作品タイトル不明
32 書類探し
「ない、ない、ない・・・」
夕食を手早くすませ、書庫で4年前の見積もりや領収書といった補助金申請に必要な書類を探す。
書庫は定期的にタイラーたちが掃除をしていたが、最近では手が回らないためにほとんど掃除ができていない。
(うっ、埃っぽいわ)
視察のせいで汗をかいて気持ちが悪かったから、帰宅後にさっと身体だけ拭いたが、これでは汗が埃に変わっただけだ。
整理整頓に口うるさいタイラーがいることもあり、私は何とか整理していたが、父はどうやら違ったらしい。空箱に適当に書類が詰め込まれている。
唯一、自然科学系の文献だけは綺麗に整理されていたが、経済や法律といった父の興味のない分野はゴミ同然に大きな箱に投げ込まれているだけだ。
父のことをいえる立場ではないが、こうも汚いと嘆きたくなってくる。
だが、母が生きていた5年前までの書類は完璧だ。
年代順に並んでいるし、表紙に表題と破棄年月も書いてあり、非常にわかりやすい。
どうやら書類の整理は母の仕事だったらしい。
(やっぱりないわね・・・でも、どこかには必ずあるはずよ)
母の基準では、書類は全て10年保存となっている。
父もそれに習い、捨ててはいないようだ。
だが問題は、箱に書類をそのまま突っ込んでいるだけのため、非常に探しにくい。
うちは、お母様の助けがあってこそやっていけていたのだろう。
これでは母が亡くなった後、父が苦労するわけだ。
「大丈夫か?」
眉を顰めながら箱を一つ一つ覗いていくと、頭上から声が降り注いだ。
顔を上げれば、書斎で待っていたはずのアルバート様だった。
「え、あ、ああ。大丈夫、かしら?いや、ええ、多分、大丈夫です」
「悪いが、とても大丈夫なようには見えないが?」
「捨ててはいないようなのですが、整理の仕方が悪くて。必要な書類を見つけるのに苦労しています」
多分アルバート様は几帳面なのだろう。
書庫の乱雑な様子を見て、呆れたようにアルバート様がため息をつく。
「私も手伝おう」
「え、いいですよ。埃だらけになりますし」
気にせずアルバート様が私の隣に来る。
「いや、特に構わない」
「でも、ベスもいるし」
「大丈夫だ。ベスはセオドアと光るキノコを見ると言って出て行った」
光るキノコといえば、ツキヨタケだろうか。
夜ひっそりと青白く光る。
貴族令嬢のベスは、珍しい光景だと喜ぶことだろう。
「それは楽しいお散歩になるでしょうね・・・・・・って、えぇ!?」
「なんだ?どうしたんだ?」
あれだけベスにべったりと張り付いていたアルバート様が、ベスと離れるとは驚きだ。
「え、いや、だって、もう夜ですよ?」
「それがどうした」
「ベス、外に出して良かったのですか?」
「いいだろう。セオドアがついてるし」
「・・・・・・大した信頼ですね」
「構わないよ。どうやらここは治安がとてもいいみたいだしね。それにセオドアの腕は信頼している」
あれだけ「あんた」呼ばわりされているから、内心セオドアのことをどう思っているのか心配していたが、どうやらそうでもないらしい。
「セオドアを褒めていただき、ありがとうございます」
「ああ。短気で口は悪いが、いい男だ」
短気で口が悪いのも認めているらしい。
「でも、あんなに過保護だったのに・・・」
アルバート様は、ムッとした様子で棚にある箱を一つずつ開けていく。
「私も色々反省して学んだのだ」
そのままアルバート様は、一緒に書類を探し始めてくれた。
背が高いから、上の棚全般を任せることにする。
「・・・・・・これは、何だ?」
しばらくしてアルバート様が憮然とした表情で聞いてきた。
手に持っているのは、封もあけていない茶封筒だ。
厚さは小型の辞書ぐらいある。
不機嫌さを隠しもしないで、茶封筒をこれ見よがしに私の顔に近づけてくる。
「えっと、何でしょう?見たことありませんが」
「これが通達だ。後ろを見てみろ、役所の印がちゃんと押してある」
消印は半年前。
「お父様ったら・・・・・・」
「多分、この箱の中身全部が通達だな。一番下の封筒だけ封が開いている。それ以降は、読む価値なしとしてここに仕舞い込んだのだろうな」
そういえば、母は全ての封書を開封してから父に渡していたような気がする。
もしかしたら、要・不要の判断もしていたのだろうか。
中身を確認するために、渡された通達の束をパラパラとめくってみる。
(・・・お父様が封を開けなくなったのも、何だかわかる気がするわ)
中身は、王宮の人事変更や今後の方針など、おおよそ父には興味のないものばかりだ。
だが、たまに税率改定などの重要なお知らせが入っていてびっくりする。
「多分、自領に関係のないことだと思っていたんだと思います。こんなに分厚いし、読む気力はなかったのかと・・・」
「読む気力・・・」
「だって、王宮人事とかうちには関係ないですもの。それにこの厚さ。半年ではなく、せめて3か月分ならまだ父も読んでいたかもしれません」
「それで大事な補助金の通知を見落としていたなら、世話ないだろう」
「そうですよね。すみません」
確かにそこは父が悪い。
説教される前に素早く謝って、書類探しに専念する。
ふと棚の一番下の隅に目を遣れば「嵐による被害」と書いてある箱が目に入った。
「あ、あった、多分これです!」
随分と埃被っている。
だが箱の中を確認すれば、さすがに重要だと思っていたのか、綺麗に表紙もつけて綴ってあった。
「よ、よかったぁ」
思わず涙目で書類を抱えて座り込んでしまう。
これがなかったら、借金返済の道が途絶えてしまうからどうしようかと思っていた。
「ほら。見つけただけで満足しない。早速書類を作るぞ」
(・・・・・・アルバート様って、多分仕事人間だわ)
少しぐらい一緒に喜んでくれてもいいのに。
人のことを言えた義理じゃないが、アルバート様は真面目で仕事に邁進するタイプだ。
「それにしても、随分あるな。5箱か」
とりあえず運ぼうと腰を落として箱に手をかければ、そんな私の手をアルバート様が押し留めた。
「重いだろう。台車で運ぼう」
「え?そんなものありませんよ?」
屋敷内に台車があるなんて、アルバート様のお屋敷はよほど大きいのだろうか。
外用に荷物を運ぶリヤカーならあるが、うちのような狭い屋敷内で台車は必要ない。
「大丈夫ですよ。アルバート様は腕を骨折してますし、そのまま見ていて下さい」
「いや・・・」
「出来ないことは仕方がないでしょう?はい、邪魔ですよ」
「では、せめてタイラーを呼ぼう」
「高齢で針金のように細いタイラーですよ?まだ私の方が力があります」
無理してタイラーがぎっくり腰にでもなったら大変だ。
アルバート様を押しのけて、書斎に行く。
普段馬の世話で鍛えているから、5往復ぐらい何ともないが、アルバート様はどうも落ち着かないらしい。私が往復するたびに、居心地悪そうに立っている。
「よいしょっと」
最後の箱を書斎に運び入れ、ついでにお尻で扉を閉めた。
これで全ての書類が出揃ったはずだ。
箱の中身を再度チェックしようとしたところ、アルバート様が書斎の扉を開けに行くのが見えた。
「・・・・・・あの?」
「ああ、扉を開けとくよ。私もまだ命は惜しいからね」
タイラーだろうか。
頭の固いタイラーは『婚姻前の男女が二人きりの時に扉を閉めるものではありません』と必ず扉を開ける。
アルバート様に何か脅しをかけたのか。
「私、別に気にしませんけど?」
「いや、私が気にする」
「アルバート様なのに?」
「・・・・・・ああ」
複雑な表情でアルバート様は、うちの補助金申請用書類と領民用の見舞金申請の書類をわけていく。
私からするとまあまあ整理されているように思えたが、アルバート様には不満のようだ。
ため息をつきながら仕分けが終えたアルバート様が、ペンを持ちながら書類を一つ手に取る。
「私はこちらの領民が被害を申請する書類を受け持とう。君は、堤防修理工事等、サウスビー家にかかる申請をしたまえ」
「・・・ありがとうございます」
家に関わる書類を作成するなら、帳簿を見せる必要がある。
できれば身内以外に帳簿を見せることは避けたかったので、ありがたい申し出だった。
書類を確認しながら、アルバート様がふぅんと感心する声を出した。
「どうやら雑に入れてはあったが、一つ一つ丁寧に処理してある。被害状況の聞き取りから工事の見積書に領収書。お父上は大雑把と思っていたが、実にきちんとしている」
「ああ、それは騙す人もいるからです」
災害が起きると必要以上に被害を申告して、お金を取ろうとする人もいる。
疑いたくはないが、うちは財政に余裕がないために、そこはきっちりと調査してからでないと災害補償金を渡していない。領収書と引き換えだ。
「それもそうだな。あと、君はこれを見ながら作るといい」
「これ?」
「4年前の通達だ。ここに補助金申請の流れがまとめてある。これを見ながら書類を作成するといい。簡単にできるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
確かに図や雛形が書いてるあるのでわかりやすかった。
「では、始めよう」
それから二人でひたすら申請書の書類を作り始める。
いつもは沈黙が嫌でつい話しかけてしまうのだが、不思議とこの静かな空間が心地よかった。