軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 タイラー

昔の屋敷の常として、お父様の書斎の机は大きかった。

その大きな机の上に、書類がうず高く積まれていた。

「お嬢様、急ぎの書類は左の箱に入っております」

目を向ければ、急ぎの書類しかないはずなのに、左の箱は一杯だった。

「ちなみに急ぎでないものは・・・」

少ないといいなと希望的観測を持って聞いたが、タイラーが指した先にある右の箱も、溢れんばかりの書類の山だった。

「昨日、結構片付けたと思っていたけど、また増えたのね」

ため息が思わず出る。

「嵐の被害報告や陳情書なんかもありますからね。これでも急ぐものは厳選しております。王都への被害報告も必要になるかと思いますので、今のうちに作られていた方がいいかと思います」

「・・・わかったわ、頑張るしかないわね、ありがとう」

お礼を言って、席に座る。

(とりあえず、急ぐものだけでも目を通さないとね)

だが、タイラーが机の前から動かない。

不思議に思ってタイラーを見上げて聞いてみる。

「どうしたの?まだ何かあるかしら?」

「お嬢様。老婆心ながら、お嬢様にはお仕事が沢山ございます。ベス様たちに時間を割くのは止めたほうがいいのではないでしょうか」

「そうは言っても、ベスに寂しい思いをさせたら可哀そうでしょう?」

アルバート様がいるとはいえ、両親と離れて不安だろう。

せめて気が紛れるよう、遊び相手になってあげたい。

「あの子、聞き分けがいいのよ。だから余計可哀そうで」

文句を言ったりするような子どもなら、多少放っておいてもいいとは思うのだが、いい子なので、つい色々我慢をしているのではないかと気になってしまう。

「ですが、昨夜も遅くまで明かりがついていたとセオドアが申しておりました。お嬢様の身体が心配でございます」

(セオドアめ・・・。タイラーに告げ口したわね)

「・・・心配かけてごめんね。でも大丈夫だから」

仕事が終わらないのだから、遅くまでやるのは当然だ。

寝てる間に仕事を片付けてくれる小人はうちにはいない。

これ以上のお説教を避けようと、積み上げてあった一番上の書類を手に取って読む。

仕事をし始めれば、タイラーも出ていくだろう。

その時、目の前に花が現れた。

「えっ、えっ、何?」

「桔梗でございます。奥様がお好きなお花でございました」

青紫色の可憐な花が、私と書類の間に差し出されていた。

「えっ、いや、桔梗の花は知ってるけど・・・」

(何で、急に目の前にあるの?)

「実は私、マジックというものを嗜んでおりまして」

タイラーが口ひげを触りながら、もう一輪、桔梗の花を出してみせた。

「そうなの?一度も見たことないけど?」

「ええ。お嬢様たちがお小さい頃に喜んでいただけるかと思って練習していたのですが、できるようになった頃にはお嬢様たちが大きくなられて、披露する機会がございませんでした」

「知らなかったわ」

大きくなろうがなるまいが、関係なしに見せてくれても良かったのに。

「ですから、今、ベス様にお見せすれば喜んでいただけるのではないでしょうか?」

「え、どういうこと?」

「ベス様のお相手は私も、クララもできます。勿論セオドアも。お嬢様は気にせず、お仕事に邁進して下さい」

「・・・・・・ごめんね、タイラーも忙しいのに」

タイラーがにっこりと笑う。

「いいえ、お嬢様。そこは『ありがとう』と言って下さい」

桔梗を一輪挿しにそっと挿して、机の上に持ってきてくれる。

「この屋敷の小さい子どもは皆大きくなってしまいましたからね。私もベス様と遊びたいのです」

「・・・ありがとう、タイラー」

「では、失礼します」

そう言ってタイラーが扉に向かって足を進めたが、ふと足を止めた。

「どうしたの?」

「・・・お嬢様、落ち着いたら、私とお話をするお時間を取ってもらえますか?」

「ええ、勿論よ。何なら今でもいいわよ?」

書類をすぐさま横にどけた私に、タイラーが苦笑いする。

「いえ、まずはその書類の山を片付けてからでお願いします」

「そ、そうね。本当だわ。じゃあまた今度ね」

「ええ。では今度こそ失礼します」

深々とお辞儀をして、タイラーが再び扉に向かう。

(タイラーにも負担をかけているわね)

深くお辞儀した拍子に見えたタイラーの頭頂部が、随分と白くなっていた。

几帳面なタイラーは、常にポマードで髪を撫でつけている。

(撫でつけると白髪が目立つと言って、頻繁に染めていたのにね)

もしかしたら、白髪を染め直す時間もないのかもしれない。

顔を叩いて気合を入れ、仕事を再開しようとペンを手に取る。

(婚約者には恵まれなかったけど、私の周りには私を助けてくれる人が沢山いるわ)

書類に目を走らす。タイラーが整理してくれていたおかげで見やすい。

(もうヘンリー様のことは、忘れてしまおう)

きっとヘンリー様だって、私のことなんて思い出しもしないだろう。

ホランド伯爵だって、孫が誕生するなら喜んで二人の結婚を認めているはずだ。

それでもまだ婚約破棄されたことを思うと、胸がチクリと痛んだが、こればかりは時間が解決してくれると思うしかないだろう。

だから思いもしなかった。

ホランド伯爵が、どんなにこの婚約破棄を怒っているのかを。