軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三島大輝——ファンが押しかけてきた

日曜日の昼過ぎ。ボス攻略の作戦を練っていた一颯は、鑑定データの印刷資料から顔を上げた。誰だ。宅配は頼んでいない。リストラされてから、訪問者なんて一人もいなかった。

インターホンのモニターを覗くと、見知らぬ若い男が映っていた。日焼けした肌、短い髪、筋肉質な肩幅。真夏の太陽の下で額に汗を光らせ、満面の笑みでカメラに向かって手を振っている。Tシャツの袖口から覗く二の腕が、やたらと太い。

……誰だ。

通話ボタンを押す。

「はい」

「あ! 鑑定士イブキさんですよね!? 俺、三島大輝って言います! 配信のファンで——弟子にしてください!」

声がでかい。隣室に響くレベルだ。

ドアを開けると、真夏の熱気が廊下からなだれ込んできた。アスファルトの照り返しの匂い。蝉の声。その中から、三島大輝が一歩踏み込んできた。比喩じゃなく、物理的に。背は俺より五センチほど高い。目がきらきらしている。犬みたいだ。ゴールデンレトリバーが人間になったらこういう感じだろう。

「二十二歳です! Cランク探索者! スキルは『強化打撃』! 先輩の配信、初回から全部見てます!」

矢継ぎ早に自己紹介が飛んでくる。圧が強い。営業マン時代に、こういうタイプの新入社員がいた。とにかく元気。とにかく真っ直ぐ。そして——断れない空気を作るのが天才的にうまい。

「ちょっと待ってくれ。弟子とかそういうのは——」

「わかってます! でも先輩の配信見て思ったんです。鑑定で全部見えてるのに、戦う力がないのがもったいないって。俺なら戦えます。先輩が見て、俺が殴る。最強じゃないですか!?」

目が本気だ。営業で何百人ものクライアントの目を見てきたが、嘘をつく目は大体わかる。この男の目には——一切の打算がない。純度百パーセントの直球。

近所のファミレスに場所を移した。さすがにアパートの玄関先で話す内容じゃない。

ファミレスの自動ドアが開くと、冷房の効いた空気とコーヒーの匂いが流れてきた。日曜の昼下がりで、家族連れやカップルが席を埋めている。隅のボックス席に向かい合って座った。

三島はドリンクバーのコーヒーを三杯おかわりしながら、自分のことを語った。体育大学出身で、卒業後すぐに探索者免許を取得。強化打撃は近接特化のスキルで、拳や武器に魔力を上乗せして威力を増幅する。Cランクだが、実戦経験は豊富で、ソロで3層の通常モンスターなら問題なく倒せるらしい。

「先輩の鑑定、他の鑑定持ちと全然違うんすよ」

三島がファミレスのコーヒーを啜りながら言った。カップの中身は薄い茶色で、まともなコーヒーとは言い難い味だ。

「俺、パーティで組んだ鑑定持ちが何人かいたんですけど、あの人たちの鑑定って『ゴーレム、等級C、攻撃力180くらい』で終わりなんです。項目が五つくらい。それでも十分役に立つんすよ? 等級と攻撃力がわかるだけで戦い方が変わる。でも先輩のは——全然レベルが違う。行動パターン、弱点、回避方法、コアの位置、追跡範囲、壁際の安全距離まで出る。何十項目もある。あんなの見たことないっす」

三島はコーヒーを飲む手を止めて、真剣な顔になった。

「先輩の配信で見た2層のゴーレムの鑑定結果、あれ俺パーティの鑑定持ちに見せたんですよ。そしたら『こんな情報、鑑定で出るわけない』って言われました。行動アルゴリズムとか、聴覚センサーの閾値とか、普通の鑑定じゃ絶対に見えないって」

他の鑑定持ちとの比較。三島の実体験に基づく証言だ。やはり俺の鑑定は——普通じゃない。シロもそう言っていた。カーゴに来た銀縁眼鏡の女性も、同じ指摘をしていた。

なぜ俺の鑑定だけ、こんなに情報量が多いのか。

答えは——まだわからない。

「で、ボス戦の件なんですけど」

一颯はテーブルに3層ボスのデータを広げた。鑑定結果を紙に書き写したものだ。ファミレスのテーブルに攻略資料が並ぶ光景は、我ながらシュールだった。横の席の家族連れが、チラッとこちらを見て目をそらす。

「鉄殻のガーディアン。第1形態は関節部が弱点。ここを狙える速い武器が要る。三島くんの強化打撃なら——」

「俺が殴ります。先輩は鑑定してください」

即答だった。テーブルに乗り出すようにして、三島は目を輝かせている。コーヒーカップがぐらりと傾いた。

「先輩が『右の関節を狙え』って言ったら右を殴る。『下がれ』って言ったら下がる。先輩の目を、俺の拳にしてください」

シンプルだ。恐ろしくシンプルな役割分担。だが——的を射ている。営業で言えば、マーケティングと営業の完全分業。分析部門がリードを発掘し、営業がクロージングする。役割を明確に分けた方が、チームは強い。

「問題は第2形態だ。HP半分以下で物理攻撃が完全に通らなくなる。コアを露出させるには、背面の冷却口に急激な温度変化を与える必要がある」

「温度変化? 炎とか氷とか?」

「そうだ。何か熱源になるアイテムを持ってるか?」

三島はバックパックをごそごそと漁り、小さな赤い石を取り出した。テーブルの上に置くと、石の表面がほのかに赤く光っている。触れなくても、近くにいるだけで温かさが伝わってくる。

「これ、炎属性の付与石っす。装備に一時的に炎属性を付ける消耗品で。投擲用に何個か持ってたんですけど」

鑑定をかけた。

『炎属性付与石

等級:D

素材:魔素結晶(炎属性特化)

発動温度:1,800℃(瞬間最大値)

持続時間:約2秒

用途:武器への一時付与、投擲による範囲攻撃

注意:発動時に半径50cmに高温域が発生。素手での投擲は火傷リスクあり』

「発動温度一八〇〇度。持続は短いけど、冷却口に直撃させれば十分な温度変化だ。これを背面の冷却口に投げ込めば、コアが露出するはずだ」

「マジすか! よっしゃ!」

三島が拳を握った。テーブルが揺れた。ドリンクバーのコーヒーがカップの中で波を立て、こぼれそうになる。隣の席の家族連れが、今度はしっかりとこちらを見た。すみません。

一颯は思わず笑った。この青年の真っ直ぐさは——眩しい。二十二歳の頃の自分には、こんな熱さはなかった。あったのかもしれないが、営業の現場で磨り減らしてしまった。新入社員の頃の「やってやるぞ」という気持ちは、いつの間にか「やり過ごそう」に変わっていた。

「弟子入りは断る。でも——パートナーとしてボス戦に付き合ってくれないか」

「もちろんっす! 先輩と組めるなら何でもやります!」

三島の笑顔が眩しくて、少しだけ目をそらした。こんなに真っ直ぐに慕われるのは、生まれて初めてかもしれない。

作戦の詳細を詰めた。第1形態では三島が関節部を集中攻撃し、一颯が鑑定でリアルタイムの弱点位置と攻撃タイミングを指示する。第2形態移行のタイミングは鑑定でHP残量を見て事前に告知する。

冷却口の位置に三島が付与石を投げ込み、コアが露出した瞬間に渾身の強化打撃——それが作戦の核だ。

「タイミングが命だ。俺が『今だ』と言った瞬間に投げてくれ。一秒の遅れが命取りになる」

「任せてください。ゲームセンターの投球マシンで百五十キロ打ってたんで、投擲は得意っす」

その比較は正しいのか。まあいい。この男は、やると言ったらやるタイプだ。

夜。自宅に戻った一颯は、ボス戦の作戦を最終確認していた。

三島との打ち合わせは有意義だった。彼の戦闘スタイルは荒削りだが、素直さがある。指示に従うことを恥だと思わないタイプ。プライドの高い若手営業マンには絶対にない素質だ。鑑定による指示と相性がいい。

ふとSNSを開くと、不穏な空気が流れていた。

一颯の配信に対する批判コメントが増えている。

『ダンジョンの内部情報を配信で公開するのは探索者のモラルに反する』

『罠の位置や回避方法を晒したら、他の探索者のリスクが変わるだろ。責任とれんのか』

『鑑定データは個人の財産。公開する権利があるのか法的に曖昧』

批判の内容は一定の理がある。確かに罠の情報を公開すれば、ダンジョンの攻略バランスが変わる。それを良しとしない探索者がいるのは理解できる。

営業マン時代も、競合の情報を公開されたら激怒しただろう。だが——一颯の目を釘付けにしたのは、批判コメントの中にある一つの投稿だった。

探索者ギルド協会の公式アカウント。

『ダンジョン内部情報の無許可公開に関する見解を、近日中に発表いたします。探索者コミュニティの安全と秩序の維持は、当協会の最重要使命です。——探索者ギルド協会広報部』

公式が動いた。個人の批判なら無視できる。だが業界団体の公式声明となると話が違う。営業マン時代に学んだ。業界団体の「見解を発表します」は、翻訳すると「規制をかけます」だ。穏やかな言葉で包んでいるが、中身は刃物だ。

SNSの批判コメントをスクロールする指が、スマホの画面に映った自分の顔を横切る。疲れた顔だ。蛍光灯の白い光の下で、目の下に薄い隈ができている。三十二歳の無職の顔。ダンジョン配信者の顔。どちらの自分が本当なのか、わからなくなる。

(ただ配信してるだけなのに)

隠し部屋を見つけて、罠を避けて、モンスターのAIを読んで。その映像を流した。それだけだ。それだけのことが——なぜ、こんな大きな波紋を呼ぶのか。

スマホを裏返して、天井を見上げた。

三島の真っ直ぐな目を思い出す。「先輩の目を、俺の拳にしてください」。あの言葉が、今は少しだけ——救いに感じた。批判の波の中にも、俺を信じてくれる人間がいる。

明日はボス戦だ。三島と二人で、鉄殻のガーディアンに挑む。等級B+。四・二トンの鉄の巨人。物理攻撃が無効化される第2形態。

不安はある。営業プレゼンの前夜に感じていた、あの胃の底が重くなる感覚が戻ってきている。だが——あの青年の拳を信じてみたい。「先輩の目を、俺の拳にしてください」。

俺の目と、三島の拳。二人なら——いけるかもしれない。