軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グリャーエフで昼食を

バルシャニアの帝都グリャーエフにある宮殿では、皇帝コンスタン・リフォロスと、第一皇子グレゴリエが、騎士から報告を受けていました。

不機嫌そうなコンスタンの表情からして、あまり良い知らせではないのでしょう。

「ヌオランネの連中は、中洲の占拠に留まらず、ムンギアの領地に対しても攻撃を仕掛けておるのだな?」

「はっ、実際に侵攻しようと画策しているのかは分かりませんが、度々攻撃を仕掛けて来ている状況であります」

「それでは、まだ川を渡って陣地を確保するまでには至っていないのだな?」

「はっ、ムンギアの者共も篝火を焚いて川面を照らし、警戒を強めておりますので、川のこちら側に陣地を築くには至っておりません」

「分かった、引き続き監視を行い、ヌオランネが本格的な侵攻を仕掛けて来たら、すぐ知らせよ」

「はっ、畏まりました」

報告を終えた騎士が退室していくと、コンスタンはほとほと嫌気がさしたと言わんばかりの大きな溜息を洩らしました。

話の内容を聞く限りでは、バルシャニアとフェルシアーヌの国境に位置する部族の間で、また小競り合いが起こっているようです。

幸い、次なる来客は無さそうなので、お邪魔いたしましょうかね。

「ご無沙汰しております、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「むっ、ケント・コクブか。丁度良い、出て来て少し話を聞かせてくれ」

「失礼します」

二人から良く見える位置に闇の盾を出して部屋に入ると、応接用の椅子に座るよう促されました。

予想外の歓迎ぶりに、ちょっと面喰ってしまいます。

「よく来たな、ケント・コクブ。まずは、そなたの用件から聞こうか」

「はい、実は今朝のことですが、セラフィマが滞在しているチョウスクで、一度に六人が魔落ちする騒動が起こりました」

「何だと! セラは、セラは無事なのだろうな!」

「はい、魔落ちした者共は、程なくして討伐されたそうで、セラフィマは無事ですが、市民に犠牲が出たようです」

「そうか、それにしても、六人も一度に魔落ちとは……」

国境の騒動に加えて、更なる厄介事が持ち込まれ、コンスタンはグレゴリエと目線を交わして表情を曇らせました。

「それで、騒動を起こしたと思われる者は捕らえたのか」

「魔落ちした六人は、奴隷商人と奴隷だったそうで、商談を持ち掛けていた旅姿の二人組の行方を追っているそうです」

「そうか、そいつらを捕らえられれば、何かしらの手掛かりが掴めるかもしれんな」

「それなんですが、ちょっと見ていただきたい品物を預かってきました」

セラフィマから託されたトレイを影収納から取り出すと、やはりコンスタンもグレゴリエも、注射器という考えには辿り着きませんでした。

実物を見せながら、注射器に関する説明をすると、二人とも目を見開いて驚いていました。

「何という恐ろしい事を考える奴らだ……」

「父上、これはボロフスカの連中が絡んでいる可能性が高いです」

「ケント・コクブよ。そなたの国では、こうした物が使われておるのだな?」

「はい、もっと衛生的なもので、医療用として広まっているのですが、麻薬の乱用に使われる場合もあります」

日本での注射器の実情と、覚せい剤などの乱用に使われる状況などを説明すると、コンスタンは悪夢を振り払うかのように頭を振りました。

「おそらく、これが魔落ちさせるために使われたのは間違いないであろう。それにしても血脈に直接注ぎ込むとは、人を人とも思わぬ所業だな」

「父上、ですがこれで手掛かりが見つかりました。怪しい者の持ち物を検め、これと同じような物を所持していれば……」

「うむ、グレゴリエ、すぐ手配を整えろ」

「はっ!」

探索にあたっている部隊に指示を伝えるために、グレゴリエは飛び出していきました。

「礼を言うぞ、ケント・コクブ。我々だけでは、あの品物だけでは皆目見当も付かなかっただろう」

「いえ、騒動の解決に繋がるならば、それが何よりです」

一連の魔落ち騒動を解決する糸口が見つかったことで、コンスタンは少しだけ頬を緩めましたが、すぐに表情を引き締めました。

「おそらくだが、魔石の効能を凝縮した薬剤を作り出し、それを血脈に注ぎ込んだのだろう。凝縮したまま飲ませても、取り込まれる量には限りがあるが、血脈に直接注ぎ込めば何倍もの効果を発揮して、一晩で魔落ちさせる事が可能となったのであろう」

「やっぱり、ボロフスカ族が裏で糸を引いているのでしょうか?」

「今の時点では確実にそうだとは言えぬが、医薬に関して最も知識が豊富なのはボロフスカだ。無論、他人を魔落ちさせる薬なんて禁忌も禁忌だが、研究に取り憑かれた者は、往々にして道を踏み外す場合がある」

「それでは、一部の者の暴走という可能性もあるんですね?」

「むしろ、そうあってもらいたい。ボロフスカ全体を敵に回すような事は避けたいからな」

敵対する部族が増えれば、いざと言う時には、戦力を分散させられる恐れがあります。

そうならないために、魔王ケント・コクブの名前を使っているはずですが、上手くいっていないのでしょうかね。

「ところで、僕に何か質問があるようでしたが……」

「そうだ、あまりに突拍子もない話を聞かされたので、危うく忘れるところであった。そなたに聞きたいのは、爆剤についてだ」

「爆剤って……まさか、ヌオランネの連中が使い始めたんですか?」

「そうだ、爆剤の樽を抱えさせたアンデッドを、夜蔭に乗じて突っ込ませて来る……」

「キリア民国が使っていた戦法ですね?」

コンスタンは、苦い表情で頷いてみせました。

バルシャニアの部族ムンギアとフェルシアーヌの部族ヌオランネは、川の中洲の領有権を巡って対立しています。

今回の騒動では、ヌオランネの連中が中洲を占拠し、更に川を越えてムンギアに攻撃を仕掛けて来ているそうです。

その攻撃方法が、キリア民国が使っていたアンデッドを使った自爆戦法です。

アンデッドは人間とは違い、呼吸をする必要がありません。

樽に密封した爆剤を抱え、川底を這うようにして接近してくるそうです。

「キリアの連中が使っていた死霊術士は、フェルシアーヌの少数民族ブロネツクの者達だ。フェルシアーヌではキリアへの出国を禁じているが、自国内の往来にまで制限は掛けられんだろう」

「それでは、ヌオランネの者達が、ブロネツクに術士を雇いに向かったのですね?」

「おそらくは……問題は爆剤だ。そもそも、爆剤とは何なんだ?」

「うーん……何なんだと聞かれると、詳しい説明とかは難しいのですが……」

火薬に関して、僕が持っている知識や用途について説明を行いました。

「建物を破壊するだと? 例えば、この宮殿でも可能なのか?」

「重要な柱などに仕掛けて爆破すれば、この宮殿であっても破壊できちゃいますね」

「それを火属性の魔術が使えない者や、魔力の少ない者でも出来ると言うのか?」

「爆剤自体は、火を点ければ爆発しますから、魔力が無くても可能です」

「つまり、爆剤と火種があれば誰にでも攻撃が出来て、爆剤の量が増えれば増えるほど攻撃が強力になるという訳か」

腕組みをしたコンスタンは、椅子に背を預けて天井を仰ぎ見ると、また大きな溜息を洩らしました。

「まったく、次から次へと厄介な問題ばかりだ」

「キリア民国で、どの程度の量の爆剤が作られているのか分かりませんが、これからも大量に出回るようならば、少し対策が必要かもしれません」

「対策か、そのような代物をどう対処すれば良いのだ」

「爆剤は強力な威力を秘めていますが、その一方で取扱いに注意が必要です。保管中に火が点けば、自分達が吹っ飛んでしまいます。また、湿気を吸ってしまうと、急激な燃焼が出来ず威力が激減してしまいます」

「なるほど、相手が爆剤を持ち込んでいるならば、こちらの攻撃に使われる前に、火を点けて吹き飛ばしてしまえば良いのか」

爆剤の弱点を伝えると、コンスタンは対策を考え始めました。

「火属性魔術での攻撃ならば相手ごと吹き飛ばせるが、一つ間違えると味方に被害が出かねない。風属性の魔術ならば爆破の危険は下がるが、爆剤が周囲に飛び散る危険性があるか。

一番良いのは水属性の魔術で攻撃し、着弾と同時に爆剤を湿らせる方法かもしれんな……」

実際に爆剤を目にしていないのに、的確な作戦を立てるあたり、やはり一国の皇帝だけのことはあります。

それにしても、どこを経由してカルヴァイン領やヌオランネなどに爆剤は持ち込まれてくるのでしょう。

「おそらくだが、ブロネツクの奴らがキリアから持ち帰り、ヌオランネに売り込みを掛けたのではないか」

「だとしたら、あまり大量には所持していないのかも」

「そうあってもらいたいものだが、万が一、フェルシアーヌ自体がキリアと取り引きしていた場合も想定しておかねばなるまい」

魔落ちの騒動に関しては、手掛かりを見つけたものの新たにブロネツクの関与が疑われ、ムンギアとヌオランネの小競り合いには爆剤が使われる。

内にも外にも問題を抱えているせいか、コンスタンは少々疲れているように見えます。

「セラフィマが無事にリーゼンブルグを通り抜け、ヴォルザードでの生活にも慣れたら、他のお嫁さんと一緒に遊びに来させてもらいますね」

「そんな事は言わずに、今すぐ嫁入りを中止してセラフィマを戻してもらっても構わんぞ」

「それは、たぶん本人が、うんと言わないかと……」

「そうであろうな……」

注射器に関する手配を終えたグレゴリエが戻ってきたところで、昼食のお誘いを受けました。

今日もバタバタとあちこち飛び回っていて、お昼を食べ損ねるところだったので、ありがたく御馳走になることにしましょう。

執務室から、食堂へと移動しようとしている時に、騎士が一人駆け込んで来ました。

「申し上げます! ただ今、チョウスクからゴーケンのオアシスがサンド・リザードマンに占拠されたとの知らせが参りました!」

知らせを聞いた途端、コンスタンとグレゴリエが揃って僕に向き直りました。

「ケント・コクブよ、一体どういう事だ!」

「なぜ、この事を知らせぬのだ!」

「いや、すみません。もう知らせが届いているのかと思っていました。それに、明日あたりには解決するはずです」

「ふむ、その様子ならば、すでに対策は済んでおるのだな?」

「はい、あとは仕上げという感じですね」

「ならば、昼食を取りながら聞かせてもらおう」

コンスタンは、騎士に下がって良いと告げると、食堂に向かって歩み始めました。

自分がホイホイ移動できちゃうし、通信機器が発達した日本の生活のクセで、つい情報が伝わっているように錯覚しちゃうんですよね。

まぁ、食事中の話題にもなりますし、良かったのかもしれませんね。

食堂には、皇妃のリサヴェータさんの姿もあり、僕を見ると歓迎してくれました。

「まぁまぁ、ケントさん、いらっしゃい」

「突然お邪魔して申し訳ありません」

「とんでもない、いつでも歓迎しますよ」

広い食堂を想像していましたが、一家がテーブルを囲むプライベートな空間でした。

四人掛けの少し大きめのテーブルに、コンスタントとリサヴェータさんが並んで座り、僕はグレゴリエの隣に座らされました。

メニューも、さぞや豪華だろうと思いきや、アマンダさんの店のランチメニューと大差ありませんでした。

羊肉の煮込み料理に、ピクルスのサラダ、スープとパン。

パンも白パンではなく、全粒粉を使っているようです。

「期待したほど豪華ではなくて、失望したか?」

「いいえ、あんまり豪華だとテーブルマナーとかが気になって、味が分からなくなってしまうので、こちらの方が助かります」

「ふふっ、そうか……その代わり、お替りは自由だから遠慮するなよ」

「ありがとうございます」

食事をしながら、ゴーケンのオアシスについて順を追って説明していきました。

ダビーラ砂漠でサンド・リザードマンと遭遇することは珍しくないそうですが、やはり百五十頭もの群れは殆ど例が無いそうです。

「そうか、そのデザート・スコルピオに追われてオアシスに逃げ込んだという訳だな?」

「おそらく、そうだと思います」

「しかし、デザート・スコルピオも一人で仕留めてしまうか……まぁ、ギガースを三頭も討伐する男にとっては、造作も無いことなのか」

「そうですね。たぶん、グリフォンを討伐した時の経験が活きているのだと思います」

ギガースやヒュドラなども討伐しましたが、どちらも槍ゴーレムでドーンで片付いちゃったので、苦戦したという感じはありません。

「これまでに討伐した中では、グリフォンが一番手強かったのか?」

「相性もあるのかと思いますが、やはり空を飛ぶ魔物の討伐は厄介ですね。その上、グリフォンは風属性の魔術をまとっているので、攻撃が通りませんし、闇の盾を楽々と突破してきますので、今でも手こずると思います」

「それでも、手こずるだけで、討伐は可能なのだな」

「そうですね。大型の魔物よりも、むしろ小型の魔物が大量に襲ってくるような状況の方が始末が悪いです」

ラストックを襲ったニブルラットの大群の話をすると、コンスタンもグレゴリエも頷いています。

「なるほどな。そなたが、いかに巨大な戦力であったとしても、数で押し込まれる不利は防ぎきれぬか」

「体がいくつもあれば対応出来るのでしょうが、同時に複数の場所で騒動が起こるような状況も、一人での対応は難しいです。幸い僕には頼りになる眷属がいますが、もし一人だったら何度も悔しい思いをしていたはずです」

「同時に複数の相手をするのは、戦力の分散を招き状況を危うくする。魔落ちの件も、これまでムンギアが裏で糸を引いていると思い込んでいたが、ボロフスカの関与が疑われる状況となった。両方の部族と一度に矛を交えるような状況は、何としても避けねばならぬ」

コンスタンは何度も頷きながら、自分に言い聞かせるかのごとく言葉を紡ぎました。

「グレゴリエ、魔落ちの件はこれまで以上に慎重に調べを進めよ。そなたが調べを進めると同時に、ヨシーエフを通してボロフスカにも捜査の助力を申し込む」

「父上、それでは我々の手の内を相手に明かすことになりかねません!」

「分かっておる。だからケント・コクブによってもたらされた注射器の情報は伏せて、あくまでも人を短期間で魔落ちさせる薬剤に関する情報に絞って、協力を申し込むのだ。まだボロフスカ全体が、事件に関わっていると決まった訳ではない。そのような状況で、裏からの調べに気付かれれば、我々が疑っていると思われるだろう。逆に、正面から協力を申し込めば、我々が協力関係を維持しようとしていると伝わるはずだ」

「それでは、父上はあくまでもムンギアが主犯だと思われていらっしゃるのですね」

「分からぬ。分からぬが、そうあってもらいたいところだな」

バルシャニア国内の反体制派で最も強硬派がムンギアで、ボロフスカは態度を軟化させてきていると聞いています。

その状況で、もしボロフスカが魔落ち騒動の主犯であるならば、これまで重ねて来た関係改善の努力が水の泡となってしまいます。

コンスタンとしてみれば、そのような状況にはなってもらいたくないのでしょう。

「あのぉ……ムンギアとヌオランネが争っている川の中洲ですけど、粉々に吹き飛ばしちゃいましょうか?」

僕の提案を咄嗟に理解出来なかったのか、コンスタンもグレゴリエもキョトンとした顔をしています。

二人に代わって話し始めたのはリサヴェータさんでした。

「ふふふ……ケントさんの提案は面白いですけど、止めておきましょう。先祖伝来の土地には、我々には理解出来ないほどの愛着があったりするものです。今回の争いでは、今のところはヌオランネが優勢に事を運んでいるようですが、いずれムンギアが状況を盛り返すはずです。あの中洲は争いの原因ではありますが、ムンギアが我々に向ける戦力を削いでくれる存在でもあるわね。だから、余程酷い状況にならない限りは、我々は静観しておきましょう」

「分かりました。でも、手が必要な時には、遠慮なく言って下さい。こちらには僕の眷属を通じてセラフィマの手紙なども届けさせるようにしますので」

「まぁ、それは有難いお話ね。ここからヴォルザードまでは遠く離れているから、手紙のやり取りも大変だと思っていたところなのよ」

グリャーエフはバルシャニアの西部に位置していますし、更にあまり友好的でないリーゼンブルグが間に挟まっていますから、手紙を届けるだけでも大変なようです。

もっとも、国をまたいで手紙のやり取りをする事自体が稀なようです。

他のお嫁さんも連れて遊びに来ると話すと、大喜びしてくれました。

「いつでも気兼ねせずに遊びにいらっしゃい」

「ありがとうございます。僕もグリャーエフの街をもっと見て歩きたいと思っています」

「そうね、皆さんが安心して街を散策できるように、グレゴリエ、魔落ちの件はシッカリと解決なさい」

「はい、心得ました、母上」

この後も、グリャーエフの歴史や街の見どころなどの話をしながら昼食を楽しみました。