軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87 再会

「よかったら、これから一緒に食事でもどうですか?」

ダニエル様が、とろけるような甘い声で食事に誘いかけてきた。

昨夜はダニエル様の誘いを断ってしまったし、断るべきではないだろう。

でも、まだルーシー様にドレス姿を見せていないので、この場を離れるわけにはいかない。

「お誘いしていただき、ありがとうございます。私もダニエル様とご一緒したいのですが、ルーシー様にドレス姿をお見せすると約束していたんです。ルーシー様は、何時頃お帰りですか?」

「ああ、ルーシーですね。テストが終われば戻ってくるので、もうすぐ帰ってきますよ」

ほんの一瞬、ダニエル様は左手首に目を遣ってから柔らかい笑顔を見せた。

ダニエル様の袖口からは、光を受けた腕時計が瞬いており、思わず凝視してしまう。

(・・・やっぱり、腕時計はあると便利よね)

すぐに時間が確認できるし、両手が塞がっていても使えるから、騎士団に入るセオドアは重宝するだろう。

高いと思ったが、やはりセオドアに腕時計を買ってあげたい。

財布の中身を頭の中で確認し、どうにかできないものかと考えを巡らす。

「では、ルーシー様が戻ってくるまで、待たせていただいてもよろしいでしょうか。お食事は、その後ということで」

「ええ、勿論ですよ。先ほど腕時計を見ていましたね。よかったら、他にもお勧めのものがあるので、ご案内しましょう」

「ありがとうございます」

腕時計代をどう捻出しようかと考えながら降りて行けば、先ほどのおじ様店員が期待を宿した目で、そっと微笑みかけてきた。

(・・・私が腕時計を買うと思って期待しているのよね)

おじ様店員の読みは当たっている。

ただ、買う気持ちは固まっているが予算が乏しいのだ。

どう頑張っても、無い袖は振れない。

「・・・あの、先ほど見せていただいたものより、もう少し手頃な価格があると嬉しいのですが」

ダニエル様に、恥を忍んで申し出る。

さすがにあのタンザナイト付きの腕時計は、高くて買えない。

一生かかっても払えない気がする。

「ああ、大丈夫ですよ。うちは、手頃なものも沢山用意していますからね。店の者は、アンナ様のネックレスがタンザナイトだったから、タンザナイトがお好きだと思ってお勧めしたんですよ」

「・・・そうですか」

細かい心配りが出来るのは素晴らしいが、むしろ気が付かないで欲しかった。

「そんなに大きなタンザナイトは珍しいですよね。どちらでお買い求めになりました?」

「・・・母からの贈り物です」

「そうですか。素敵ですね。さすが伝統あるサウスビー家。素晴らしいものをお持ちだ」

ダニエル様は褒めてくれるが、嫌な汗が背中をたらりたらりと流れていく。

うちがこんな高い宝石を買えるわけがない。

思い当たるのは、ただ一つ。

あの家宝の壺だ。

あの家宝の壺の飾りに、青紫色の宝石がついていたような気がする。

いや、子ども心にすごく綺麗だと思っていつも眺めていたからわかる。

絶対に、あの下賜された壺についていた宝石だ。

(お父様、お母様、本当にごめんなさい!!!)

自分のやってしまった事の大きさを改めて実感し、頭を抱えて座り込みたくなる。

恐らく両親は、私が壺を割った後に宝石だけ取り出して、アクセサリーに作り替えたのだろう。

私の懺悔する気持ちなど知りもしないダニエル様は、もう一度ネックレスを褒めた後、手頃な価格帯の腕時計を探しに行ってくれた。

うちの経済状況をわかっているダニエル様だ。

そう高い時計は勧めてこないだろう。

(今後は、軽率な行動を取らないように気をつけよう)

今更ながらに反省しつつ、手頃な価格の腕時計を探しに行ってくれたダニエル様の後ろ姿に目を遣る。

昨日ダニエル様に叱られた時はムッとしたが、怒られて当然だった。

自分では、いつも冷静に落ち着いた行動を取っているつもりだったが、案外そうでもないのかもしれない。

感情が昂ると、どうも後先考えずに行動しているような気がする。

(「後悔先に立たず」って言うしね・・・)

反省しながらショーケースに目を遣ると、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドにアメジストなど、色とりどりの指輪がショーケースの中で自分の存在を誇るように輝いていた。

値段に戦慄を覚えるが、指輪の横には、それぞれの宝石の鑑定書と共に説明書も添えられていた。

(ふふっ。きっとオリバーなら、希少性や特徴しか見ないわね)

説明書には、宝石の基本情報だけでなく、宝石の持つ石言葉や逸話まで書いてあった。

書いてある内容が面白くて真剣に読んでいると、何故かよく知っている声が後ろから響いてきた。

「・・・アンナ?もしかして、アンナか!?」

(ヘンリー様!?)

驚いて振り向けば、翡翠色の瞳を大きく見開いたヘンリー様だった。

婚約を破棄する前と変わらず、気安く私の名前を呼んできたことに嫌悪感を抱いて抗議したかったが、まさかこんなところで会うとは思ってもいなかったため、驚きすぎて声もでない。

「いや、びっくりしたな。服装一つで見違えるようだな!」

ヘンリー様は無遠慮に、言葉を失っている私を上から下までじろじろと見てくる。

品定めでもしているかのような視線が、うちに婚約を申し込みにきたホランド伯爵と重なり、鳥肌が立ち、ヘンリー様の瞳を閉じさせたくて仕方がなかった。

ヘンリー様に、自分を見て欲しいと思ったこともあったが、今はその視線がただただ気持ち悪く、ショールを掻き寄せて自分の身体を隠すように抱きしめた。

「そんな恰好をしてどうしたんだ?アスター商会に用事があったのか?」

「え、あの・・・」

静かな店内に、ヘンリー様の大きな声が響く。

周囲に気を遣わないヘンリー様の声量は、常に一定だ。

諫めるべきなのか、それとも会話を続けるべきなのか、この状況をどうしていいかわからず、立ち尽くしてしまう。

「・・・・・ヘンリーじゃないか!どうしたんだ?」

ヘンリー様の声が聞こえたのか、ダニエル様が慌てたように駆けつけてくれた。

ダニエル様は私の顔を見るなり眉を顰めると、さりげなく私の斜め前に立って、少しだけヘンリー様の視線から私を隠してくれた。

ヘンリー様は、微妙に口元を歪めながら私たちを交互に見て何か言いかけたが、軽やかな女性の声に遮られた。

「ヘンリー様ったら、大きなお声を出してどうしたんですの?」

ヘンリー様の後ろから、可愛らしい女性が近づいて親し気にヘンリー様の腕に手を絡ませた。

仲睦まじく目を合わせる様子から察するに、今度ヘンリー様が結婚するルナ様だろうか。

(・・・華奢で可愛らしい方ね)

肌が抜けるように白く、淡いピンク色のドレスが良く似合っている。

金色の巻き毛に、ふんわりとした丸い顔と垂れた瞳が、何とも言えない可愛い雰囲気を醸し出していた。

「ああ、ルナ。丁度昔の知り合いに会ったんだ」

「昔のお知り合い・・・?」

初めて気が付いたように、ルナ様は、私とダニエル様の顔を訝るように上目遣いで見てきた。

ほんの少しだけ、ルナ様の目が泳いで見えたのは気のせいだろうか。

「あ、ああ、アンナだ。元婚約者の。それと、騎士団で同僚だった、アスター家のダニエルだ」

(えっ、いや、確かにそうですけど、そんな紹介でいいの?)

さすが人の気持ちに頓着しないヘンリー様だ。

紹介がすごく雑すぎて気まずかったが、会ったからには挨拶しないわけにもいかないだろう。

「初めまして。アスター家のダニエルです」

「サウスビー家当主のアンナです」

ダニエル様が、全人類の女性を虜にするような蕩ける笑顔で挨拶をし、私も精一杯表情を作って、にこやかに挨拶したが、何故だかルナ様は唇を噛みしめて俯いてしまった。

(えっ、ちょっと待って、その態度は何?)

言い方は悪いかもしれないが、ルナ様と私は、ヘンリー様を争った「勝者と敗者」だ。

敗れた私がその態度ならわかるが、ルナ様が私に見せる態度ではないだろう。

涙を堪えるように俯くルナ様は、長いまつげが影を作ってどこか儚げだ。

ヘンリー様が守ってあげたいと言っていたのも頷ける。

(でもお願いだから、その顔はヘンリー様と二人きりの時だけにして!)

明日、私はヘンリー様たちの披露宴に出席するのだ。

表面上だけでも友好的に見せるべきだと思って、婚約を破棄された私が顔を上げて笑顔を保つよう努力しているのに、ルナ様が震えて下を向いているせいで、なんだか私が虐めているみたいだ。

そのせいで、ヘンリー様は何もしていない私を非難がましい目で見ている。

「ルナ、アンナのことは心配しなくても大丈夫だ。俺がついてるからな。ダニエル、アンナ、紹介するよ。俺の婚約者のルナだ」

(そんな言い方はないんじゃないの・・・?)

私がルナ様に、キツい言葉をかけるとでも思っているのだろうか。

今だって常識的に挨拶をしただけだけで、ルナ様に何もしていない。

ヘンリー様は、ルナ様を守るようにルナ様の肩を抱き、私を牽制するように睨んできた。

もうヘンリー様のことは、私の中で終わったのだ。

明日披露宴にも出席するのに、ルナ様と喧嘩なんてするわけがない。

ただ、私が嫌がらせをするような人間に思われていたのかと思うと悲しかった。

せめて気にする態度だけは見せまいと、ヘンリー様の睨むような視線を無視して、微笑みながらルナ様の挨拶を待つ。

皆が見守る中、意を決したように震えながら顔を上げたルナ様は可憐で愛らしかった。

(・・・・・・きっと男の人は、こんな可愛らしい女性が好きよね)

自分との違いに、ため息をつきたくなった。

昨日も守られるどころか、ダニエル様を押し除けて余計なことをして怒られた。

ヘンリー様もダニエル様も、可愛らしいルナ様を目を細めて見ている。

二人の視線の端にも入らない私は、残念ながら女性の魅力はないのだろう。

自分の価値が揺らぎ、胸の奥の土台がきしむように傾いていくのを感じた。