軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.第二章六話

社交には積極的ではないものの、この顔と公爵という高位の爵位。リュシアーゼルの立場上、縁談は常に舞い込んでくるはずだ。女性から面と向かって求婚されたこと、求婚とまではいかなくとも熱烈にアピールされたことは皆無ではないだろう。慣れを通り越してうんざりするほど経験があるかもしれない。

言い寄る女性の中には恋人や婚約者がいる者、それどころか夫がいる者までいたって不思議ではない。事実、そのような噂を耳にしたことは一度や二度ではなかった。

ただ、王子の婚約者からの求婚はさすがに予想できなかったらしく、リュシアーゼルはベルティーユの要求に衝撃を受けて瞠目し、言葉を失っている。しばしの時間が経つと難しい顔になり、頭が痛いと言わんばかりに眉間をほぐした。

「……ラスペード侯爵令嬢。私の記憶違いでなければ、貴女は第二王子殿下と婚約していると思うのだが」

「ええ、そうですね」

「ならば、自分の発言が問題になることを理解しているだろう」

「それがあまり問題にはならないのです」

ベルティーユはあくまでにこやかに、晴れ晴れとした様子で語る。

「私と殿下の婚約は近々、早ければ数日以内にも解消される予定なので」

「……そのような話は耳にしたことがない」

「つい先ほど、殿下とのお茶会で決まったことですもの。ほとんどの方が知らないでしょうね。私の父ですらまだ知りません」

とんでもないことをさらっと言ってくれると、リュシアーゼルのご尊顔は不満を訴えていた。疑念も少しばかり窺える。

「貴女たちはとても仲が良いと聞いている」

「殿下は外ヅラがよろしいですものね」

穏やかな口調に似合わない崩れた言葉が出てきて、リュシアーゼルは「貴族の娘がそのような言葉遣いを……」と言いたげな呆れた眼差しになった。

(結構わかりやすいですね)

ベルティーユはそんな感想を抱き、興味深くリュシアーゼルを見つめる。

表情に色々と出てきているのは、それほどベルティーユの衝撃発言に心が持っていかれていると見ていいのだろうか。

(公爵とは言ってもあの双子と同学年だもの。多少はこういう部分があったほうが年齢に見合っているわ)

この国では十八歳が成人だけれど、二十歳前後なんて大人になりきれていない曖昧な時期だ。トリスタンだって図体が大きいだけで、中身は子供のようなものである。トリスタンと比較すると、リュシアーゼルは十分に大人に近いと言えるだろう。

環境的に大人にならざるを得なかった、と見ることもできるけれど。

「とりあえず、貴女が殿下に好感を抱いていないことはわかった。婚約が解消になるという話はなんとも言えないが……」

「初恋の方とご結婚されたいそうです。なので、私は一応、振られたという形でしょうね」

婚約の解消を要求したのはベルティーユのほうで、ウスターシュの初恋の相手はベルティーユなのだけれど、そこまで説明するつもりはない。

「殿下が自分の感情を優先して婚約を解消するとは……意外だな」

「そうですか? 閣下はどれほど殿下のことを理解しておられるのでしょうか」

彼が抱いた感想には、おそらくほとんどの者が同意するだろう。そのことは承知しているけれど、納得はできない。

ベルティーユが笑みを湛えつつも鋭い雰囲気を帯びたことで、リュシアーゼルはわずかに目を見開いた。

「……確かに、親しいわけでもないからあまり知らないな。失礼した。ラスペード侯爵令嬢は、よほど殿下に嫌な思いをさせられたんだな」

そして、生真面目な対応になる。

ベルティーユは自分の中の怒りを鎮めるために、紅茶に口をつけた。

「貴女と殿下の婚約解消が事実だと信じよう。しかし、次の相手を探すのがいくらなんでも早すぎるのではないか? もう少し考えたほうが……」

「お断りなさるということですか?」

「そうは言っていない。君との結婚が甥の命を救うための条件なら、私がそれ以外の道を選択することはありえないと断言する」

はっきりと、リュシアーゼルは宣言した。

未来の彼を知っているので、ベルティーユもそこは確信している。

「ただ、婚約解消後すぐに新しい婚約者を見つけては、口さがない者たちの格好の餌食だ。それに、なぜ私なのかも疑問だな。貴女はどう見ても私を好いているわけではないようだから」

今までリュシアーゼルの前に現れた者たちと同じように、甥の呪いを口実に彼との結婚を迫っているのは好意を寄せているから、と捉えてもおかしくないはずだ。それなのに、リュシアーゼルは冷静にベルティーユという人間を観察できているらしい。

今日まで面識がなかったし、ベルティーユの振る舞いは眼前の異性に好意を持っている人のそれではないので、勘違いの余地がなかったのかもしれない。

「閣下はお顔が素敵ですし、公爵という魅力的な爵位を持っているこの上ない優良物件です。好感は抱いていますわ」

「直球だな……。それは恋愛感情とは違うのだろう」

「仰るとおり、好感は好感。恋心ではありません」

とても素敵な男性だとは思う。しかし、それだけだ。ベルティーユにとって重要なのは、あくまで信用できるかどうかでしかない。

「私は自由で平穏な生活を送りたいのです。その準備のための……具体的に言うなら、遊んで暮らすのに必要な資金を入手するための猶予がほしいのですわ」

「……余生について考えるには、貴女はまだ若すぎると思うのだが」

「人間、いつ儚くなるのかなんてわからないものです。閣下であればよくご存じでしょう」

ベルティーユの言葉に、リュシアーゼルは寂寥感を滲ませて「そうだな」と声を落とした。

ほんのり空気が暗くなったけれど、ベルティーユは気にせずに続ける。

「私が結婚相手に求めるのは、私が妻としての役割を放棄することを許し、平穏な生活を保障してくれること。余生に向けての資金調達に口出しをしない、もしくは手助けをしてくれること。そして、決して約束を反故にしないことです」

「……子供もいらないのか?」

「ええ、もちろん」

ベルティーユの命は長くないのだから、子供を産むつもりは当然ない。

「甥御様の命が関わってくる閣下ほど信用できるお方はおりませんわ。私は甥御様の命を救う。閣下は私が生活基盤を確保するまで庇護する。これはそういう契約結婚のご提案です」

人の命を交渉材料とするのは決して気分のいいものではないけれど、ベルティーユにとってこの男ほど条件の良い結婚相手もいないのだ。

「先ほどから、どうも離縁が前提のように聞こえる」

「お察しのとおりですわ。婚約期間も合わせておよそ二年……私が十七歳になるまで、ユベール公爵家に置いていただきたいのです」

「たった二年?」

「はい。二年二ヶ月と数日ほどですね」

拍子抜けしたようなリュシアーゼルは、期間が中途半端だと思っているのだろう。しかし、ベルティーユにはそれで十分である。

「私の十七歳の誕生日まで、期限付きの契約結婚です。閣下としても、魅力的すぎるお話だと思いますわ」

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