軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 拾ったのは

「お嬢様、この方たち大丈夫でしょうか?」

不安気に意識のない二人を見つめるのはクララだ。

川岸に倒れているのを見つけ、近くの民家から荷馬車を借りて屋敷に運んでお医者様を呼んだのが昼前。

もう日も暮れかけてきたというのに、意識が戻らない。

倒れていたのは、綺麗な顔をした青年とこれまた可愛いお人形さんのような女の子。

青年は20代、女の子は6~8歳ぐらいだろうか。

泥で汚れていたが、拭いてみたら美しい銀髪に、まるで絵画から抜け出たような美貌が出てきて驚いた。

「お医者様が言うには、大した怪我はしていないって。意識がないのは水に長いこと漬かっていたことによる低体温症によるものだから、暖かくすればきっと大丈夫よ」

クララを安心させるために明るく告げる。

が、本当は低体温症は命にも関わる。

乾いた服に着替えさせ、お医者様に言われたように毛布で体を包んだ。

少しでも温めようと湯たんぽを首や脇に挟んでいるが、効いているかはわからない。

(大丈夫かしら・・・)

二人の顔は、まだ青白い。女の子はほとんど無傷だが、青年は右腕を骨折してるし、川から流された影響なのか全身擦り傷・切り傷だらけだ。

(感染症に罹っていないといいけど)

だが物事を悪い方に考えて心配する癖のあるクララには、そんなことは絶対言えない。

「多分、身分の高い方たちですよね?」

クララが不安気に呟く。

(ああ、確かにその心配もあった)

心の中で頭を抱える。

濁流に飲まれたためか、着ていた洋服は泥にまみれ、所々破れてはいたものの、上質の絹。

女の子の指には、高そうな意匠の施された金の指輪。耳のピアスは、おそらく本物のルビーだ。

服を着替えさせるのに裸を見たセオドアが「相当鍛えてる」と言ってたから、青年は騎士かもしれない。

(さしずめ貴族令嬢と護衛騎士といった間柄かしら)

そんな人間が川辺で倒れていたなんて、トラブルの匂いしかしない。

(誰かに狙われて、川に飛び込んだとかいうこともあり得るかしら)

もしそうなら、追手が来た場合どう対応するのか。

領主として判断に問われる状況になる可能性もある。

それにこのまま意識が戻らず、万が一のことがあれば、身元不明の貴族が亡くなったと王宮に届け出なければならない。国内ならまだしも、外国の要人ならばますます面倒になりそうだ。

そうなると、うちにあらぬ疑いがかけられることになるかもしれない。

調べもせずに罪に問うことはないだろうけど、こちらは名ばかりの弱小貴族。

何か言いがかりでもつけられたら、逃れようがない。

(だけど見つけた以上、見捨てるわけにはいかないわよね)

とりあえず、できることをするだけだ。

「まずは意識を回復するのを待ちましょう。ああ、そろそろ湯たんぽのお湯を新しくしたほうがいいかもね」

怪我の処置も済んでいるし、暖める以外できることはないけど。

そう言いながら毛布に入れていた湯たんぽを取り出そうとした時、それが刺激になったのか女の子がうっすらと目を開けたようにみえた。

クララと一緒にそっと顔を覗き込む。

女の子は私たちの顔を見ると、途端に顔を顰めた。

「ここ、どこ?それにおじ様は?ねぇ、おじ様はどこにいるの?」

慌てたように周囲を見渡している。

(良かった!意識が戻った!!)

すぐさま安心させるべく笑顔を作り、なるべく優しい声を出す。

「おじ様かどうかはわからないけど、一緒にいた銀髪の男の人なら隣のベッドにいるわよ」

落ち着かせるように肩を抱き、隣のベッドで寝ている青年を指さす。

「今は眠っているけど、もうすぐしたら起きると思うわ」

目覚めるかわからないけど、とりあえずそういうことにしておく。

女の子を落ち着かせることが一番だ。

女の子は青年の姿を確認すると、ホッとしたように息をついた。

すぐに起き出して青年の寝ているベッドの側に行き、心配そうに青年の手を握る。

きっと大事な人なのだろう。見ていて胸が締めつけられるほど健気だった。

(女の子のためにも、そして私のためにも早く目を覚まして)

心の中で祈る。

私も女の子の側に行き、目線を合わせるたむに腰を屈めた。

「ここはロズモンド王国にあるサウスビー家よ。王都の隣にある小さな領なの。私は領主のアンナ。こっちは侍女のクララ。あなたたちが川辺で倒れているのを見つけて屋敷に連れてきたのよ」

とりあえず状況を説明する。

だが、聞いているのかいないのか、女の子は青年から目を離そうともしない。

「あなた、お名前は?」

顔を覗き込み、目線を合わせて聞いてみる。

「・・・・・・・ベス。7歳よ」

なるほど。

この年齢なら、自分の名字くらいわかっているだろうに。

もしかしたら知らない人には、簡単に身分を明かさないよう躾けられているのかもしれない。

だが、私としても聞かないわけにはいかない。

ある程度の情報がないと、対処の仕様がないからだ。

もし青年がこのまま目覚めなければ、この子の家から誘拐の疑いで訴えられる可能性だってある。

「家族の方が心配しているだろうから、連絡を取りたいんだけど、連絡先はわかるかしら?」

怪しい人ではないよ、と念を込めて優しく聞いてみたが、首を振るだけだ。

しかもこれ以上は話さないと言わんばかりに、口をきゅっと結んでいる。

(これはわからないのではなく、話す意思がないわね)

クララを見れば、駄目だと言わんばかりに首を振っている。

この様子だと、私たちが信頼できるとわかるまでは何も教えてくれないだろう。

(仕方がないわ。おじ様が目覚めるのを待ちましょう)

良い方に考えれば、何か問題が生じても知らぬ存ぜぬで通せるから、かえって好都合かもしれない。

とりあえず、この子の体調回復が一番重要だ。

ベスの手に上からそっと私の手を重ね合わせる。

「ホットミルクは好きかしら?良かったら持ってくるわよ。それにお腹も空いたでしょう?何か食べたいものはある?クララはお菓子作りが上手なのよ」

ホットミルクにクララの作るお菓子。

これぞ最強の組み合わせだ。

子どもの心をほぐし、笑顔を引き出す鉄板だ。幼い頃、どれだけ私の心を回復させてくれただろう。

お菓子と聞いて顔をあげたベスに、クララが任せてと誇らし気に右手で胸を叩いてみせる。

その様子にベスがちょっとだけ笑ってくれた。

ベスは少し迷った様子をみせた後、遠慮がちに聞いてきた。

「あの、パンケーキはあるかしら?」

良かった。食欲はあるらしい。

少しでもベスが喜べばいいなと、殊更明るく言ってみる。

「パンケーキ!いいわね。私も大好きよ。うちは養蜂を営んでいるからね。とびきり美味しい蜂蜜があるわよ」

「はち、みつ・・・?」

ベスが不思議そうに首を傾げる。

(しまった、貴族のお嬢様は蜂蜜なんか食べないのか)

貴族の通う学院に通っていなかったから、貴族のお嬢様が喜ぶものがイマイチわからない。

「あ、うちではいつも蜂蜜をかけていたものだから。ごめんなさいね。えっと、ベスはいつもどうやって食べてるの?」

ベスが戸惑ったように私を見てる。

「・・・いつもは、フルーツと生クリーム。ごめんなさい、蜂蜜は食べたことなくて」

申し訳なさそうに俯く。

(あぁ、私の馬鹿。せっかく少しいい雰囲気になってたのに)

こんな小さい子に気を遣わせてしまってしまった。

「いいの、いいのよ。フルーツと生クリームね。美味しいわよね、私も大好きよ。確か葡萄もあったはずだわ。早速用意してくるわね」

腰を浮かそうとした私の袖をベスが慌てたように引っ張る。

「ち、違うの。蜂蜜、蜂蜜は、絵本で見たことがあるの」

「そうなのね。いいのよ、気にしないで。フルーツも生クリームもあるわ」

だが、ベスが首を振る。

「ううん、絵本の中でクマさんと女の子が蜂蜜を美味しそうに食べてて、私も一度食べてみたいと思っていたの。でもミリーたちがダメだって言ってたから食べたことなくて。良かったら、私、蜂蜜を食べてみたいの」

「えぇっと、でもダメって言われたのよね?」

家族が許可していないものを勝手に与えるのは気が引ける。

「うん。蜂蜜は毒だって言われたの。昔赤ちゃんが蜂蜜を食べて死んじゃったことがあるって」

・・・それは蜂蜜を1歳未満に与えてしまっただけじゃないだろうか。

私のような庶民に毛が生えたような貴族は、自然の恵みを普通に食べているが、王都の貴族は知らないのかもしれない。養蜂を営む者として、誤解は解いておきたい。

「えっと、蜂蜜は毒ではないけど、1歳未満の赤ちゃんはまだ身体がきちんとできていないから、蜂蜜は食べたらダメなのよ。多分ミリーさんは、そのことを言ったんだと思うわ」

「私は7歳よ。それにアンナも食べてるんでしょう?なら毒じゃないわよね?」

「そうね。毒ではないわよ。・・・でも、蜂蜜には花粉が含まれている時もあるから、花粉アレルギーのある人は避けた方がいいけど」

まぁ、ほとんど影響はすることはないけど。

「花粉?」

「えっと、お花を触ると黄色い粉がつくことがあるでしょう?あれを花粉というんだけど」

「それなら知ってるわ。ユリの花を飾る時に、いつもミリーが汚れるからって黄色いとこを切ってから活けてるもの」

なかなか賢い子だ。よく周囲を観察している。

「ベスはお花の側にいて皮膚がかゆくなったり、赤くなったりしたことはない?」

「ないわ」

「特定の食べ物を食べて、喉が痒くなったりしたことは?」

「大丈夫よ」

とりあえずアレルギーの心配はなさそうだ。クララと顔を見合わせて頷く。

「じゃあ、食べてもいいわ」

「では、私は作ってまいりますね」

クララがベスに笑顔を向けてから、いそいそと台所へ向かった。

「アンナって、物知りなのね。アンナはお医者様?それとも先生なの?」

ベスが目をきらきら輝かせている。よっぽど食べてみたかったのだろうか。

「いいえ、違うわよ。じゃあ、私も食事の支度をしてくるわ。ベスは待っていてくれる?」

苦笑いしながら、私も部屋から出ようとすると、ベスが私のスカートを引っ張った。

「ねぇ、私にも蜂蜜を見せてくれる?」

◇◇◇

「これはひまわり。こっちはレンゲ草。みかんの花の蜜もあるわ。これは百花蜜といって色々なお花の蜜が混ざっているの」

折角なら色々見てみたいだろうと、貯蔵庫に連れてきた。

説明しながら、ベスが見やすいようにテーブルの上に並べる。瓶にはそれぞれラベルが貼ってある。

父が研究のためと称して各地から集めたから、種類が豊富にあるのだ。

ベスが目を丸くしながら蜂蜜の入った瓶を見ている。

「それぞれ色が違うのね。味も違うのかしら?」

興味深げに瓶を手に取り、蓋を開けては真剣に匂いを嗅いでいる。

その様子が幼い頃の弟オリバーの姿と重なり、思わずくすっと笑う。

「味も勿論違うわよ。でも今日は全部試せないから、一つだけにしましょうか。続きはまた明日にしましょうね」

「うーん、どれにしようかしら、迷うわ」

眉を寄せて真剣に考えている。そんな様子さえ可愛い。

銀色の髪に大きな青い瞳。雪のように白い肌に薔薇色の頬。さくらんぼのように赤く潤った唇。

(この世にこんな美少女がいるのね。信じられない)

思わず見惚れてしまう。

そんな私の視線に気付いたのか、ベスがふいにこちらを見た。

「ねぇ、アンナのお勧めはある?」

「そうね。クセがないのはアカシアやレンゲかしら。爽やかさを求めるならレモン蜜もお勧めだけど」

「うーん、初めて食べるし、ピンク色のお花が好きだからレンゲにしようかな」

ベスがレンゲの瓶を手に取る。

「レンゲを知っているの?」

「本でしか知らないけど。優しいピンク色のお花よね?」

さっきも蜂蜜は本で知ったと言っていたし、本が好きなのかもしれない。

後で書庫から絵本と児童書を探してこようと頭の中で算段をつける。

「じゃあ、レンゲの瓶を持って台所に行きましょうか」

私が蜂蜜を持とうとしたら、ベスが持ちたいと言ったので持たせた。

ついでに食べるかもしれないと思い、目についたチーズも持っていくことにする。

二人で台所に向かっていると、あの綺麗な青年が部屋から出てきていた。

(び、びっくりした!!)

後ろ姿しか見えないが壁に手をついているところを見ると、体調は良くないのだろう。

「えっと、だ、大丈夫ですか」

私の声に驚いたように青年が振り向く。それと同時に

「お、おじ様!!」

ベスが蜂蜜の瓶を手から落とし、ごとんと大きな音がした。

それを気にすることもなく、ベスが青年目掛けて一目散に走っていく。

「ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで」

青年に抱き着き、ベスは泣きながらずっと謝っていた。