける薬を飲んでおきます。
「加藤先生、予定通りに今日の帰還作業をやりましょう」
「おぉ、そっちは大丈夫なのか?」
「はい、クラーケンをちゃちゃっと片付けてきましたから」
「クラーケンというと、イカの魔物か……スルメに加工出来ないのか?」
「先生、駄目ですよ。魔物の肉とかは口にすると、藤井みたいに魔落ちしちゃいますよ」
「おぉ、そうか、それはマズいな。藤井の一件もようやく下火になったところだからな」
藤井が連続殺人事件を起こしてから、一ヶ月程度が経過して、ようやく帰還した同級生への風当たりも和らいできたところです。
事件から一ヶ月を契機に、また批判が強まる恐れもありますが、世の中は新しい話題、新しい事件で上書きされていく感じです。
「とにかく、我々は新しい問題を起こさず、粛々と帰還を進めていかねばならん」
「そうですね。まぁ、ヴォルザードに残っていてもネットが繋がるから、いつ炎上騒動を起こすか分かりませんけど、帰還希望者が全員戻れるまでは騒ぎは勘弁ですね」
いつも帰還作業を行っている訓練場の隅には、本日帰還する十人と加藤先生、唯香とマノン、それと見送りの人は居ませんか。
それでは、何事もなく粛々と帰還作業を終えてしまいましょう……と思っていたら、ラインハルトに声を掛けられました。
『ケント様、あちらの物陰からユースケが覗いておりますぞ』
『はぁ……危ないところだった。ありがとう、ラインハルト』
ラインハルトが知らせてくれた場所は、帰還作業を行う時には、僕の位置からはケージが邪魔になって死角になる場所です。
帰還作業を行う時に、ケージに乗り込んだ連中がカウントダウンをする場合があります。
もしかすると、今日帰る連中にカウントダウンをするように言っておいて、送還直前にケージの下にでも飛び込むつもりかもしれません。
さてさて、どうしたもんですかねぇ……
とりあえず、ケージを影の空間から取り出して、帰還する同級生には椅子に座ってベルトを締めてもらいます。
その間に、八木を追い払ってきますかね。
「先生、ちょっとお邪魔虫を追い払ってきますね」
「お邪魔虫? 八木か?」
「ええ、まぁ……」
「あそこか……俺が行って来るから、お前は帰還作業を続けてくれ」
「いや、中川先生の時のようになるとマズいので、やっぱり確保します。フレッド、ちょっと縛り上げてくれるかな?」
『了解……お安い御用……』
影の空間からフレッドの念話が伝わってきたと思った直後、八木の悲鳴が上がりました。
「ちょっ! うわっ、くそっ、国分かぁ! 手前、解け、くそぉぉぉ!」
『確保完了……』
「じゃあ、日本に送還するからね」
準備完了を告げると、ケージに乗り込んだ同級生たちがカウントダウンを始めました。
「10、9、8……2、1」
「送還!」
帰還作業を終えて練馬駐屯地から戻って来ると、縄を解かれた八木は仏頂面で地面に座り込み、それを加藤先生が見下ろしていました。
「ふん、人の気も知らないで、ほいほい日本に戻れる奴は気楽でいいな……」
「人の気も知らないで……って、八木はマリーデさんの気持ちをちゃんと受け止めてるの?」
「マリーデの気持ちって言ったって、あんなの事故じゃんか」
「事故だから、俺の責任じゃないからとか言って逃げてるんじゃ本物のクズだよ。八木は、マリーデさんを利用したんだよね。何の責任も取らずに逃げるのは、違うんじゃない?」
「だってよぉ……」
「八木の両親は何て?」
「責任取るまで帰って来るなって……」
「そんじゃあ、責任果たすしかないね。言っておくけど、僕も八木が考えているほど楽してないからね。これからランズヘルトの東の端まで行ってこなきゃいけないし、もしかすると、またトラブルが待っているかもしれないし」
返事も返さず俯いて地面を見詰めている八木を置いて、唯香とマノンとハグしてから影に潜ってジョベートへと移動しました。