作品タイトル不明
1. リエラの不運
どうやら私という人間は、生まれた瞬間から運がなかったらしい。
大陸の中では中堅国の、このベルティア王国。王都から遠く離れた場所に小さな領地を与えられた我がローゼン男爵家は、貴族とは名ばかりの貧しい家だった。
人口は少なく、大きな産業はない。外へ売り出せる特産品といえば領内で採れる薬草くらいだが、それも大きな収益は上がらない。
でも貴族としての義務や見栄はあるものだから、出費ばかりがかさんでいく。
私は、そんな典型的な貧乏下位貴族家の長女、リエラ・ローゼンとして生を受けた。
けれど運がないというのは、別に貧しい貴族家に生まれたことじゃない。
私の二つ年上の兄アントンは、このローゼン男爵家の嫡男。頼りなくて影が薄い人だが、美しい水色の瞳に父親譲りの明るい金髪を持って生まれ、とても美しい見目をしている。
そして、私の一つ年下の妹マチルダは、緩く波打つ真っ赤な髪に、艶やかな紫色の瞳という、母譲りの華やかな色彩を持って生まれた。そのうえ、お人形のように整った可愛らしい顔立ちをしている。成長するにしたがい、彼女は周囲の視線を独占するほどの魅力を振りまくようになった。そんな兄妹二人、特に妹のマチルダは、両親に溺愛され何不自由なく育っていた。
二人の間に挟まれた私の不運は、このあまりにも平凡な栗色の髪と、ややもすれば真っ黒に見えるほど濃い紺色の瞳を持って生まれてしまったことだ。両親どちらの色も、何一つ継がなかった。
別に大した問題じゃないと思われるかもしれない。けれど、私の両親であるローゼン男爵夫妻は、とにかく見栄を張りたい人たちだったのだ。
容姿端麗であることを何よりの自慢としている二人は、自分たちと同じような華やかな見目の子の誕生を望んでいた。社交界で威張れるような地位もお金もないローゼン男爵夫妻は、他の貴族たちの気を引き羨ましがられるために、せめて美しい子に恵まれたかったのだろう。
そんな二人だから、平民によく見かけるようなごく普通の栗色の髪と、暗い色の瞳を持つ私を忌み嫌っていた。
妹のマチルダを出産した直後に、母が「そう! この子よ! 私はこんな美しい娘を産みたかったの!」とベッドの上で叫び狂喜したというのは、我が家ではあまりにも有名な逸話だ。数少ない使用人たちも皆知っていて、私を憐れんでくれている。
私は持って生まれたもののために、愛されない子どもとして、孤独な幼少期を過ごしたのだった。
この王国の貴族家の子女たちは、十二歳を過ぎると貴族学園に通いはじめる。法律でそう定められているわけではないけれど、貴族たちにとってより格式高い学園に我が子を通わせることは、家の威信を示すためにも欠かせなかった。特に高位貴族家は、王族も通う王都の有名な王立学園に子女を通わせるのが常だった。
我が家には、三人の子どもを貴族学園に通わせるような金銭的なゆとりは一切なかった。それなのに、両親はやはり見栄を張ったのだ。
「嫡男が貴族学園に通わないなど、考えられない。マチルダも、せっかくあれだけの美貌を持って生まれたのだ。良い人脈や結婚相手を見つけるためにも、やはり貴族学園一択だろう。だが、リエラはあの容姿だ。良い家柄の令息と縁を持てる可能性もないのに、高い学費をかける必要はない。いずれ領地の仕事を手伝わせるためにも、実務に必要な知識を学べる平民学校に通わせておけばいいだろう。どうせ社交の場に出すことも、さほどない」
父であるローゼン男爵のこの考えで、我が家の教育方針が決まった。いつ没落してもおかしくないほど貧しい、ローゼン男爵家。どれだけ多くの貴族家に掛け合っても、嫡男と娘二人の婚約者になってくれる相手が決まらず、父は焦っていたのだ。大人しく裕福な商家とでも縁談を決めればいいものを、見栄っ張りな両親はあくまでも貴族との結婚にこだわった。
そういうわけで、兄アントンと妹のマチルダは、学園に通う十二歳になると、領地の屋敷から王都の小さなタウンハウスに移り住むことが決定した。そこから王国最高峰の王立学園に通うのだ。私だけは領地に残り、父が適当に決めた近くの平民学校に通うこととなった。
(お兄様とマチルダの学費、本当に大丈夫なのかな。うちにそんなお金、あるのかしら……)
平民学校に通いはじめた弱冠十二歳の私は、漠然と心配するようになっていた。
数少ない使用人に、手入れの行き届かない古びた屋敷。あまり美味しくないパンやスープに、固いお肉が少しだけ添えられた、毎回ほとんど変わらないメニュー。二、三枚しか持っていない普段着のワンピース。
子どもの私でも、自分の家が裕福でないことには気付いていた。
だけど両親はよく兄妹を連れて出かけていたし、そんな時は普段着よりもはるかに豪華な衣装やアクセサリーを、きらびやかに身に着けていた。
買い物や観劇、お茶会などに出かけていく家族たちを見送るたびに、私はそこはかとない不安を覚えたのだった。
妹のマチルダが十二歳になると、母と妹は王都のタウンハウスにいそいそと引っ越していった。
父と兄はすでにそちらに住んでいたので、私は十三歳の頃から、家族の中で一人だけ領地の屋敷に暮らすことになった。
出発の日、家令とともに玄関ポーチまで見送りに出た私に、マチルダが勝ち誇ったような笑みを向けてきた。
「じゃあね、お姉様! あたしは華やかな王都で新しい生活を楽しむわ。素敵な婚約者を見つけなくっちゃ!」
そんなマチルダを見つめ、母が微笑む。
「そうよ、マチルダ。あなたのその美貌に全てがかかっているの。王立学園で、望みうる限り最高のご令息を射止めてちょうだい。我が家の命運を背負っていることを忘れないでね」
「うふふ、分かってるってば。あたしなら大丈夫よ、お母様。最高のお相手を捕まえてみせるんだから!」
両親から溺愛され、甘やかされて育った妹は、自分がとてつもなく可愛い容姿であることをはっきりと自覚していた。そして大層自信過剰で、我儘な性格の女の子に育っていた。
馬車に乗る前、母は面倒そうな顔で私を一瞥すると、冷たく言い放った。
「私たちの目がなくなったからといって、勉強を怠けるんじゃありませんよ、リエラ。学校に通わせてもらえることに感謝して。何度も言ったけれど、お前を学校に行かせるのは、領地の仕事を手伝わせるためなんですからね。お前にはどうせろくな縁談なんか来ないのだから、せめて仕事くらいはできるようになって、しっかり役に立ちなさいよ。分かったわね?」
「……はい、お母様」
言葉の一つ一つに小さく傷付きながら、私がそう返事をすると、母は露骨にため息をついた。
「嫌ねぇ。本当に根暗で、可愛げがないんだから。……さ、行きましょう、マチルダ」
「はぁい。ああ、わくわくするわぁ、王都……! 流行りのドレスやおしゃれなお店も、全部楽しみ!」
はしゃぐマチルダと母を乗せた馬車が、屋敷の敷地を出て遠ざかっていく。それをぼんやりと見送っていると、家令のオットーが私に優しく声をかけてくれた。
「のんびりと過ごしましょう、リエラお嬢様。大丈夫でございますよ。我々がおそばにおりますから」
「……ええ! ありがとう」
私はオットーを振り返り、笑顔でそう答えた。オットーは五十代くらいの、穏やかで優しい男性だ。
彼と数人の使用人たち、そして私だけの生活が、今日から始まる。
彼らがいてくれるから、心細くはなかった。これからは両親や妹の辛辣な言葉に傷付くことなく、自由に過ごせる。そう思うと、最後まで少しも家族から気にかけてもらえなかったというわずかな寂しささえ、すぐに忘れてしまえる気がした。