軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78 ダニエルの回想5

「・・・・・・アンナ様、失礼ですが、年齢をお伺いしてもよろしいですか?」

俺が聞いた瞬間、さぁっとアンナ嬢の頬に赤みがさした。

「・・・・・・・・・17歳ですわ。もう成人してますから、商取り引きはできますわ」

(成人したての子どもじゃないか!)

心の中で、盛大に突っ込む。

よくまあそれで、保護者の一人も連れてくることなく、天下のアスター商会に乗り込んできたものだ。

ヘンリーも、ヘンリーだ。

いくらしっかりしているからって、成人したての小娘なんぞ、世間知らずもいいとこだ。

こんな小娘、放っておけば、簡単にあくどい奴に騙されてしまう。

「弟も、来年には成人します」

(だから、子どもはおよびじゃないんだよ!!)

アンナ嬢は、少しでも自分に有利な条件と思って言ったのだろうが、至って不安要素しかない。

「その、もう少し、目上の方はいらっしゃらないのですか?」

もう少し話のできる大人が欲しい。

遠慮がちに尋ねれば、アンナ嬢が観念したように目をつぶる。

「・・・母も早くに亡くしていますし、頼りになる親戚はいません。ダニエル様からお手紙をいただき、少しでもサウスビー家のためになればという思いで来ました。私では不安でしょうが、成人していますから、責任も取れます。どうか取引を考えていただけないでしょうか」

(簡単に責任を取れるとか言うなよ!アホか!!)

妹だったら、頭を叩いて説教するところだ。

いつも浮かべている笑みをかなぐり捨てて、アンナ嬢に本気で怒りそうになる。

甘ちゃんだ。とんだ甘ちゃんだ。

事業に失敗すれば、莫大な借金を負うのだ。

いや、もし金を返せなければ、うちにサウスビー家の土地を奪われるのだ。

自分一人で、どうやって責任が取れるというのだ。

早く領地に追い帰そうとアンナ嬢を見れば、開き直ったのか、口を堅く引き結び、動くものかと一歩も引かない構えだ。

(・・・・・・くそっ、妹と一歳差か)

勉強もせず、お洒落にしか興味のない妹と、つい比べてしまう。

妹が孔雀みたいに着飾ることしか考えていないのに、アンナ嬢は家のために、誰にも頼れないなか、一生懸命事業計画書を作ってきた。

商売に仏心は禁物だが、ここで俺が断ったら、アンナ嬢は他の商会に声をかけるかもしれない。

俺がアンナ嬢に、この飴が商売になるかもしれないという希望を抱かせてしまった。

ヘンリーは全く頼りにならないし、他の商会に行けば、アンナ嬢が騙される可能性も十分にある。

(あの計画書を作るのに、どれだけ時間をかけたんだろうな・・・)

素人ながら、細部まで考えて作ってあった。

大人がいないなら、一人で参考になりそうな本を探して読み込み、ひたすら調べて書いたのだろう。

あれほどの計画書を一人で作ったアンナ嬢は、この飴に、執念にも近い並々ならぬ思いがあるはずだ。

もう一度アンナ嬢を見れば、アンナ嬢は背筋を伸ばし、唇をきゅっと結んだまま、俺を真っ直ぐに見つめていた。

その瞳には、絶対に諦めないという強い意思が宿っていた。

(・・・・・・・・・どうすんだよ!この子どもを!!)

事業計画書を作る頭も、年齢を詐称しようとする知恵もあるが、世間の怖さをまだ知らない。

下手に賢さと行動力がある分、余計にタチが悪い。

どう説得して諦めさせようかと考えていると、アンナ嬢が、更に食い下がってきた。

「弟も研究が大好きで。実は、飴の他にも、商品になりそうな物はあります」

(・・・・・・それは知っている)

前当主が、研究好きの変人だったことは、すでに調べがついている。

弟も学生ながら、様々な研究成果を挙げていると評判らしい。

ヘンリーに送られてきた荷物の中身を必死で反芻する。

その中に、うちが資金を出しても、まだお釣りがくるほど利益が出そうな商品はあっただろうか。

「・・・・・・そういえば、ヘンリーに送られてきたベストと手袋、あれも弟君の発案ですか?」

「いえ、私ですけど。ダニエル様がお召しになったんですか?」

(しまった、アンナ嬢は、ヘンリーが俺に贈り物を売ったとは、夢にも思っていないに違いない)

慌てて誤魔化す。

「あ、いや、ちょっとヘンリーから借りたことがあったので。暖かくていいベストでしたね。おかげで夜間の歩哨当番の時に、大助かりでしたよ」

「お役に立てて嬉しいです。でも、ヘンリー様にお作りしたベストでは、背の高いダニエル様には短かったでしょう?言ってくだされば、ダニエル様の分も作りましたのに」

俺の様子に何かを察したのか、寂しそうに笑うアンナ嬢に罪悪感を感じる。

アンナ嬢は、ヘンリーがベストを着ていないことをわかっていたのかもしれない。

それでもアンナ嬢は、明るく話しかけてきた。

「これでも色々工夫したんですよ。騎士団では、制服以外のものを身に着けたら、規則違反になるんでしょう?」

「ええ、そうなんですよ」

「だから見えなければいいかな、と思って、ベストの襟ぐりを深くしましたの」

アンナ嬢は、いたずらが見つかった子どものように笑うが、あのおかげで冬の寒さを乗りきれた。

「アルパカの毛糸で編んだんですよ。だから軽かったでしょう?」

「・・・アルパカ?」

「外国の家畜だそうです。私も見たことはないんですけどね。軽くて暖かい毛糸だからとお勧めされて、買ったんですよ」

「・・・確かに軽かったですね。あの毛糸は、どこでお買い求めになったんですか?」

道理で作らせたサンプルが、アンナ嬢の編んだベストと違う仕上がりになったはずだ。

アルパカという家畜の名は、初めて聞いた。

うちの品質を上げるためにも、ぜひ聞いておきたい。

「うちに来てくれる馬喰さんから買いましたの。馬喰さんは、商売柄色々な国に行くから、珍しいものを沢山ご存じみたいで。私が暖かい毛糸を探してると言ったら、お勧めしてくれたんです」

「そうなんですね。私も興味があるので、その方を良かったら紹介してくれませんか?」

「ええ、お安い御用ですよ。そうそう、その馬喰さんから買った物なんですが、他にもお勧めの物があるんですよ」

「他にも?」

「ええ。ラバとか」

「ラバ?」

「馬とロバの合いの子なんですけど、丈夫で力が強いから、荷物を運んでもらうのにぴったりなんですよ」

「へぇ、そんな家畜がいるんですね」

「賢いし、忍耐強いし。足場の悪い道でも歩けるから、山道での荷物運びに重宝しますよ」

「そうなんですか・・・」

にこやかに笑うアンナ嬢が、急に金の卵に見えてきた。

もしかしたら、弟だけでなく、アンナ嬢のアイディアや情報だけでも価値があるかもしれない。

今後、うちが商品化できるものもありそうだ。

味方につけて、損はないだろう。

「・・・・・・アンナ様。あのベストのアイディア、うちが貰ってもいいですか?」

「え、ええ。勿論です。あんなの誰でもできますし」

いや。現場は文句を言うだけ。

上の者は、一切工夫してこなかった。

おかげで辺境にいた時は、風邪を引き、体調を崩す者が続出していた。

たった一枚のベストだが、その一枚でどんなに助かることだろう。

既に作ったサンプル品をこれから騎士団に売り込むつもりだったが、アンナ嬢の言う毛糸を使えば、更に改良できる。

品質の良さは信用に繋がり、顧客獲得の手段になる。

「そんなことないですよ。アンナ様の考えは、素晴らしいです」

「え、えっと、ありがとうございます」

アンナ嬢は、俺の賞賛をお世辞と思ったのか、ちょっと困ったように笑うだけだ。

常識にとらわれない自由な発想は、金を積んで買えるものではない。

「これは私からの提案なのですが、アンナ様たちが売れそうな商品を考えて、うちが商品化するというのはどうですか?教えていただいたアイディアから商品化すれば、利益の何割かをお支払いしましょう」

「・・・・・・いいのですか?」

「ええ。うちは資金も経営知識もありますが、面白い商品を考えつくことは、なかなか出来ません。あのベストのアイディアを私にくださり、そして、今後はうちのみと取引してくださるとお約束していただければ、養蜂場拡大の資金をお貸ししましょう」

「・・・本当に?」

アンナ嬢も、まさか自分の事業計画書が通るとは思わなかったのだろう。

呆然としている。

(自分が言い出したくせに。まだまだ脇が甘い)

そんな顔をすると、悪い奴らに付け込まれるぞと忠告したくなる。

「その代わり、何か良いと思ったものがあれば、必ず私に教えてくださいね」

「え、ええ。必ず。あ、ありがとうございます」

契約成立を実感したのか、アンナ嬢の顔が途端に明るくなり、目がきらきらと輝きだした。

口元がほどけて、まるでずっと欲しかったおもちゃを買って貰った子どものようだ。

「・・・ただ、失礼ながら、アンナ様は商売の基本がわかっていないように見受けられます。少しご教授してもいいですか」

「え、ええ、お願いします」

戸惑いながらも、それでも期待で胸を膨らませて、嬉しそうに俺を見上げるアンナ嬢に、ため息をつきたくなった。

男の立場からすると、庇護欲をくすぐられて可愛いのかもしれないが、商売上はマイナスだ。

事業計画書を見る限り、商売に携わったことのない素人にしては優秀だが、どうも人がいいというか、素直さが顔に出てしまい、すぐに足元を見られそうだ。

「まずは、表情管理からですね。アンナ様は、非常に感情が顔に出やすい。仕事上では、もう少し感情を隠せるようにならないと、すぐに付け込まれますよ」

「は、はい」

「謙遜するのもいいですが、自信も大切です」

「え、ええ。わかりました。でも、自信がない場合は、どうしたらいいんでしょう?」

「自信があるように見せるんです。自分が逆の立場だったら、どんな相手を信頼しますか?よくご自分で考えてください」

「はい!」

「あと、相手をよく観察して、お互いに最善となる方法を探ってください。商売は、自分だけが得しようなんて思ったらいけませんよ」

「『相手を観察』って、どうすればいいですか?具体的に教えていただけませんか?」

(・・・・・・まるで雨の日に、羽を濡らして地面に落ちた小鳥のようだな)

アンナ嬢が、この機会を逃したら、生きる術を失うとばかりに縋るように聞いてくる。

頼るべき大人がいない今、サウスビー家の命運を握っているのは、間違いなくアンナ嬢しかいないのだろう。

アンナ嬢の細い肩に、サウスビー家と領民たち全てが乗っているのだ。

重責に押し潰されそうになりながらも、彼女には、必死でやり抜くしか道はないのだろう。

(憐れと言えば、憐れだな・・・)

共倒れを避けるために、少しだけ商売のコツを教えるつもりが、アンナ嬢が熱心にメモを取りながら、質問を交えて聞いてくるので、半日以上の時間を費やしてしまった。

ついアンナ嬢に絆されて、一文の得にもならないことをしてしまったが、努力する者は嫌いじゃない。

話を終える頃には、アンナ嬢に力を貸す気になっていた。

(・・・アンナ嬢がアスター商会で働けば、いくらでも大事にしてやるのにな)

ヘンリーには、アンナ嬢の価値は絶対にわからないだろう。

アンナ嬢が、ヘンリーの婚約者ということが、つくづく残念でならなかった。