軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

垣間見えたもの

魔法使いは長生き。

コルテスさんが教えてくれた情報を反芻しながら帰り道を辿る。

「魔法使いねえ…」

正直なところ、私はそれすらも疑問に思っている。何せ、未だ先生が魔法らしきものを使ったのを見たことがないのだ。

街の皆が先生と呼ぶからには、確たる何かがあってそう呼んでいるのだろうけれど私にはまだ雇い主が「きつめな白髪のおじ様(危うくお爺ちゃん)」にしか見えない。

「……」

その日の夕食時。気が付くと、先生がこちらを睨んでいた。

(まずい)

あからさまに凝視し過ぎた。先生が「見るな」と目で訴えてきている。私はサッと視線を外した。すると、小さなため息の後に、食事を再開する音が聞こえた。

(ぐうう…だってコルテスさんが気になること言うから…)

かの人を恨みながら、仕方なく今日は食事中の観察は諦め、お持たせ用の飲み物を用意することにした。

(今日はドレッシングの味が不安なのに…)

味見をし過ぎて段々よく分からなくなってしまった。塩味がきつすぎるかもしれない。

がっくりと肩を落としてティーポットを取り出すと、テーブルの方から「待て」と声を掛けられる。

「はい!」

突然の声掛けに驚き、裏返った声が出た。

(ドレッシングか、やっぱり辛かったか)

内心ビクつきながらテーブルの方を見ると、プレートの上は綺麗に片付いている。

(あ!食べた!よかった食べた!)

心の中で歓声が上がった。

だが、声をかけられた件がドレッシングでないとすると、別件なわけで。

「何でしょう」

内なる喜びを抑えこんで神妙な顔を作る。予想外の駄目出しということは十分あり得る。

「飲むものは自分で作る」

「……はい」

危うく、ショックで手に持っていたティーポットを落としかけた。

「カルダモン」

「はい」

「クミン」

「はい」

「はちみつ」

「はい」

骨ばった手がスプーンで材料をグラスに入れていく。先生がひとつひとつ挙げる名前に私は返事をしつつ、その所作を見つめた。

先生は食事を終えるとキッチンにやってきて、食器棚からグラスをふたつ取り出した。私は目を点にした。

てっきり「貴様の作る飲み物はいらない」と言われたと思い、完全に意気消沈していたのだが、どうも様子が違う。

二杯分作っているようなので、片方くれるつもりなのかと期待しているが、とても聞く勇気がない。違ったらどんな目で蔑まれるか分からない。

「炭酸水」

「はい」

先生は素知らぬ顔で最後にグラスに炭酸水を注いだ。しゅわしゅわと小気味よい音が立つ。

「ひと混ぜでいい」と言うと、先生はくるりとグラスの中をスプーンで一周した。

「……はい」

私の気のせいでなければ、多分、これは作り方を教えられているのだろうと思う。唐突に始まったので、正直最初のカルダモンの分量なんて覚えていない。どうしよう。

先生は私の胸中を分かっているのだか分かっていないのだか分からないが、私の返事にこくりと頷くと、二つ並ぶグラスの片方を持ってキッチンを出て行こうとする。

(待て待て待て待て)

これは流石に待ったをかけていいだろう。残されたグラスはどうしたらいいのか。貰っていいのかいけないのか、それだけは意思表示していって欲しい。

「先生!」

私の方も滅多に呼ばないものだから、先生は怪訝な顔でこちらを振り返った。

「あの、これ…」と残されたグラスを手に掲げれば、先生は紫色の瞳を柔らかく細めた。

(!!!!???)

「どうぞ」

「ッ!」

それはほんの一瞬だったけれど、私の動揺を誘うには十分な破壊力があった。

ここに来て、初めて見た先生の笑った(ような)顔。いつもは厳しさを強調してばかりいる目元の皺がどうしたことか真逆の働きをした。

「びっくりした…」

何事もなくスタスタと自室に上がって行ってしまった先生を見送り、私は一人で呆けたようにリビングに佇んだ。

細かな泡がグラスを昇る。

「…うわ、おいしい…」

先生が作ってくれたスパイスのドリンクは初めての味がした。

「ふむふむ。こういう味ね」

私は今、あの夜先生が作ってくれたドリンクに触発され、早速食料庫で飾りになっていたいくつかのスパイスを味見していた。正直、初めましてなものが多く、扱いに困っていたがようやくどうにかしてみようと気になったのだ。

予想が付いてはいた。先生が香草やスパイスの類が好きなことは。この眼前に広がる調味料たちは全部先生の趣味だ。最初は現実逃避をして家政婦のために揃えたものかもなんて考えたが、やはりその説は無理がある。

どういう草なのかと不可解だったものも、どうやら香草らしく、庭にちゃんと植えられているものだった。

私は決意した。この食料庫こそが先生の食の好みの縮図だ。ならばそれに応えるのが、この家の家政婦というもの。

「うあああ」

格好良く気合を入れたそばからうめき声を上げた。初めて目にしたラベルの読めない調味料が予想外の味だった。

(生臭い!何これ!?油?何の油!?)

前途は多難な気がしたが、こうして新たな可能性を探るのも面白かった。スパイスの瓶を鍋に向かって振っていると、何かを調合しているような気分になった。

「ふふ、私も魔法使いになったみたい」

結局魔法使いが如何なるものかさっぱり分かってはいないけれど、あんな素敵な飲み物が作れてしまうのだから、先生は魔法使いだ。異議なし。

自分も、先生と同じことをしているのかもと思えば鍋を掻き回すのがいつもと違って特別楽しいものに感じた。

「ゴホ!かっらい!」

ただし、私が魔法使いになるには相当修業が要るだろう。

私がスパイス料理にハマって、もとい研究を始めてから数日が経ったある晩。

「眠れない」

心当たりはあった。寝る前に実験的に作った数種のスパイスを混ぜたものを飲んだ。中々の刺激的な味だった。眠れなくなる作用があるものがあったのかもしれない。

(困ったな、明日も朝早く畑に水をやるのに)

ゴロゴロと寝返りを打っても一向に眠気が訪れない。

「お手上げ!」

何とか中和できないかと、水を飲むことにした。キッチンへ出て、水を一杯一気飲みする。

「はーーーー」

先生に聞かれたらまずい声を上げ、コップを置いた。

昼間と印象が違う部屋の中。ひっそりと静まったリビングのカーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。

どうせまだ眠くないのだからと開き直り、私は夜の庭を覗いてみることにした。如何せん森の中だ。夜行性の動物が見られるかもしれない。

閉じていたカーテンを開き、ガラス戸から庭を眺め、私は息を飲んだ。

月明かりがこんなに明るいとは知らなかった。草木が照らされて暗闇の中でささやかに光っている。夜に咲く花が昼間見せない姿を堂々と。神秘的で、美しい光景が広がっていた。

感動してしまった私は、庭に出たい衝動に駆られた。

リビングのガラス戸を開くと外の生温かい空気が入って来た。植物の色んな匂いを孕んでいる。

(勿体なかったな。いつも早く寝てしまっていたから)

私はこっそりとガラス戸から出て、数歩庭へと足を進めた。

耳が痛くなるような静寂の中、ふいにカラカラカラ、と引き戸が開けられる音が鳴る。思わず叫びそうになった。

(先生…?)

私でないのだから、先生しかいない。私は頭上にせり出すバルコニーを見上げた。

先生がどうかしたのかと気になって仕方がない。私は盗人の様にコソコソと移動し、ギリギリ先生の部屋のバルコニーが見えるところまでやってきた。

先生はバルコニーで佇み、ジッと外を眺めていた。月明かりに先生の白い髪が輝いている。

普段と違うシチュエーションだからか、その姿がとても特別なものに見えて、胸の中が騒めいた。

夜の中に佇む先生は、何だか梟みたいだと思った。

今夜はいよいよ、眠れそうにない。