軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領主の代替わり(後)

しばらく泣いて落ち着いたルシアは、ユラナに付き添われて自分の部屋へ行った。

ユラナの話ではすぐに眠ったそうだ。

俺がいない間、ルシアはずっと気を張っていたのだろう。

領民たちがひっきりなしに訪れる中、俺は自分の部屋に戻って騎士の制服を脱いだ。

ずっと馬を走らせたから、制服はかなり汚れている。

俺は王国軍の第二軍に属していて、長距離を移動することは日常だった。日々訓練を重ねていたから、ラグーレンまで駆け続けることができた。

馬たちも、長い距離を走ることに抵抗を示さなかった。

「……馬たちには悪いことをしたな」

国の危機でも、国王陛下の権威にかかわることでもなく、個人的な事情で潰す覚悟で走らせるなんて、俺は騎士として失格だ。

だが、それも当然かもしれない。

——俺は王国への忠誠よりも、小さな領地と健気な妹を守ることを選んだ。

任務より大切なものがある人間は、王国軍の騎士としては不要だ。……俺がそんな中途半端な状況を許せない。

「もう少し、長く着ると思ったんだがな」

そうつぶやいてみると、思ったより子供じみて聞こえた。

やはり俺は、国家のために生きる騎士には向いていなかったのかもしれない。

また、外が騒がしくなった。

領内の村長たちが集まってきたようだ

親父は体が弱かったくせに、よく領地の隅々まで回っていた。だから村長たちのことは家族構成まで知っていて、祝い事があるたびに顔を出していた。

そんな親父だったから、村長や領民たちは駆けつける。

日が暮れた頃合いなのに、自分たちの家族と明日の仕事を放り出して。

「……親父は、いい領主だったな」

今日から俺は領主の息子ではない。

この瞬間からすでに領主代行であり、近いうちに領主とならねばならない。

感傷は後だ。

「しっかりしろ。お前はルシアの兄なんだ」

壁にかけた小さな鏡に向けてささやく。

葬儀の準備はすでに進んでいる。埋葬まで終わったら、できるだけ早く爵位を継がねばならない。

復興の手を緩めるわけにはいかない。借金も山のようにある。

これからは俺がラグーレンを守る。そのために何が必要かを考えていかなければならないのだ。

手早く領主代行らしい上着を羽織り、部屋を出ようとした時に机が目に入った。

窓辺の机の上に、俺は騎士の制服を置いた。剣もそれと並べているし、第二軍の青いマントは椅子の背に掛けた。

シワにならないように丁寧に畳んでいるのは、ただの癖だ。無意識のうちにそうしていたらしい。

——もう、あれを着ることはないだろう。

そう考えても、特に感傷はわかなかった。

葬儀はとどこおりなく行われた。

親父の手配は完璧だった。不慣れな俺が戸惑わなくてもいいように、細かなことまで気を遣ってくれたようだ。あるいは……ルシアだけでも問題ないようにしていたのかもしれない。

葬儀が終わると、俺はすぐに王都へ向かった。

休暇中という扱いだったが、俺は私服のまま軍本部へ出向き、退官の申請をした。顔色を変えた事務官たちが慌ただしく走って行くのを見届けることなく、その足で爵位継承のための手続きの申請へ向かう。

親父の死はすでに知らせてあったから、全ては滞りなく進んだ。

爵位継承の簡単な儀式は、新兵時代の上官たちが立ち会ってくれた。

俺はラグーレン子爵となり、復興途中のあの地は俺の所有領となった。騎士舎にあった部屋は引き払い、わずかな荷物は箱に詰めて荷馬車に乗せる。

荷馬車には余裕があったはずだが、気のいい仲間たちが餞別と称して大量の箱を押し付けていった。

いくつかの中を見たが、酒以外は復興の過程やこれからの領地経営に役に立つものばかり。あいつらの気持ちがありがたい。

同僚たちが特別に丁寧な手つきで運んできた箱には、日持ちのする菓子などが入っていた。王宮の女性たちが選んでくれたそうだ。

疲れている領民たちにも、少しずつ分けてやれるな。

見るからに高級そうな菓子もあった。ルシアはきっと喜ぶだろう。

馬に乗ろうとした俺は、ふと東棟を見上げた。

王宮の一角にありながら、要塞そのもののような威容を誇るこの建物は、王国軍の本部でもある。

騎士となった日からは、ここが俺の場所だった。

だが、もう縁がなくなる。

そう思うと、何とも言えない寂しさが胸に広がった。愛馬がなぜ厩舎に行かないのかと不思議そうにしているように感じて、ため息をついてしまう。

これは未練だ。——それでも後悔ではない。

「……さあ、戻ろうか」

荷馬車の準備をして待っていたロブに声をかけ、馬に跨る。ロブは何か言いたそうな顔をしていたが、首を振って馬に鞭を入れた。

荷馬車の車輪が回る。

俺も馬を歩かせようとして、ふと視線を感じて振り返った。

制服を着た男たちが俺の見送りに集まっている。任務の途中と思しき男たちもいたが、その中心に派手な銀髪の男がいた。

気まぐれで足を止めただけのように、あいつはすぐに歩き去っていった。相変わらず忙しそうにしているな。

だが……あいつのことだ。俺の出発に合わせてくれたのだろう。

「殿下から手紙だ。その……がんばれよ」

同僚が封筒を差し出す。受け取ると、フィルの少し癖のある字で宛名が書かれていた。

礼を言って、俺は馬を進める。

東門を抜けながら封をしていないままだった封筒を確認すると、中には手紙が二通入っていた。

一通は俺宛、もう一通はルシア宛のようだ。

ルシア宛の手紙には、葬儀に参列できなかったことを詫びる旨が丁寧に書かれていた。内容に問題はない。このまま渡してやろう。

しかし、俺宛の分はもっと簡単に書かれている。

『近いうちに訪問させてほしい』

文面はこの一文だけだ。筆跡もルシア宛のものと違って走り書きに見える。紙も便箋というより、ただのメモ紙だ。

第二王子殿下からの手紙にしては、全てが雑だった。

「……だが、あいつらしいな」

あの男は俺に対しては気取ろうとはしない。

身分も立場も違う俺たちだが、散々一緒に馬鹿なことをしてきたから、当然か。

久しぶりに、じわりと笑いが込み上げてきた。

狙っていつも通りにしてくれているのだろうが、それ以上にあいつは時々俺の緊張を緩めるようなことをしてくれる。

東門を抜けたところで、俺は馬を止めて城壁を振り返る。

もう、重い気持ちはない。

前を向くと、ロブが荷馬車を操っていて、王都の広い道がずっと先まで続いている。

いくつもの角と分かれ道を経て、ラグーレンへとつながる道だ。

俺は再び馬を進めて荷馬車を追いかけた。

ラグーレンに着いたのは夕方。

馬を降りて厩舎へ連れて行ってから、荷馬車から箱を運ぶのを手伝う。

一通り片付けたところで、高級な菓子の箱だけを抱えて台所へ行く。そこではユラナとルシアが食事の支度をしていて、俺に気付くとルシアがぱっと駆け寄ってきた。

「お兄様、お帰りなさい!」

明るくそう言ってくれた顔はもうしっかりしていて、俺はほっとした。同時に……こんなに大人びた顔をさせてしまった状況が不憫になる。

それでも、俺の心が明るくなるのを感じる。妹に言われた「お帰りなさい」の言葉がとても嬉しいようだ。

「ただいま、ルシア。美味そうな匂いがするな」

「シチューよ! 私も手伝ったの!」

「そうか、それは楽しみだ」

大人びた顔をする妹の頭を、今まで通りに撫でる。

ルシアは少しだけ嬉しそうな顔をして、それからまた夕食の支度の手伝いに戻る。

皿の準備を手伝いながら、俺は手を止めて台所を見る。

温かいのに、どこか物足りない光景だ。

——親父がいないから。

でも今までも、俺がいない間はこの皿の数だったはずだ。

そして、これが新しい日常となる。

俺の新しい居場所が、この古びた家になったように。

そう思った瞬間に頭に浮かんだのは、帰り道に見たラグーレンの風景だった。

夕日の中に浮かぶ家々、柵内へと戻る途中の羊の群れ、薪を割る音、手綱を持つ子供を引きずりながら寄ってくる牛たち。

当たり前で、平凡な風景だ。

だが、ぽっかりと空いた心の穴にじわりと入っていく。

それが誇らしさなのだと気付いたのは、翌朝に窓を開けて外を眺めている時だった。

(番外編 領主の代替わり 終)