軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54 涙とセオドア

騎士団の土埃が見えなくなっても、旗が見えなくなっても、私たちはその場から動かなかった。

別にベスたちが戻ってくることを期待したわけじゃない。

ただただ、動けなかった。

最初に動いたのは、セオドアだ。

セオドアが身体を伸ばしながら、私たちの用意していた馬車へと足を進める。

「・・・・・・行っちまったな。良かったよ。無事親元に帰せて」

「え、ええ。そうね。本当に良かったわ」

「俺、この馬車の荷物を片づけてくるわ。それから馬も。馬小屋に連れて行くし」

「あ、ああ、そうね。お願いするわ」

馬車に向かうセオドアの背中を見ながら、クララが寂しそうに呟く。

「何一つ、お持ち帰りにはなりませんでしたね・・・」

「ああ、そうね。きっと会えたのが嬉しくて、忘れちゃったのね・・・」

「でも、王宮へ戻れば、美味しい物が沢山あるでしょうしね」

馬車の中には、クララの焼いたお菓子や蜂蜜をお土産として沢山積んでいた。

王宮に戻れば、一流のシェフが腕を振るう美味しい料理が用意されているだろう。

「後からみんなで食べましょうよ。クララの作るお菓子は世界一だしね!」

明るく言ってみたものの、クララは背中を丸めながら寂しそうに屋敷に入っていく。

「お嬢様。私も書庫の整理に行ってまいります」

タイラーが、肩を落としながら書庫に向かう。

別に書庫の整理など今する仕事でもないだろうが、一人になりたいのであろう。

足取り重く、私も屋敷へ入る。

台所を覗けば、クララが液体になってしまった生クリームの入ったボウルを抱えて、涙をしきりに拭いている。

これで私が慰めに行けば、私も一緒に大泣きしてしまうような気がする。

ベスが無事に親元に帰れて喜ぶべきなのに、悲しむなんて、もってのほかだ。

今は皆、一人になって心を落ち着けたいのだろう。

クララに気付かれないように、そっと台所を後にする。

(部屋に戻る前に、食堂に置いていたベスのドレスを取りに行かないとね・・・)

ベスのドレスなんて見たら、またクララが寂しがって泣くに決まっている。

今のうちにドレスを回収しようと食堂に行けば、ベスに着せようと思っていたドレスが広い食堂にポツンと置いてあった。

「せっかく綺麗にしたのにね・・・」

胸に大輪の赤い薔薇。

裾にも赤い薔薇を沢山縫った。

ベスの喜ぶ顔を想像しながら縫うのは、とても楽しかった。

「着せたかったなぁ・・・」

ベスが着たらどんなに喜んだことだろう。いや、せめて見てもらいたかった。

でも、こんなもの、王宮に戻れば必要ないだろう。

きっと綺麗で、可愛いドレスが山のようにあるはずだ。

そっと手で赤い薔薇の刺繍を撫でる。

「どうして気付かなかったのかしら・・・」

赤い薔薇は、第一王女のお印だ。

王族は、身の回り品に名前の代わりに印をつける。

陛下は紫の薔薇、第一王子は白い薔薇。

そして王弟は、・・・・・・青い薔薇だったか。

興味がなかったからうろ覚えだが、確かそうだったはずだ。

『私のお花なの』

赤い薔薇を刺繍するようお願いしたベスは、確かにそう言った。

お父様にあげると言ってハンカチに施した刺繍は、紫の薔薇だった。

「ふふっ、とても紫の薔薇には見えなかったけどね・・・」

サツマイモにしか見えないベスの刺繍を思い出すと笑いがこみ上げてくる。

(ホント、ベスがいると可笑しいことばかり・・・)

本当に色々とやらかしてくれた。

お菓子を作れば粉まみれ。

馬に乗ると駄々をこねて、視察に連れて行けば馬上で昼寝。

草花の汁を付けてワンピースはダメにするし、一人で不味いお粥を作ってみたり。

最後はロバに乗って、行方不明ときたものだ。

この数日間、どれだけベスに振り回されたことか。

でも可愛くて、可愛くて。愛しくて、愛しくて。

もうあの可愛い子が、この屋敷にいないと思うと寂しくて堪らない。

「うっ、うぅ、う・・・」

床に座り込んでドレスを抱きしめれば、ぽつりぽつりとドレスにシミが出来ていく。

もっとベスと沢山遊べばよかった。もっと沢山おしゃべりすればよかった。

仕事なんかせずに、もっと一緒に過ごせばよかった。

まだ一緒に過ごす時間があると、勝手に思っていた。

もう、あの可愛いベスには、二度と会えない。

そのまま床に伏して、涙が流れるままにする。

「・・・・・・お前、一人で何やってんだ?」

呆れたような声が聞こえ、床から見上げれば、食堂の扉の前でセオドアが立っていた。

「セオドア・・・」

「ああ、もうほら、何泣いてんだよ、いいだろ、ベスが無事に帰れたんだから」

セオドアが、自分の頭をくしゃくしゃと掻きながら隣にしゃがみこんでくる。

自分だって寂しいくせに、私だけおかしいみたいな言い方はしないで欲しい。

「だって、寂しくて・・・」

「そりゃみんな寂しいさ。でも親元に帰すのが一番だろ。ベスだって親が一番いいんだし」

「・・・・・・そんなこと、わかってるわよ」

「なら、泣くなよ」

眉を顰めたセオドアが、私の涙をセオドアのシャツの袖口に染み込ませるが、すぐに湿っていく。

「だって・・・」

「何が『だって』だよ」

「・・・・・・だって、お別れも言えなかった」

「仕方がないだろ。国王だぜ。国で一番偉い人がいるのに、そんなゆっくりお別れなんて、言えるわけないだろ」

わかっている。

あの場の雰囲気では、ベスにお別れの挨拶なんてできるわけがなかった。

「・・・・・・ベス、キノコを採りに行きたいって言ってたのに」

「そうかよ」

「・・・養蜂場も、連れて行ってあげれなかったし」

「ああ、そんなの、また来た時に連れて行けばいいだけの話じゃないか」

セオドアは何でもないことのように言うが、近所の子どもじゃないのだ。

無理に決まっている。

「来るわけないじゃない・・・。王女様よ?もう二度と会えないわよ」

言葉にした途端、再び大量の涙が溢れてくる。

もう会えない。二度と会えない。あの可愛いベスと。

私たちとベスでは、身分が違いすぎる。

「うっ、う、うぅっ、う・・・」

泣き止もうと思っても、涙が溢れ出て止まらない。

困ったようにセオドアが何度も袖口で涙を拭いてくるが、それでも止まらない。

「あ~、もう泣くな、泣くな。ほら、泣き止め!」

いつまでも泣き止まない私にいい加減苛々してきたのか、今度は乱暴に袖で顔を拭かれた。

顔が布に擦れて痛いし、しかも目に入ったセオドアの袖は、土埃がついてて汚かった。

「セオドア、袖、汚い・・・」

「あぁ?うっさいな、仕方ねーだろ。馬とか世話してんだから、汚れるさ」

「だからって、あんまりじゃない・・・?」

人が泣いているのに、もう少し優しくしようという気はないのだろうか。

するとセオドアが、今度は自分の胸に私の顔を無理やり押し付けた。

「ほら、これでいいだろ!?ここなら汚れてねーよ!!」

「・・・・・・・・・・・・同じよ」

ベスを探し回ったせいか、微妙に汗臭い。

だけど少しだけ、干し草のようなお日様の匂いもした。

「もう仕方がないだろ。いい加減に泣き止め。お前、顔ぐらいしか取り柄がないのに、泣いたら不細工になるぞ。いや、すでに不細工だわ。目も腫れてるし、鼻も赤いし、おまけに鼻水まで出てる。ここまで酷い顔もなかなかないぞ」

セオドアの私に対する悪口が止まらない。

「だって、だって、もう、ベスに会えないのに・・・」

「ああ、そうかもしれないけど、それは仕方のないことだろ」

セオドアはため息をつきながら、私の背中を適当に叩いてくる。

一応慰めているつもりなのか、背中を叩いていた手で、今度は頭を撫でてきた。

セオドアの撫で方が雑すぎて、優しく撫でてくれたアルバート様と違いすぎて、余計に涙が出てくる。

「・・・・・・アルバート様にも、何も言えなかった。あんなに、お世話に、なったのに」

セオドアの髪を撫でていた手が不意に止まった。

「・・・・・・大丈夫だよ。あいつはアンナの気持ちをわかってるさ」

「私の気持ちって・・・?」

「・・・・・・・・・感謝してんだろ、あいつに。それぐらい、あいつも言われなくてもわかってるよ」

「・・・う、うん」

「な、だから泣くな。頼むから泣かないでくれよ」

再びセオドアに、ぎゅっと抱きしめられる。

「俺、お前が泣いたら ・・・こう、胸が締め付けられるように苦しいんだよ。な、頼む。頼むよ。だから、泣き止んでくれよ」

「・・・・・・うん」

「な、頼むよ、頼むから、泣き止んでくれよ」

「う、うん・・・」

セオドアの思いがけない切ない声にびっくりしてしまい、少しずつ涙が落ち着いてきた。

「・・・・・ほら、泣き止んだか?」

「う、うん」

「ハンカチあるし、顔拭けよ」

ようやく涙が落ち着けば、セオドアがポケットからハンカチを取り出して、顔をごしごしと拭いてきた。

一応泣いていた女子なのに、こんなに乱暴に扱われていいものだろうか。

「・・・・・・ハンカチあるなら、最初から出してよ」

「だって、そのハンカチ、いつ洗ったやつか覚えてねーし」

「汚っ!!セオドア、今、その洗ってないハンカチで私の顔を拭いたわよね!?」

どうしてセオドアはこうなんだろう。

もうわざとやってるとしか思えなくて、思わず笑ってしまう。

「・・・ほら、そっちの方がいいじゃん」

「え?」

「『笑ったらまあまあ可愛い』って、前にも言っただろ。いつも笑っとけよ」

「・・・・・・その『まあまあ』が気に入らないんだけど」

「お前、図々しいよな。『可愛い』って言ってもらえるだけ、ありがたいだろ」

まだ文句を言いたかったが、あの口の悪いセオドアが私を褒めているのだ。

セオドアなりに私を慰めようとしていることだけはわかったので、黙っておく。

「・・・・・・・・・ベス、行っちゃったわね」

「・・・そうだな」

何もする気がおきなくて、そのままセオドアと床に座り込んだまま壁に背を預けて、ぼんやりと床を見る。

子どもの頃も外に行って遊び疲れた後、3人でよくこうしていた。

「・・・今頃ベス、何してるかしら?」

「まだ馬車の中だろ」

「・・・・・・そうね」

「きっと、親にたくさん甘えてるよ。で、家に戻ったら、生クリームたっぷりのお菓子を食べるんじゃないか?」

「・・・そうね」

(そうだといいな)

きっとベスは、王妃様たちと仲直りしたことだろう。

ベスたち親子4人、仲良くベスの好きなシュークリームを食べている姿が目に浮かぶ。

家族が側にいるのは、なんて幸せなことだろう。

私たちのことなんて忘れて、ベスが楽しく暮らすのが一番だ。

ほんの短い時間だけでも、私たちはベスと一緒に過ごせて幸せだった。

「・・・・・・セオドア」

「なんだよ」

「セオドアは、私が辛い時にいつも側にいてくれるのね」

「まあな、仕方がないだろ、俺しかいないんだし」

「うん・・・。ありがとう」

お母様が亡くなった時も、オリバーが学院に行った日も、お父様の葬儀の時も。

辛い時や寂しくなった時には、いつもセオドアが側にいてくれた。

セオドアが変わらず私の側にいてくれたからこそ、頑張れた。

大事なセオドアの生活を守るためにも、頑張って働かねばならない。

「・・・また頑張って、働こうか」

床からよいしょと力をこめて立ち上がる。

残念ながら、落ち込んでいても仕事はある。

どんなに寂しくて泣いていても、仕事が待ってくれるわけではないし、お腹が膨れるわけでもない。

セオドアも、やれやれと膝に付いた埃を払いながら立ち上がった。

「ああ、そうだな。まだ借金も残ってるんだろ?」

「大丈夫。補助金が出るし。・・・それでも借金はまだ残るけど、アルバート様に経営的には問題ないって言われたの。だから今までみたいな節約生活はしなくていいと思うわ」

「そうか。アルバート様様だな」

「・・・・・・そうね」

アルバート様は、今頃どうしているのだろう。

「ほら、仕事しよーぜ!」

立ち止まりそうになったところをセオドアに背中を押され、歩こうとした時に、タイラーが青い顔をして食堂に入ってきた。

「お嬢様。ホランド伯爵からお手紙が来ております」