お前なら分かってくれるだろうと言われたので
作者: 高月水都
本文
「お前なら分かってくれるだろう」
婚約者はそう告げて、大事な仕事をわたくしに託して消えていった。
「また、ですか……」
ナータリー・ベルナイド伯爵令嬢は婚約者の残した書類の山を見て呟く。領地に関係するたくさんの書類。我が家に婿入りする立場なので、それを処理して欲しいのだが、彼は用事があると告げて執務を行わずに出てってしまう。
そっと椅子に腰を下ろして、書類仕事を始めていく。それらを必死に片付けるのは婚約者のためではない。
これらの資金が滞ると生活もままならない事態に陥る領民のためだ。
「また。ですか」
従者の呆れたような声。
「ヨハン」
そっと叱責すると従者のヨハンは黙る。黙っているが、その姿が責められているように思える。
「仕方ありません。 分(・) か(・) っ(・) て(・) しまったので……」
わたくしが告げるとヨハンは溜息を吐いて。
「婚約者のアルデイルさまは今日はキャシーさまと食事に行かれました」
「今日はキャシーさま……先日は……シンシアさまでしたね」
ほぼ日替わりだ。現在何人いるのだろうか。
彼の愛人……いや、恋人は。
『貴族としての嗜みだろう。お前なら分かってくれるだろう』
最初それを咎めたらそう告げられた。
結婚する時には縁を切る。公爵家の自分はそうやって近付く女性を無下に出来ない立場だ。それに口出す方がおかしいと言われてしまった。
それを寛容に理解していていくことが貴族の妻として必要なことだと分かってしまっているので仕事を淡々とこなしていく。ヨハンはそれに呆れつつも、仕事を行うわたくしの手伝いをそっとしてくれていた。
そう分かっているから。
「………お嬢さま。分かっていると思っているようですが、全然分かっていませんよ」
ヨハンの言葉が重くのしかかってきた。
その言葉の意味を理解できたのは。数か月後。
「アルデイルさま。今日は何の日だと思いですか!!」
ドレスに身を包んで用意をしていたのだが、一向に迎えに来ないアルデイルを待てないで一人で夜会に行くとすでにそこにはアルデイルが会場入りをしていた。
「なんの日か。良く知っているよ。王城で行われる夜会にマーシャが参加したいと言っていたからな。せっかくだから連れてきたんだ」
アルデイルは隣にいる女性の腰に手を回して見せつけるように告げる。そして、それに勝ち誇った笑みを浮かべる女性も――。
「 お(・) 前(・) な(・) ら(・) 分(・) か(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) だ(・) ろ(・) う(・) 」
いつもの言葉と共にもう用は済んだとばかりに消えていく二人の影。
『分かっていると思っているようですが、全然分かっていませんよ』
ふと従者の言葉を思い出す。
ああ、そうだ。
「どうやら、わたくし勘違いしていたようね」
呟いて、一人で微笑む。
夜会が終わってから動けるように控室で待っている侍女にそっと伝言を託して――。
その数日後。いつものように書類仕事を進めていき、その近くの机には同じように書類仕事をしている 婚(・) 約(・) 者(・) の(・) 姿(・) 。
そのまま仕事を進めていくと、門の方から騒がしい声が聞こえる。
「騒がしいわね。なんなのかしら」
「聞いてきます」
婚約者は婚約前から動きが機敏だったが、こういう場面でもそれがいかんなく発揮されている。すぐに外にいる侍女たちに尋ねると。
「お嬢さ……」
「あら、もうわたくしお嬢さまではないのではなくて」
揶揄うように伝えると、
「すみません。まだ癖が抜けきっていませんので……。門の外に……」
告げられた名前に呆れつつ、わたくしが出向いた方が早いとすぐにそちらに向かう。
「ナータリー!! どういうことだっ!! 婚約破棄なんてっ!! 公爵家の俺との婚約だぞっ!!」
騒ぐアルデイルさまを一瞥して。
「あら、元婚約者のアルデイルさま」
「元とは何だ!! なんで、いきなりっ!!」
怒鳴るさまに通りかかった人たちが面白げに見ている。
「いきなりではありませんよ。アルデイルさまのお父上である公爵さまには連絡済みですよ」
「だから、なんでっ!!」
と怒鳴っていたら、周りの目が気になったのか声を抑えて、
「と、とにかく話をするから中に入れろ!!」
と無理やり入ろうとするが、
「いえ、無関係の方を入れるのは」
「俺は無関係ではないだろう!! さっさと入れろ!!」
ますます喚いて中に入ろうとするので立ち止まって見る人まで増えてくる。
「第一、浮気をしたから婚約破棄だと!! お前なら 分(・) か(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) て(・) い(・) た(・) だ(・) ろ(・) う(・) !!」
「ええ。 分(・) か(・) っ(・) て(・) ます」
微笑んで。
「アルデイルさまは、 庶(・) 民(・) に(・) な(・) り(・) た(・) い(・) からわたくしの家に婿入りするのに 仕(・) 事(・) を(・) 疎(・) か(・) に(・) し(・) て(・) 、 多(・) く(・) の(・) 女(・) 性(・) を(・) 愛(・) 人(・) と(・) し(・) て(・) を囲うと宣言していたなんて」
「はぁっ⁉ なんでそう……」
「王族主催の夜会に婚約者ではなく、夜会に行きたいと強請った食堂の店員を連れていくという招待状を偽装した時点で、勘違いしていたことに気付きましたから」
そう貴族夫人として許すというのが理解していると思い込んでいた。だけど、王族すらないがしろにする時点で気付いたのだ。
アルデイルさまの分かってほしいという言葉は庶民になりたいことだったのだろう。
だからこそ、分かっているだろうという言葉で勘違いしていたから報告しなかったアルデイルさまの様々なことをしっかり公爵家に報告をしたら。アルデイルさまが有責で婚約を破棄していいと謝罪の言葉とともに告げられた。
領地で仕事をしていた父にも報告済みで、好きにしろと言われたのでさっさと婚約破棄をして、ずっと仕事を補佐してくれていた従者を新たに婚約者にした。
今更新しい婚約者に領地を教えるよりも従者を婚約者にした方が合理的だと判断したのだ。
従者――現婚約者ヨハンは貴族令息だが、下から数えた方が早いからとさっさと家を出て貴族ではなく、貴族に仕える従者として働いていた。
なので、ヨハンの実家に連絡すればすぐに恐縮したようだったが婚約の許しを得た。
「もういいでしょう。ナータリーさま」
「そうね」
合図をすると衛兵が動いてアルデイルさまを拘束する。そのまま詰め所に連れて行くように指示をするとアルデイルさまが必死に叫んでいるのが聞こえる。
それを無視して、公務に戻る。以前に比べて仕事量が減ったのは前の婚約者と違ってしっかり仕事をしてくれる今の婚約者のおかげだろう。
従者として手を貸してくれていたけど、従者と婚約者では仕事量はだいぶ変わる。わたくしが楽になった分ヨハンの負担が多くなったけど、ヨハンは笑いながら、
「大丈夫です。 分(・) か(・) っ(・) て(・) いますから」
と告げてくれた。
そんなヨハンに嬉しく思いつつ、休憩時間にはわたくしが労わりのつもりでお茶でも入れようかと思ったのだった。