軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本編外:コートデューの花祭(3)

広場に人が集まって来たのは定刻よりも前だった。私は慌てて自分の持ち場に戻り、急いで準備を再開した。

「なんだまた腸詰か!」

「また品を変えたの? 余程前のがイマイチだったのね!」

(…………)

手を動かしている間に、離れたところから言い合う声が聞こえる。テオさんとリリアさんだった。

普段仲の良い二人は、今日も仲良く店を広げるかと思いきや、対抗意識をごうごうと燃やし始めた。

「あの、何かあったんですか」と隣に風呂敷を広げていた優しそうなおばあちゃんに聞いてみる。おばあちゃんは呆れ顔で「毎年よくやるよ」と可愛らしいぬいぐるみを地面に敷いたクロスの上に並べる。

「何でも、前に売り物が被ったとかで。あのときはまあ煩かった。気心知れてる分、遠慮がないんだろうねえ」

「……」

今日も結構な声量だけれど。私は二人の様子を眺めながら、積んであった箱の一番上にかけていたシートを外した。

「はあい、黒コショウ2本ね! 熱いから気を付けて。お次の人どうぞ!」

「落とさずに持って行ってな。ほら、ちょっと多く盛っておいたぞ」

流石。流石である。商売人二人の店は行列だった。広場の中心に向かって伸びる二本の列。私を含め、他の店と比べても圧倒的な客の数。

私は「これはマズイ」と冷や汗をかく。とにかく、お客さんに来てもらわなくては始まらない。

「お姉ちゃん何屋さん?」

「なにやさん?」

手を繋いだ兄弟が私の出店の前にやって来た。お兄ちゃんの方は片手にケチャップのかかった腸詰焼き。弟君の方はカップに入ったクリームとフルーツ。

私は身を乗り出して二人に売り物を「じゃーん」と見せた。

「パン」

「ぱんだ」

そう。私が持って来たのは柔らかい生地のパン。ふわふわ具合は先生のお墨付きである。兄弟は特段興味が湧いたわけでは無さそうで、「ふーん」と首を傾げている。

(そうでしょうとも……パンが売られているなんて、珍しくもないでしょうよ)

しかし。

「ねえねえ。試しにそれ、挟んでみない?」

私は二人の手に持っている食べ物を指し、そしてパンに入れた切り込みをパカっと開いた。

「うわあー!! おいしいー!!」

「お兄ちゃん、一口、一口!」

少年たちのはしゃぐ声が広場に響く。私はにやりと笑った。少年たちは腸詰を挟んだパンと、クリーム及びフルーツのパンを交換してはパクパクと勢いよく食べている。

「あらやだ、この子たちお代は!?」

二人の母親らしき人がギョッとした様子で駆け付けた。

「これは私があげたものなので大丈夫です」

「いえでも」

「今ので宣伝してもらえましたから。むしろお礼が言いたいくらいで」

「え?」

私は彼女の背後を見て、にっこり笑った。少年たちの声を聞きつけた人が、パラパラとやって来ていた。

◇◇◇

彼女の店はどうなっているだろうか。

『テオさんとリリアさんの出す物を考えていたら、何だかパンに挟んで食べたくなってしまって。甘さの控えめな柔らかいパンだったらどちらとも合うと思うのです』

ルシルが顔を綻ばせて機嫌よく持って来たパン。

『あと……余っても、何とかなるし……』

フィリスはルシルのアイデアに頷いた。きっと上手くいくだろう。彼女の見立てには一目置いている。

広場に足を踏み入れたフィリスは周辺に立ち並ぶ出店をぐるりと見渡した。そして嫌でも目に付く三本の行列の内の一つがルシルへと続いていることに気が付くと、真っ直ぐに足を進める。

「はい! 三つですね! どうぞ!」

「あら!? さっきの! え? 足りなかったの?」

「ああ~。そうですね、確かにあちらのローストチキンを挟んでも美味しいと思います~!」

目が回る。こんなに忙しくなるとは思いもよらなかった。テオさん、リリアさんの商品を手に並ぶ人。それでは冷める・温まるからと、先に確保しに来る人。私の想像を超え、他のものも挟もうとしてパンを求めに来る人。

余ってしまうかもしれないと危惧しながら用意したパンは、着実に数を減らしていた。忙しい、ああ、レシピはまた今度お会いした時にお伝えしますから!

「ルシル」

ひょこりと行列を避けて先生が現れた。手を動かしながら「お疲れさまです!」と言うと、先生は「それは君だ」と眉を寄せた。

「繁盛している」

「ありがたいことにそうなんです!」

瞬間、私のお腹がぎゅるると鳴った。う、苦しい。お腹が空きすぎて苦しいなんていつ振りだろう。何度売り物のパンを齧ろうかと思ったことか。

(でも……! お昼は先生と回りたい……!)

私は根性で微笑みを作ると、先生に箱の中身を指した。

「なんと、あとひと箱なので……ッ! 少々お待ちいただけますか! 出店を共に回りとうござります!!」

頭があまり働かないせいで、変な言葉遣いになってしまった。先生は無表情だったけれど、先頭のお客さんに「ぶふ!」と笑われた。

◇◇◇

「完売です!」

私が空になった箱を掲げると、並んでいた人たちは残念そうな声を上げた。

「すみません、こんなに来ていただけるとは思わなくて。それでもたくさん作ったつもりだったのですが」

「あなた、先生のとこの何さんでしたっけ」

「ルシルです」

「ルシルさんね。来年も是非お店出してね」

ぽかぽかと、掛けられる言葉が温かい。頬が思わず緩んだ。一言残して去って行く街の人に手を振り、店仕舞いとなった。

お昼を回ってしまったが、出店はまだまだ開いていた。成程、皆こんな時間まで持つように商品を用意しているのか。凄い。

「残しておいたパンも持ちました。お待たせしました」

「いや」

私は自分たち用のパンが入ったバスケットを手に、広場の他の店へと繰り出した。初めにリリアさんの出店の列に先生と並ぶ。周りの人が明らかにギョッとした。そうだろう。広場に出てきて、出店の列に並んでいる先生を見るなんて誰が想像しただろう。

(私も、先生がひとりで並んでいるのを見たら驚くだろうな)

「……」

先生を盗み見れば、本人は特に何ともない様子で、考えの読めない顔で広場を眺めていた。

「飴細工」

「え?」

唐突に先生が何かを見つけて教えてくれた。私がどこだどれだとキョロキョロすると、「あそこ」と先生は指をさす。指の先には確かに飴を売っている店があり、渋い顔の腕の立ちそうなおじいちゃんが一人、椅子に座ってドンと構えている。

「要るか」

「え」

(い……要ります……)

聞かれたら勿論欲しいと答えたい。何せ、店の前には可愛らしく形つくられた飴が並んでいる。ウサギ、ハート、星等々。後で一緒に行ってくれるのだろうか。そういう意味の質問だろうかと逡巡していると、おもむろにおじいちゃんが席を立ち、飴を練り出した。

「す、すごい」

私がつい一言漏らすと、それを合図に先生がトコトコと歩き出す。

「え!?」

何も言わずに行ってしまった。私が肝を抜かれている間に到着したかと思えば、先生はおじいちゃんと何やら会話を始めた。

(気になる! 物凄く気になる!)

追いかけようかどうしようか。でも、お昼ごはんは確保しなくては。

「次の人ー! ルシルちゃーん!」

迷っている間に、前に並んでいた人はいなくなっていた。

リリアさんとテオさんに散々「よくも自分たちをダシにして儲けたな」とからかわれたけれど、何とかお店のものを売ってもらえた。先生が戻って来たのは私が丁度両方の品物をゲットした時だった。

「遅くなった」

「何をお話しされていたのですか」

「いや、会話はさほど」

「え? では」

「中々彼の納得のいくものができなかった」

どういうことだ。私はぐるりと頭を飴細工の出店の方に向けた。真剣な面持ちで飴を練るおじいちゃんが見えた。

頑固一徹、この道一筋。そんな感じだ。けれどこんなお祭りの、人が気楽に買いに来る出店で拘りを発揮してお客を待たせるとは。それを貫くお店のひともお店のひとだが、それを大人しく見ている先生も先生だ。

いや。というか、そんな面白そうなことになっていたのであれば是非一緒に行って二人を眺めていたかった。

私が惜しい気持ちと戦っていると、先生は何事もない顔で「どうぞ」と言い、私の口元に飴細工を差し出した。拘られただけあって大変可愛らしい猫さんの形の飴。

「お食べ」という先生の意図を汲み、私はそれを受け取って端っこを味わった。甘くておいしい、砂糖の味がした。

どんな顔でこれを買ってくれたのかと思うとにやにやしてしまう。先生はそんな私を怪訝な顔で見つめた。

「……買い物くらいできるが」

私は思わず笑ってしまった。

(知っていますよ。何でもできるの)

「さっきの先生のとこの子の、パンのレシピを聞きに行きましょうよ」

「ルシルちゃんだよー」

「そうそう、ルシルちゃん」

「あ、先生も居る」

ルシルを見つけ、声を掛けに行こうとした面々は「おーい」と言いかけ、口を噤み、その場で足を止めた。

「先生、オクラの苗ですって。植えてもいいですか」

「君の好きなように」

「あ、こっちも気にな……きゃっ!」

「……」

「す、すみません。浮かれてしまって」

「……いい。私が見ている」

仲睦まじく出店を回る二人。寄り添って植物の苗を見ていた。嬉しそうなルシルの隣には無表情の『先生』。

転びそうになったルシルを支え、謝る彼女の手からバスケットを奪うフィリス。恐縮するルシル。断るフィリス。照れるルシル。分からないフィリス。困るルシル。分からないフィリス。困るルシル。分からないフィ――。

「分かれやー!」

「どうしたんですか皆さん」

とても近付けず、遠めに二人を見ていた人々のところへ品評会の後片付けを終えたコルテスがやって来た。人々はコルテスにワッと駆け寄る。

「コルテスッッ……あれ!」

コルテスは彼らが顔を背けながら目線だけ向けている方を確認し、「ああ……」と声を漏らす。

「なんか、見ちゃいけないもの見ちゃった気持ちになりますよね……」

「ねえ! ルシルちゃんのとこに行きたいんだけど!?」

「ああー。ははは」

コルテスは乾いた笑いを浮かべながら二人を眺めた。相変わらず。今日も仲が良さそうで結構なことだ。

一年にも満たない近い過去。職を求めて商工会を訪ねて来たあの日。困り顔で、落胆して商工会を出て行った彼女が、今あの先生の隣で朗らかに笑っている。

あの、気難しい先生の隣で。彼女の真似は、きっと誰にもできない。

――先生をよろしくお願いしますね。

コルテスは訴えて来る人々に、くしゃりと表情を崩した。また、一段と賑やかになる。そう確信して。

◇◇◇

「これで何か縫います」

「……枕カバー」

「来年はルシルちゃんと組むわ!」

「それは許さん俺だって…!」

「コルテス~~」

「嫌ですよ俺にどうしろと!」

コートデューの広場に吹く風が花びらを空に浮かべる。

街の人々の声が暖かな陽気に包まれ、街に咲く花々が笑うように新しい蕾を開かせた。

眩しい季節は、始まったばかり。