軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(33)舞踏会

楽しそうな音楽が流れる中、私たちは会場に入りました。

フィルさんが案内してくれたのは、国王陛下の玉座がある大広間ではなく、その隣の、少し小さな広間がいくつも連なった場所でした。

雑然と人がいて、楽しそうに踊っている人がたくさんいます。

私が知っている顔もいくつもありますから、子爵とか男爵くらいの貴族が多いようです。その他にも、フィルさんのようにきっちり目元を隠す仮面をつけている人もいました。

全体的に若い人が多くて、純粋にダンスを楽しむ空気があります。

伯爵以上の高位貴族は、ここではなくメインの大広間にいるのでしょう。

ゴルマン様やイレーナさんの姿もないようで、密かに身構えていた私は安心しました。

「何か飲み物を取ってこようか? それとも、次の曲から踊る?」

「お腹はいっぱいだから、踊りたいわ」

私が頷くと、フィルさんはアルベス兄様を振り返りました。

「お前はどうする?」

「知り合いがいたから挨拶してくる。その後は、腹が減ったから何か食べているよ」

「おいおい、それはダメだろう。誰かをダンスに誘えよ」

「俺に誘われて喜ぶ令嬢なんていないよ。ルシア、また後で」

お兄様はそれだけ言って、もうどこかへ歩いていきます。

見送っていると、身なりが良くて恰幅も良い男性に挨拶をしていました。

……女性の知り合いではないんですね。

うん、知ってました。

「あれはバロイス伯爵だな。こちら側にいるのは珍しいな」

どこかで聞いたお名前です。

えっと確か……ゴルマン様の結婚式の日にいた若い騎士のご家名、でしたか?

「令息の嫁探し、といったところか。バロイス伯爵家には令嬢はいないから、アルベスも適当に相手をすれば良いのにな」

「でも、顔を繋いでおいて悪くはないお方でしょう?」

「ラグーレン子爵にとってはね。でも今日はそうじゃないだろう。あいつの嫁候補を探すんじゃなかったのか?」

「うーん、そうなんだけど、お兄様はああいう人だし、高位の方々に気に入ってもらえれば、どこかで縁を紹介してもらえるかもしれないし。私もご挨拶した方がいい?」

「……いや、だめだよ。伯爵に目をつけられたら大変だ」

フィルさんは低くつぶやきました。

私が聞き返そうとした時、ちょうど曲が終わりました。

踊っていた人々は、曲の終わりに合わせてパートナーに挨拶をしています。一部は端へと戻ってきますが、ほとんどが続けて踊るようですね。

「ルシアちゃん。お手をどうぞ」

フィルさんが恭しく手を差し出しました。

その動作は美しく、姿勢は完璧です。目元を隠す仮面の下で、フィルさんはにっこりと笑いました。

「とりあえず、三曲ほどお相手をお願いします」

「三曲も?」

「ルシアちゃんなら、そのくらい平気で踊れるとアルベスから聞いているよ」

「もう、お兄様ったら!」

私はお兄様がいる辺りを振り返りました。

まだバロイス伯爵と話をしているようですね。他にも近くにいる何人かと笑っていました。

アルベス兄様は、ダンスよりもっと現実的な仕事をしているようですから、それはそれでよしとします。

私はフィルさんに向き直り、少しすました顔を作りました。

「私、舞踏会では二曲以上踊ったことがないの。緊張して足を踏んだら許してね」

「僕は騎士だよ。体力と頑丈さには自信がある」

私が手を乗せると、フィルさんはごく自然に広間の中央へと促しました。

フィルさんは、三曲と言いました。

でも、私たちは五曲続けて踊っていました。

周りにいるのは私と同じくらいの年頃の人ばかりで、同じくらいずっと続けて踊っている人は何人もいます。

出会いの場と見做している人は、私が踊っている間に何度も入れ替わっていきますし、純粋にダンスを楽しんでいる人は軽く汗ばみながら、目が合うとお互いに笑っていました。

ずっと踊り続けている令嬢たちは、田舎の領地で十分に体を動かしているのだと思います。

ラグーレン家ほど切迫していなくても、子爵とか男爵のレベルなら、領主の娘が歩き回ったり馬に乗ったりするのはよくありますから。

私も、お父様があんなに早く亡くならなかったら。

そうしたら、あの令嬢たちのようにきれいな手をしたまま、元気一杯に体を動かしてダンスを楽しんでいたでしょう。

……でも、その場合のダンスの相手はゴルマン様でした。

私はちらりとフィルさんを見上げました。

髪の色を染め、目元に仮面をつけたフィルさんは、私の視線に気付くと軽く首を傾げました。その間も足元のステップは間違えませんし、力強い手で私をくるりと回します。

もし、お父様がまだ生きていて、ラグーレン家も切迫していなかったら。

私はゴルマン様の婚約者で、舞踏会ではゴルマン様としか踊れなくて、こんなに何曲も続けて踊ることはできなかったでしょう。

背の高さを強調するような髪型もできなかったし、ステップを踏む時も爪先立ちにならないように気を遣って、こんなに楽しくは踊れなかったはずです。

いろいろあったけれど。

私は……ゴルマン様との婚約が破棄されて、よかったです。