軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43 マシューの訪問

「ど、どうしたの?マシュー」

慌てて玄関まで行けば、マシューは満面の笑顔で立っていた。

「いやね、道が復旧したんで、そのお知らせをと思って」

「え、ええ?復旧?早くない?もう少しかかるって、昨日・・・」

慌ててアルバート様を見るが、いつもの無表情だ。

セオドアはすでにマシューから話を聞いたのか、手を頭の後ろで組みながら笑っている。

「ええ、それが。お嬢様たちが出られたすぐ後に、王都の職人たちが大勢きて、すごいスピードで片付けていってくれたんですわ」

「ええ?なんで?」

そんなことがあるのだろうか。

自領のことは、自領で賄うのが基本だ。

今まで王都から助けが来るなんて、一度もなかった。

「うちも王都が経済の生命線ですが、王都も、うちから供給している農作物がないと困るんでしょうよ」

確かにうちは、王都との距離の近さを生かして、新鮮な野菜や果物、花を多く出荷している。

だが王都は、別にうちに頼らなくても、他領からいくらでも買えるはずだ。

「何でも偉い人から、短期間で工事を終わらせるよう言われたらしくて。さすがに夜中までは工事はしませんでしたけどね。今朝は日の出とともに工事を始めて、夕方近くには開通ですよ」

「そんなことが・・・」

あるのだろうか?

いくら王都の最新技術があろうと、そんな短期間で終わるとはとても思えない。

余程多くの人員を引き連れてきたに違いない。

「まあ、儂らもびっくりしましたよ。あっという間でしたからね。でもまあ、助かりましたわ。もう気の早い連中は、王都へ作物を売りに行きましたよ。飛ばせば間に合うってね」

皆、喜んだことだろう。

出荷できない作物が溜まっていたはずだ。

鮮度が落ちれば値段が下がるし、評判も下がる。

次に繋げるために必死だ。

「明日でもいいのに、わざわざ知らせに来てくれたのね、ありがとう」

もう日もとっぷりと暮れている。

マシューだって、早く家に帰りたいだろう。

「こういうのは、早い方がいいでしょうからね。それにほら、儂はこれを渡さないといけないので」

にやりと笑ってポケットから取り出したのは、請求書だ。

「ああ!勿論よ!!ありがとう!!」

思ったより早く工事が済んだのだ。

お金に余裕があれば、割り増し料金を支払いたいぐらいだ。

「・・・・・・あら?」

「どうしました?」

マシューから渡された請求書の金額がおかしい。

「マシュー、昨日見せてもらった金額より随分少ないわ。遠慮しなくていいのよ?」

「いや、あの時は1週間分の予定工事代金と増えた分の人件費がありましたからね。今回はほら、期間が大幅に短くなったし」

「でも・・・」

「王都の連中分のは、王都のお偉いさんが支払うから、お嬢様は関係ないんですよ」

「そうなのね。でも・・・」

予想より、随分少ない。

これで本当に合っているのだろうか。

無理して安くしてもらっても、このことが原因でマシューの土木事務所が立ち行かなくなったら、本末転倒だ。

「大丈夫ですよ。金額は合っています。それにお嬢様、ノアに聞きましたよ。儂らのことを使ってくれって頼んでくれたんでしょう?」

「え、ええ。そうよ、だってマシュー、王都の最新技術のことが気になるでしょう?」

わっはっはとマシューが愉快そうに腹を抱えて笑う。

「勿論気になりますよ。腕が上がれば、評判も上がる。評判が上がれば注文も増える。注文が増えれば金も増える。いいことづくめですしね」

そしてマシューが、照れたように小さく呟いた。

「・・・それに、儂らのような技術者にとっては、新しい技術は知りたくて知りたくてたまりませんわ」

多分それが本音だろう。

マシューの仕事に対する情熱は、お金じゃないのだ。

「ま、儂も年だから今後どうなるかわかりません。勉強させるために、若いもんをいっぱい連れて行きますよ」

「またそんなこと言って。元気なくせに」

「はは、そうですな。死ぬまでこの仕事をやりたいですわ。それに孫娘の花嫁姿も見ないけませんし」

マシューの孫娘のデイジーはまだ6歳だ。

それに、今年生まれたばかりの孫娘もいたはずだ。

(マシューったら、死ぬ気は全くないじゃない)

「あ!そうだ、デイジーは、春から学校に入学でしょう?デイジーのために通学バッグを作ってたのよ。ちょっと待ってて」

慌てて自室に戻り、キルトのバッグを取ってくる。

パッチワークした布に、中綿を入れて重ねて縫い留めているから、かなり丈夫だ。

これなら重い教科書を入れても破れにくい。

ついでに台所に寄り、クララが作ったスコーンがあったので、それも手早く包む。

「お待たせ!ごめんね!!」

玄関に駆け込めば、マシューとアルバート様、セオドアが顔を寄せて真剣に話をしていた。

「あら?どうしたの?何かあったかしら?」

「ああ、いや、何でもないよ」

アルバート様がそう言いながら、私のために間を空けてくれる。

セオドアはデイジーのバッグに興味があるのか、私の手元を覗き込んできた。

「どんなのを作ったんだよ?」

「パッチワークにしてみたの。カラフルで可愛いかなと思って。それにデイジーはピンクが好きだからピンク系でまとめてみたのよ。どうかしら?」

せっかくだからと、小さなピンクの布をつなぎ合わせて、六角形の模様を施した。

かなり手間はかかったが、可愛いと喜んでくれるだろう。

「これはまた可愛いですなぁ。デイジーも喜ぶことでしょうよ」

マシューもデイジーの喜ぶ様子を想像したのか、目尻を下げている。

「デイジーのために、こんなに手間暇かけていただいて、ありがとうございます」

「いいのよ。入学したら学校のことも聞きたいし、またデイジーにも顔を見せるように言ってね」

「・・・・・・お嬢様は本当に奥様に似てきましたね。」

笑う私の顔をしみじみと見て、マシューが懐かしそうに目を細めた。

「私?そうかしら?」

確かに顔は似ているが、几帳面な母を思えば、中身はあまりに似ていないと思う。

私の大雑把さは、お父様譲りだ。

「似ていますよ。奥様もこんな風に儂らに心配りしてくれる方でしたわ」

「・・・そう?」

「ええ、そうですよ」

母が死んで5年。

未だに母を思い出してくれるのが、何よりも嬉しい。

「そんな風に言ってくれてありがとう。私も母みたいに、おしとやかな淑女になれるといいんだけど」

「まあ、奥様は確かにお手本になるような淑女でしたな。でも怒る時は激しかったですよ。一度頭を叩かれましたわ」

「ええ?お母さまが?」

教育には厳しい母だったが、さすがに手を出されたことはない。

「末娘が産まれた時にね、嬉しかったんですけど、うちは子どもが7人とも女でしょう?何か恥ずかしくて。『跡継ぎが欲しかった』とうそぶいたら『冗談でもそんなことを言うものではありません!』ってこう、頭をスパーン、と」

マシューは自分の頭を勢いよく叩く真似をする。

「まあ、お母様ったら・・・」

「いや、叩いてもらってよかったですよ。おかげでうちは、今でも家族全員仲良しだ」

今では、末娘のライラが婿を取って事務所を切り盛りしている。

「そんなの知らなかったわ」

「きっとお嬢様の知らないことがいっぱいありますよ。今度またお話ししましょう」

私の知らないお母様。

どんな感じだったのだろう。話を聞くのが楽しみになってきた。

「そうね、もう遅いし気をつけて帰ってね。それからこれ、スコーン。これも良かったら持って帰ってね」

「ああ!これはいいですな。恥ずかしながら、実は甘い物に目がなくて」

(知ってる。多分誰もが知ってるわよ)

だが、マシューが恥ずかしがるかなと思い、黙っておいた。

「・・・ああ、お菓子といえば、あの小さなお嬢ちゃんはどこに?」

「えっ?ああ、ベス?ベスなら今は貯蔵庫にいるわ。呼んできたほうがいいかしら?」

「いやいや、いいんですわ。あの小さなお嬢ちゃん、いいとこのお嬢ちゃんなんでしょ?」

「え、ええ、まあ」

どんな家の子かはわからないが、間違いなく高位貴族の子だろう。

「あのお嬢ちゃん、何を思ったのか、儂らに『みんなが毎日お菓子を食べられるように頑張るわね!!』って宣言しまして」

「ええ?」

「いや、儂らもあんなお嬢ちゃんに、何かしてもらおうなんてこれっぽっちも思いませんよ。だけどその気持ちが嬉しくてね。皆で胴上げしたんですわ」

(・・・あの胴上げはそれだったのね)

お菓子作りの時に、アルバート様に注意されたのがよほど心に残っていたに違いない。

マシューが、私たちに晴れ晴れとした顔で告げる。

「道は完璧に仕上げてきましたよ。職人の誇りにかけて、自信を持って言えますわ。明日、気をつけてお帰りください」

「良かったですね、アルバート様」

何度も振り返っては手を振るマシューを見送り、アルバート様に声をかける。

「ああ、ありがとう。君のおかげだ」

「いいえ、私は何もしていませんよ。明日は少しでも早く発ったほうがいいでしょうし、朝早めにベスを起こしましょうか?」

「ああ、そうだな。少しでもベスを早く家に帰してやりたい。兄上たちがベスを心配して、夜も眠れていないだろう」

ベスがいなくなることは寂しかったが、ベスの両親の気持ちを考えると、少しでも早い方がいいだろう。

それでも寂しくて、しんみりした気持ちになる。

「寂しくなりますね」

切ない気持ちで声をかけたのに、アルバート様は容赦なく切ってきた。

「だからアンナ嬢。すぐにアスター商会の仮契約書を一緒に確認しよう」

(えぇぇ?今すぐにですか?)

こんな時でも、アルバート様は仕事人間だ。

情緒がない。

勿論アスター商会との契約内容を確認してくれるのは、私にとってはありがたいが、もう少しぐらい別れを惜しんでくれてもいいんじゃないかという気がしてくる。

「アルバート様!!!」

ふいにセオドアが大きな声を出した。