軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

114 続 ライアン様

「その続き、ご存じですか?」

「・・・え?いえ、何も知りません」

ライアン様が、口元にかすかな笑みを浮かべた。

「なんと、アルバート殿下は宿を確認するだけには飽き足らず、見張りまでつけたんですよ」

「えぇ?見張り!?なんですか、それは?まさか、一晩中ってことですか?」

「勿論です」

(なによ、それ!?私は初めてお使いをする子どもかしら!?)

フランシス隊長は徹夜して、今日のイザベラ様の護衛に就いたのだろうか。

道理でフランシス隊長が疲れているはずだ。

「フランシス隊長には、本当に申し訳ないことをしました。だから今日、あんなに疲れていらっしゃったんですね」

「いや、フランシス隊長は、捕まえた犯人の事情聴取がありましたからね。見張りに就いたのは、別の者です」

「でも、事情聴取をしていたのなら、フランシス隊長は、あまり寝ていないんでしょう?」

「犯罪者を野放しにするよりはいいですよ。それも彼の仕事ですからね。それに、見てわかると思いますが、彼は体力おばけです。一晩くらいなら、寝なくても平気ですよ」

「でも・・・」

「フランシス隊長が、疲れて見えた理由は別ですよ。彼は、イザベラ様の甲高い声が苦手なんです」

(・・・・・・それは、何となくわかるけどね)

イザベラ様の、あの甲高い声は立派な凶器だ。

警告音のように響いて、近くで聞くと頭が痛くなってくる。

「・・・それでも私のせいですし、申し訳ないです」

「アンナ様が気にされることではありませんよ。アルバート殿下の命令ですからね。それに騎士たちには、アンナ様を捜すにあたって特別手当を出しています」

「でも、それでも」

「本人も悪いと思ったのか、差し入れをしてくれましたよ」

「差し入れ?」

「ええ!それも、大量に!!」

ついに我慢できないように、ライアン様が可笑しそうに笑いだした。

「アルバート殿下が差し入れをするなんて、初めてですからね。真面目で、融通が利かなくて、人の気持ちを推し量ることが下っ手くそな、あの方が、差し入れですよ!!!」

何がそんなに可笑しいのか、ライアン様が腹を抱えながら笑い転げている。

あんまり可笑しくて涙まで出たのか、眼鏡を外して目元を拭っていた。

「あの・・・?」

「しかも差し入れが、男だらけの騎士団にレモネードとクッキーですよ!何を思ったのか、クッキーはハート形でした!!ハート形ですよ!?信じられます!?あの鉄面皮が、どんな顔をして買ったのかと思うと、可笑しくて!!!」

(・・・そういえば、クッキーを差し入れしたことがあったわね)

アルバート様は、私と交わした他愛のない話を覚えていてくれたのだろうか。

なんだか、それが嬉しかった。

「サウスビー家から戻ってきてから、あの機械人間のアルバート様が、なんだか妙に人間らしいんです。騎士団全員で、いい変化だと喜んでいるんですよ」

「でも、皆様にご迷惑を・・・」

「いえいえ。あの方が、私たちに頼み事をするなんて、初めてのことでしたからね。別にいいんですよ。それどころか、皆、アルバート殿下の役に立とうと張り切って、アンナ様を捜したんですよ。あっ、別に、差し入れをもらったからじゃないですよ」

「それでも、本当に、申し訳ないです」

私のために、王族警護の第一騎士団を動かすなんて間違っている。

公私混同も甚だしいだろう。

「いいんです、いいんです。アンナ様に謝ってもらいたくて言ったんじゃないんですよ。アルバート殿下、あんなに無表情だけど、中身、いい人すぎるでしょう?騎士団は皆、自分のことを顧みずにがむしゃらに働くアルバート殿下のことが、大好きなんですよ」

(・・・・・・・・・本当に?)

当たり前のように言うライアン様だが、がむしゃらに働くだけで、そんなに人は簡単についてくるものだろうか。

それに言い方は悪いが、末端の騎士なんて、アルバート様の働きぶりを知るどころか、顔も拝めないだろう。

「・・・・・・理由は、それだけですか?」

「え?」

「アルバート様が騎士の方から人気が高い理由って、それだけじゃないですよね?」

私の疑問を耳にした瞬間、ライアン様の目の奥に、冷静な光が宿った。

その光から、彼が単なる「いい人」ではないことが伝わってくる。

「・・・・・・アンナ様って、物事がよく見えている方なんですね」

「いいえ、そんなことはありません。ただ、アルバート様の働きぶりを知っているのは、いつも側にいるライアン様ぐらいだと思ったものですから」

ライアン様は眼鏡越しに私をじっと見つめたかと思うと、不意にくしゃっと微笑んだ。

「正解ですよ。アルバート殿下が人気の高い理由は、騎士の待遇を底上げしたからですよ」

「騎士の待遇を?」

「ええ。アルバート殿下が第五騎士団にいた時に、騎士の待遇改善を求めた騎士たちがいましてね」

「もしかして、フランシス隊長とダニエル様ですか?」

「ああ、そうなんですよ。ご存じだったんですね」

「人づてに聞いただけなので、よくは知りません」

「そうですか。普通なら、上司に却下されておしまいなんですがね。ただ、あの二人の出した意見書は、感情論でははなく、具体的に数字で必要性を落とし込んでいて、非常に説得力があったんですよ。カーター団長も、騎士たちの職場環境が気になっていたようで、アルバート殿下まで話を持って行ったんですよ」

「団長も・・・?」

「施設の老朽化が酷かったので、慢性的に不調を訴える騎士も多かったんです」

(酷すぎない?)

国を守る騎士たちに、それはないだろう。

セオドアにとっていい就職先だと思っていたのに、内情はそうでもなかったのだろうか。

「じゃあ、アルバート様が待遇の改善をしたんですね」

「そうです。でも、命令だけすればいいというわけにはいきませんからね。何をするにも、お金が必要でしょう?」

「・・・・・・そうですよね」

物事を進める時には、必ずお金が必要になってくる。

費用を捻出する大変さは、身に染みてわかっている。

「自分が安全圏にいる者ほど、騎士の命を軽んじますからね。王都から出たことがない重臣なんて、現実をわかっていないから、金を出し渋るんですよ」

「でも、国を守る騎士にお金を使わないなんて・・・」

「ええ、あってはならないことです。騎士は国防の要ですから、大事にしないといけません。金を理由に、命をぞんざいに扱っていいわけありませんからね」

「そうですよね」

「だからこそアルバート殿下が、待遇改善は甘やかしではなく、戦力維持のための投資だと重臣たちを説得しましてね。国から予算をとって、騎士の待遇改善に努めたんです」

「そうだったんですね」

「だけど、予算を取るということは責任も問われます。地位のある人ほど、現状を変えることを嫌がるものなんですよ。誰しも、自分の身が可愛いですからね。騎士のために腹を括ってくれる人なんて、そうそういません。だからこそ、騎士たちはアルバート殿下を支持するんです」

(・・・うちだけじゃなくて、国もお金がなくて大変なのね)

お金を使える余裕があったなら、そうしていただろう。

それをしなかったということは、財源が豊かではなかったか、あるいは騎士の命を軽んじていたのかもしれない。

「まあ、そんな理由で騎士たちから人気の高いアルバート殿下ですけど、あの方はいつも仕事に邁進するばかりで、何の楽しみもない人でしょう?騎士たちに、不憫枠に入れられていたんですよ」

「不憫枠・・・」

「生い立ちも生い立ちですし、いつも無表情ですからね。だから、幸せになってほしいって気持ちが、騎士たちの間にあったんですよ。それが迎えに行ったら、アンナ様に微笑んでいたんで、一同驚愕したんです」

(迎えに来た時の騎士たちのどよめきは、アルバート様が笑ったからだったの?)

今でも、まあまあ無表情だと思うのだが、にこりともしなかったのだろうか。

「だから昨日は、アルバート殿下とアンナ様がうまくいくことを願って、皆で必死で捜したんですよ。幸せな結果になって、よかったです」

「・・・・・・え?、あの?」

「うまくいったんでしょう?先ほど、イザベラ様が教えてくれましたよ」

(イザベラ様!?そんなに早く、言い触らさなくてもいいんじゃないの?)

歩く拡声器のような人だ。

思わず頭を抱えた私を見ながら、ライアン様が可笑しそうに笑う。

「ははっ、あの人も悪い人ではないんですよ」

「・・・そうですか?」

「ちょっと無神経で突っ走るし、態度も悪いけど、意外とお腹の中は何もないですよ」

(本当に・・・?)

どうもイザベラ様は、わからない。

ライアン様は、「そうなんですよ」と笑いながら紅茶に手を伸ばした。

「でも、アルバート殿下とアンナ様がうまくいって、本当に良かったです。王都に戻ってきてから、何だか人間らしくなりましたからね。タイラーからの手紙を読んで、心配のあまり取り乱すアルバート様をアンナ様にも見せてあげたかったですよ。あんなアルバート様なんて、初めて見ました」

「それは・・・、いい変化といっていいのでしょうか?」

「いい変化ですよ。前はいい人だということはわかっていても、何を考えているのか、わかりにくかったですからね。少なくとも、私は今のアルバート殿下の方が好きですよ。昔のアルバート殿下は、泣きも笑いもしないし、本当に人形みたいでしたからね」

(まるで、アルバート様を子どもの時から知っているような口ぶりね)

そういえばライアン様は、エリオット団長に比べると、ずいぶんアルバート様に気安く接していた。

「・・・・・・アルバート様とは、昔から親しいのですか?」

「ええ。私の兄が陛下と仲がいいんですよ。だから私も、兄に連れられて王宮によく出入りしていたんです。年齢は私の方が4歳年上ですが、アルバート殿下とは幼馴染のようなものです」

「まあ、そうだったんですね。だから、ライアン様とお話しする時のアルバート様は、表情が変わるんですね」

「表情、変わってます?」

「・・・・・・苦笑いや、睨んだり、ですけど」

それでも表情に変化があるのは確かだろう。

ライアン様が紅茶のカップから口を離し、私を見てちょっとだけ笑った。

「アンナ様が良い方で安心しました。これからも、どうかアルバート殿下をよろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」

「でも、さっきのアルバート殿下が焦った話は、内緒ですよ?」

「えっ?どうしてですか?」

(文句を言ってやろうと思ったのに?)

つい口を尖らせた私を見て、ライアン様は可笑しそうに笑った。

「アルバート殿下は、いえ、男性は、女性の前では余裕を見せてカッコつけたいものですからね」

「そんなものですか?」

「ええ。特に好きな女性の前では、そうなんですよ」

まるでとっておきの秘密を教えたかのように、ライアン様は片目を細めてみせた。

(・・・本当に?)

いつも冷静で落ち着いているアルバート様にそんな面があるかと思うと、可笑しいような、嬉しいような、不思議な気分だった。

「男心は、複雑なんです。私は恋愛のエキスパートですからね。困った時は、いつでもご相談ください」

眼鏡を押し上げ、得意げな視線を投げかけてきたライアン様に、思わず笑ってしまう。

二人で声を上げて笑った瞬間、アルバート様が扉を開けて戻ってきた。

「ああ、ライアンはここにいたのか。今日は仕事が進まなくて悪かったな」

「いいえ。たまにはいいですよ。アンナ様とお話しできて、有意義な時間を過ごせました」

「・・・そうなのか?」

「はい」

「ええ、私もライアン様とお話しできて楽しかったです」

「・・・・・・二人とも、何か私に隠していないか?」

『そんなことないですよ』

思いがけず声が被り、ライアン様と顔を見合わせた途端、イザベラ様の悲鳴が聞こえた。