軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴォルザードのお母さん

日本とヴォルザードでは、世界の法則が異なっているみたいです。

まぁ、魔術が使える時点で違うのは明らかですけどね。

決定的に違うのは、空気中に含まれる魔素の量のようですが、どうもそれだけでは無いようなのです。

「ねぇねぇ、ラインハルト。もの凄く今更なんだけど、魔道具で使った魔石って、小さくなっていくだけだよね?」

『そうですな。魔石は消費される程に、不純物を排出しながら小さくなっていきますので、魔石の大きさが価値とされています』

「魔物によって魔石の色が違っていたりするけど、含まれる魔素の量は変わらないの?」

『色の違い、透明度の違いは、宝飾品にする時には問われますが、魔素の量は変わらないとされていますぞ』

「そうなんだ……」

剣と魔法の世界に来て、自分で魔術を使う機会は増えたけど、実は魔道具って殆ど使っていないんですよね。

一番ポピュラーな灯りの魔道具は、闇属性の適性で夜目が利くようになって使わないし、料理はアマンダさん任せなので火の魔道具も使いません。

なので、魔道具で使った魔石の変化について、気が付きませんでした。

「日本で魔道具を使うと、みるみるうちに魔石が黒ずんで崩壊するんだけど、やっぱり魔素の量なのかな?」

『さぁ、それはワシには分かりかねますが、何らかの影響は及ぼしているでしょうな』

「そう言えばさ、魔石って魔素の固まりみたいなものなんでしょ? これを粉にして飲んだら魔力が増えるのかな?」

『ケント様、魔石や魔物の血肉は、口にしてはなりませんぞ』

「えっ、そうなの?」

『ケント様は別の世界からいらしたのでご存知無いでしょうが、こちらの世界では常識以前の当たり前ですぞ』

「そうなんだ。もし口にしてしまったら?」

『そうですな……少量であれば問題ありませぬ。ただし、食べ続けた場合には、魔物と化して自我を失うとされています』

「えぇぇぇ! 人間が魔物になるの?」

『そのように言われておりますし、実際、何年かに一度程度の割合で魔物化した人間が暴れる事案が発生しております』

「そうなんだ……ちょっと同級生にも伝えておいた方がいいかな」

『そうですな。御学友の多くはニホンの地へ戻られますから大丈夫でしょうが、シューイチ殿などには伝えておかれた方がよろしいでしょうな』

「そっか、鷹山はヴォルザードに残るもんね。うん、会ったら伝えておくよ」

まさか人間が魔物化するなんて思ってもみませんでした。

こちらの世界でも知らない人がいるような話ならば、危険だと教えてもらえるのでしょうが、知っていて当たり前だと思われている事については教えてもらえない可能性が高いですね。

魔術や魔法に関する初歩的な危険性については、少し気を付けた方が良いのかもしれません。

「わふっ、ご主人様、カジカワからメールが来たよ」

「へっ? あ、ありがとう……」

「ご主人様、撫でて撫でて!」

「あぁ、うん、ありがとうね」

梶川さんから借りているスマホを持って来たムルトを撫でてやると、尻尾をパタパタさせながら目を細めていました。

なんだか、もう僕のスマホじゃないような気がしますね。

メールの内容は、帰還用のケージが完成したという知らせで、画像が数枚添付されていました。

「うーん……何だか微妙」

『どうされましたか、ケント様』

「うん、帰還作業に使うケージなんだけどねぇ……」

『ほほう、何やら変わった形の馬車のように見えますな』

単純に、送還術の範囲から手足が出ないように閉じ込める檻だと思っていたのですが、ラインハルトの言う通り、どう見ても乗り物です。

形は丸みを帯びた立方体で、バスを小さくしたような感じです。

そこに不整地用のバルーンタイヤが四つ、頑丈そうなサスペンションと共に取り付けられていて、何となく月面探査機のように見えなくもありません。

車内には、向かい合うように五席ずつ、計十席のスポーツカー用と思われるシートが取り付けられていて、六点式のシートベルトまで装備されている。

梶川さんのメールによると、ジュラルミン製のフレームにポリカーボネート製のボディーなんだとか。

ただ、カラーリングが日の丸ベースの白と赤なのは良いとして、一昔前の飛行機みたいでダサいんですよねぇ。

まぁ、デザイン云々に関しては、僕もセンスが良い方ではないので問わないとしても、こんな代物を、こんな短期間で用意するなんて、一体いくら掛かったんでしょうね。

下手したら何千万とかするんじゃないんですか? めちゃめちゃ税金の無駄使いじゃないんですかね。

『ケント様、これはニホンやヴォルザードの要人を運ぶためではありませんか?』

「あっ、そうか。召喚術、送還術を使えば、属性魔力を持っている人でも行ったり来たり出来るんだもんね」

『ケント様が滞在費用を負担しているとは言え、ご学友を保護し、滞在場所を提供しておるのですから、ヴォルザードに対してはこの先も何らかの働きかけはあるでしょう』

「いつもバタバタして忘れがちだけど、資源開発の話もあるからね」

なるほど、要人輸送用と考えるならば、これはこれでありなのかもしれませんね。

ケージ自体の輸送は影の空間経由で行えるので、タイヤが付いているのはありがたいです。

定員が少ないのも、万が一の事故を考えれば妥当でしょう。

もしかして、話が出る以前に準備を進めていたのかもしれませんね。

現物を確認して欲しいということなので、時間のある時に見に行ってきましょう。

それと、帰還作業を再開するとなると、帰る人の順番を決めてもらわないといけませんから、ちょっと守備隊の宿舎にも顔を出しますかね。

影の空間を通って、唯香の部屋へと移動しました。

「唯香、入ってもいい?」

「健人? ちょっと待って……はい、どうぞ」

唯香は書いていた日記を慌てて閉じ、机の引き出しへとしまいました。

そう言えば、あの日記って、どんな事が書いてあるんですかねぇ、ちょっと気になりますよね。

「おじゃましまーす」

「いらっしゃい……んっ」

唯香をそっと抱き締めます。

「今日は、どうしたの?」

「うん、帰還用のケージが出来たって知らせが来たから、休み明けには帰還作業を再開しようと思ってね。」

「ケージって、どんな形なの?」

「うーん……微妙?」

「微妙……?」

唯香に送られて来た写真を見せると、なるほど微妙だと頷いてました。

どうやら、僕のセンスがおかしいわけでは無いようですね。

「そう言えば、綿貫さんはどうしてる?」

「うん、一時期程は落ち込んでいないし、食事も部屋から出て食べてるみたいだけど、まだみんなと話を出来るほどではない感じ」

「そっか……お腹の子供のことも、まだ決められていないのかな?」

「うーん……どうだろう、急かしたらいけないと思って聞けていないんだ」

「ケージの話をするついで……みたいな感じで聞いてみようか? 中絶するならば早い方が良いもんね」

「うん、健人の方が綿貫さんも話しやすいかも」

「じゃあ、ちょっと声を掛けてみるよ」

唯香の部屋から廊下へ出て、綿貫さんの部屋のドアをノックしました。

「誰?」

「こんにちは、国分です」

「あぁ、開いてるよ。入って、入って」

ドアの向こうから返ってきた声は、思っていたよりも元気そうに聞こえました。

「おじゃましまーす……」

「よう、久しぶり!」

綿貫さんは、ベッドに座ってスマホを弄っていたようです。

「どうした、また先生から様子を見てくるように言われたのか?」

「いや、言われてないよ。今日は帰還用のケージが出来たって知らせが来たからさ、休み明けの帰還作業の再開に向けて打ち合わせしようかと思って、その途中に寄った感じ」

「そっか……悪いけど、まだ決めてないんだ」

「それは構わないよ、ただ綿貫さんが帰るって決めた場合には、優先してもらえるように先生に言うからさ」

「いや、別に優先してもらわなくてもいいぞ」

「えっ? だって、その、色々と期限というか……」

「あぁ、大丈夫、大丈夫、もう産むって決めたから」

「えっ、そっか……中絶しないなら期限は関係ないのか……」

「そういう事だ。まぁ、あれから色々と考えてさ、この子の父親は誰だか分からないけど、あたしが母親なのは間違いないって思ってさ。父親に責任放棄されて、その上あたしにまで見捨てられちゃったら、この子は可哀相すぎるだろう。だから産む。産んで、あたしが責任持って育てる」

キッパリと言い切った綿貫さんは、自暴自棄になっていた頃と較べると、身体に一本芯が通ったみたいで、とても格好良く見えました。

「でさ、産むって決めたのは良いけど、日本とこっちだと、どっちが育てやすいかと思ってさ、今も練馬区のホームページ調べてたんだ」

「練馬区のホームページ?」

「うん、シングルマザーに色々と支援があるみたいなんだよ。そうだ国分、こっちには、そういう支援とか無いのかな?」

「あぁ、どうだろう……そういう社会福祉みたいな事までは聞いてないから分からないけど、民間の助け合いみたいなのはあるみたいだよ。僕の下宿先のアマンダさんもシングルマザーで、食堂を経営しながらメイサちゃんって女の子を一人で育てたみたいだし」

「マジで? なぁ、そのアマンダさんと話出来ないかな?」

「うん、それは大丈夫だよ。今は休暇期間でお店も休みだしね。これから行ってみる?」

「いいの? 経験者の話が聞けるならマジ助かるよ」

「じゃあ、行こうか」

「てか、国分、先生のところには行かなくていいのか?」

「あぁ、顔出すと長くなるかもしれないから、後でいいや……」

「くっくっくっ、マジ国分変わったよな、いい感じだよ」

下宿までは唯香に案内してもらい、僕は先に戻ってアマンダさんに事情を話しておくことにしました。

影移動で下宿の部屋に戻ると、何だか甘い匂いが充満しています。

階段を下りて店を覗くと、テーブルには沢山のケーキが並んでいます。

「アマンダさん……」

「おや、ケント、出掛けたんじゃなかったのかい?」

「はい、出掛けたのですが、ちょっと用事があって戻って来ました。実はですね……」

綿貫さんの事情を話すとアマンダさんは、胸を叩いて任せろと請け負ってくれました。

「しかし、その子はケントと同い年なんだろう? リーゼンブルグの奴らは何て酷い事をするんだい。許せないね!」

「はい、でも手を下した者達は見つけ出して処分を下しましたから……」

「処分って言っても、どうせ生温い処分なんじゃないのかい?」

「いえ、その……」

手刀で首を落とす動作をして見せると、アマンダさんはギョッと目を剥いて驚いていました。

「そこまで厳しい処分とは思わなかったねぇ……やっぱり街の男共と違って、騎士ともなると厳しいんだろうね」

「まぁ、そうなんだと思います」

まさか、僕に怖れをなしてかもしれないとは言えませんよね。

処刑の事実は、まだ綿貫さんにも伝えていないと言うと、様子を見てから伝えるように言われました。

「そりゃあ腹の立つ相手だろうけど、処刑されたと聞くとショックを受けるかもしれないからね。お腹の子供のためには厳しい処罰を受けた……程度で話しておいた方が良いかもしれないね」

「そう言えば、メイサちゃんの姿が見えませんけど……」

「あぁ、メイサは休みの間の宿題が終わってないから、部屋に閉じ込めてやらせてるところだよ。終わらなければケーキは食べさせないって言ってあるからね」

日本と同様に、ヴォルザードの学校でも長期の休みには宿題が出されるのだそうです。

メイサちゃんは、休みの間中遊びほうけていて、宿題は全くの手付かずの状態らしく、そこでアマンダさんが一計を案じたという訳です。

予定のところまで宿題を進めないと、ケーキはお預けとなれば、食いしん坊のメイサちゃんは死に物狂いでやるしかないでしょうね。

ケーキは、メイサちゃんが東京土産として持って帰ったものを参考にして、アマンダさんが試作中なのだとか。

「普段は、あまりケーキなんて作らないからね、作り始めたら楽しくなっちまって、ちょいと作りすぎちまったよ」

「ちょいと……ですか」

「まぁ、そのサチコって子とユイカも来るんだろう。五人いれば昼食代わりに丁度良いさ、あはははは……」

いや……三十センチぐらいのホールケーキが七つもあるんですけど、一人で一個以上食べろって言うんですかね?

そんなに食べたら、アマンダさんのように……なんて事は口には出しませんよ。

そうこうしている間に唯香達が到着したようで、表から声が聞こえました。

「ケント、開けてやっておくれ。あたしは、お茶の支度をするからさ」

「はい、お願いします」

店の戸を開けると、唯香と少し緊張した面持ちの綿貫さんが立っていました。

「いらっしゃい。グッド・タイミング。二人にはケーキの試食を手伝ってもらうからね」

「えっ、ケーキ? あっ、ホントだ、甘い匂いがする」

「アマンダさんの料理は、凄く美味しいのよ」

「そうか、浅川さんは何度も来てるんだよね」

「さぁさぁ、寒いから中に入っておくれ! メイサ! 宿題持って下りておいで!」

ポットとカップの載ったトレイを持ったアマンダさんは、厨房から出て来ながら二階のメイサちゃんにも声を掛けました。

アマンダさんの声の大きさ、体格の良さに、綿貫さんはちょっと圧倒されているようです。

僕が初めてここに来た時は、こんな顔をしていたんでしょうね。

「あたしがアマンダだよ。さぁ座っておくれ。話は食べながらにしよう」

唯香と綿貫さんが席に座り、アマンダさんがケーキを切り分け始めたところに、メイサちゃんがトボトボと階段を下りて来ました。

口を尖がらせて、ちょっと涙目な様子からして宿題は終わらなかったようですね。

「まったく、この子は……食べ終わったら、みっちりケントに算術を見てもらうんだよ」

「はーい……って、誰この人?」

「この人は、ケントの同級生で、あたしに話を聞きたいんだってさ」

「ふーん……食堂でも始めたいの?」

「そうじゃないよ。いいからお座り」

「はーい……」

気のない返事をしながらも、切り分けられたケーキを見てメイサちゃんの口元が緩んできていますね。

ケーキはスポンジがプレーンのものから、ドライフルーツやナッツが混ぜられたもの、ミルフィーユのように層状になっているものなど色々でした。

最初はドライ・リーブルを混ぜた生地で、サワークリームが添えられてあります。

生地が、ドッシリとしていて食べ応えがありますね。

「アマンダさん、これってリーブル酒を使ってるんですか?」

「あぁ、そうだよ。焼きあがった後に、はちみつを混ぜたリーブル酒を塗るとシットリと仕上がるのさ」

「ドライ・リーブルの甘酸っぱさがアクセントになっていて美味しいですね」

「そうだろう、そうだろう」

二つ目は、プレーンな生地のケーキで、シロップのポットが添えられています。

「まずは、そのままで食べて、その後で必要だと思ったら、シロップを掛けてみておくれ」

切り分けられたプレーンなスポンジをフォークで切ろうとしたら、ポロっと形が崩れました。

口に運んでみると、フワフワ感が無くて、ボソボソとしています。

思わず唯香に視線を向けると、やっぱり小首を傾げていました。

その横で綿貫さんがつぶやきました。

「これは、卵の泡立て方が足りないんだと思う……」

「あんた、ケーキを焼いた事があるのかい? これは、メイサがお土産に持って帰ってきたのを真似てみたんだけど、全然ふっくらしなくてね」

「スポンジは、分量をキチンと量ることと、しっかりと卵を泡立てること、それと時間との勝負です」

「ほぉ、なるほどねぇ……今度ちょいとコツを教えておくれよ」

「でも、趣味で焼いていた程度なので……」

「それでも、これよりは良く焼けてたんだろう? まぁ、そっちの世界とは勝手が違うだろうけど、それでもコツを教えてもらえれば、何度か失敗しているうちに上手く出来るようになるもんさ。何だって最初からは上手くいかない、失敗して覚えて、上手くなっていけばいいのさ」

「失敗して……上手くなる」

綿貫さんは、ちょっとボソボソのスポンジケーキを見詰めながら、別の事を考えているようでした。

「そうだよ。そうそう、あんた、あたしに話を聞きたいんだってね。あたしに分かる事なら何だって教えてやるよ」

「はい。実はあたし、お腹に赤ちゃんがいるんです……」

綿貫さんは、ラストックで受けた酷い仕打ちから、ヴォルザードに来てからの自暴自棄の生活まで、包み隠さず涙を零しながら話しました。

生々しい内容は、聞いているだけで胸が苦しくなってきます。

無言で席を立ったアマンダさんは、肩を震わせている綿貫さんをギューっと抱き締めました。

「もし、あんたがヴォルザードに残って、こちらで子供を産んで育てていきたいと思うなら、うちの二階に置いてあげるよ。どうせ、もう少ししたらケントは出ていくしね。食堂だから食いっぱぐれる心配はないよ。住み込みで働くならば家賃もいらない。向こうの世界が居づらいと思うなら、ここにおいで」

「はい……ありがとうございます」

綿貫さんも日本に両親や家族が居るでしょうから、すぐに決断は出来ないでしょうが、僕らの歳で出産し、子育てをするとなれば、周囲の目は気になるでしょう。

それならば、いっそ知り合いの少ないヴォルザードの方が、気楽に生活出来るかもしれません。

最終的には綿貫さんが決断する事ですが、選択の幅が広がったのは良かったのでしょう。

と言うか、僕は追い出されちゃうのでしょうか?

なんて冗談ですけど、そろそろ真面目に我が家の事も考えないといけませんね。

じゃないと、唯香とキスより先に進めませんもんね。

「健人、何考えてるの?」

「うぇっ、そ、そろそろ自宅の事をハーマンさんに相談しないとって……」

「……健人のエッチ」

ぐはっ、唯香に小声で囁かれちゃいました。

やっぱり僕は、色々と表情に出すぎるみたいです。