軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

151 希望

(・・・・・・・・・うっ、気持ち悪い)

馬車が細い道を揺れながら進むたび、頭がぐらりと傾き、吐き気が胸を突き上げる。

脂汗が滲み、手まで震えるようだった。

「大丈夫ですか・・・?」

「あ、ああ」

「・・・きつそうですね。遠慮せずに、横になってください」

「す、すまんな。そうさせてもらう」

「苦しそうなので、ベルトを緩めますね。いいですか?」

「わ、悪いな、頼む」

ベルトが緩められ、息が少し楽になった。

だぶついた腹を隠すため、キツく締めていたのがいけなかったのかもしれない。

汗で湿った首筋を拭き、背中を優しくさすってくれる。

人に看病されるなんて、いつぶりだろう。

「あ、あんた、医者か?」

「いいえ、違いますよ。ただ、父が医師なので、応急処置くらいならできます。苦しいときは、遠慮せずに声をかけてくださいね」

「あ、ありがとう」

ダニエルの部下であろうこの男からは、不思議と、上司に似た優しげな雰囲気が感じられた。

黙っているより、話したほうが気が紛れるような気がして、つい声をかけてしまった。

「・・・・・・やっぱり、あんたも父親に似ているのか?」

「いいえ、両親とはまったく似ていないんですよ。おかげで、子どもの頃は『橋の下で拾ってきた』なんて言われましたよ」

「えっ?」

「ああ、もちろん『冗談』ですからね。私は、母方の祖母にそっくりなんですよ」

「そうなのか。・・・なあ、親に似ないことって、よくあることなのか?」

「ええ、ありますよ。詳しいことは医師である父に聞かないとわかりませんが、祖父母やさらに前の世代に似ることもあるそうです」

「じゃ、じゃあ、髪の色とか・・・」

「髪の色も、そういうことがあると思いますよ。私の知り合いにも、兄妹がたくさんいる中で、一人だけ赤毛の子がいます。もちろん両親は、赤毛ではありませんよ」

(・・・・・・・・・そうなのか!)

事情を何も知らないこの男の言葉だからこそ、信じられる気がした。

ルナの言ったことも、嘘ではなかったのかもしれない。

あの時ぺラム男爵は、涙を浮かべ、ハリソンの顔を見つめていた。

ハリソンの顔に、亡き妻の面影を見たのかもしれない。

「な、なあ、あんたは、その祖母にそっくりなんだろう?父親の家系には、全然似ていないんだよな?」

「そうなんですけどね。でも、なぜか従兄弟には似ていると言われたりするんですよ」

「い、従兄弟って、親父さんの兄弟の『従兄弟』だよな?お袋さんのほうのじゃないよな?」

「ええ、そうですよ。父の弟の息子は、ふとした表情や仕草が私に似ているそうです。全く似ていないはずなのに、なぜか『似てる!』と思う瞬間があるそうです」

「そ、そうか・・・」

(・・・そういえば、兄貴はハリソンとブレイクが似ていると言っていたな)

ハリソンは、やはり俺の子なのかもしれない。

そうでなければ、ハリソンとブレイクが似るなんてことは、あり得ない。

「あと、耳の形が同じだと言っていました」

「耳の形?」

「普通、そんなところなんて見ませんよね。どうやら昔の教科書に載っていたみたいで。そう聞いてから、どういうわけか、他人の耳の形が目につくようになりました」

(・・・・・・そんなところまで、見ていなかった)

きっと俺が気がつかなかっただけで、似ているところは沢山あるに違いない。

「私の視線に気づいた上司に問いただされましてね。それ以来しばらく、職場で耳や目の形の類似性を見つけるのが流行ったんですよ」

「へぇ、そうなのか」

ちらっとレオの耳を見ると、角のない丸みを帯びていた。

俺の耳は、どんな形をしているのだろう。

親父やハリソンは、どんな形だっただろうか。

「だから親戚が集まると、血の繋がりを感じますよね」

「ど、どこに感じるんだ・・・?」

「どことなく似ているんですよ。容姿だけでなく、性格やちょっとした癖、とかが。仕草とかもありますし・・・。上手く言えないんですけど、醸し出す『雰囲気』が似ているんですよね」

「『雰囲気』か・・・」

「ああ、あとは『声』ですかね。声だけは、私は父親にそっくりだと言われますね」

ハリソンの雰囲気は、どこか兄貴と似ていた。

それに、ハリソンは声変わりの途中だった。

成長すれば、俺の声にそっくりになるかもしれない。

(・・・・・・・・・そう、そうだよな)

ハリソンは、やっぱり、俺の子だと思わずにはいられなかった。

親戚が集まれば、ハリソンの中にホランド家の特徴を一つずつ見つけられるはずだ。

実際、兄貴も「ハリソンとブレイクは似ている」と言っていた。

長年ハリソンの側にいた兄貴が言っているのだ。

間違いはないだろう。

「妹は、父にそっくりなんですけどね。おかげで大変な目に遭いましたよ」

「えっ?」

「若い頃、兄妹で歩いていたら、ちょうど妹の恋人に目撃されてしまって。浮気と勘違いされて、もう大騒ぎになったんですよ」

その時の騒動を思い浮かべたのか、レオはうんざりとした顔を浮かべた。

その思わず可笑しくなる表情に、心がふっとほぐれた。

(・・・・・・なんで、こんな馬鹿なことを考えたのだろう)

よく考えれば、俺たち兄弟も三人とも顔が違う。

似ているかどうかだけで、血の繋がりを早急に決めることなどできないだろう。

親父が縁を切ったのは、ただ王弟を恐れただけだ。

ルナだって、俺を裏切っていたはずはない。

ハリソンは、やはり俺の子だ。

馬車が曲がり角を曲がると、光が車内に差し込み、木漏れ日のように揺れた。

その温かい光を浴びると、胸の重さまでふわりと軽くなるような気がした。

「・・・・・・もうすぐ病院に着きますからね」

「ああ。どうもありがとう」

レオの言葉に呼応するように、吐き気が少しずつ引き、肩の力がふっと抜けていった。

重荷を降ろしたかのような安堵が、全身をじんわりと包み込む。

入学式が終われば、ダニエルから俺のことを聞いたハリソンが駆けつけてくるに違いない。

その時ゆっくり話せば、ハリソンの表情や仕草に、俺の血を感じさせるものが必ず見つかるはずだ。

今まで一緒に過ごせなかった分、これからは時間を共にしてもいいかもしれない。

俺がハリソンに剣を教えてやれば、眠っていた才能が開花するかもしれない。

(・・・・・・そうだ、そうしよう!)

何より、孤独でいるのは耐えられなかった。

誰かの手の温もりに触れ、確かに自分が愛されていると感じたかった。

この時、俺はまだ気づいていなかった。

ハリソンが一度も俺を「父さん」と呼ばなかったことを。