軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弟子入り志願

オレンジジュース。コーラ。メロンソーダ。テーブルに並んだ三つのグラスが、二十二歳の落ち着きのなさを物語っている。頬のかすり傷はもう塞がっていたが、日焼けした肌に白い線が残っている。五層ボス戦の勲章だ。

「先輩、七層一緒に行くんすよね! 六層の配信見ましたけど、裏方サポートやばくないすか。あのペース、普通じゃないっすよ」

「ああ。明日、七層に入る。三島くんには前衛を頼みたい。俺は鑑定で情報を出す。凛さんが裏方で全データをリアルタイム解析する。三人体制だ」

「凛さん——シロさんっすよね。あの古参リスナーの」

三島の目が輝いた。この男は配信のヘビーユーザーだ。俺の配信だけでなく、コメント欄の常連の名前まで覚えている。

「シロさんの分析、マジで凄かったんすよ。他の視聴者が気づかないデータの異常を、毎回指摘してて。俺、シロさんのコメント読むために配信見てた時期あるくらいっす」

「本人には言うなよ。照れるタイプだから」

三島がメロンソーダを一気に半分飲んだ。氷がカラカラと音を立てる。

「先輩」

「ん?」

「俺、ずっと思ってたんすけど」

三島の声が少し低くなった。ドリンクバーを三往復する男にしては珍しく真剣な目をしている。グラスの結露が指を伝って、テーブルに水の輪を作った。

「先輩の鑑定、他の鑑定持ちと全然違うんすよ。俺、先輩に会う前にCランクの鑑定持ちとパーティ組んだことあるんすけど、あの人の鑑定って——モンスターの名前と大体の強さしか出なかったんす。でも先輩のは、行動パターンとか弱点とか設計思想とか、次元が違う」

「知ってる。凛さんに数字で見せられた。百倍以上違うらしい」

「百倍……マジっすか」

三島が残りのメロンソーダを一気に飲み干した。空のグラスをテーブルに置く音が、周囲の喧騒に消えた。

「だから俺、先輩についていきたいんす。弟子ってのは断られましたけど——パートナーとして。先輩が見えるものを、俺が殴る。そういうコンビ、他にいないっすよ」

まっすぐだ。この男の言葉には、営業トークの駆け引きがない。出会った頃から変わらない、剥き出しの真っすぐさ。

「弟子入りは断ったけど——パートナーなら、もうなってるだろ」

三島の目が一瞬見開かれた。それからくしゃっと笑った。前歯が少し欠けている。ダンジョンで石に顔をぶつけた時の名残だ。

「了解っす! 先輩!」

ファミレスの喧騒。隣のテーブルの家族連れの笑い声。ドリンクバーの機械音。日常の音の中で、パートナーシップが静かに確認された。

だが三島の次の一言で、空気が変わった。

「そういえば先輩、クロノスの連中が先輩の配信チェックしてるって噂、知ってます?」

「——何?」

「公式アカウントが何回かコメントしてたの覚えてないすか? あれ、俺の探索者仲間に聞いたんすけど、クロノスの情報部門が先輩の鑑定データを分析してるらしいっすよ」

手の中のコーヒーカップが冷たくなっていた。もう冷めている。いつから冷めていたのか気づかなかった。

翌日。サードダンジョン七層。

三人体制の初配信。一颯と三島がダンジョン内、凛が自宅で裏方解析。視聴者数は開始直後で一万二千人。

「皆さんこんにちは。今日は七層に入ります。三島くんと二人で潜ります」

「よろしくお願いしまっす!」

三島の声がマイクに入る。視聴者が沸いた。

【三島キタ!!!!!!】

【五層ボス戦コンビ再び!!】

【マコト:七層の情報はほぼゼロだ。気をつけろよ】

【ドクター:薬草の種類が変わるかもしれない。見つけたら鑑定してくれ】

七層は六層の洞窟構造が発展した形だった。天井が高く、壁面の生体鉱物が淡い燐光を放っている。青白い光が通路全体を照らし、松明が不要なほど明るい。空気は温かく、湿っている。深い地下にいるのに、温室のような空気だった。

「壁が光ってるんすけど、先輩」

「生体鉱物だ。六層から出てきた。ダンジョンの深層は——壁そのものが生きてる」

壁面を鑑定した。

┌──────────────────────────────────┐

│ 七層壁面構造体 │

│ 素材:変成玄武岩+高密度生体鉱物(4:6) │

│ 生体鉱物比率:六層より20%増加 │

│ 発光波長:462nm(青白) │

│ 魔素代謝量:六層の1.8倍 │

│ 構造適応性:環境変化に応じて │

│ 壁面構造が微調整される │

│ 設計メモ:七層以降、構造体は │

│ 自己修復・自己最適化機能を持つ │

│ 生成年代:[統一基準日] │

└──────────────────────────────────┘

イヤホンから凛の声。

「受信しました。自己修復機能——ダンジョンの壁が壊れても自分で直る。これは生物に近い特性ですね」

【えっ壁が自己修復するの】

【ダンジョンまじで生き物じゃん】

【シロ:七層の生体鉱物比率が六割。このペースだと深層では壁面全体が生体組織で構成される可能性があります】

通路を進む。三島が先行して安全を確認し、一颯が後方から壁・床・天井を片端から鑑定していく。凛がリアルタイムで全データを解析し、異常値を裏方チャンネルで伝える。

三人の呼吸が噛み合っていた。

「一颯さん、右の壁面に構造強度の異常低下。厚さ二十センチ。向こう側に空間があります」

「三島くん、右の壁。薄くなってる。叩いてみて」

「了解っす!」

三島が強化打撃で壁面を一撃。壁が砕け、その向こうに小部屋が現れた。中には鑑定しなければ見つからない素材アイテムが三つ。七層の隠しリソースだ。

【また隠し部屋!!!!!】

【この連携やばすぎるだろ】

【マコト:三人のチームワーク完成されてるな。鑑定×分析×戦闘の三位一体だ】

二時間で七層の半分を踏破した。通常ペースの三倍以上。六層のソロ配信よりさらに速い。鑑定で情報を取り、凛が解析で濾過し、三島が物理で道を切り開く。各自の役割が完全に分業されている。

七層中盤で、初のモンスター遭遇があった。発光苔に擬態した待ち伏せ型——ルミナスプレデター。壁面の光に紛れて、近づいた探索者に飛びかかる。俺の鑑定が即座に反応した。

┌──────────────────────────────────┐

│ ルミナスプレデター │

│ 分類:擬態型魔獣 │

│ 等級:C+ │

│ 体長:1.2m(展開時) │

│ 攻撃パターン:擬態→飛びつき→締め付け │

│ 弱点:頭部の発光核(破壊で即死) │

│ 行動AI:獲物が1m以内に入ると起動 │

│ 備考:単体では脅威度低だが │

│ 群れの場合は包囲に注意 │

└──────────────────────────────────┘

「三島くん、三メートル先の壁、光り方が不自然だ。擬態型モンスター。頭の光る部分を叩けば一撃」

「了解っす!」

三島の剣が光った。壁面から飛び出したルミナスプレデターの発光核を、的確に斬り裂く。澄んだ破砕音。一撃。

鑑定から指示まで三秒。三島の反応まで一秒。合計四秒で脅威が排除された。

【速っっっっ】

【四秒で倒したぞ今】

【ドクター:発光核が光源として使えないか鑑定してみてくれ。生体鉱物と同じ波長なら薬学的価値がある】

ドクターの提案で発光核を鑑定すると、確かに壁面の生体鉱物と同じ波長帯の光だった。「薬効成分を含む可能性あり」というデータに、ドクターが満足そうなスタンプを送ってきた。こうした視聴者とのやりとりが——この配信の魅力なのだろう。俺一人では気づかないことを、何千人もの目が補完してくれる。

営業マン時代に最も成果を上げたのは、チームの役割分担が明確だった時だ。営業が提案し、技術が裏付け、管理が数字を押さえる。同じ構造が、ダンジョン攻略に適用されている。チームというものは——役割が明確なほど強い。

視聴者数が二万人を突破した。

【二万人!!!!!】

【マコト:これチーム組んだら世界変わるぞ】

【七層をこのペースで踏破とか前代未聞】

配信を切った後、ゲート前の広場で三島と並んで座った。夜風が冷たい。ダンジョンゲートから漏れる微かな青い光が、三島の横顔を照らしている。日焼けした肌。真剣な目。二十二歳の、まだ角が取れていない表情。

「先輩」

「ん?」

「クロノスの件、もうちょっと調べました」

三島の声が低い。配信中の明るさが消えて、探索者の顔になっている。

「俺の知り合いにクロノスの下級メンバーがいるんすけど、その人が言うには——クロノスの情報管理部門が、先輩の配信を全アーカイブ録画して、鑑定データを抽出してるらしいっす」

「全アーカイブ——」

「はい。しかも、上の指示だって。鷹取マスター直々の」

ゲートからの冷たい風が吹いた。魔素を含んだ空気が、金属的な味を舌に残す。青い光が三島の顔に影を作っている。

「先輩の鑑定が見せる情報、クロノスにとっちゃ宝の山なんすよ。ダンジョンの構造情報、ボスの弱点、隠し部屋の場所——普通なら何年もかけて探索して得るデータが、先輩の配信を見るだけで手に入る。そりゃ目をつけるっすよ」

配信で情報を公開するということは、味方だけでなく敵にも情報が渡るということだ。営業マン時代にもあった。プレゼン資料が競合に流出して、提案内容を丸パクリされた。情報を開示する以上、それを利用しようとする人間は必ず現れる。

「先輩は配信やめないっすよね」

「やめない。情報は公開する。それが俺のやり方だ」

「なら俺は、先輩のそばで殴る係をやります。情報を出すのは先輩の仕事。その先輩を守るのが——俺の仕事っす」

三島がそう言って、拳を差し出した。

一瞬、間があった。

それから俺も拳を出して、軽くぶつけた。コツン、と小さな音が夜のゲート前に響いた。

「よろしく頼む。パートナー」

「了解っす!」

三島が笑った。夜風に吹かれた前髪の下で、目が光っている。二十二歳の、まだ怖いもの知らずの光。

だがその背後に——クロノスの影が確かに忍び寄っている。鷹取誠一郎。初配信のわずか三日後から、俺をマークしていた男。その影が、視聴者二万人の光の裏側で——静かに動き始めていた。