軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クラウスの思惑

「ケントです、入ります」

影の空間から覗いて、来客が無いのを確認してクラウスさんの執務室に入りました。

「おぅ、どうした。まさか、ドラゴンが暴れだしたとか言うんじゃねぇだろうな?」

「いえいえ、ドラゴンは相変わらずマイペースで暮らしてますよ」

「ちゃんと監視は付けてるんだろうな?」

「勿論です。何かあったら、すぐに知らせが来るようになってます」

「そうか、それならばいい」

ドラゴンが飛来して、地震が起こって、あちこちで火災が発生し、マールブルグでは鉱山がダンジョン化して……クラウスさんも忙しい日が続いています。

かつてのグテ~っとした感じじゃなくて、本当に疲労が蓄積しているように見えますね。

「それで、今日は何の用だ?」

「はい、魔の森を抜ける街道の件なんですが……」

「何か起こったのか?」

「街道も野営地も問題無いんですが、ラストックで足止め食らってる連中がおりまして……」

アマンダさんのお店で話題になった、ジョーたちの話をクラウスさんにしました。

「あぁ、そういう事が……だが、当初の予定通り、十日経つまで解除も特例も認めないぞ」

「えっ、なんでですか?」

「いい機会だからだ」

「いい機会……?」

「あぁ、最近ちょっとCランクの連中がヌルいって、ドノバンと話していたところだからな」

「ドノバンさんと……どういう意味ですか?」

「景気が良すぎてな、上を目指そうって気が感じられないってことだ。ケント、お前にも責任の一端はあるんだぞ」

「えっ、僕がですか?」

「いい機会だ、仕事も落ちついたし、ちょっと話しておこう」

そう言うと、クラウスさんはベアトリーチェにお茶を淹れるように命じて、僕を応接ソファーに誘いました。

「ケントも知っての通り、かつての魔の森はBランク以上の護衛が必須という条件だったが、実際にはAランクの連中が命懸けで通り抜ける場所だった」

僕も知らない話でしたが、かつては魔の森を抜けるのには、囮となる生きた羊やヤギを連れて行ったそうです。

「ロックオーガやギガウルフ、そんな連中とまともにやり合っていたら命がいくつあっても足りねぇから、足の腱を切って動けなくした羊を放り出して、そいつが食われている間に逃げたのさ」

「囮が足りなくなったら……」

「そいつは、お前も良く知っているんじゃねぇのか?」

そう言えば、初めて魔の森を通り抜けた時、襲われた馬車の近くに隷属の腕輪が落ちていました。

もしかすると、奴隷を囮に使おうとしていたのかもしれません。

「そんな思いをしてでも魔の森を通り抜けていたのは、人間の営みが魔物なんかに負けないと証明したいという思いがあったからだ」

「それじゃあ、商隊の生き残りだ……なんて言って騙したのは、とんでもない事だったんですね」

「いいや、お前の立場だったら、あれは最適な方法だったぞ。実際、みんな優しくしてくれただろう?」

「はい、それはもう、申し訳なくなるぐらいでした」

「実際に死に掛けた末に辿り着いたんだ、そんなに恥じることじゃねぇよ」

クラウスさん曰く、当時魔の森を越えて来た商隊の扱う品物は、どれも破格の高値で買い取られていたそうです。

それは、魔の森を越えるという偉業を達成した者たちへのリスペクトだったそうです。

「ところが、そんな状況を変える奴が現れた」

「僕……ですか?」

「お前以外に居ないだろう。それまでAランクが命懸けで通ってきた街道が整備され、Bランクの冒険者の護衛でも大丈夫になり、今は商人どもに押されてCランクでも良いことになった」

「あぁ、なるほど……Cランクまで護衛のランクを落としても、それでも護衛の冒険者が足りないぐらい往来が盛んになり、冒険者の懐が暖かくなった……って、ことですね?」

「そういう事だ。今やCランクまで上がれば生活には困らない、Bランクを目指す必要は無いって考える連中が増えてきちまったんだよ」

そうした状況によって、様々な弊害が現れつつあるそうです。

例えば、Dランク以下の冒険者は、早くCランクに上ろうとして無茶をするケースが増え、実戦訓練場を作ったにも関わらず、死亡する者が増えているようです。

「ケント、上を目指すことを止めた連中が、どうなるか分かるか?」

「えっと……努力をしなくなって、腕が鈍る?」

「その通りだ。Cランクに上って、これで楽が出来るとばかりに訓練を怠り、実際の力量はDランク以下に逆戻りしている連中も少なくないようだ」

「それって、マズいですよね?」

「あぁ、マズいなんてもんじゃないな。ランク制度を揺るがすような事態だが、魔の森が安全になりすぎて、それでも表面上は何事も無く回っていたんだよ」

魔の森を抜ける街道が安全になったと言っても、街道から離れれば、そこは依然として危険な森のままです。

そのため、野盗などがアジトを作れず、結果としてリバレー峠越えをする街道よりも安全度が高くなっています。

「つまり、僕が魔の森を抜ける街道を安全にしすぎたから、冒険者の質が低下している……ということですか?」

「まぁ、そうなんだが、ケントに文句を言うつもりは無ぇよ。街道は安全な方が良いに決まってる。そのおかげでリーゼンブルグとの交易が盛んになって、ヴォルザードの街は潤っているんだからな」

「なるほど、だからこの機会に、一部のCランク冒険者を足止めされたままにして、早くBランクにあがらないと駄目だ……って、思わせたいんですね?」

「そういう事だ。だが、結果として交易を止めるような措置だからな、こんな機会でもなければ実施できない。まぁ、ジョーとかは上を目指してるみたいだから、とばっちりだな」

ジョーも鷹山も、新旧コンビもたぶん、こんな事態が無くてもBランクを目指しているでしょうから、クラウスさんの言う通り、とばっちりを受けた格好です。

それでも、他のCランク冒険者に奮起を促すためには、予定通りに規制を続けるべきなのでしょう。

「あと五日ぐらいだろう? まぁ、諦めて大人しくしているか、ラストックで訓練に励むんだな」

「そうですね、そういった事情があるなら、僕から規制を解除しろとか、特例を認めてほしいとは言えませんね」

「これ以上、冒険者の質を落としていたら、万が一の時に街を守れなくなるからな」

魔の森と境を接するという地理的条件に加え、ダンジョンも擁しているからヴォルザードの冒険者は、ランズヘルト共和国の中では一番質が高いとされてきたそうです。

「だが、今のような状態が続いていけば、あっと言う間にマールブルグの連中に抜かされちまうだろうな」

「それって、ダンジョンのせいですか?」

「そうだ、ノルベルトの爺ぃ、早速ダンジョンを冒険者どもに解放したらしい」

「えっ、もうですか? 危なくないんですか?」

「危なくないダンジョンなんか無ぇよ。ダンジョンってのは、冒険者が命を張って切り拓き、一獲千金を目指す場所だ。当然命を落とす奴は居るだろうが、冒険者のレベルは跳ね上がるぞ」

なるほど、ヴォルザードの冒険者の質が下がるのを食い止め、マールブルグに抜かされるのも防ぎたいんですね。

「ますます冒険者を目指す人が増えそうですね?」

「その通りなんだが、物事には限度ってものがあるからな。他の商売に就く者が減れば、ヴォルザードの成長は見込めなくなる。だから、せめて死ぬ冒険者を減らそうと、実戦訓練場を作らせたんだがなぁ……」

どうやら、なかなかクラウスさんの思い通りには進んでいないようです。

「とりあえず、魔の森の規制の件は了解しました。ジョーとかシューイチには、さっさとBランクに上れば良いんだよ……とでも言っておきますよ」

「あぁ、そうしてくれ。あいつらは、若手の目標になりつつあるからな」

「あの、僕は……?」

「はんっ、嫁を五人ももらう野郎を目指されたら困るんだよ」

「ですよねぇ……」

とりあえず、ジョーたちはまだ帰って来られそうもないので、手紙の配達でも請け負ってあげましょうかね。