軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

91.第八章二話

「化粧水と保湿クリーム、想像以上に爆売れですよ爆売れ!」

ユベール公爵邸の応接室では、目をキラキラさせたマノンが大興奮で売り上げについての説明をしていた。ベルティーユは悠然と微笑を浮かべて静かにそれを聞いており、ジャンヌはしょうがないわねと言わんばかりのため息を吐いている。

ニフィ木や他の材料で作った化粧水と保湿クリームの販売開始からおよそ二週間。領地外の支店も含め、ユベール商会でも類を見ないほどの売り上げらしく、絶好調な結果に商会側も大満足な反面、対応が忙しいそうだ。

「東方の国で大注目の材料を使っているというだけでも流行りに敏感な上流階級のご婦人方にはすぐに広がるのですが、やはりお嬢様プロデュースというのが宣伝効果としては大変に莫大です!」

「私については最近色々と話題になっていて、新聞での露出も増えたものね」

「え……あ、そういうことではなく!」

婚約関連でまだまだ世間を騒がせているご令嬢が関わっている商品なので面白半分に手を出すのだろう、と聞こえる言い方をしたので、マノンが必死にフォローを始める。

「お綺麗なお嬢様がプロデュースなさっているならと信用が高く、お試しにでも購入してみようというお客様が多いのです! 商品の効果は間違いないので追加で購入するために再度来店なさる方が後を絶たず、口コミで更に話題になって新たなお客様がどんどん……!」

「ふふ、冗談よ」

「お、お嬢様〜」

「ごめんなさい」

上品に笑うベルティーユにジャンヌが声をかける。

「お嬢様、マノンをからかうのはほどほどになさってあげてください」

「ちゃんと反応してくれるから面白くて、つい」

「やめてくださいぃ」

またもマノンが大袈裟に嘆くので、ベルティーユは穏やかに目を細める。

「売り上げに繋がるなら、別に好ましくない理由で興味を持ってくれてもいいのよ。そういうお客様は実際それなりにいるでしょうし、人の興味は移り変わるものだから、使えるものは使えるうちに使わないと」

「強かでかっこいいです……!」

「それは初めての褒め言葉ね。ありがとう」

世間に何を言われようと、どのような注目のされ方であろうと、ベルティーユの生活を脅かす恐れがないのであればどうでもいい。利益になるのなら尚更ありがたい。それだけのことだ。

「それで、今日の報告は売り上げについてだけなの?」

「いえ、……商会にお嬢様への招待状が大量に届いています。おそらく公爵家にも直接届いてますよね?」

「そうね。こちらに届いた分は丁重にお断りしているわ」

そもそも、以前から招待状は来ている。婚約について話を聞きたいという貴族や記者が多かったのだ。しかし、ベルティーユが身を置いているのは社交を好まないユベール公爵家なので、接触を図ろうと行動に移すのを躊躇っていた者もいるだろう。それが、化粧品をだしに誘いやすくなった状況なのである。

「どうなさいますか?」

「私の意向で取り次ぎはしていないと周知して、それでも招待状が届くようならこちらで対応するから知らせてくれる? 手間をかけて申し訳ないわね」

「いえ、まったく手間などと思っておりません。ただ……よろしいのですか? ユベールは元から社交に積極的ではなく、リュシアーゼル様はご覧のとおりなのですが、ここはお嬢様にとっては新しい場所です。近くの領地のお嬢様方とご交流を持たれたほうが安心なのでは……」

婚約破棄に新たな婚約、養子縁組など、ベルティーユの環境は突然、大きく変化した。周りに以前から付き合いのある者がいないので、心を許せる相手を作ることが必要なのではとマノンは心配しているのだ。

「人とのお付き合いは疲れてしまったから、しばらくはいいの」

「……! 配慮が足りず申し訳ありませんっ」

「心配してくれたんでしょう? ありがとう」

ベルティーユはふわりと微笑む。

「ここは優しい人がたくさんいるから、私には充分すぎるわ」

「〜〜っ! 何かあればこのマノンをお呼びください! お嬢様からのお呼びであれば、何を放り出してでも即座に駆けつけますので!」

「私がおそばにいるからそんな日は来ないわ」

「ジャンヌはちょっと黙ってて!」

名残惜しそうに邸を後にするマノンを見送ったベルティーユが自室に戻ると、ほどなくしてリュシアーゼルがやって来た。ジャンヌが紅茶を用意して下がったので、部屋では二人きりである。

「――ピクニックに興味はあるか?」

「……ピクニックですか?」

「ああ」

リュシアーゼルは紅茶を一口飲んだ。

先ほどまでは『売り上げが好調だと報告書にあった』『はい、安心しました』という話をしていたのだけれど、区切りのいいところで少し間を置いたリュシアーゼルからの質問がピクニックについてだった。

「馬車で三十分ほどかかる場所に湖があるんだが、兄夫婦は春と秋にはそこでピクニックをするのが恒例だった。テオが生まれてからもそうで、私はたまに付き合わされていた」

(リュシアーゼル様がピクニック……)

あまり想像はつかないけれど、リュシアーゼルはテオフィルからの押しに弱いように、兄夫婦の押しにも弱かったのだろう。

「もう二年近く行っていないが、テオが行きたいと言い出したから予定を立てるつもりだ」

兄夫婦が亡くなり、テオフィルが呪いに蝕まれていたので、機会がなかったのは当然のことだ。

先代公爵夫妻の死は本当に突然のことだったと聞く。ユベール公爵家の傷は決して癒えていないはずだ。恒例の場所なら良い思い出がある分、悲しさもあるかもしれない。しかし、テオフィルが自ら以前のようにピクニックをしたいと言い出したのなら、リュシアーゼルとしては前向きに捉えているのだろう。

「貴女も一緒にどうだ?」

そう聞かれて、ベルティーユはもったいぶるように首を傾げる。

「それはお断りしてもよろしい話なのですか?」

「仲の良い婚約者アピールとして、契約上必要なことだと認識している」

「そうですね」

「それと、テオが貴女と行くのをとても楽しみにしている」

「まあ。それは卑怯な説得材料では?」

ベルティーユはおかしくて笑ってしまった。

「お断りは最初から選択肢にありませんね?」

「湖が苦手なら無理強いはしない」

「特にそのようなことはありせんよ」

「では決まりだな」

満足そうに口角を上げたリュシアーゼルが「日程はまた後日」と退室して、一人になったベルティーユはそっと目を伏せる。

(ちょうどいいかもしれないわ)

前々からやりたいと思っていたことを試してみようと決めたのだ。