軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

83.第七章七話

ベルティーユが泣いたことでぎょっとした彼はあたふたしながらも、まずはベルティーユを落ち着かせて公園に移動した。芝生に座り、しばしの時間を置いて彼が口を開く。

「何かあったのか?」

「……」

問われたけれど、正直に告白することはできない。母の命を奪って生まれてきた、みんなから疎まれてきたと、そんなことは伝えたくない。

誰にも愛されていない、生きていることすら罪な人間だということを、彼には知られたくないと思ったのだ。

黙っているベルティーユから無理に聞き出すことはしないほうがいいと判断したのか、彼は毎度お馴染みのパンをベルティーユに差し出した。

パンと一緒に、何か箱も持っている。

「……これは?」

「開けてみろ」

戸惑いながらも言われるままに箱を開けて中を確認すると、綺麗なペンダントが入っていた。

「お礼だ」

「お礼……?」

「子犬捜索の」

意味がわからず、ベルティーユは首を傾げる。

「助けてくれたことやパンのお礼が子犬捜しということになったはずでは……」

「パンと子犬の命を救ったことは明らかに釣り合わないと思ったんだ」

「いえ、ですから最初に助けてもらったのが」

「とにかく、これはお礼だ。返品は受けつけない」

頑なに彼はそう言うけれど、はいそうですかと簡単に引き下がることはできない。パンとアクセサリーではわけが違う。

「いただけません」

「そうなると、私は使わないから捨てるしかなくなるが」

「……お店に返品をすれば」

「今後、その店での買い物が気まずくなるな」

彼は膝を立てて頬杖をつき、ふっと表情を和らげる。

「そんなに高くはないものだから遠慮するな。いざという時には、売れば食べ物代くらいにはなる」

「そんなこと」

「そういえば、これを購入した店はそもそも返品不可だったな。今思い出した」

愉快そうに口角を上げた彼にどう返そうかと頭を悩ませていると、彼はベルティーユの手からペンダントを取った。正面からベルティーユの首の後ろに手を回して――何をするのかと思えば、手元が見えていないのでカチャカチャと少し苦戦してペンダントをつけたのである。

「うん。似合う」

そして、満足そうに笑ったのだ。

「身につけたから、もう私に返せないぞ。使用済みだからな」

「え、あっ」

そういうものなのかと、ベルティーユは自身の失態に気づく。「ええ……」と困惑して、唸って――最終的には根負けすることになってしまった。

首からかかっている冷たい感触に触れて、どう表していいのかわからない感情が湧いているのを感じる。

「……ありがとうございます。ずっと、大事にします」

「ああ」

「いつか、絶対に何かお返しします」

「そういうのはいらないと何度言えばわかるんだ」

「お返しします」

「わかったわかった」

おかしそうに「本当に頑固だな」と笑う彼に、ベルティーユはペンダントトップを握りしめる。ドキドキと胸が高鳴る。

誕生日のつらい出来事も、この瞬間は忘れることができた。

帰ってから、ペンダントは誰にも見つからないように隠した。使用人たちは掃除等はしないため、部屋をくまなく確認することはないのが幸いである。ベルティーユに命じた掃除のチェックも、見える部分の難癖が多いのだ。

次に出かける時はペンダントをつけて行こう。そう思っていた。

「えっ」

ある日、トリスタンとベルティーユが使っていたゲートが取り外され、新しくドアなどがつけられるのではなく、石材で出入り口を閉ざす工事が行われた。それを窓から目撃したベルティーユは、思わず声を上げた。

「あの出入り口、もう何年も使われてなかったのに、トリスタン様が邸から抜け出すのに利用してたらしいわよ」

「鍵がかかってたはずでしょ?」

「保管されてる鍵をこっそり持ち出してたらしいわ。しかも、お忍び中に鍵をなくしかけたことがあるとかで、それからは外から届く位置に鍵を置いてお忍びに行ってたそうよ。トリスタン様のやんちゃにも困るわね」

廊下から届いてくるメイドたちの会話を聞きながら、ベルティーユは呆然と工事を眺める。

ベルティーユが邸から抜け出すことは、この日からできなくなってしまった。

以降の生活では、彼との思い出やペンダントがベルティーユの心の支えになっていた。つらいことも頑張って耐えて、別邸で変わらぬ暮らしを送った。

そして、十歳の時。ベルティーユが本邸に移ることが決まった。

理由は第二王子との婚約が進められたことだ。ベルティーユへの配慮など一切なく話は進み、従うしかなかった。

しかし、ベルティーユは基本的な教育を受けておらず、別邸にあった本による偏った知識しか身についていない。加えて、やせ細った不健康な体で婚約者に会わせるわけにもいかないとなり、最低限の振る舞いは身につけさせなければと教育期間が設けられ、初めて婚約者と顔を合わせたのは十一歳になってからだった。

「初めまして、ベルティーユ嬢」

顔合わせでウスターシュを見た瞬間、ベルティーユは彼だと気づいた。嬉しさや気恥ずかしさ、ペンダントをもらってから会いにいくことができなくなった申し訳なさ、色んな感情が渦巻いていた。

綺麗に微笑む彼の初めて会った相手に対する態度には戸惑ったけれど、ベルティーユが周りに秘密で邸を抜け出していたように、彼もお忍びで街中にいたのであれば、他者がいる場では隠し通しておくべきなのだろうとすぐに納得した。

だから、仲を深めなさいと二人きりにされて、ベルティーユはそわそわしながら声をかけようとしたのだ。――しかし。

「あの」

「これは政略による婚約だ。王族である以上、政略結婚は受け入れざるを得ない。不本意だがどうしようもないことで、悪いが私は君に好意などは持ち合わせていない」

彼の冷たい声と表情に、目を見開いたベルティーユの口から零れたのは「え……」という掠れたものだった。

先ほどまではとても優しく接してくれていた。柔らかな笑顔でベルティーユの名前を呼び、婚約できて嬉しいと、これから時間をかけてお互いのことを知っていこうと言ってくれていた。

それなのに、この変化はなんなのか。まるで別人のようだ。

「いずれは結婚することが決まっているのだから、婚約中は互いに過剰な干渉はせず、自由にしていよう」

「あ……怒っていらっしゃるのですか? 何も伝えず、急に会えなくなったから……」

「……気を引こうとあえて不可解なことを言っているのか? 私と君は初対面だろう」

本心から怪訝そうな顔をしている彼に、ベルティーユは心臓が締め付けられたような気持ちになる。

(もしかして)

ベルティーユの瞳が水色がかっていたのは九歳の頃までで、当時は髪の色ももう少し淡く、毛先は特に傷みで色が薄かった。今は髪は亜麻色で、瞳は灰色。だから彼は気づいていないのだろうか。

――もらったペンダントには、水色の石がついている。あれはベルティーユの瞳の色をイメージして選んだものだったのかもしれない。彼の中で、『あの少女』は水色の瞳なのかもしれない。

(大丈夫。優しい人だもの、生涯を共にする相手を蔑ろにするような人ではないはずだわ。それに、以前のことを話せば――)

「先ほども言ったように、私は君に好意はない。婚約者として今後はこうして二人になる機会が作られるだろうが、余計な会話で時間を無駄にするつもりはないので理解しておいてくれ」

思い出の中で輝いていた碧眼が、現実では侯爵家の人々に近しい軽蔑を孕んでこちらを見据えている。

(……伝えるタイミングはきっとあるわ。また前みたいに――)

彼は優しい笑顔を向けてくれるはずだと、自分に言い聞かせていた。以前のことを話す機会を窺っていたけれど、彼は二人の時はいつも不機嫌で、なかなか言い出せずにいた。

ウスターシュは政略結婚に不満を持っている。あの時の少女がベルティーユだと知っても態度が変わらないのではないかという考えも過るようになった。

とうとう『あの日』――ベルティーユが命を落とした日まで、伝える機会は訪れなかったのだ。

◇◇◇

ユベール公爵家の自室で、ベルティーユはネックレスを見つめている。

(……グレースピネル)

リュシアーゼルからもらった誕生日プレゼント。

ネックレスについている石は、ベルティーユの瞳と同じ色をしていた。