軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学校にて

「久しぶりだな、ハーメル」

突然の訪問にも拘わらず、学校長はハーメルを歓迎してくれた。

同年代なので似たような厳めしい風貌をしているが、頭髪だけは寂しくなっている。短く刈り上げた灰色頭に顎から伸びた白髭。二人とも裾まであるローブを羽織っているので、髪型さえ同じならそっくりだ。

ハーメルは握手をした後、ソファでお茶を頂き、第一王子の容態と薬の件を話した。

半分愚痴になってしまったが、学校長は嫌な顔もせずに聞いてくれて、そういえばと提案してくれた。

「先日、薬学科の教師がとある生徒を褒めちぎっていたな。薬や薬草の事は専門外なので分からないが、教師や生徒ならば何か知っているかも。望み薄なのは承知の上だが、せっかく来たんだ。会っていくかい?」

「そうだな」

ハーメルは腰を上げた。学校長に促されるまま校内を歩き、薬学科の教室へ向かう。

そこから一番近かったのは中等部の校舎だった。突然現れた学校長と威厳ある老人の姿に、生徒だけでなく教師まで浮き足立つ。

年度末なので授業はほとんど終わっているらしい。

廊下には疎らながら生徒がちらほらいるだけだったが、数人の教師は何事かと歩み寄って来た。

「ああ、ちょうどよかった。サムエラ君」

学校長が手招きしたのは若い教師だ。薬学科を担当しているらしい。

学校長が優秀な生徒の事を尋ねると、満面の笑みを浮かべた。

「こちらへどうぞ」

弾むような足取りの教師の案内に従って実験室へ行くと、数名の生徒が雑談していた。

まだ幼い顔立ちの生徒達は学校長とハーメルを見ると急いで立ち上がり、ぎこちなく礼をする。

「彼が優秀なシモン・ドロカン君です。ドロカン公爵家の二男で、中等部ながら上級回復薬を調合出来る素晴らしい腕前の持ち主なのですよ」

「ほう? そうなのか」

誇らしげに胸を張り、一人の生徒が前に出て来た。教師が彼を褒めちぎり、学校長が頷いている。

ハーメルはその様子を少し下がった場所で見ていたが、彼が調合したという薬瓶を見て大きく落胆した。

それは上級回復薬ではなく、中級回復薬だった。ハーメルほど長く薬師をしていれば鑑定しなくても分かる。透明度が高いので間違えたのだろうが、どう見ても上級回復薬ではない。

今の学校のレベルはこの程度なのか。生徒はともかく教師すらも……。

会話に興味を失ったハーメルはふと視線を巡らせた。

壁際の棚や、乱雑に散らばっている器具を何気なしに見ていたら、不意に心臓がどくんと跳ねた。

実験室には大きな長机が三つあって、その前に教壇が置かれている。教壇の横に簡易的な流しが設えられていて、そのへこみに無造作に薬瓶が放置されていた。

ほとんど空になっているその細長い薬瓶は斜めに傾いていて、底に僅かに中身が残っていた。とても濃い緑色をしている。

その色から目が離せない。

遠い記憶にあった、ここ最近ずっと頭に思い描いていた色。

そんな筈がないと思いながらも、ハーメルはそこへ歩み寄り、気付いたら薬瓶を手に取っていた。

窓から差し込む日光に翳し、よく観察する。光に照らされた粘度の高い液体には、細かな白い粒子が混ざり込んでいた。その特徴も記憶のものと合致する。

まさか……まさか……。

ハーメルは震える手を宥めながら『鑑定』を行った。脳裏に浮かび上がってきた文字は紛れもなく『命の霊薬』……。

ハーメルの目がカッと見開いた。

「この薬が何故ここにある!」

薬瓶を手にハーメルが振り返ると、突然の大声に学校長や教師や生徒達はビクッと肩を揺らした。

そしてハーメルが手にしている薬瓶を見た教師は、眉を顰めて吐き捨てるように言う。

「それは回復薬の失敗作です。未熟な生徒が年度末の最終試験で提出してきましたが、あまりに酷い出来なので捨てたのです。その生徒は落第……」

「捨てた?! 捨てただと!!!」

あまりの事にハーメルは目を剥く。

「貴様それでも教師か!! この薬が何なのか分からないとは!! 『鑑定』すら出来ないのか!!」

「ハーメル、どうしたのだ」

驚いた学校長が間に入ってきたが、激昂したハーメルは教師に殴りかかろうとしていた。薬瓶を持っていなかったら間違いなくそうしていただろう。

「これは『命の霊薬』だ! 今となっては幻の!! それを捨てただと!」

ハーメルの言葉に学校長は固まり、教師の顔は引き攣った。

「まさか……そんな筈はありません。中等部の生徒がそんな大層な物を作り出せる筈が……」

「『鑑定』してみろ!」

薬学科の教師には『鑑定』がある。他の科はともかく、薬学科には必須なのだ。

ハーメルが教師の目の前に薬瓶を翳すと、見る見るうちに教師の顔から血の気が引いていった。

「そんな……そんな筈が……嘘です……そんな……」

「貴様は『鑑定』もせずに年度末の試験結果を決めたのか! そこの中級回復薬でしかない粗末な物を上級回復薬と褒めちぎって!」

「ハーメル、ハーメル、落ち着いてくれ」

学校長に宥められ、ハーメルは肩で息をする。憤りで頭がどうにかなりそうだった。

「これは上級回復薬ですらないのか……そこからか……。すまない、ハーメル。教師の待遇と試験結果については私の責任において再考する。でも今はそれどころではないだろう?」

「は……」

「この薬を調合した生徒はどこに? 寮へ行けば会えるのか?」

学校長が教師に問うと、教師の顔色は更に青白くなった。

「どうしたのだ」

「ええと……寮にはいません」

「なに?」

「落第したので退学したのです」

「なんだと?!」

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

床に跪いて頭を下げる教師に、生徒達も青い顔をしていた。

優秀と持ち上げられていた生徒も戸惑っている。

「その生徒の名は?」

学校長が尋ねたら、教師が観念したように答えた。

「サール・キリディングス。キリディングス伯爵家の子息です」