軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 下手くそな慰め

あまりに胸が苦しくなって、ついに足が止まる。

・・・・・・アルバート様は、追いかけてこなかった。

(当たり前よね・・・)

あんな酷いことを言ったのだ。

怒っているに違いない。

今までが優しすぎたのだ。

追いかけて欲しくないと思っていたくせに、いざ追いかけてこないとなると途端に悲しくなってくる。

(なんて自分勝手なんだろう・・・)

どこをどう走ったのか、手に持っていた桶はいつの間にかどこかへいっていた。

虚しい思いで、古びた物置小屋の壁に手をかける。

走ったせいか視界がぼやけ、側にあるリヤカーに腰を掛けて手で顔を覆う。

いつもこうだ。

頑張ろうと思って、精一杯頑張るのに結果が伴わない。

結婚に領地経営。

家のためにと頑張ってみたが、どれもダメだった。

この上、タイラーたちにまで見捨てられたら、もう私は終わりだ。

アルバート様だって、呆れたに違いない。

(もう、何もかも投げ出して、どこか遠くへ行きたい・・・)

そのまま汚れるのも気にせず、リヤカーに倒れこむ。

リヤカーは、この間の嵐の影響か、木材には湿気が染み込んでいた。

長年野外に晒されていたため、床板もひび割れている。

普段なら、決して横になりたいものではない。

でも、もうそんなのどうでも良かった。

だが、そう思ってリヤカーに横になったのに、リヤカーからは朽ちかけた木のかすかに酸っぱいような匂いもするし、床板は所々黒ずみ、苔がうっすら付着している。

(もう嫌だ。もう何も見たくない・・・)

自分の惨めさにきつく目を閉じれば、キチキチキチ・・・と遠くでモズが鳴いているのが聞こえた。

モズは、狩ったカエルや虫を木の枝や柵に刺す。

縄張りを主張しているのか、それとも単なる遊びなのか。

木の枝に刺した獲物をモズは食べずに、ほぼ放置している。

小鳥が串刺しになっている時もあり、悲鳴をあげたことも何度かあった。

(食べもしないのにね。何でそんなことをするのか不思議だわ)

命を繋ぐために狩られたならまだ納得がいくだろうに、まるで見世物だ。

(私も似たようなものよね・・・必死で抗おうとしても無駄死に。何も結果が伴わない。まるで神様から遊ばれているみたいだわ)

このまま目を閉じて、何も考えずに眠れたらどんなに幸せだろう。

ほんの少し、ほんの少しでいいから休みたかった。

瞼を開けることはもうできなかった。

「アンナ嬢!!!」

不意に焦ったような声が聞こえて、重たい身体をゆっくりと起こすとアルバート様がいた。

あちこち探しまわったのか、息を切らしている。

「アルバート様・・・」

(どうしてここに?もう怒ってないのかしら?)

怪訝な顔をした私をどう勘違いしたのか、安心させるようにその場で頷く。

「大丈夫だ。仕事はセオドアに頼んできたから」

「あ、いえ・・・こちらこそすみません、あの、先ほどは、本当に・・・」

「いや、私が悪い。私の言葉が足りなかった」

アルバート様は、謝りながら膝を曲げて私に視線を合わせてきた。

昨日言われたことを気にして、見下ろさないようにしているのかもしれない。

困り顔のアルバート様が、一言一言嚙みしめるように私に伝えてくる。

「私は、君に『無理してまで私たちの世話をすることはない』と言いたかったのだ」

「・・・・・・・・・・・・はい」

「世話になってありがたいと思っている」

「・・・・・・・・・はい」

「だが、君に体調を崩してまで尽くしてもらおうとは思っていない」

「・・・・・・はい」

「迷惑をかけている身で言うのもおかしいが、君には元気で過ごしてほしい」

「・・・はい」

何を言っていいかわからないため「はい」以外に返事のしようがない。

だがアルバート様は、大人しく返事をしている私を見て、ホッとしたようにため息をついた。

「人事のこともどうすれば良いかを考えよう。君さえよければ、王都に戻ったらすぐに優秀な人材を派遣するよ」

「それは・・・・・・」

それは、嫌だ。

助かるかもしれないが、領主として失格の烙印を押されたような気がする。

きゅっと唇を噛み締める。

「な、だから休もう。ほら、屋敷に戻ろう」

そっと手を伸ばしてくれるアルバート様だが、その手に掴まりたくはなかった。

アルバート様から、顔を背ける。

「・・・・・・嫌です」

「えっ?」

「人を派遣してもらわなくて結構です」

「どうしてだ?このままでは立ち行かなくなるぞ」

アルバート様の驚く声が頭に響く。

そんなことはわかっているが、気持ちが受け入れることを拒否している。

「・・・・・・私、そんなに領主としてダメですか?」

声が震えるのが自分でもわかった。

「いや、そんなことはない」

リヤカーから降りて、アルバート様から距離をとる。

「まだ、大丈夫です。一人でやれます」

「・・・何を言っているんだ」

唇が震え、目の端が赤くなってくるのが自分でもわかる。

「ここでアルバート様に助けてもらったら、私、領主としての資格がありません」

涙が零れそうになり、急いで背を向けてアルバート様の顔を見ないようにした。

後ろで小さくため息をつく音が聞こえた。

「何をそんなに意地を張っているのだ。そんなことはないだろう。君は十分領主としてよくやってるよ。それにセオドアたちのことを考えるんだ。このまま人が足りない状態が続けば、君たちは倒れるぞ」

どうしていいかわからず、涙が滲んできた。

唇を噛み締め、どうにか涙がでるのを止めようとする。

(わかってる、わかってる、そんなの言われなくてもわかってる)

セオドアたちのことを思えば、今すぐにでも人を派遣してもらうよう頼むべきだろう。

だけど、気持ちが追いつかない。

アルバート様が、泣き出しそうな私にそっとハンカチを渡そうとしてくれるが、受け取れない。

受け取ったら最後、私が私でなくなるような気がする。

「・・・君は何を怖がっているのだ?」

「・・・・・・何も」

「私には君が何か恐れているようにみえるが?」

・・・・・・こんな、こんな子どもみたいな理由、聞いたら呆れるだろう。

自分でも、どうして口に出したのかわからない。

睡眠不足とタイラーたちが離れてしまう不安で頭がパニックになっていたのかもしれない。

「・・・・・・だって、私に領主としての価値がなくなったら、みんな離れていってしまいます」

「何を言っているのだ。そんなことはない」

アルバート様は当たり前のように断定するが、それは知らないからだ。

「そんなこと、あります。小さい頃からそうでした」

物心ついた時には弟がいた。

忙しい両親は、体の弱い弟ばかりを構っているように見えた。

私が注目されるのは、両親の望むことをした時だけ。

弟の世話をすれば、褒められた。

お手伝いをすれば、暖かい笑顔をむけてくれた。

みんなのために頑張ったら、頑張った分だけ認めてもらえた。

「・・・私は、私が役に立つ時にだけ、必要とされるんです」

領主であること。皆の役に立てること。

それがなくなった私のことを、誰が必要としてくれるのか、見てくれるのか。

役に立たなくなった自分がどう思われるかと思うと、震えがくる。

「そんなことはない。私もクララたちも君のことが大好きだ。仮に君の領主としての能力に疑問を持ったとしても、離れていくことはない」

人のために尽くし、見返りとして愛情をもらう。

そうやって私は生きてきた。

「でも、みんな辞めていきました。父が亡くなったら、すぐに」

辞めていった者たちを忘れたことはない。

大好きだった。ずっと一緒に居ると思っていた。

「家族同然でした。そう思っていました。でも、私が領主になった途端、離れていきました」

「・・・きっと何か事情があったんだと思うよ」

「確かに、理由を聞かなかった私も悪いですが、辞める者は皆揃って私に何も言ってくれませんでした」

あの時の絶望感。

せめて、何か理由を言ってくれたら、私も彼らに何か言えたかもしれない。

私からは、彼らに私を否定される言葉を聞きたくなくて、何も言えなかった。

辞めないでとも言えず、ただただ玄関から去る後ろ姿を見送るしかなかった。

アルバート様が、小さなため息をついた。

「・・・・・・わかったよ。とりあえず今後のことは一緒に考えよう」

「一緒に・・・?」

「ああ、タイラーたちと一緒に考えれば、何かいい知恵も出てくるだろう」

アルバート様の言葉に頭がぐるぐると回る。

「だ、ダメです。母が最期に私に言ったんです。『どうかお父様とサウスビー家のみんなをお願いね』って。皆に頼るわけにはいきません。私が、私が何とかしないといけないんです」

私がしっかりしないと。

頑張らないと、頼りにならないと、役に立たないと、守らないと。

頼りにならない私に誰がついてきてくれるというのか。

これ以上、誰も私の元から去ってほしくない。

両手を強く握りしめ、震えを止めようとしたが、止まらない。

アルバート様は、なぜか切ないような顔で私の側に来て膝をついた。

「なぁ、聞いてくれ。私たちは君が役に立つから、君を好きなんじゃない。君が君であるから好きなんだ」

「そんなこと、今更言われても、信じられません」

だって、今までそうじゃなかった。

役に立つから愛され、必要とされてきた。

ダメだと判断されたら、皆去って行った。

「少なくも、私はありのままの君が大好きだ」

そっと手を握られ、アルバート様の美しく青い瞳が私を見つめてくる。

「君はいつも頑張ってるよ」

アルバート様が真剣に語りかけてくる。

「皆に全力で尽くしている。私たちにも親切にしてくれて、本当にありがたいと思っている。ベスも君のことが大好きだ」

ベスのことを思うと胸が痛い。

あんなこと思ってもいなかったのに、何てことを言ってしまったのだろう。

「本当に、すみません。私、何て言っていいか・・・」

アルバート様が心配しなくていいとばかりに首を振る。

「大丈夫だ。君の気持ちはわかっているから。君が思っている以上に、私は君のことをわかっていると思うよ」

そんなこと、あるわけがない。

たった数日のつきあいだ。

アルバート様が、俯く私を困ったように見ながら笑顔を作る。

「じゃあ当ててみせようか?君は人の心の機微に敏いが、変なところで鈍感だ。そうだろう?」

そんな事言われてもわからない。

アルバート様から見て、私はそう見えるのだろうか。

アルバート様は自分で言って可笑しくなったのか、口元に手を当てている。

笑いを堪えるかのようにアルバート様は一旦下を向き、それから顔を上げた。

「それに几帳面にみせかけて大雑把だし、淑女の仮面を被ろうとしてよく失敗してるし。たまに引くほど合理的だ」

何だろう。

アルバート様から、ただ貶されているだけに感じる。

「ポケットの中はいつもパンパンだし、こっそり私にニンジンを食べさせようと画策するし」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「妙に現実的で、たまに私相手に商売しようと考えていることも知っている」

「・・・・・・・・・それは」

やはりバレていたのか。

多少申し訳なくなるが、何も今言わなくてもいいじゃないか。

「いつも人のために走り回って、アホかと思うほどお人好しだ」

「・・・それ、褒めてます?」

こんな時、普通は褒めて慰めてくれるものだ。

あまりの言われように、出てていた涙もひっこむ。

「でも、優しくて、明るくて、いつも何をしでかすかわからない君といると、楽しい」

アルバート様から、褒められている気は全くしない。

こんな下手な励まし、慰めにもならない。

でもなぜか、アルバート様の言葉は、砂が水を染み込むように私の心に入ってくる。

「私は君の側に必ずいるよ。約束する。だって、ほら、私たちは友人だろう?」

アルバート様が、私を優しく見上げながら手を差し出した。

「だから、ほら、一緒に帰ろう」

・・・・・・・震えながら差し出された手を掴んだ。