軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39 目覚め

キュルキュルキュルキュルというムクドリの騒がしい鳴き声で目が覚めた。

そろそろムクドリたちも、ねぐらに帰るのだろうか。

ならば日没前後だと思うが、カーテンが閉じているため、外の様子がわからない。

「ああ、起きたかい?」

扉のすぐそばに、アルバート様が立っていた。

手には用意のいいことに、湯気の立ったカップを持っている。

「ホットミルクだよ。飲むかい?君がいつまでも起きてこないからね。クララが、君がもう死んでるんじゃないかと心配して、私に見に行ってくれるよう頼んできたんだよ」

そう言いながら部屋に入ってきて、ホットミルクを差し出してくれる。

「クララったら、自分で持ってくればいいのに・・・。すみません、お手数かけまして」

謝りながら受け取れば、ホットミルクの熱が伝わってきて手がじんわりと温かくなる。

「ずいぶん長いこと寝ていたね。疲れがたまっていたんだろう。ほら、もう日暮れだ」

アルバート様がカーテンを開けると、もうすでに夕闇が迫っていた。

本当に随分長いこと寝ていたらしい。

だが、おかげで頭がスッキリしている。

視線を巡らせれば、いつもアルバート様のそばにいるベスがいない。

今日はまだ一回もベスに会っていなかった。

「あの、ベスは?ベスはどうしていますか?」

アルバート様は苦笑いしながら、近くに椅子を引き寄せて座った。

「本当に君はいつもベスのことばかりだな。大丈夫だよ。今朝はクララと洗濯をしていたし、昼からはセオドアと乗馬の練習をしていた。今はタイラーとマジックの練習をしてる。退屈せずに元気に遊んでいるよ」

「そうですか。よかった・・・」

なんだか無性にベスに会いたかった。

会って、抱きしめたかった。

「少しは気分が良くなったかい?」

「ええ、先ほどはご迷惑をかけました。本当にすみません」

何度謝っても、謝りたりない。

「いや、いいよ。私が君の不安でいっぱいになっていた心に、最後の一押しをしてしまったんだ」

「そんなことは・・・」

「あるだろう。でも私はこれで良かったと思うよ。君が教えてくれたように、あまりに我慢を重ねると心が死んでしまうよ」

・・・そういえば以前、そんなことをアルバート様に言ったような気がする。

「だから、爆発してくれて良かったよ」

自分の気持ちを吐き出してよかったのだろうか。

確かに、アルバート様に本音をぶつけたら、気持ちが落ち着いたような気がする。

(でも本当に言って、よかったのかしら・・・)

もう大人なのに。あんなに泣き喚いて恥ずかしい。

唇を、ほんの少し噛みしめる。

不意にアルバート様が立ち上がり、ゆっくりと扉を閉めた。

「・・・・・・あの?」

アルバート様が左手を上げる。

「ああ、大丈夫。何もしないよ。タイラーに頼まれたんだ。扉が開いていると、話が聞こえてしまうと君が思って、弱音を吐けなかったらいけないと言われてね」

「そんなこと・・・」

ないと思ったが、あったかもしれない。

いつでも頼れる領主であろうと、弱い自分を見せないようにしていた。

「タイラーたちも気づいていたよ。君がお父上を亡くしてから、一人で頑張ろうとして、いつも無理をしていたことを。頼って欲しいのに、いつも一人で解決しようとするから、寂しく思っていたみたいだよ」

「・・・・・・・」

「でも、君の性格もわかっているから、口を出せずにいたそうだ」

「・・・・・・すみません。今度から皆を頼ります」

「ああ、そうしてくれると私も嬉しい。君が一人で問題を抱えて倒れるんじゃないかとヒヤヒヤするのはごめんだ」

アルバート様の話を聞きながら、無言でホットミルクを飲む。

蜂蜜が多めに入っている。

風邪を引いた時や私が落ち込んだ時用の特別仕様だ。

何だかホッとする。

「そうそう、人手不足の件、解決したよ」

「えっ!?」

突然、何でもないことのように言うアルバート様に驚いて、カップを取り落としそうになった。

「辞めた者に連絡した。すぐには無理だが、皆戻ってきてくれるそうだ。それにジョージは、明日から住み込みに戻ると言っている」

「え、あの、どうして・・・」

アルバート様は、わずかに眉を顰め、首に手をやった。

「そこは・・・、あとで落ち着いた時にでもタイラーに聞いてくれ」

(どういうこと・・・?)

先日書斎で話がしたいとタイラーが言っていたのは、このことだったのだろうか。

急なことで頭がついていかないが、これで人手不足が解消されると思うとホッとした。

もう一口ホットミルクを飲む。

蜂蜜の甘さが体中に染みわたる気がしてくる。

「それから、借金の件。調べてみたら、お父上の借りた先の金利は高いから、王家の特別融資に借り換えれば利息が少なくて済む。ざっと計算したら、補助金もあるし、今後の領地経営に問題はない」

「えっ・・・」

「悪いとは思ったが、タイラーに頼んで帳簿を見せてもらった」

アルバート様が申し訳なさそうに目を下に向けるが、ありがたい限りだ。

「・・・・・何から何まで、ありがとうございます」

素直に頭を下げる。アルバート様には感謝してもしきれない。

アルバート様の目が優しく細まり、なぜだか胸の奥が小さく跳ねた。

「あと君が心配していることは、アスター商会の取引だろう?」

「え、ええ」

「もし良かったら、私も同席しよう。私はこれでも名のある貴族だからね。アスター商会だって下手なことはしないさ」

その瞬間、ダニエル様の柔らかいーそれでいて底知れない恐ろしさを孕んだ瞳が、脳裏をよぎった。

「いえ、やっぱりいいです」

「・・・・・・アンナ嬢、先ほど人に頼ると言っただろう?」

「・・・いえ。意地を張っているとか、頼りたくないとか、そういうことではありません。上手く言えませんが、ダニエル様は、多分、自分がまとめた取引に、他人が入ってくるのを嫌うような気がするので」

ダニエル様は、一見物腰柔らかいが、プライドの高さが時折垣間見える。

取引に関係のないアルバート様を勝手に契約の場に連れてきたら、嫌がりそうな気がする。

「・・・なので、後で仮契約書だけ見てもらえませんか?うちの土地を担保にして、アスター商会が融資をしてくれることになっているんです。借入額と担保にしている土地が釣り合っているかが不安なので、そこをよかったら見てください」

飴の生産を上げるため養蜂場を拡大しなければならないが、資金が足りなかった。

不足する資金分をアスター商会が出してくれることになったが、お金を返せなければ土地はアスター商会のものになってしまう。

融資額が適正の範囲なのか。それが知りたかった。

頭を下げると、アルバート様もそれ以上は言わなかった。

「わかった。では後で仮契約書を見せてもらうことにしよう」

「ありがとうございます」

もう一口ホットミルクを飲もうとして、カップの中が空になっていることに気づく。

美味しくて、知らぬ間に飲み干していたらしい。

考えてみれば、朝から何も食べていなかったのだ。

少しずつ胃が動き出してきたのがわかる。

「くるくる、きゅ~」

突然私のお腹の鳴る音がして、恥ずかしさのあまり、顔に血液が集まってくる。

「元気が出たようで良かった。クララが美味しいご飯を用意しているよ。君の好きな物を買いに行くと言ってたから、何かデザートもあるかもしれないね」

(・・・私の好きなものって果物かしら?)

この季節、梨やリンゴ、それにイチジクと私の好きな果物が旬になる。

それにクララの美味しいご飯を思うと、ますますお腹が空いてきた。

お腹がぎゅるると蠢き、胃が自分の存在を主張し始めるのがわかる。

「アルバート様は、夕食を召し上がりました?」

「ああ、先にいただいたよ。ベスがお腹が空いたと騒いだからね。きっと乗馬の練習でお腹が空いたのだろう」

ベスも食欲があって何よりだ。

私も元気がでてきて、ベッドから飛び出ようとすると、笑いながらアルバート様が手を差しだしてくれた。

「『食べて、寝る。この二つができていれば、大抵のことは大丈夫』だろう?」