軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95 一難去って、また一難

「姉上!?どうしてここに?」

予想外のことだったのか、驚いたようにアルバート様が声をあげた。

(アルバート様のお姉様?)

季節を先取りしたかのように、落ち着いたモスグリーンのドレスを身にまとっている女性は、顔こそアルバート様に似ていないが、銀の髪に青い瞳が同じだった。

鋭い切れ長の瞳と丸みのある輪郭が、柔らかさと凛々しさを不思議に共存させていた。

「・・・アンナ様」

囁くようなダニエル様の声で我に返れば、ダニエル様とルーシー様が頭を下げて臣下の礼を取っていた。

眼鏡を外していたライアン様は少しもたついており、フランシス隊長がハラハラした視線を向けている。

アルバート様と違って、アルバート様のお姉様は礼儀にうるさい方かもしれない。

(ここはダニエル様に習って、同じようにするのが無難よね)

私も最上級の敬意を示すカーテシーで、イザベラ様を迎える。

イザベラ様は頭を下げている私たちを無視して、ツカツカと靴の踵の音を響かせながらアルバート様の側へ向かった。

香水をつけているのか、イザベラ様が動くたびに辺りには高貴な薔薇の香りが漂う。

「どうしてって、お兄様がアルバートはアスター商会にいるはずだと言うから、来てみたのよ。久しぶりにアスター商会で買い物もしたいしね」

「姉上・・・」

「何よ、その顔は。私がどこで何をしようと別にいいでしょう?あら、そこにいらっしゃるのはダニエル様じゃない?」

「メイファ公爵夫人、ご健勝のようでなによりでございます。この度は足をお運びいただき、ありがとうございます。お申し付けいただければ、伺いましたのに」

「いいのよ。貴方が戻ってきてからアスター商会の評判がさらに良くなったと聞いたので、来てみようと思ったのよ。流石ダニエル様よね」

「勿体ないお言葉でございます」

公爵夫人は私たちが頭を下げているのも気にも留めず、会話を続けている。

慣れないカーテシーを続けているせいで、身体が痛い。

会話なんかせずに、早く頭を上げさせて欲しい。

「あら、内装も替えたのね。いいじゃない。素敵だわ」

「ありがとうございます」

「ふ~ん、前とは、商品を置いてる場所も違うのね。宝飾品が1階にあるのね。靴は2階かしら?」

「左様でございます。イザベラ様に覚えていただいていたとは、光栄でございます」

「まぁね。アスター商会の靴は疲れにくいから、私も愛用しているのよ。今度、うちの子の靴もお願いするわね」

「畏まりました」

(ねぇ、まだ頭を上げさせないの?)

流石に太ももと足首が、限界を知らせるようにプルプルと震えてきている。

陛下はすぐに頭を上げるよう促してくれたが、気難しい方なのだろうか。

公爵夫人というならば降嫁しただろうに、どうしてこんなに偉そうに振る舞えるのだろう。

「ああ、皆、顔を上げていいわ。それに、いつものように『イザベラ様』でいいわよ。『公爵夫人』って言われるの、私、嫌いなのよね」

ようやく許可が下りて顔を上げれば、イザベラ様の顔が目の前にあって、思わずたじろぐ。

凛々しい眉の下にある瞳は、私の心の動きを探るように細められていた。

その遠慮のない視線に、イザベラ様は高慢で、人を従わせることに慣れた人間のように思えた。

背はそれほど高くないのに、至近距離に立たれているせいで圧迫感を覚える。

「貴女が、アンナ様?」

「はい。サウスビー家当主アンナでございます」

「ふぅん、思っていた通り、美人ね」

品定めするように顔をじろじろと見られるのは、あまり気分がいいものではない。

この方が、ベスが「イザベラおば様」と呼んでいた人だろうか。

勝手に気さくな人を想像していたが、気位の高そうな、そして、感じの悪い方だ。

「姉上、彼女は、私とベスを助けてくれた恩人です」

アルバート様が、私とイザベラ様の間に入ろうとしてくれたが、イザベラ様は私の前からどこうとはしない。

それどころか、上半身だけ反らして、私の全身を上から下まで無遠慮に眺めてくる。

「それに、スタイルもいいわ」

「姉上!」

「いいじゃない、褒めてるんだから。それにしても、アンナ様は素敵なドレスをお持ちなのね。どこでお買い求めになったの?」

(・・・・・・イザベラ様は、お洒落な人なのね)

興味のない私にはよくわからないが、お洒落な人ほど人が身に着けている物が気になるらしい。

ヘンリー様も、人の身なりを目にするたび何かと気にしていた。

イザベラ様をよく見れば、身に着けている宝飾品は全て瞳の色に合わせてあった。

耳元で繊細に揺れるイヤリングが、イザベラ様が動くたびに光を放ち、顔に彩りを添えている。

ネックレスも髪飾りも、光の反射まで計算されたかのように完璧な位置につけてある。

確かに、イザベラ様の装いは洗練されていて、とても美しかった。

お洒落に確かな目を光らせるイザベラ様から見ても、ルーシー様のドレスは素晴らしいと映るらしい。

(・・・・・・これは、宣伝の絶好のチャンスかもしれないわね)

イザベラ様に気に入って貰えれば、ルーシー様のデザイナーとしての未来が開けるだろう。

それに地位の高いイザベラ様がアスター商会の顧客になれば、ダニエル様も喜ぶはずだ。

「はい。そこにいらっしゃる、アスター家のルーシー様に作っていただきました」

お世話になっているアスター商会のために一肌脱ごうと思って、ドレスを軽くつまみ、笑顔を浮かべつつ、イザベラ様に見せるように優雅にゆっくり回る。

何度も鏡の前で練習した動きだ。

ドレスも、そして私も美しく見えたはずだと信じて、イザベラ様を見つめて微笑んだ。

「・・・・・・アンナ嬢」

アルバート様の驚いたような呟きに周りを見渡せば、ライアン様とフランシス隊長は目を逸らしているし、ダニエル様とルーシー様の顔は青ざめていた。

イザベラ様の目がすうっと細くなるのを見て、自分が間違えたことを悟る。

「アンナ様ったら、なかなか度胸があるわね」

「姉上。アンナ嬢に悪気は・・・」

「ええ、いいのよ。素敵なドレスを、あますところなく見せていただいわ。私より綺麗なドレスを着ていると自慢したかったのかしら?それとも、ご自分の美貌を見せつけたかった?」

「いえ、そんなことは・・・」

「ねぇ、私、美しいものが好きなの。美しいものを見る目は、この国で一番だと自負しているのよ。美しいものを見極める自信は、相当あるのよ。貴女は、私の眼鏡にかなうかしら?」

「え、あの・・・」

「ああ、そうそう、ルーシー様といったわね。私も、ルーシー様の作ったドレスが見てみたいわ。他にもあるかしら?あるのなら持ってきてくださる?」

イザベラ様はアルバート様の言葉を遮り、もちろん私の言い訳も聞かず、一人で話し続けた。

甲高い声で淀みなく話すから、頭が痛くなってくる。

ライアン様は、眼鏡のテンプルを触る振りをして耳を押さえているし、フランシス隊長は、げんなりと疲れた顔を隠そうともせず、さりげなく距離を取っている。

私もイザベラ様のこの甲高い声から、距離を置きたい。

頼むから、あと少しでいいから離れて欲しい。

「い、いいえ。初めて作ったものなので、アンナ様に今お召しになっていただいているドレスしかありません」

「そう。ならデザイン画でもいいわ。何か形があるものが出来たら、今度ダニエル様と一緒に、うちにいらして。ルーシー様のドレスのデザイン画で気に入るものがあったら、私のドレスもお願いするわ」

「あ、ありがとうございます」

「畏まりました」

よくわからないが、商談成立なのだろうか。

ルーシー様の顔は青ざめたままだが、ダニエル様は、うっすらと笑みを湛えている。

「それより、私、アンナ様が気に入ったわ。うちで今から昼食なんていかがかしら?」

「・・・お誘いいただき、ありがとうございます。ただ、本日はすでにダニエル様とお約束がございますので、イザベラ様とはまた別の機会にお願いできればと思います」

すでにダニエル様と昼食の約束をしていた。

私の中では身分に関わらず、先約が優先だ。

イザベラ様は元王族だが、断ってもいいだろう。というか、むしろ断りたい。

だが、イザベラ様は更に目を細めながら、この場にいる全員に聞こえるように呟いた。

「あら、そうなの?困ったわねぇ。私、忙しくて、あまり時間が取れないのよね。本当に忙しくて大変なのよ。でも、どうしてもアンナ様と一緒にお話したいのよね。ダニエル様は、どうしたらいいと思う?」

(・・・絶対に、嘘だと思うけど)

本当に忙しいなら、買い物に来る暇なんてないだろう。

だが、イザベラ様は自分の頬に扇子を当てながら、困ったようにダニエル様をチラチラ見ている。

私との約束をキャンセルしろとダニエル様に強請っているのは丸わかりだ。

「・・・・・・勿論でございます。私とアンナ様との約束は、後日で結構でございます」

(あ・・・、やっぱりそうなるわよね)

ダニエル様の判断は正しい。

権力を振りかざすイザベラ様に逆らってはいけないと判断したのだろう。

この場でイザベラ様に逆らえる人など、誰もいないことは明らかだった。

「流石はダニエル様ね。よくわかってること。じゃあ、お礼にドレスをいただくわ。そうね、うちに素敵なドレスを3着ほど持ってきてくださる?それに、ドレスに合うアクセサリーと靴もね。大事な約束を反故にさせたのだから、たとえ気に入らなくても全て買うわ」

「畏まりました。必ずや、イザベラ様のお気に召すものをお持ちします」

(・・・・・・これが高位貴族のやり方なの?)

『金で面を張る』と言うが、札束で黙らすやり方は好きではない。

私の中で、むくむくと反発心が湧き出てくるのを感じた。

私の顔から、嫌悪の感情を読みとったのだろうか。

それとも私自体が気に入らなかったのか、イザベラ様はとんでもないことを言いだした。

「あら、違うわよ。私じゃなくて、着るのはアンナ様よ。アンナ様に似合うものをお願いね」

(えっ?私!?そんなお金ないんですけど!?)

イザベラ様を怒らせた腹いせだろうか。

アスター商会のドレスなんて、1着でも買えやしない。

30年ローンとかでも無理だ。

いや、そもそもローンを組ませてもらえるのだろうか。

焦ってアルバート様を見れば、大丈夫だというように頷く。

「姉上、アンナ嬢のドレスは既に私が用意していますので、お気になさらなくとも大丈夫です」

「あら、何言ってるのよ。アンナ様をちゃんと見た?既製品でおさまるような身体じゃないでしょ。ねぇ、ドレスを作ったルーシー様なら、アンナ様のサイズをご存じよね?」

まるで獲物に飛びかかろうとする猛禽類のような鋭い視線でルーシー様に問いかけるものだから、ルーシー様は青ざめた顔のまま、必死にこくこくと頷いている。

「今から作るのでは間に合わないでしょうし、既製品でいいわ。アンナ様のサイズに手直しして持ってきてくれるかしら?明日の朝まででいいから」

(そんなこと急に言われても、ルーシー様だって困るわよ!)

卒業がかかったテストを前に、ルーシー様は今日は必死に勉強に励まねばならないだろう。

ルーシー様だって都合があるのだ。

イザベラ様の思いつきで全てが進むと思ったら、大間違いだ。

「あの、ルーシー様は明日はテス・・・」

「勿論でございます。うちは多くの職人を抱えていますので、必ず明日の朝までに仕上げます」

無理だと断ろうと口を開けば、ダニエル様が私をそっと制し、素早く目配せしてきた。

(・・・ルーシー様は、サイズを伝えるだけでいいのね)

それならルーシー様も、余計な心配をせずに明日のテスト勉強に取り組めるはずだ。

自分のせいでルーシー様に迷惑をかけずに済んで、ホッとする。

「ええ、よろしくね。さあ、アンナ様も、これでいいわよね?一緒に来てくださる?」

「・・・・・・ええ、勿論でございます」

癖の強そうなイザベラ様と食事をするのは気が重かったが、仕方がない。

断る理由がないのだ。

「姉上、私もアンナ嬢と話があるのですが」

「私が先に約束したでしょう?アルバートは後よ。どうしてもというなら、うちに来てみんなで食事をしましょう。でも、一緒に馬車に乗るのはだめよ」

不穏な空気にアルバート様が助けようとしてくれたが、すげなくイザベラ様から却下されてしまった。

「姉上、公爵家の馬車は4人乗りですよね?」

「アルバートったら、何を言ってるの。私が狭い空間が嫌いなのを知っているでしょう?」

とんだ我儘なお姫様だ。

だが、これで話は終わったとばかりに、イザベラ様はフランシス隊長を従えてさっさと扉へと進む。

「アンナ嬢・・・」

「アルバート様、私は大丈夫ですから」

心配そうに眉を顰めるアルバート様に囁けば、それも気に入らなかったのか、イザベラ様はくるりと振り向いて、私に扇子を突きつけてきた。

「私、こう見えてせっかちなの。早く来てくださる?」

「・・・畏まりました」

(ええ、そうでしょうね。見たらわかりますよ!)

文句を心の中で言いながらイザベラ様の後に続こうとしたところ、慌てた様子で追おうとしたアルバート様が目に入り、そっと目で合図して押し留めた。

これ以上、イザベラ様の不興は買えない。

持てる限りの知恵を総動員して、何とか自分一人の力で切り抜けなければならないと思うと、思わず武者震いがした。