軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67 道化師

「カフェまで少し歩きますけど、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

ルーシー様が、カフェの場所まで歩くことを気遣ってくれたが、問題ない。

小さい頃から野山で鍛えた私の足腰は強いので、多少遠くてもどこまでも歩いて行ける。

それに本屋から出ると、涼しい風が吹いていて気持ちがよかった。

暑くもなく、寒くもない季節がやってきている証拠に、赤トンボが沢山飛んでいる。

カフェまで歩くのは、カツレツの腹ごなしとして、丁度いい運動になるだろう。

王都の景色を楽しみながら歩いていると、ルーシー様が突然立ち止まった。

「あ、そこの細い通りに入った奥にカフェがあるんですよ」

「え、もう着くんですか?」

「ええ、そうですよ」

まだ本屋を出てから20分ほどしか歩いていないのに、ルーシー様は、薄暗く小さな店が立ち並んでいる裏通りを指さした。

貴族令嬢の歩くとは、私にとって歩くうちに入らなかった。

(・・・やっぱり、王都の貴族令嬢と私は違うのね)

違いを実感しながら裏通りに入ろうとすると、先ほど食堂で見た道化師たちが、太鼓を叩きながらこっちに向かって来ていた。

道化師たちは、派手な服装と太鼓の音に惹かれて集まってきた人たちにチラシを渡している。

(すごい・・・!)

突然一人の道化師が、軽く体を跳ね上がらせたかと思うと、空中でくるりと回った。

それを合図にしたかのように、道化師たちが一斉に踊り始めた。

道化師たちがリズムに合わせて軽快に踊っているのが面白くて、足を止めて見てしまう。

「お嬢さん美人だね。よかったら、舞台を観に来ない?夕方から始まるよ」

「あ、ありがとうございます」

急に側に寄ってきた道化師の一人が、私に踊りながらチラシを渡してきた。

そして誰にも聞こえないように、私の耳元で低く囁いた。

「劇場で俺に声をかけてくれたら、特別に安くしてあげるよ。お嬢さんは美人だからね。みんなには内緒だよ」

「えぇ?」

左耳を押さえて驚く私に、道化師のお兄さんは、笑いながら仲間の踊りの輪の中に戻って行った。

(・・・声をかけるも何も、お兄さんの顔がわからないじゃない)

試しにどんな顔をしているのか見ようとしたが、道化師のお兄さんは、顔の原型がわからないぐらい化粧をしていた。

顔は真っ白に塗りたくってるし、口元も笑いを強調するように紅を深く引き伸ばしている。

自分を愉快そうに見せるためか、鼻も頬も真っ赤に塗ってある。

おまけに片目に落とされた黒い涙が大きすぎて、顔の特徴が何一つわからない。

これではたとえ劇場に行ったとしても、道化師のお兄さんを見つけることはできないだろう。

渡されたチラシには、「ローゼル歌劇団による『真実の愛』」と書かれていた。

『真実の愛を見つけたんだ!』

その瞬間ヘンリー様言葉が頭の中で甦り、前ほどではないが胸が痛んだ。

・・・ヘンリー様の言った「真実の愛」とは、一体なんだろう。

この舞台に関係があるのだろうか。

(どんな内容なのかしら・・・)

思わずチラシを見入る私に、興味があると思ったのか、ルーシー様が私の手元を覗き込んだ。

私の手元を覗き込んだルーシー様からは、香水をつけているのか、ふわりと甘い、懐かしい香りがした。

「ああ『真実の愛』ですね。人気の舞台ですよね」

「そうなんですね。私、知らなくて」

「もう5、6年ぐらい前からずっと上演してますよ。王子様と美しい町娘のロマンスです。でもさすがに最近ではみんな飽きてきたから、結末を変えて再演しているんですよ」

「・・・・・・そうなんですね」

ヘンリー様も、この舞台を観たのだろうか。

いや、観たからこそ、あの高圧的なホランド伯爵が決めた私との婚約を破棄したのだろう。

この舞台を観て、ヘンリー様は何を思ったのだろう。

「・・・ご興味あるなら、一緒に観ましょうか?」

チラシから目が離せない私に、ルーシー様が気を遣って誘ってくれるが、これ以上ルーシー様の勉強の邪魔をしてはいけない。

「いいえ、ちょっと気になっただけで、特に興味はないんです」

慌ててポケットにチラシを突っ込む。

夕方からの舞台なら、カフェを出てから行っても十分間に合う。

一番安い席なら、私でも何とか買えそうだ。

「そうですか?私のことなら、気にしなくていいんですよ」

ルーシー様は、明日のテストのことなど全く気にしていないようだ。

だが残念ながら、ルーシー様が気にしなくても、私が気にする。

テスト前に娘が外で遊んでいつまでも帰ってこなかったら、親は心配して嘆くに決まっている。

そして、私のせいでテストの点数が悪かったと言われても困る。

「いえ、美味しいと評判のカフェにつきあっていただけるだけで、本当に嬉しいので」

「大丈夫ですよ。ケーキを食べてから観に行っても十分間に合いますよ。舞台は夕方からですし」

「いえ、そんな遅くまでお付き合いいただくわけにはいかないので・・・」

(テスト勉強して!お願いだから!!)

思わず心の中で叫んでしまう。

夕方から始まる舞台なら、帰る時はもう夜だ。

今頃ルーシー様の帰りを首を長くして待っているであろう、ルーシー様の両親に大変申し訳ない。

「もしかしてテストのことを気にされています?本当に大丈夫ですよ。今更多少詰め込もうが、私の頭は変わりませんからね」

遠慮する私に、何故かルーシー様は自慢げに胸を張るが、そういう問題ではない。

もし私に付き合ったせいで卒業できなかったら、どうするつもりなのだろう。

「いえ、でも・・・」

「それに、この歌劇団、衣装がすごく豪華で綺麗なんですよ。今度私がドレスを作る時の参考にしようと思っていたところなんです」

「でも・・・」

「やっぱりいいものを作るには、沢山いいものを見なくちゃいけませんしね!」

「そうかもしれませんが、明日はテストが・・・」

「大丈夫です。私、『運を天に任せる』タイプなんで」

「いえ、『人事を尽くして天命を待つ』で、お願いします!」

思わずルーシー様に、普段被っている猫を捨てて突っ込んでしまった。

頼むから、ルーシー様も少しはテスト勉強をして欲しい。

だが私の思いも空しく、ルーシー様が堪えきれないように笑いだした。

「うふふ、アンナ様ったら、面白いですね」

「ルーシー様も、こんなに言ってるのに、なかなか挫けないですね」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。『杞憂』ってご存じですか?」

「ええ。知ってますよ。でも、私の取り越し苦労だったらいいんですけど、『備えあれば憂いなし』って言うじゃないですか」

「ふふふっ、アンナ様って、諺に詳しいんですね」

「ルーシー様こそ、詳しいですよね」

「実は担任の先生が、有名な先生の教え子だったみたいで。その有名な先生に影響されて、諺が大好きなんですよ。いっつも何かにつけては諺を言うものだから、自然と覚えてしまうんです」

いつも息をするように諺を会話に挟んでくる、明るく元気のいいスタンリー先生の顔が浮かんできた。

ルーシー様は、次に私が言う諺を予想したのだろう。

満面の笑みを浮かべ、目を悪戯っぽく輝かせながら、私の発言を今か今かと待っている。

「まさしく・・・」

『「門前の小僧習わぬ経を読む」、ですよね!!!』

二人で声を合わせて同じ諺を言い、爆笑してしまった。

もし学院で出会えていれば、私たちはいい友人になっただろう。

大して可笑しくもないのに、ルーシー様と一緒にいるのは楽しくて、声をあげて笑ってしまった。

こんなことは久しぶりだ。

その時、笑いあう私たちの後ろで、甘く、蜂蜜のように絡みつくような特徴のある声がした。