軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マールブルグのダンジョン

ヨーナスは、マールブルグギルド所属のBランク冒険者だ。

Bランクの冒険者といっても、飛びぬけて武術の腕前が良い訳でもなく、強力な魔法が使える訳でもない。

地道に依頼を遂行し、死なないための努力を怠らなかった結果のBランクだ。

今年、三十六歳になるヨーナスは、一度だけ結婚したことがあった。

馴染みの酒場で給仕として働いていた、美人ではないけれど愛想の良い二つ年下の女だった。

夫婦仲は、周囲が辟易とするような熱愛ぶりではないものの、それなりに夜の営みもあったのだが、なかなか子宝に恵まれなかった。

その当時、ヨーナスは護衛の仕事でヴォルザードやバッケンハイムへ行く機会が多かった。

子育ても無く、ただ家でヨーナスの帰りを待つだけの生活は退屈だと、嫁は働きに出ることを希望した。

二人で働いていれば、子供が出来た時でも生活に余裕が持てるし、妊娠が分かったら辞めれば良いということで、ヨーナスも嫁が働きに出ることに賛成したのだが……結果的には、これが良くなかった。

元々、ヨーナスは淡泊で、嫁は夜の営みに不満を抱えていた。

嫁はヨーナスの留守に間男を自宅に引き入れて、浮気を繰り返していた。

ある時、ヴォルザードへ向かう護衛依頼を受けたヨーナスは、途中の道が崖崩れで通れなくなったために、マールブルグへと引き返して来た。

そして、予定外の日に自宅に戻ったヨーナスは、意図せず嫁の浮気現場に踏み込むことになった。

予定外の帰宅で、嫁を驚かせるつもりが、浮気相手と情事の真っ最中に遭遇することになり、ヨーナスは間男を半殺しにして叩きだし、ついでに半裸の嫁も家から叩き出した。

それ以後、ヨーナスは嫁を貰うこともなく地味な冒険者稼業を続けてきた。

三十代の半ばを過ぎると、冒険者は引退を意識し始める。

日頃の鍛錬の度合いなどで個人差はあれども、徐々に肉体は衰え始めるからだ。

引退後の生活も、冒険者によって様々だ。

ギルドの職員として採用される者もいれば、懇意にしていた商会に雇われる者もいる。

若いうちに稼ぐだけ稼いで、老後は悠々自適の生活をする者もいれば、貯えを使い果たし、酒で体を壊して物乞いとして路上で生涯を終える者もいる。

ヨーナスは、同年代の冒険者の中では堅実な暮らしをしてきた方だ。

意識を失うほど酒に溺れることもなく、娼館の女に入れあげて稼ぎを注ぎ込むこともなかった。

それなりに貯えもあるので、日雇いの適当な仕事をする程度でも暮らしていけるだろうが、引退するまえに冒険者として生きた何かを残しておきたいとヨーナスは考えるようになっていた。

そんな時に現れたのがダンジョンだ。

ランズヘルト共和国でダンジョンと言えば、これまではヴォルザードのダンジョンを指す言葉だった。

洞窟のような場所が多く、宝石や貴金属が取れる場所としても知られている。

その一方で、魔物に挟み撃ちにされたり、行き止まりに追い込まれたりして命を落とす冒険者が後を絶たない場所でもある。

マールブルグで生まれ育ったヨーナスは、ヴォルザードのダンジョンの話は聞いたことがあるが、実際に足を踏み入れたことは一度も無い。

冒険者が生き残るのに一番良い条件とは、勝手知ったる場所で戦うことだ。

どこに何があるのかも分からない場所で戦うことは、当面の敵以外にも注意を向ける必要があり、それだけでも相手を利することになる。

ヨーナスは、生き残る確率を上げるために、極力よく知っている場所での依頼を選んできた。

なので、未知の空間であるダンジョンについては、興味を持ってはいたが、危険を避けるために足を踏み入れなかったのだ。

「だが、最後にひと花咲かせるには、悪くない場所じゃないのか……」

ヨーナスは、ダンジョンに挑むという決断を下した。

突如として現れたダンジョンに対して、マールブルグのギルドはBランク以上の冒険者に限定して、内部調査依頼を出した。

ヨーナスは、この調査依頼に応募してダンジョンに足を踏み入れたが、生きて帰ることを最優先にした及び腰の攻略だった。

それでも、ヨーナスはダンジョンという存在を堪能した。

鉱山だったはずの場所は、少し進んだだけで広々とした草原になった。

草原の先には森があり、何よりも地下なのに空が広がっているのだ。

ヨーナスは、探索に応募した十人の冒険者と共にダンジョンに入った。

そのうちの五人は同じパーティーのメンバーで、残りの五人がソロの冒険者だった。

パーティーの五人はまとまって行動し、ソロの五人は自由に探索を行い、それぞれが成果を持ち帰ることになった。

九人が出発した後、ヨーナスは一人でダンジョンの一階層の入口に残って地形の把握に努めていた。

そもそも、地下に降りていたはずなのに、一階層の入口は岩の割れ目から上がって来る形だった。

しかも、草原のあちこちには、同じような岩が点在していて、間違えると地上に戻れなくなるような気がしたのだ。

ヨーナスは地形を把握した後、入口の岩にも目印を付けてから草原へと踏み出した。

草の丈はヨーナスの膝ぐらいまでだったのは歩き始めて一分程で、そこから踝ほどに短くなったり、腰ぐらいまで長くなったり変化し始めた。

しかも、一見しただけでは、それほどの丈の変化があるようには見えないのだ。

「これは、本当に気を付けないと入口を見失ってしまう」

十分ほど歩いて森の入口まで来たヨーナスは、草原を振り返って言葉を失った。

見渡す限りの草原のあちこちに、同じような岩が見えるのだ。

地形を把握しながら歩いてきたヨーナスでさえ、入口だった岩がどれだったか分からなくなりそうだった。

ヨーナスは、森の入口の木に入口の岩への方向と歩数を刻み込んだ。

近くの木には、先行した誰かが刻んだらしい傷が残されていた。

ヨーナスが耳を澄ますと、微かではあったが、金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。

「誰かが戦闘……いや、何で金属音が聞こえたんだ?」

ヨーナスは少し考えた後で、足跡が残っていない方向を選んで森へ入った。

上手く言えないが、何となく不穏な感じがしたからだ。

木の幹に目印を刻みながらヨーナスは森を進み、十分程歩いたところでゴブリンの群れと遭遇した。

数は五匹で、一人で片付けられない数ではないが、ヨーナスは戦うよりも観察することにした。

ゴブリンたちは、森の中で足元ばかりを見て歩き回り、虫を捕まえては口へと運んでいる。

ヨーナスは三十分ほどゴブリンの観察を続けたが、地上で暮らしている者と大きな違いは感じられなかったので、思い切って討伐を試みた。

十分に狙いを定めて、五匹全部が狙える場所で風属性の攻撃魔法を放った。

直後に一気に距離を詰め、突然攻撃を食らって混乱しているゴブリンたちに止めを刺していった。

「な、なんだこれは……」

ヨーナスが倒したゴブリンたちは、キラキラと淡く光る粒子となって消えてゆき、後には五個の魔石と錆びたナイフが二本残された。

ヨーナスは魔石を拾い上げて眺めてみたが、地上で討伐したゴブリンのものと見た目は変わらないように見えた。

魔石を拾い集めた後で、ナイフを手にしたヨーナスは不思議な感覚に囚われた。

「魔力を吸われている……?」

ヨーナスはナイフ二本も拾い集め、そこで探索を打ち切って地上へと戻った。

ギルドに魔石とナイフ一本を提出して報告を終えたヨーナスは、自宅に戻ると持ち帰ったもう一本のナイフを研いでみた。

ナイフは刃幅が広い武骨な造りで、錆びて刃もボロボロではあったが、研ぎを重ねていくうちに怪しい輝きを放ち始めた。

研ぎを入れている最中も、ヨーナスはナイフに何度か魔力を吸われ、その度に自分の体の一部になっていくように感じていた。

研ぎ終えたナイフは、刃先の鋭いハンティングナイフで、新しいグリップを付けると、吸いつくようにヨーナスの手に馴染んだ。

何より、魔力を流すと硬い材木でさえもスッと切断するほどの切れ味を見せた。

「こいつは魔剣の一種じゃないのか……」

ヨーナスは、手に入れたナイフと共に、ダンジョンの探索にのめり込んでいた。