軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99 続 イザベラ様

しばらく私をうかがうように眺めた後、何を思ったのか、また態度をがらりと変えてきた。

先ほどアスター商会で見せた、傲慢な権力者の顔だ。

「・・・・・・貴女、欲がないのね。この私が頭を下げてるのよ。今なら何でも要求できるわよ?」

「いえ、本当に何もしていないので。お礼なんて要りません」

「元王族で、メイファ公爵夫人の私よ?何でもできるわよ?」

「ええ。欲しいと思っていないので、結構です」

悪いが田舎者の私にとっては、メイファ公爵家の凄さはわからない。

ただ、イザベラ様の感じの悪い態度から察するに、「権力があって、偉いんだろう」と思うだけだ。

「ふぅん、アンナ様って謙虚なのね。それともわざと?アルバートに、純真無垢な可愛い女性アピール?それとも、無欲に見せかけて、王家の信頼を得ようとしているのかしら?お兄様にも聞いたわ。貴女、褒美を何も強請らなかったそうね?」

イザベラ様の言い方には腹が立つが、お礼をもらうほどのことをしていないから、そう言ったまでだ。

数日間、アルバート様たちに「衣食住」を提供しただけ。

それに住まいと食べ物はまあいいとして、服についてはサイズさえ合っていなかった。

いや、王族のアルバート様たちからしたら、全てにおいてお粗末極まりないものだっただろう。

「もう少し欲張れば?王女と王弟よ?王位継承順位、何位だと思ってるの?」

「・・・・・・・」

イザベラ様は呆れたように私を見つめ、左手で扇子をゆっくりと顔の高さまであげた。

扇子には赤橙色の薔薇が鮮やかに描かれ、持ち主の気の強さをまるで映し出しているように見えた。

(なんなの?今度はなぞなぞでも始める気?)

王家は無用な争いを避けるために、法律で継承順位が定められていたはずだ。

直系が優先されるから、ベスが一位、弟のリチャード様が二位、アルバート様が三位といったところか。

男尊女卑の傾向があるこの国では、世間の希望はリチャード様かもしれないが、法律上は第一子であるベスが継承順位一位のはずだ。

「一位と三位、ですよね」

「ええ、そうよ。そんな国の重要人物を救ったんだから、兄に褒美を強請れば良かったのに。きっと何でもくれたわよ。お金でも、地位でも、土地でも。国宝でも。貴女の望むままに、何でもね」

「私はただ、意識のなかったお二人を家に連れて帰っただけです。褒美をいただくほどのことはしていないので、要らないと言ったまでです。それに、お二人と一緒に過ごせてとても楽しかったので、本当に何もいただく必要はありません」

あの数日間を、お金になんて換算したくない。

それに、もしベスが私がお礼を受けとったと知ったら、私がベスにしてきたこと全てがお礼のためだったと思うかもしれない。

貧乏だけど、お金は喉から手が出るほど欲しいけど、せめてもの私の矜持だ。

セオドアたちだって、お礼なんて何も望んでいない。

「・・・・・・まあ、そうね。ベスも、すごく楽しかったみたいね。王宮に戻ってからも、貴女たちのことばかり話しているわよ」

(ベスも私たちと一緒にいて、楽しかったのね!)

私たちだけでなく、ベスにとっても楽しかったのだと思うと、途端に嬉しくなる。

家に帰ったら、すぐにクララたちに話して聞かせよう。

セオドアは照れて頭を掻き、タイラーは自慢の口ひげを触りながら微笑むだろう。

そしてクララは、瞳に涙を浮かべながら大喜びするだろう。

みんなの反応を想像して思わず顔を綻ばせた私を、イザベラ様は白けた瞳で見返してきた。

「・・・・・・ベスに聞いたわ。アルバートは、貴女の前では笑うんですって?」

「ええ。アルバート殿下は、滞在中よく笑っていました」

「そう、それは良かったわ。きっとアルバートも楽しかったのね」

「そうだと思います」

最初は無表情だったけど、一緒に過ごすうちに、アルバート様はよく笑うようになった。

心から笑っている時もあれば、苦笑いだったり、呆れるような笑いの時もあったけど、無表情のアルバート様が笑うと私も嬉しかった。

あの数日間、私たちは予想外の出来事もあったが、とても楽しく過ごしたのだ。

「・・・・・・・・・アルバートは、錯覚したのかもね」

「え?」

上手く聞き取れなくてイザベラ様の顔を見れば、イザベラ様は、うっすらと馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

「滞在中、笑っていたんでしょう?あの無表情の、アルバートが」

「え、ええ」

「アルバートは、貴女といて楽しかったんでしょうね」

「・・・・・・・・・そうだと思いますが」

「本当に、貴女といたから楽しかったのかしら?」

「・・・・・・私は、アルバート殿下でないので、アルバート殿下の本当のお気持ちはわかりませんが、楽しかったんだと思います」

(・・・どういう意味かしら?)

イザベラ様からは、私に対する敵意しか感じない。

先ほどしてしまった振る舞いのせいだけではないような気がする。

「アルバートは、日常と違うから楽しかったんじゃない?」

「・・・・・・・・・そうかもしれません。あの、一体何を仰りたいのですか?」

私の疑問を無視するかのように、イザベラ様はふいっと窓の外に目を移して話を続けた。

「いいわよね。旅先って。いつもと違うことが体験出来て、すごく楽しいわ」

「え、ええ。そうですね」

「私も旅が大好きよ。新しい景色、美しい自然。珍しい食事に貴重な体験。誰も自分のことを知らないんだから、心が解放されて、素直に気持ちを言えるわよね」

「・・・・・・・・・・」

「きっとアルバートは、王族としての責務に追われる日々から解放されて、自由と喜びを味わったのよ。いつもの自分とは違う『本当の自分』を見つけた気になったんじゃない?だから、心が弾んで笑ったんじゃないのかしら」

イザベラ様は、薄く笑みを浮かべて、ちらりと私を見た。

明らかにその瞳は、一緒に過ごして楽しかったと言った私を馬鹿にしていた。

「たまたまそこに、貴女がいたのよ」

「・・・・・・」

(だから何?イザベラ様は何が言いたいの?)

腹は立つが、フランシス隊長の言葉を信じるなら反論は控えた方がいいのだろう。

だが頷くこともできず、黙ったままイザベラ様を見つめ返した。

そんな私の態度を反抗的だと感じたのか、イザベラ様は尖ったような耳に刺さる声を出した。

「・・・・・・勘違いよ」

「え?」

「アルバートが恋をしたと思ったのは、勘違いだと言ってるの」

「『勘違い』って、何をおっしゃってるのかよくわからないのですが」

「アンナ様には申し訳ないけど、アルバートは貴女に『恋』をしたんじゃないと思うわ」

「ええ、そうですね」

(どういうこと?)

だが私の言葉が気に障ったのか、イザベラ様の眉が大きく跳ね上がった。

「隠し立てするつもり?」

「いえ、別に何も隠してはいませんが」

「アンナ様は、アルバートの恋人なんでしょう?」

「いいえ。私とアルバート殿下は、そのような関係ではありません」

「だって、すごく仲がいいんでしょう?」

「・・・『友人』です」

「そう?ベスの話だと、とてもそうは思えなかったけど」

(・・・ベスったら、イザベラ様にどんな話をしたのかしら?)

どうやらイザベラ様は、私とアルバート様が滞在中に恋仲になっていると勘違いしているらしい。

イザベラ様は、目を細めながら私を脅すように言ってくる。

「貴女、傷つく前に身を引いたほうがいいわよ」

「身を引くも何も、恋人ではありません」

「別にアンナ様を責めているわけじゃないのよ。貴女に誤解させたアルバートにも責任はあるわ。貴女が身を引くなら、何でも欲しいものをあげるわよ?」

「必要ありません」

「アルバートの思いが『本当の恋』だと言い張るの?」

「恋人でもない私には、アルバート殿下の思いを推し量ることはできないので、わかりません」

一向にイザベラ様に従わない私に、イザベラ様が困ったようにため息をついたが、ため息をつきたいのは私の方である。

「・・・まあ、本当の恋でも、勘違いでも、どちらでもいいわ」

「いえ、ですからアルバート殿下は別に・・・」

「別に私は、貴女とアルバートの仲を引き裂こうとしているわけじゃないわよ。ただ貴女たちを心配して、忠告しようと思っただけよ」

「ええ、ですから、本当に関係ないんです」

私はアルバート様のことが好きだが、アルバート様にとっては、ただの友人だ。

イザベラ様は、否定を繰り返す私に「わかっていないわね」と言いながら、大きく首を振った。

わかっていないのは、イザベラ様だ。

この勘違い元王族をどうにかして欲しい。

「『恋』ならいいのよ。何に責任も伴わない『恋』ならね」

(だから、別に私とアルバート様は恋人じゃないって言ってるじゃない!)

だが、イザベラ様の口は全く止まらない。

「でも『結婚』となると、話は別よ。楽しいだけじゃないわ」

「ええ、ですから・・・」

「『恋』って旅行みたいなものよ。いつもと違うから、楽しいの」

「・・・だからですね、私たちは『恋人』ではなくて」

「アルバートの『恋人』に選ばれて、誇らしい気持ちになったでしょう?」

「えぇ!?」

私の話を遮るイザベラ様の瞳が、真剣な熱を帯びてくる。

本人は真摯に忠告しているつもりなのかもしれないが、この思い込みの激しさが怖い。

「気持ちはわかるのよ。だってアルバートですものね。身分も顔も申し分ないしね」

「いえ、そんなわけでは・・・」

「いいえ。わかってるのよ。それに相手がアルバートじゃなくても、『恋人』に選ばれるのは、それはいい気分になるわよね。だって『恋人』ってお互いに替えがきかない存在ですもの。『恋人』になった瞬間、自分が『特別な存在』になった気がしたでしょう?ありふれた毎日が、一瞬で華やいで見えたでしょう?」

「いえ、別に・・・」

「でもね。それは幻想なの。『恋人』の時は、アルバートも貴女を『特別な存在』として価値ある宝石のように扱うわよ。だけど結婚したら変わってくるのよ」

「いや、そんな・・・」

「だって、毎日一緒に過ごすのよ。生活を回すために、嫌な話もしないといけなくなるわ。家庭内のことだけじゃないわよ。王族として外交だってしないといけないわ。妻として、王弟の妃として、相応の役割を期待されるわよ。何より、『恋人』の時は『特別』だった自分の存在が、アルバートにとって、いつのまにかありふれた生活の一部になるわよ。勿論、アンナ様にとってもね」

「あの・・・」

「最初は新鮮で楽しかった生活も、結局はつまらない日常の一部になるのよ。ねぇ、アンナ様は、王宮の生活ってご存じ?」

「いえ・・・」

「教えてあげるわ。外からは華やかに見えるだろうけど、王族の責任と義務の重さは桁違いよ。領主なんかの比じゃないの。生活は常に監視されてるようなものだし、完璧を求められるし、自由時間も限られるわ。自分の意思を通せると思ったら、大間違いよ」

「・・・・・・・・・」

「アンナ様は、それに耐えられるのかしら?それでも、アルバートの側にいられる?自信を持って、アルバートと生涯を共にすることができると言える?」

イザベラ様が覚悟を問うように真剣な瞳で見つめてくるが、勘違いである。

勘違いで、こうも延々と訳のわからない話を聞かされる身にもなってほしい。

「イザベラ様。ご忠告していただいてありがたいのですが、私とアルバート様は」

「年長者のアドバイスは聞くものよ」

(年長者だから正しいってことはないわよね!?)

口を挟む隙も与えず、ひたすら自分の意見を押し付けてくるイザベラ様に、さすがに腹が立ってくる。

「ですから、私はアルバート殿下の恋人ではありません!」

全く話を聞かないイザベラ様にわからせるために、声を張り上げて断言した。

私の声の大きさに驚いたのか、イザベラ様はようやく口を噤んだ。