軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108 二人きりの食事

案内された部屋には、オレンジ色の薔薇が溢れるように活けられていた。

甘く華やかな香りが部屋を満たしているからか、別世界にいるような気分になる。

(薔薇が咲くには、まだ早いわよね!?)

季節外れの花が飾られているとは、一体どういうことなのだろうか。

自分が目にしている光景が信じられない。

「この季節に薔薇なんて・・・」

「姉上は、自分の印でもあるオレンジ色の薔薇が好きなんだ。うちが薔薇の季節でない時は、わざわざ外国から運ばせているらしい」

「えっ?」

(イザベラ様は贅沢すぎない!?)

花は季節のものを愛でればいいのではないのだろうか。

外国から花を取り寄せるなんて、一体いくらかかるのか。

しかもこう言っては悪いが、お花はすぐ枯れるし、お腹が膨れるわけでもない。

イザベラ様が散財するのは高尚な理由があるわけではなく、単に贅沢が好きなだけのように思えてきた。

アルバート様は、私の心の中の呟きを読み取ったらしく、苦笑いしている。

「自分の好きな花に囲まれると、心が癒されるそうだ。好きな物に触れている間だけは、余計なことを考えずにいられると言っていた。姉上にとっては必要な物なのだ」

「・・・・・・そうですか」

(私って、貧乏性よね・・・)

無駄遣いできないし、つい費用対効果を考えてしまう。

堅実な生活を送れる方がいいと思うのだが、心の豊かさとなるとどうなのだろう。

イザベラ様の贅沢ぶりを見ていると、少しくらいは自分の好きなもののために、お金を使ってもいいような気がしてきた。

「だから、植物園でも多くの薔薇を育てている」

「植物園?」

「ああ、庭に温室の植物園があるのだ。馬車を降りた時にアーチ形の建物を見なかったかい?あそこが植物園なんだ」

「そういえばありましたね。植物園があるなんて、公爵邸はすごいですね」

「そうだね。国内でも植物園を有する屋敷は珍しいんじゃないかな。あそこでは、外国の珍しい植物も育てているからね。一般には知られていないが、研究者に公開していて、学術研究の場にもなっている」

「・・・・・・そうですか」

オリバーが聞いたら、喜び勇んで飛んで来そうな場所だ。

あの植物園を散財だと感じる人もいれば、意味のあるお金の使い方だと思う人もいるだろう。

お金の価値は、人それぞれだ。

私がイザベラ様のようにお金を自由に使える立場だったら、何に価値を見いだすのだろう。

「お食事はテーブルにご用意しております。どうぞごゆっくり」

お金の使い道について考えていると、急に思わぬ声がしたのでびっくりした。

驚いて振り向くと、気配を消すことに慣れきった静けさで、執事が背後に控えていた。

「あ、は、はい。ありがとうございます」

「それでは、失礼いたします」

(あの人、ずっとこの部屋にいたのね・・・)

あまりにも静かに控えていたため、存在そのものを意識していなかった。

執事は優雅にお辞儀をして、音も立てずに部屋から出て行った。

足音ひとつ立てない執事は優秀なのだろうが、人間味がなくて怖さを感じる。

アルバート様は、執事が音もなく閉めた扉を眉を寄せて見つめていた。

「アルバート様、どうかしましたか?」

「・・・・・・アンナ嬢」

「は、はい!」

今まで聞いたことがないアルバート様の掠れた声に、思わず声が裏返ってしまった。

どうしたことだろう。

アルバート様の眉間に力が入っていた。

「あ・・・、いや、なんでもない」

「え?どうしたんですか?」

アルバート様が、もう一度閉められた扉に目を遣った。

片方の眉がわずかに上がっている。

うちでは必ず扉を開けていたから、アルバート様は私の心情を気にしてくれているのだろうか。

「もしかして、扉のことを気にしています?私は別に構いませんけど、気になるようなら扉を開けてきましょうか?」

「あ、い、いや、そうではない。そうではないのだが・・・」

どうもアルバート様の歯切れが悪い。

それに心なしか、アルバート様の顔が強張っているような気がする。

このわざとらしいほどに花が飾られた部屋のせいなのだろうか。

私に申し訳ない気持ちと、イザベラ様を想う気持ちの狭間で揺れ、どう言えばいいのかわからないのだろう。

(イザベラ様は、本当に余計なことをしてくれたわよね)

振り回されるアルバート様のことが気の毒で、つい眉を顰めてしまった。

アルバート様は困ったように私の顔を見てから、そっと視線を下に落とした。

静かな空間に雨の音だけが響き、それが私たちの間のぎこちない空気を一層際立たせてしまう。

でも、お腹も空いたし、このまま二人で突っ立っていても仕方がないだろう。

「アンナ嬢、私と」

「あ・・・」

アルバート様が思いきったように顔を上げた瞬間、ぐうぅ・・・と、私のお腹の鳴る音が部屋に響いた。

慌ててお腹を押さえたが、静かな部屋のせいか、意外にも大きく音が響いてしまい、思わず顔が熱くなる。

アルバート様は一瞬だけ目を大きく開いたが、何事もなかったかのように私を席へと促した。

「・・・・・・君もお腹が空いただろう。席に着いて食べようか」

「え、ええ。ありがとうございます」

(私、女性としてどうなのよ!?)

好きな人の前で、思いっきりお腹を鳴らしてしまった。

しかも、これで二度目だ。

不可抗力とはいえ、非常に恥ずかしい。

アルバート様は気遣って聞こえていない振りをしてくれたが、むしろ笑い飛ばしてくれたほうが良かった。

アルバート様には、みっともないところばかり見せているような気がする。

折角綺麗なドレスを着ているというのに、これでは台無しだ。

自分にがっかりしながらテーブルに目を遣ると、これまた豪華なテーブルと椅子が並べてあった。

テーブルの縁には精巧な彫刻が施されているし、椅子は光沢のある木枠に深いベルベットの座面が組み合わされていて、見るからに高価だった。

ドレスもだが、この家具も汚さないように気をつけないといけないと思うと、気が重くなる。

贅沢に慣れていない自分には、この部屋は正直居心地が悪い。

だが、テーブルの上の料理を見た瞬間に重い気分が吹き飛んだ。

(えっ、すごく美味しそう!!しかもこんなに沢山あるの!?)

テーブルの上には、銀食器がずらりと並び、目にも鮮やかな料理が置かれていた。

サラダとスープはわかるけれど、白身魚のお皿もあるのに、さらにお肉のお皿まで並んでいる。

それに小さなお皿の上には、一口で消えてしまいそうな野菜のタルトが載っていた。

これだけの物を作るのに、どれだけの手間とお金がかかるのだろう。

(ひい、ふう、みい・・・)

テーブルに載っているお皿を数えれば、全部で12皿もあった。

昼食にこれはない。

いや、うちでは夕食でも、こんなに品数を出したことは一度もない。

忙しい時は、一品しか出さない。

「アンナ嬢」

「え?何ですか?ちょっと待ってください。今、ケーキを見ているので」

「あ、ああ、そうか。よかったら席に着いてくれ」

アルバート様に席に着くよう声をかけられたが、今はこの豪華な料理を観察したい。

デザートのチョコレートケーキは、鏡のように光っている上に、黄金の縁取りがされていた。

しかもどういう仕組みかわからないが、7層になっている。

(贅沢なイザベラ様は、毎日こんな料理を食べているのかしら?)

驚く私に対して、アルバート様はこの豪華な食事に慣れているのか、何も言わずに私の椅子を引いてから席に着いていた。

いつまでも立ったまま料理を観察しているわけにはいかないだろう。

慌てて席に着くが、座った後もつい並べられた料理を真剣に観察してしまう。

(・・・・・・こんなに綺麗に盛り付けるのね)

ベスが私の野菜の切り方を大きいといったはずだ。

アルバート様やベスからしたら、私たちの料理なんて、大雑把でとんでもないものに映っていただろう。

よくぞ二人とも文句を言わなかったものだ。

「アルバート様、うちの料理・・・」

今更だが謝ろうと思って顔を上げれば、アルバート様が食事を前に固まっていた。

何事かとアルバート様の視線を辿れば、一口サイズに切り揃えられた料理が置かれていた。

料理の内容は私と一緒だが、これではまるで嚙む力の弱い幼児食だ。

「・・・・・・・・・姉上だな」

「いや、あの、きっと、右手が使えないアルバート様に気を遣ってくださったんだ、と、思い、ます」

フォローしようとするが、あまりにもおかしくて、つい語尾が震えてしまう。

こんなに背の高いアルバート様の前に、幼児食のように食べやすく小さく切られた料理。

あまりのギャップに、笑いがこみ上げてくる。

アルバート様の右腕は骨折のため、いまだ三角巾に吊られたままだ。

きっと食べやすいようにという配慮だろう。

これならフォーク一本で綺麗に食べられるだろうが、さすがにやりすぎだ。

「姉上にとっては、私はまだセインと一緒だな。いや、これはセイン以下だ」

(いえ、どちらかというとダイアナ様と同じ扱いなのでは?)

表情はほとんど変わらないが、アルバート様が恥ずかしがっているのがわかった。

アルバート様の普段見れない表情が見れるのが嬉しくて、つい笑ってしまう。

「姉にとって弟は、いつまで経っても小さい弟なんですよ」

「私はもう成人している。立派な大人だ」

「年齢は関係ないんですよ。生まれた順番は仕方がないので、諦めてください」

アルバート様は、憮然としたままお皿を見つめている。

(ふふっ、仕方がないわよ)

オリバーがどんなに大きくなろうと、不思議なことに、私の中では小さい弟のままなのだ。

子ども扱いされるのをオリバーは嫌がるが、こればかりはどうにも変えられない。

「・・・・・・とりあえず、食べようか」

「はい。えっと、これって、マナーとか・・・」

「いや、私たち二人だけだ。気にしなくていい。好きな物から食べるといいよ」

「ありがとうございます」

母から淑女の嗜みとしてテーブルマナーは学んだが、お言葉に甘えて、マナーは無視して食べさせてもらうことにした。

朝食を食べていなかったので、お腹が空いていた。

早くお腹を満たしたいと思って、まずは気になっていたお肉を口に入れる。

(なにこれ?すっごく美味しいわ!)

口の中でとろける食感に、つい目を閉じ、うっとりとしてしまう。

あまりの美味しさに思わず顔が綻び、ナイフとフォークを動かす手が止まらない。

「・・・・・・アンナ嬢」

「え、は、はい。何ですか?」

「・・・・・・・・・・・・あ、いや」

視線を上げると、アルバート様は言葉に詰まったらしく、口を開けたまま固まっている。

困惑して瞳を覗き込むと、微妙にアルバート様の視線が泳いだ。

(お肉から手を付けたのがいけなかったかしら?)

でも、マナーを気にしなくていいと言ったのはアルバート様だ。

「いや、その・・・」

「何か気になる事でもありましたか?」

(どうしたのかしら?)

テーブルを見ると、アルバート様は、自分の食事に全く手を付けていなかった。

やはり、イザベラ様が用意した食事が気に入らないのだろうか。

執事を呼んだ方がいいかと考えていると、不意にアルバート様が私のお皿を見ながら、ごくりと喉を鳴らした。

「アンナ嬢、私と」

「ああ、やっぱり私と同じ食事の方がいいですよね。執事に声をかけてきましょうか?」

「い、いや、そうではないのだが」

「違いました?他に何か問題でもありましたか?」

「あ、いや、別に問題はない」

「じゃあ食べましょうよ。すごく美味しいですよ。冷めないうちに、アルバート様も早く召し上がってください」

「・・・・・・・・・そうだな」

(アルバート様は、どうしたのかしら?)

何か私に伝えたいことでもあるのだろうか。

それにしては、何度も言いかけてはやめているように見える。

首を傾げていると、アルバート様が小さくため息をつきながらフォークを手に取った。

そのどこか諦めたような雰囲気は、私に子ども扱いされたときのオリバーに似ていた。

弟は皆から可愛がられて羨ましいと思っていたが、弟には弟なりの苦労があるのかもしれない。