軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 視察

「みんな~、毎日ありがとう!お疲れ様!!」

聞こえるよう大声で声をかけながら、土砂崩れの現場に入る。

斜面の崩落部分には、依然として巨大な岩や倒れた木が転がったままだ。

晴天続きだというのに、まだ泥が乾ききっていない。

(これは思ったより酷いわね)

私たちが通ると、皆が作業の手をとめて口を開けながらベスとアルバート様を見ている。

(まあ、こんなに綺麗な人間がいたら驚くわよね)

洋服は古くとも、輝かしい美貌で泥だらけの現場にそぐわない二人組だ。

アルバート様は顔が半分隠れているとはいえ、そのスタイルは異次元である。

「あ、ああっ!アンナお嬢様!?これは失礼しました!!」

美形二人に囲まれて霞んだ私の存在にようやく気付いた作業員が、慌てたようにマシューを呼んでくれる。

(私が地味だから気付かなかったのね。まぁ、いいんだけど)

あの二人の美貌に勝とうなんて、微塵も思ったことはない。

人間、自分と違い過ぎると張り合う気も失せるのだ。

マシューが遠くから、土砂を乗り越えながら走ってくる。

「いいのよ、走らなくて!転んだら大変よ!」

まだ少しぬかるんでいる。転びでもしたら大変だ。

そんな私の心配にマシューは苦笑いで応える。

「まだまだ転ぶような齢でもないですよ!」

元気よく大声で返事をしているが、彼がそろそろ60歳も近いことを私は知っている。

「お嬢様、わざわざ来てくださったんですね!」

「当たり前でしょう。それよりごめんなさいね。なかなか来られなくて」

「いえいえ、来てくれるだけでありがたいですよ。でも、セオドアの奴が随分しっかりしてきましたね。見違えるように成長してやがる。あれはお嬢様のいい右腕になりますよ」

「そう?そう言ってもらえるとありがたいわ」

セオドアを褒められると、自分のことにように嬉しい。

「皆に差し入れを持ってきたの。良かったら食べてね」

お菓子とレモネードを見せると、マシューの目が輝いた。

一見して筋肉質でがっしりとした男らしい見た目だが、マシューは甘い物に目がない。

バレると恥ずかしいとでも思っているのか、この大きな体を小さくして食べているのを何度も見ている。

「おお!それはありがたいことで。おーい!!みんな!!休憩だ!!お嬢様が差し入れを持ってきてくださったぞ」

マシューが大声で伝えると、皆が作業の手を止めてわらわらと私たちの周りに集まる。

皆、日焼けしていて逞しい。

「ほら、お嬢様方にお礼だ!!」

マシューの号令で、全員が姿勢を正す。

『お嬢様、ありがとうございます!!!』

・・・・・・一斉に野太い声でお礼を言われてしまった。

全員から最敬礼されたベスはびっくりしたのか、目を白黒させている。

貴族令嬢のベスにとっては、見たこともない人種に見えるだろう。

「ほら、ベス、みんなにお菓子を配ってあげて」

「う、うん」

せっかくだからとベスを促してみたが、日焼けした体格の良い作業員たちが怖いのか、ベスはちょっと及び腰だ。

「あ、あの、頑張って作ったの」

勇気を振り絞ったベスがおずおずと、一番近くにいた大男の作業員にクッキーを手渡そうとする。

「あ、エルフィーの奴、いい場所にいやがったな」

隣で悔しそうにマシューが呟いている。

ベスに気が付いたエルフィーが、にこにこしながら両手で杯を作り待っている。

わざわざ膝までついて、ベスの手が届きやすいようにしてくれていた。

そんな仕草からも優しい性格が伝わるが、当のベスの顔は引き攣っている。

それもそのはず、エルフィーはアルバート様と同じくらい背が高い上に、横にも大きい。

袖から見える二の腕も丸太のように太いし、胸板だってどうすればこうなるのかと不思議になるほど厚い。おまけに顔には黒々とした髭まで生やしている。

(なんでよりにもよって、怖そうなエルフィーを選んだのかしら?)

多分大きいから目についただけなのだろうが、それにしたって、他の者を選べばまだ怖くないだろうに。

恐々と近づき、若干怯えながらも、エルフィーの手の平にクッキーの包みを落とす。

まるで大型動物に給餌するみたいで、ちょっと笑える。

同じく笑いだしそうな気配を感じて隣を見れば、アルバート様の肩が震えていた。

見れば周囲の大人たちも皆、笑いを堪えている。

「ありがとうございます。とても美味しそうだ」

笑顔のエルフィーにちょっとホッとしたのか、ベスがはにかむように笑う。

「良かったら、食べてね」

そして両手を頬に当て、もじもじしながら恥ずかしそうに俯く。

(あ~、もう、なんて可愛いの!)

「ね、お願い」

極めつけは、イザベラおば様直伝(?)の上目遣いだ。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」

途端に作業員たちの野太い歓声が広がる。

当たり前だが、もうこの場にいる全員がベスにメロメロだ。

皆がベスの周りに集まって、次々とベスからクッキーをもらおうと殺到している。

その横で、セオドアが配るはずのレモネードを片手に怒鳴り散らしている。

「おいっ、あんまりベスに近づくな!クッキーは置いてやるから箱から直接取りやがれ!」

「そう言うなよ。俺たちだって、可愛い子ちゃんから欲しいぜ」

そーだそーだと全員から文句を言われているなか、負けずにセオドアが怒鳴り返している。

「何言ってんだ!俺が配ってやる!おい、そこ!ベスを見るんじゃない!ベスが減る!!」

セオドアは殺到する作業員からベスを守ろうとしているのか、持っているレモネードを撒き散らす勢いだ。

「ベスに寄るな!触るな!!近づくな!!!」

(セオドアったら、それはあまりに酷すぎる扱いでは・・・!?)

「頼むよぉ~、大人しくするからさぁ~」

それでもベスから貰いたいのか、作業員たちが一斉に懇願している。

どうやらベスには屈強な男たちも屈服させる力があるらしい。

「なら一列に並べ!ベスが怯えるだろ!!」

ぶーぶーと文句を言いながらも、皆一列に並んでくれたようだ。

少し慣れたのか、ベスがはにかみながら一人一人にクッキーを手渡している。

(まぁ、セオドアが隣にいるなら、大丈夫でしょう)

それにしても、沢山作ってきたつもりだが、あんなに人がいれば足りなかったかもしれない。

恐るべし、ベスの可愛さ。

周囲を見ながら、そっとマシューの近くに寄る。

(状況を聞くのに、他の人がいない方がいいわよね)

この休憩の間に、マシューから進捗状況を聞いておきたい。

「マシュー、休憩中に悪いんだけど、工事の進捗状況を教えてくれるかしら」

マシューは、手に持ったレモネードを満足そうにぐびりと飲む。

「それが、結構いいんですわ」

「そうなの?まだ酷い状態に見えるけど?」

まだ岩も木も転がっているし、泥もべったり道に残っている。

楽観視できる状態とは到底思えない。

「ほら、あいつ。フィンリーじいさんとこの孫でノアって言うんですけどね。どうやら王都で復旧工事を専門に請け負っているみたいで。あいつが発案した方法を試したら、よく捗るんですわ、これが」

「そうなの?」

マシューの指の先にいる赤毛の人がノアだろうか。

他の逞しい作業員たちと比べると、随分と細い。

王都で最新技術を学んだと聞いていたから若いと思えば、父と同じくらいだ。

「ただし、人手がいりまして。だから職人以外にも手の空いてる人間を大勢連れてきて作業しているんですわ」

(だからこんなに人が多いのね)

「まあ、にわかで慣れてないから、そこまで戦力にはならないと思ってましたが、一日作業させたらすっかり慣れて」

「あらすごい!皆、優秀なのね」

「いや、あいつのおかげですね」

マシューがノアの方に顎をしゃくってみせる。

「昔気質の職人は、仕事は見て覚えろってスタンスの奴が多くて、口が重いんですわ。でもノアは皆に丁寧にコツを教えるんでさぁ」

「・・・随分親切なのね」

「おかげで今日の進み具合は、予定より早いくらいですわ。工事終了まで1週間とお伝えしていましたが、もう少し早めに終わると思います」

「そう、良かったわ、ありがとう」

マシューが申し訳なさそうに頭に手をやる。

「すみません、一度お嬢様に人手を増やすことを相談しようとは思ったのですが、早めに仕上げて欲しいとセオドアからも言われてたので、儂の独断でやらせてもらいました」

「いいのよ、早く工事を終わらせることが一番よ。本当に助かるわ」

これで物流が動く。人も動けるようになる。

経済が回復してくるだろう。

復旧が早まったことをすぐに伝えようとアルバート様を探せば、何故かベスが皆に胴上げされているのが見えた。きゃっきゃっとベスは笑い声をあげているが、アルバート様がハラハラしている様子が手に取るようにわかる。

(良かったわね、ベス。これで少しは早くお家に戻れそうよ)

「ただ、工期は早まりましたが、人を使った分、費用が嵩みまして」

マシューが目を伏せながら肩をすぼめる。

「ああ、そうね。勿論払うわよ。おいくらかしら?」

「ざっとこれぐらいです」

ささっとマシューが数字を紙に書いて渡してきた。

その金額にうっと一瞬怯んだが、元々の工事代金を考えると、そう高くなっているわけではない。

(大丈夫、ヘンリー様の慰謝料もあるし)

「勿論大丈夫よ。早速明日にでも支払うわね」

「いえいえ、工事が終わったあとで結構ですよ。早めに終わればその分、人件費がかからないからもう少し安くなりますわ。一番高いのは人件費ですからね」

「あら。安くなるのは嬉しいわ。でも遠慮せずにちゃんと請求してね」

「ええ、わかってますよ。儂も商売ですからね。それにしてもお嬢様は前払いなんかしようとして、儂が逃げたらどうするんですか?」

「あら。マシューとは、私が生まれる前からのつきあいよ。信用してるわ」

父がマシューを随分頼りにしていた。

私が産まれた時には、手先が器用だからか、木のおもちゃを作って持ってきてくれたと聞いている。

今では使われていないが、捨てずに大事にしまってある。

それに小さい頃は、よくマシューに肩車をせがんだものだ。

マシューの大きな身体で肩車をしてもらうと、途端に空が近くなったような気がして嬉しかった。

「お嬢様は、旦那様と同じで人が良すぎだ。騙されないようにしてくださいね」

「わかったわ、ありがとう」

「さぁ!休憩は終わりだ!暗くなる前にどんどん進めるぞ」

マシューがパンパンと手を叩き、皆がそれぞれの持ち場に走っていく。

さすがはマシューだ。統制が取れている。

だが、赤毛のノアは、顎に指を当てたまま動かない。

難しい顔で斜面を見上げながら何か考えている。