軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

任務終了

「お世話になりました」と頭を下げるイーダさん。そんな、こちらも結局彼にお世話になった。

(突然過ぎる)

私の動揺が伝わったのか、イーダさんは申し訳なさそうに微笑む。私たちはこの数週間でかなり仲良くなった。

『そうそう、そっちの目をひっかけて』

『ああ、こうだね』

編み物を教えたり。

『コショウ少々』

『分かった』

お料理をしたり。

『僕は上からはたくね』

『じゃあ私は下を掃きます』

お掃除をしたり。

私はあの日々を思い出し、悲しくなる。

イーダさんの優しい目が、私に向く。

「協会から今朝連絡があったんだ。もう周知完了したから、帰ってきなさいって」

「そうなんですか…」

そもそも、イーダさんは「ここには来るな」と魔法使い全体に周知されるまでの間、家に挨拶に来る迷惑なお客さんの相手をするという名目だった。

近頃は本当に襲撃の頻度が減っていたので、私は本来の目的を見失いつつあった。

イーダさんの報告を聞いた先生は相変わらず「そうか」と素っ気ない。

先生の事を慕っている私ではあるが、イーダさんに親しみを持ってしまった手前、もう少し何とか言ってはくれないかと先生に思ってみたりする。

それほどイーダさんはよく働いてくれたし、またあれから一度も私や魔法を使えない人の事を「力のない人」として扱うことはなかったのだ。

トコトコと紅茶のポットの乗ったトレイを持って上階に消えてしまう先生に、私はもどかしさを覚える。

「まあ無視じゃないだけ、僕は満足」

いじらしいことを言うイーダさん。イーダさんの視野はかなり広がったようだ。あれ程落ち込んでいたのが嘘のように、今は穏やかな顔をしている。

「ふふ、フィリス師と仲良くやってね」

意味深な言い方に、私の胸がジクリと疼く。イーダさんに簡単に見抜かれた私の恋心。ありすぎる歳の差を考えれば、笑われても仕方のないことだと思ったけれど、イーダさんは決して嘲ったりはしなかった。

「応援してるよ」

イーダさんは柔らかく笑った。初めの頃の何を考えているか分からない笑顔ではなかった。その顔が見られて嬉しいし、言葉も大変ありがたいのだが、私の気持ちは晴れなかった。

(そんな呑気なことを言っている場合なのですか…!?)

どうやらイーダさん出立にこんなにあたふたしているのは私だけのようで。

(このままさようならでいいの…?)

イーダさんは自分の荷物や身の回りを片付け始めた。私は思わず上の階へ続く階段へ目を遣った。

(きっと。先生は私ほど浅はかではないから、適した態度なのだろうけれど…)

私は「先生!」と突き動かされるように階段を駆け上がった。

「余計な事」。私は初めて、故意にその禁忌に触れようとしていた。

ここに来てから、二階への階段を上がるのは二回目だ。否応にも緊張する。しかし、今から自分がしようとしていることを思えば何でもない。

先生は書斎ではなく、部屋にいると当りを付けた。一度深呼吸をしてから、ノックをするために手を掲げる。

トントントン。先生の部屋を三度叩く。返事は直ぐにあった。

「何か」

眼鏡をかけた先生が出て来た。いつも以上に知的だ。似合っている。思わず息が止まった。

(や、やだ…かっこいい…!)

ではなく。ときめいている場合ではない。私は一瞬ぽけっとした後、気を取り直した。

「あの…差し出がましいこととは存じますが」

「イーダか」

私の考えつくことなど、先生にはお見通しだ。先生は若干煩わしそうに眉を上げる。私は思い切って顔を上げ、真っ直ぐに先生を見た。紫色の瞳と視線がぶつかる。

「イーダさんは、頑張って視野を広げようとなさっています。魔法を使わずに手間をかけることをもう無駄とはおっしゃいません」

「…」

「その証拠に、イーダさんはニンジンのお花の飾り切りだってできますし、綺麗な本返し縫いだってマスターされました!手袋だって編めてしまいます!」

「それからそれから」とイーダさんのできるようになったことを懸命に挙げていると、ふいに「ふっ」と笑い声のようなものが聞こえた。私がこんなに必死に訴えているのに、笑うとは何事だろう。

「せ、先生…?」

私は抗議混じりの声で笑い声の主を呼ぶ。果たして先生は口もとを抑えていた。

「あんなに怒っていた君が、ここまで庇うようになるとは」

「そ、それは…」

からかわれるような物言いに、私は赤くなった。

「で。私にどうしろと」

平坦なトーンで先生は尋ねた。私は緊張を飲み込む。

「一緒にお見送りしてください」

イーダさんは目を丸くした。荷物をまとめ、玄関にて「さあ出発」というところで、私と共に先生が何とない感じで並んだからだ。

「フィリス師…僕…」

イーダさんがもじもじと言い淀む。

「人生は長い。全ては君次第で変わる」

「………はい」

格言めいたことを言う先生に、イーダさんは目を潤ませた。

(よかったよかった…)

私はホッと安堵した。あのまま別れるなんて、あまりにも寂しすぎる。先生がすんなり来てくれて、本当に良かった。怒っていないのだから、呼びに行かずとも初めから居て欲しかったというのは期待し過ぎだろうか。

ともあれ、私が二人のやりとりに感激していると。

(あら?)

フッと辺りが暗くなった。日が陰ったのかと思い、外を見てみるとどうも様子がおかしい。

(な、何…?周知はされたのでは…?)

暗くなった庭に、次いで風が吹く。生えている草木がざわざわと揺れる。気味の悪さを覚え、私は先生を仰ぎ見た。

先生は目を細め、庭で起きる異変を見つめる。一方イーダさんは何かを予感し、「あ…」と若干顔色を悪くした。イケメン故に一層悲壮に見えた。

庭の草が渦を巻くように風に靡く。物凄く不自然だった。その不自然さといったら、かつて先生が雷雲を街の一点に集めたときくらいの不自然さだ。

(あわわ…)

白い煙の柱がぼふっと立ち上ったかと思えば、中に人影が現れた。

「!!」

思わず体が強張った。

煙の中から出て来たのは、真っ黒なローブを身に纏った一人の人だった。フードで顔が隠れ、またローブが体型を隠し、性別も何も分からない。見るからに一般人ではないことだけは分かる。

「カロー師…」

イーダさんがぽつりと呟く。その声が聞こえたかのように、現れた人は片手を挨拶するように挙げ、そのままパサリとフードを後ろに払った。

(あら…女性…)

黒いフードに映えるたっぷりとした金髪。カールした髪が艶やかだ。バシバシの睫毛に、赤いルージュ。強気な印象の美人がこちらを見て強かに微笑んだ。

「イーダ!あなたね、持ち場を離れ過ぎよ!!」

「スミマセン」

イーダさんは頭を下げた。謝罪がカタコトに聞こえたのは気のせいだろうか。美人は言うだけ言い、イーダさんの返事を特に気にする様子もなく、先生の前にズンと立ちはだかった。

「フィリス師、お久しぶりです」

(なんと、お知り合い…)

先生の背中越しにイーダさんを覗くと、苦笑いが返された。どういうことだろう。

頷くだけの挨拶をした先生に、美人はにっこりと笑う。赤い唇が色っぽく弧を描いた。

「んもう、相変わらずつれないんですから。お元気にされてました?」

(せ、世間話が始まった)

私はコソコソと、イーダさんの方へと横移動をした。

「ど、どなたですか」

小さな声で囁く。イーダさんもまた声を潜めた。

「僕の上司。カロー師。フィリス師とは知り合いみたい。っていうかファン」

「ファン」

「僕みたいなもの」

成程。カロー師はとても嬉しそうに先生に話しかけている。ただし、先生からの相槌や返事は殆どない。あれでいいのかと心配になる。

「イーダがお世話になりました~。この子ったら私に相談も無く飛び出して…目的が目的だったから許しましたけど、それだったら私がその役をやりたかったって…」

ギラリ、と危険な光を灯したカロー師の目が私とイーダさんの方へ向けられた。隣でイーダさんが不敵に笑ったような気がして、私は些かたじろいだ。

「あら?その子は?」

カロー師は私に今気が付いたかの様に、目をぱちくりとさせた。私は慌てて腰を折る。

「…私の世話を任せている」

「え?」

「か、家政婦です!」

自分で言う前に先生が喋り出した。それだけでもびっくりなのに、職業名を言わないものだから、変な誤解を生みそうで焦った。ファンの前だ、気を付けていただきたい。

「へえ…家政婦…へえ…」

カロー師はじろじろと私を見ながら呟いた。そして。

「…あなた、魔法使い?」

カロー師に、にっこりと張り付けたような笑顔を向けられる。「いいえ」と首を横に振れば、「へえ?」と興味深そうな声。

(目が笑ってない)

何だかすごく嫌な感じがして、私は助けを求めるように先生を見た。