軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンチ余計なこと

先生の家の中は、外の壁と同じく白い壁で統一されていた。家具は木目調で統一。屋内は土足厳禁であることからも、ある種の拘りがある人だとお見受けした。

あまりあからさまにキョロキョロしてはいけないと思い、首を動かさずに視線だけを家の中に彷徨わせる。

玄関の先は直ぐにリビングで、奥にキッチンが見えた。

私は無言で先を歩く先生を必死に追いかける。先生は両手をズボンのポケットに突っ込み、わずかに前かがみの姿勢でスタスタと歩いた。リビングの次は階段を上がり、二階へと導かれる。先生は顎先で「書斎だ」と一室を示した。

(こ、これは…)

そしてすぐにまた別の部屋の前に来て「私の部屋だ」と言い、またさっさと廊下を進む。

(お家の案内が始まっている…!)

前触れもなく、ご挨拶もなく。しかもかなりあっさりと。必要最低限の単語のみで家の中を説明される。似たようなドアの並びに、私は軽く混乱を覚えた。一度で覚えきれたか自信が無い。

とにかく、二階は先生のエリアだということだけは理解した。

二階が終わったので、次は屋根裏=私の部屋かと思いきや、先生は来た廊下を戻り、また階段を下りた。やはり使用人の部屋は一番最後だろうか。

「一階を案内する」

「ッはい!」

先生はしばらく無言かと思えば、唐突に口を開く。こちらとしては、いつ話しかけられるか分からないため始終神経を張りっぱなしである。

私たちはリビングに戻ると、今度はリビングから続く廊下を進んだ。

「洗面所」

「はい」

「その先が風呂」

「はい」

先生に倣うように、私も淡々と返事をする。私が「はい」と言うと、先生は無表情で頷きを返す。

(な、なんかちょっと嬉しい…)

気分的には野生動物と距離を測っている感じだ。少しでも心が通じた瞬間があると「やった」という気になる。

どうやら一階は食事や洗面等、生活する場らしかった。お風呂を自由に使えと言われて、少なからず私のテンションが上がった。

裏庭に続くドアを案内された後、先生は「最後だ」と言って再びリビングへと戻ってきた。本日既に三度目のリビングである。

(この家で生きて行くと、リビングをしょっちゅう通ることになりそう)

先生が開いたキッチン横にひっそりとあるドアの先には、ささやかな廊下に部屋が一つ。

「君の部屋だ」

「えっ」

純粋な驚きで、「はい」以外の反応をしてしまった。先生の眉が疎まし気に寄り、「しまった」と肝が冷える。

「わ、私のために、一部屋…?しかも、こんないいところに…よろしいのですか…?」

恐る恐る尋ねると、先生は眉を寄せたまま首を傾げた。

「別にそういい部屋でもない」

そう言われてしまっては返す言葉が無い。私としても屋根裏を希望するつもりは無いのだから。

ただ、驚きやら喜びやら。色んな感情が入り乱れて脳が追いつかない。

呆然とする私に先生はそれ以上構う気は無いようで、くるりと踵を返し、リビングへと歩いて行ってしまう。私は慌てて追いかけた。

先生は物凄く端的にいくつか仕事の指示をした。まとめると「全部任せる」ということだった。とにかく先生は自分の研究室に籠っていたいらしい。

「それから、これが最も重要なことだが」

「はい」

先生の目が細められ、一段と眼光が鋭くなる。私は背筋を正して言葉を待った。

「余計なことを言わないように」

「…はい」

先生は私の返事にひとつ頷くと、無言で二階への階段を上がって行った。広いリビングには私一人がぽつんと残される。

(ほ、本当に必要な事だけ言って終わった)

結局私は名乗っていないし、雇われる側としてのご挨拶も何もしていない。ただ職場の案内をされて、仕事の説明をされ、最後に何やら非常に難しいことを言われただけだ。

余計な事とは。

他の説明は驚く程端的だったのに、最後だけ捉え方に幅を持たせてきた。

(いや―)

しかし、私はふと思いつく。もしや。余計な事とは。

(分かった。全部だ)

脳裏に天才的な閃きの光が走る。

この短い時間で何となく察した。先生は非常に無駄の無い人で、きっと研究以外のことが全て煩わしいのだ。干渉してくるな、と言いたかったのだろう。おそらく。多分。

気難しくて面倒な人だと思ったけれど、傾向が分かればさして面倒でもないような気がしてきた。こちらからしたら、余計なお世話が不要ということだ。私はただ粛々と家事をこなせばいい。

「それならそれですごく楽なのでは…?」

アレコレと思案しながら玄関先に置き去りにした荷物を回収し、あてがわれた例の部屋のドアを開くと。

「――――――!!!」

声にならない声が出た。

十分な広さの部屋に、ふかふかのベッド。大きなクローゼット。大きな窓に綺麗なカーテン。使用人に使わせるにはもったいない位の仕様だった。

「荷物を床に直置き生活から解放ってこと…?」

先日まで暮らしていた屋根裏は、同室の彼女と自分の粗末なベッドで殆どのスペースが失われていた。勿論洋服ダンスもなく、私たちは自分のトランクで荷物を管理していたのだ。

「どこが『いい部屋じゃない』んでしょうか…先生…」

私は現金にも、部屋の広さで雇い主の心の広さを推し量った。

ちなみに、私がここまで感動するのは特段前の屋敷が酷かったから、というわけでは無い。むしろ世間一般の使用人の扱いならば以前の方が一般的なのだ。

だから尚更この待遇は異常にも見えたし、使用人稼業をしている人間にとっては信じられない僥倖なのである。

(よおおおおおし)

俄然やる気を出した私は、早速昼食の準備に取り掛かった。キッチンへと侵入し、戸棚を片っ端から開けて調理器具や皿の確認を始める。

「あ、揃ってる。大鍋は…必要ないか。二人だし」

昨日まで先生はここに立っていたのだろうか。きちんと整理整頓の行き届いた鍋やフライパン。その整い加減から見れば、長年使われていないようにも見えたし、埃の無い状態を見れば、普段から使用しているようにも見えた。

(これからは、私が使わせていただきます)

私は道具たちに「よろしく」という思いを込めて戸棚を閉じた。次に取り掛かるは食材のチェックである。

「食糧庫、と…」

キッチンの床には地下の食糧庫に繋がる扉。よっこらせと開けば、地下のひんやりした空気が漏れてきた。短い梯子を下り、食糧庫制圧へと乗り出す。

四方の壁には棚が備え付けられ、食材が並ぶ。天井からもネットに入れてつられた芋の類。床にも所狭しと箱が置かれている。デッドスペースを許さない強い意思を感じた。

「ははーん」

私は顎に手を置き、小さな部屋の中を見渡した。成程。

「何でもある」

感心が過ぎてよろめいた。近場の棚に寄りかかり、ため息をつく。

(揃えてくれたのか、そもそもいつもこの状態なのか…)

「いやしかし、この調味料が常備されているのは中々の通…うわ、これも超高いやつ!」

手に取る調味料から、もしや先生は相当な食通なのでは?と推察する。見たことも無い内容物が浮かんでいるものもあって些かたじろいだ。どれも封が切られていないところや、あまりに網羅され過ぎていることから、めったやたら揃えたようにも見える。

使いこなせるかどうかの不安を打ち消すように、私は先生が新しく来る家政婦の装備として用意したものだろうと思うことにした。

震えながら食料の確認をしていると、あることに気が付いた。

「なんか、見たことのない野菜が…」

初めて見るギザギザした小さな葉っぱを嗅いでみたらえらい刺激臭がした。隣の袋に詰まっている草は、さっきその辺に生えているのを見たような気がする。

(これは……?何?先生の好きな草?野菜?しまった、どういう食事をしているのか聞けばよかった…)

そんなことを言っていても仕方がない。色々知らないのは初日にして当然のこと。これまで二つの職場を経験した私だ。どちらも初めから主人の好みを把握していたわけではない。

「よし、じゃあ作りますか!」

とにかく扱い方の分からないものは置いておいて、私はジャガイモとセロリの束を手に、猛然と立ち上がった。