軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

猫耳と犬耳とチョイ悪オヤジ

今日は、十の月の五日、闇の曜日、ぐふふふ……闇属性の魔道士である、このケント様が最も力を発揮できる日……ではないです。

曜日に属性の名前が付いていますけど、これは便宜上そうなっているだけで、曜日によって魔法の力が強まったり弱まったりはしないそうです。

ガーム芋倉庫での仕事が昨日で終わったので、今日は新しい仕事を探しにギルドにやってきました。

うん、今朝も依頼が貼られた掲示板の前は、黒山の人だかりですねぇ。

たぶん、早い時間の方が良い仕事があるんでしょうね、みんな目が血走っていて、ちょっと……いや、かなり怖いです。

いつものように、喧騒が終わるまで待っていようと、壁際へと向かうと、可愛げの欠片も無い犬耳のギリクが、ポツネンと一人で立っています。

あれ、猫耳天使のミューエルさんは、いずこ?

「お、おはようございます、ギリクさん」

「あん? おう、チビ助か……」

気付かない振りをして回れ右する事も出来たのですが、ギリクに挨拶しました。

僕は礼儀正しい男ですからね、決して、後で挨拶しなかったとバレるのが怖いからじゃないですよ。

「あのぉ……今日は、ミューエルさんはいらっしゃらないのですか?」

「ああん? ミュー姉ぇ?」

「は、はい、いらしたら挨拶しようと思ったもので……」

「ミュー姉は、術士の講習だ……」

あーっ……何で普通に答えられないのかねぇ、いちいち凄まないと死ぬのか? この犬っころはよぉ。

てか、術士の講習もあるんですね。

「あのぉ……術士の講習もあるんですか?」

「ああん? あるに決まってんだろ、火、水、風、土の曜日にやる講習までは、術士も騎士も一緒だが、闇、光、星の曜日にやる講習は、別々にやんだよ、覚えとけ!」

「は、はい……すみません」

なるほど、途中までは、術士タイプも騎士タイプも一緒にやって、専門性が出てくる辺りから別々って事なんですかね?

てか、術士の講習って、どんな事やるんでしょう、見学とか出来るんでしょうかね?

「あのぉ……」

「なんだ、まだ居やがったのか……」

「す、すみません、その術士の講習って、見学出来るのでしょうか?」

「あぁ、訓練場でやってっから、見るのは自由だ」

「あっ、そうなんですね、ありがとうございます」

おぅ、見学自由とあらば、これは見に行かねばなるまい。

勿論、純粋に術士の講習とは、どんな風に行うのか見るためですよ、け、決してミューエルさんを拝みに行くんじゃないからね。

さぁ、訓練場へと、レッツゴー!

「ちょっと待て!」

「ぐぇぇ……く、首がぁ……」

訓練場に行こうとしたら、ギリクに襟首を掴まれましたよ。

「な、何ですか、いきなり……」

「俺も一緒に行く、手前がミュー姉を薄汚い目で見ないように、監視してやる……」

「そ、そんな目的で僕は……」

「うるせぇ、行くぞ……」

くっそーっ、この犬っころめ、妙なところで鼻が利きやがって……いやいや、僕は、そんなつもりは無いですよ、ホントだよ。

てか、僕は猫の子じゃないんだから、襟首摘んで歩くんじゃないよ、みんなに注目されちゃってるじゃないか。

ちっくしょー、いつか、キャーン言わせてやるからなぁ!

訓練場へと連行されると、僕らが講習をやったのとは別の場所に人が集まっています。

そこは弓矢などの練習場のようで、頑丈そうな土壁の前に的になる人形が立てられています。

さてさて、猫耳天使のミューエルさんは……いました、いました、薄桃色の尻尾がユラユラと揺れてます。

確か、にゃんこが何かに興味を示しているときの動きでしたよねぇ、つまりは講習を熱心に聞いているって事でしょうか。

むっ、隣の野郎がチラチラとミューエルさんに視線を……

「あの野郎、ミュー姉を……」

「うぐぅ……ぐふぅ……首ぃ、首がぁ……」

「おっ? おぅ、悪ぃ、悪ぃ……」

「もう、勘弁して下さいよ」

ミューエルさんは猫獣人だし、ギリクは犬?獣人だから、実の姉弟って事はないよね。

この二人って、どんな関係なんでしょう、ベタな幼馴染の片思いとか?

そんな事を考えていたら、どうやら実技に入るようですね。

一人目の男性が、的に向かって身構えました。

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて火となれ、踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ! とぁぁ!」

痛たたた……何なんすか、この痛い詠唱は……って思っていたら、男性は大きく振りかぶって、震える右手に掲げた直径15センチほどの火の玉を、的に目掛けて投げ付けました。

あっ……届かないで手前で落ちちゃったよ。

「ふん、ざまぁねぇな……」

あぁ、やっぱり残念な人だったんですね。

「火球を作るところまでは、まぁまぁだったがな……」

えぇぇ……あれが、まぁまぁ……?

『ねぇ、ねぇ、ラインハルト、今の見てた?』

『見ていましたぞ、火球を作るところまでは、なかなかスムーズでしたな』

『えぇぇぇ……魔法って、あんなに長々と詠唱しないと駄目なものなの?』

『そうですぞ、威力の高い魔法を使うには、更に詠唱を重ねないとなりませんぞ』

『えぇぇぇ……そんなにノンビリしてたら魔物に殺されちゃうよ』

『ですから、術士は、動きながら詠唱する練習を重ねたり、騎士とコンビを組んで活動するのです。 ワシらからすれば、詠唱しないで魔法を使うケント様の方が、よっぽど異常な存在ですぞ』

『そうなんだ……』

そう言えば、術士と騎士で別れて講習を行うのは、闇の曜日からって話だから、この講習は術士の初級講習って事なのかな。

そんな事を思っていると、今度はミューエルさんの番のようです。

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ! やぁぁぁ!」

火球と違って、風の刃は目には見えないらしく、ミューエルさんが腕を振り下ろした一拍の後、藁人形がザックリと切り裂かれました。

おぉ、ミューエルさんの尻尾がピーンと上を向いて、何だか誇らしげです。

「さすがミュー姉、これなら次のレベルに上がるのは間違いないな」

いやいや、何でギリクが得意気なんだよ、お前は何にもしてねぇーじゃんか。

でも、あと二段階で講習は終わりなんだよね、そしたら一人でダンジョンに潜ってもOKなんだよね。

あれ?ダンジョンって、意外と危険じゃないんじゃね?

「お前ら、こんな所で何してる?」

こ、この声は……慌てて振り向いた先に居たのは、ドノバンさんですよ。

「また覗き見か、ギリク」

「ちっ、違う……俺はその……」

また? 今確かにドノバンさんは、またって言いましたよね、このピーピングドッグめ。

「お前は巻き添えか? ケント」

「はい……い、いえ、術士の講習がどんなものか見てみたかったので……」

「ほほう、そうかそうか、つまりは、術士に対抗する方法を探しに来た訳だな?」

「えっ? いえ、そういう訳では……」

違います、そんな大それた事なんか、考えていませんからね。

「だが、心配いらんぞケント。 術士とやり合う時は、詠唱が終わるまでに殴っちまえば、こっちの勝ちだ。 たとえ詠唱が終わっても、動きを予測して回避すれば良いだけだ」

うわぁー出た――っ、筋肉で全てを解決する人だぁ!

「おう、丁度いい、ギリク、少しケントを揉んでやれ」

「はぁ? 何で俺が、こんなチビ助を……」

「何だ……何か文句があるのか?」

「い、いや……そういう訳じゃ……」

うひゃひゃひゃひゃ、ギリクの尻尾が股の間に隠れようとしてるよ、めっちゃビビりまくりじゃん。

「いいかギリク、ヴォルザードは最果ての街だ。 魔の森に一歩踏み入れば、そこは人間じゃなく魔物が支配する場所だ。 こんな場所で人間が生きていくには、人を育てていかなきゃ駄目なんだぞ。 使える人材を増やすほどに街は発展して、巡り巡って自分の懐も暖かくなるんだ。 女のケツばっかり追いかけてねぇで、下を育てる事も考えろ!」

「は、はい……」

うひゃひゃひゃひゃ、ギリクの体積が二割は縮んだよね、ざまぁ!

「手前、何ニヤニヤしてやがんだ……」

「い、いいえ……そ、そんな事無いですよ……」

やっべー……あまりの喜びが、ミーのマウスをスマイルさせちゃってたみたいです。

「こいつ……たっぷり可愛がってやっからな……」

「ちょ……僕は術士の講習を見に来ただけで……」

「いいかケント、頭で考えるも悪くはねぇが、魔の森で生き残った時の事を思い出せ。 いざって時に、直感で正しく動けなきゃ、簡単にくたばっちまうんだぞ。 そのためには鍛練あるのみだ」

「は、はい……」

いや、どう動いても、この状況からは逃げられなかったですよね。

あぁ、そうか、犬っころなんかに声掛けないで、仕事探せば良かったのか……でも、もう完全に手遅れだよねぇ。

ギリクからも逃れられなかった僕が、ドノバンさんから逃げられるはずがないもんね。

と言う訳で、準備が整いました。

革の兜、胴、それに籠手を付けさせられて、短剣サイズの木剣を握らされてます。

てか、この籠手、絶対臭うよね、お花の香りの石鹸とか、こっちの世界にも無いですかねぇ。

「いいか、ギリクはケントの防具を着けている所だけを狙え。 ケントはギリクの何処を狙っても構わないぞ、何なら急所に一撃入れてやれ!」

「ふん、こんなチビ助なんかに、やられっこねぇよ」

ギリクは、通常サイズの木剣を右手に下げて、自信たっぷりにふんぞり返ってます。

だが貴様は、その自信が過信だったと思い知る事になるだろう。

ふっ……魔の森での特訓の成果を、こんなに早く披露する事になるとは思ってなかったよ。

「お、お願いします!」

短剣を正眼に構えて、ギリクと向かい合います。

僕を舐めくさっていられるのも、今だけだよ、さぁ、ショータイムだ。

鋭い踏み込みと同時に、上段に振り上げた短剣を……

「ぐへぇ……」

振り下ろす事も無く、鳩尾にヤクザキックを食らって、もんどり打って倒れましたよ。

ズルい……蹴るのありとか聞いてないよ。

「おっせぇ、オマケに隙だらけだ、おら立て、次だ、次!」

「ぐぅぅ……今度こそ……だぁぁぁ……ふっ、えっ、ぎゃひぃ!」

今度は上段に振り上げる振りをして、ヤクザキックをガードしたら、脳天に木剣を食らいました。

「足ばっかり見てっからだ、おら、さっさと掛かって来い」

「くぅぅ……やぁぁ……ふっ、やぁぁ……うぐぅぅ……ぐはっ!」

ヤクザキックをガードして、すかさず脳天への一撃も受け止めたのですが、鍔迫り合いで押し込まれたところで、右の脇腹に膝蹴りを食らいました。

「がはっ……ごほっ、ごほっ……」

うぎぃぃぃ……あばらがミシっていって、息が詰まります。

治癒、治癒、もう全力で自己治癒しましたよ。

もう許さん、こっから本気出す。

「うぐぅぅぅ……行きます!」

「ほぅ、一丁前に根性あんじゃねぇか、来い!」

せめて一太刀と思って、向かって行っても、一方的にボコられただけでしたよ。

大体、リーチが違いすぎだってぇの、くそぉ、何回やっても掠りもしないよ。

こうなったら、自己治癒全開で、何度だって食らい付いてやりますよ。

「ぐはぁ……うぎぃぃぃ……もう一本!」

「こいつ……はぁ、しつけぇ! おらぁ!」

「ぐへぇ……いぎぃぃぃ……もう一本!」

「はぁ、はぁ……手前は、ゾンビか! おうらぁ!」

「だはぁ……うぐぅぅ……はぁ、はぁ……あれっ?」

自己治癒をフルに使って、立ち上がれるようにしたはずなのに、膝がカクンと折れて、地面が迫って……ぷつっと意識が途切れました。

どの位の時間、気を失っていたのでしょうか、何だか布団に寝かされているようです。

混濁していた意識が戻ってくると、頬に暖かくて柔らかな温もりを感じました。

それは、ゆっくりと息づいているようです。

「えっ……これって、誰かいるの?」

どうやら、ベッドの中には誰かがいて、僕を抱え込んでいるようです。

状況が飲み込めず、もぞもぞと脱出を試みていたら、謎の人物も目を覚ましたようです。

「ん、んーっ……おはよう、ケント」

「えっ、えぇぇぇ! ミューエルさん?」

なんでミューエルさんとベッドを共にしてるの、一体何が起こってるんですか。

あれですか? 無意識のうちに、大人の階段を上ってしまったのですか?

「ごめんねぇ、ケントが気持ち良さそうに眠ってるのを見てたら、私も眠たくなっちゃって、ベッドにお邪魔しちゃった……てへっ」

ミューエルさんの『てへぺろ』いただきました――っ!

「あっ、えっと……ここは?」

「あぁ、ギルドの医務室だよ、ケント、訓練場で倒れちゃったから……」

「あっ、そうか……結局掠りもしなかったのか……」

「ギリクが相手じゃ仕方無いよ……と言うか、ケントは無茶しすぎ、めっ!」

ひゃっは――っ! ミューエルさんに、めっ、されちゃいました――っ!

「す、すみません……何だか悔しくなっちゃって……」

「んふふふ、ケントも男の子なんだねぇ……」

て言うか、近いです、ミューエルさんの顔が目の前にあって、もうちょっと近付いたらチューしちゃいそうな距離です。

てか、チューしちゃっても良いですかね。

ぐっぐぅぅぅ……きゅるるるぅぅぅぅ……

はぅぅ、何てタイミングで鳴るんだよ、マイ・ストマック!

「んふふふ、あんだけ暴れれば、お腹も空くよねぇ、ギリクが目茶苦茶したお詫びに、何かご馳走するね」

「い、いえ、そんな……あれは鍛練してもらったんで、目茶苦茶とかじゃ……」

ミューエルさんの人差し指が、僕の口を塞ぎました。

「お姉さんに恥をかかせないの、こういう時は、素直にご馳走になっておくものよ」

勿論、コクコクと頷くしかないですよね。

ミューエルさんに連れられて、ギルドにある酒場に初めて行きました。

夕方からは、仕事を終えた人達でごった返すそうですが、遅い昼食といった今の時間は空いています。

ミューエルさんと空いている席に座ろうとしたら、近くの席の男性から声を掛けられました。

「おぅ、坊主、気が付いたか? なかなかのやられっぷりだったじゃねぇか」

「は、はぁ……」

誰でしょうかね、明るい茶髪の長髪で口髭を蓄えた、チョイ悪オヤジって感じで、歳は四十前後ってところでしょうか。

「いやぁ、最近の若い奴じゃ珍しい程のやられっぷりだったぜ、あのギリクが最後はウンザリしてたぐらいだからな」

「あぁ……そう言われれば……」

僕も自己治癒全開だったので、全然余裕は無かったのですが、言われてみれば、ギリクもだいぶ疲れていたような気がします。

「そう言いや坊主、あんだけやられたにしては元気そうだな?」

「うぇっ? は、はい、えっと……寝ると治っちゃう体質? みたいな……?」

光属性魔法での自己治癒がバレないように、しどろもどろで言い訳してると、また盛大に胃袋が不満を訴えました。

ぐぐぐぐぅぅぅぅ……きゅるるるぅぅぅぅ……

「ぶはははは、いいぞ坊主、ぶっ叩かれて、寝て、食って、育て! おう、マスター! この坊主にガッツリ食わせてやってくれ!」

「いや、そんな初めて会った方に……」

「いいの、いいの、ケント、このオジサンはお金持ちだから……」

「ミューエルさん……?」

むむっ、このチョイ悪オヤジ、ミューエルさんに手ぇ出してるんじゃないだろうな?

援助交際なんかしてようものなら、忍者スケルトンのフレッドにサクっと 殺(や) らせちゃうからね。

「そうか、ケントはヴォルザードに来たばかりだから知らないんだね」

「おう、そう言いや坊主、魔の森から生きて逃げて来たんだってな? たいしたもんだ」

「いえ、もう何が何だか、無我夢中だったので、良く覚えてないんです……」

「それでも生きて逃げて来たんだ、そういう強運の持ち主は大歓迎だぜ、よく来たな、俺の街、ヴォルザードへ!」

チョイ悪オヤジが、両手を広げて芝居っ気たっぷりに言いましたよ。

「俺の街……?」

「うん、この人が、ヴォルザードの領主のクラウスさんだよ」

「ええぇぇぇぇぇ! し、失礼しました、本日はお日柄も良く……は、初めてお目に掛かり……」

「あぁ、そういうのは無しだ、俺は堅苦しいのは苦手なんだよ……クラウス・ヴォルザードだ、よろしくな、ケント」

「は、はい、よろしくお願いします」

握手を交わしたクラウスさんの手は、分厚くて力強く、デスクワークをする人の手ではありませんでした。

バステンから報告を聞いただけで、本人を確認しようとは思わなかったから、こんなフリーダムな人だなんて思わなかったよ。

でも、領主さんなら、お金持ってるよね、遠慮なくご馳走になりましょう、そうしましょう。