作品タイトル不明
後奏8「装いを楽しみましょうね!」
「なー、ヴァイオリア。お前、こんな服いっぱい、要んのかよ」
「要りますわ。……え?要らない物を私が蓄えてると思ってましたの……?」
……ということで、ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
今日はチェスタが諸々の報告に来たのですけれど、丁度、ジョヴァンが私の新しいドレスをいくつか持ってきてくれていたところだったんですのよ。
それで、広げられた沢山のドレスやアクセサリーを見ての、チェスタのコレですわ!
「要るっつったって、体、1つしかねえじゃん?あ、ゴーレム用?」
「……確かに、影武者ゴーレムに私のドレスを着せることが無いとは言いませんけど。でも、体が1つしかなくとも、着替えることって何度でもできますのよ?」
チェスタは、『ふーん』とかなんとか言ってますけど、もしかしてこいつ、着替えってモンを知りませんの……?エッ、じゃあこいつ、ずっと一着の服を着続けてますの……?確かに思い返してみると、大体いっつもおんなじ服着てますわねえ……。嫌なことに気づいちゃいましたわぁ……。
「着替えるとなんか、楽しいモンなのか?」
「ま、着道楽って言葉があるくらいよ。俺はそんなでもないけど、お前だのドランだのに比べりゃ、こだわるほうかもね。それに、我らが女王陛下を着飾らせるのは楽しいモンでしょうよ」
「へー、そんなもんかぁ」
ジョヴァンが『そんな女王陛下にはこちらのネックレスはいかが?』なんてやっているのを、チェスタはなんだかしげしげと、物珍し気に見てますわねえ。
……こいつにとって、宝飾品の類が珍しい、ってことは、無いと思いますわ。だって私達、金目のものを頂戴することはよくありますもの。おほほほ。
つまり、今、チェスタが珍しがっているのは多分、『身につけるものを選ぶ』という行為そのものなのでしょうね。
……そうね。チェスタは表に出さない兵士ですけれど、でも名目上は、『お城の騎士』ですのよ。少なくとも、私の側近であることは間違いなくってよ。
そんな奴が、毎日同じ服を着ているともなれば、私自身の品位を落としかねませんのよ。
ならば、私はチェスタを躾けてやる必要がある、ということですわ!
「ええ。楽しいモンなんですのよ。折角だもの、あなたも少し、着替えてみたらいかが?」
私!チェスタになんとかして、少なくとも何着かは着替えを持たせますわ!やってやりますわ!
百聞は一見に如かず。ということで早速、『着替えるということの楽しさ』を教えてやることにしますわ。
私、早速、チェスタとジョヴァンを衣装室の外に放り出して、1分で着替えて……はい、出ますわ。
「どうかしら。普段の私とは印象が違うんじゃなくって?」
「へえー……赤くねえなあ」
……チェスタの、感想とも言えないような感想には目を瞑るとしますけど……私が今、着ているのは、深い緑のドレスですわ。ジョヴァンが今回持ってきてくれたものですわね。
襟が高くて、スカートのボリュームは控え目。実に大人しいドレス、と言えますわね。女王の恰好としては威厳に欠く、とも言えますけれど……。
「そうね……私、女王として仕事をする時には、赤を身に着けることが多いのですけれど、赤くないドレスも持っておりますの。それは、印象を手っ取り早く変えるためですわね。私を見つけようとする者があれば、真っ先に赤色を探すでしょう?でも、そこで私が緑を身に纏っていたら、一瞬、相手を欺くことができますわ」
「これにベール付きの帽子でも合わせりゃ、ま、女王陛下らしからぬ恰好になれる、ってことだ。ちょいと年上にも見えるかもね。つまり、『華やかなる女王陛下』を探してる奴の目は欺ける、ってワケ」
ついでにジョヴァンが、今回持ってきていたらしい帽子を私の頭に載せましたわ。黒レースのベールが地味さに拍車をかけてますわね。でもこういうクラシカルで慎ましやかな装いっていうのも、悪くなくってよ。
「あー、確かにヴァイオリアっぽくねえもんなあ。お前探してる奴は、手間取るかも」
チェスタは『へー』なんて言いながら頷いてますわね。こいつ、感性がちょっとあんまりにもあんまりなところはありますけれど、でも、時々は鋭いことも言いますし……何より、素直なのは素直なんですのよねえ……。ま、教え甲斐がある、ということにしておきますわ。おほほ。
「ええ。ですから私、あまり目立ちたくない場所ではこういうドレスを着ていますわ。エルゼマリンに出かける時だとか……」
「あー、そういや、お前がアジトに来る時、あんまり赤くねえよなー。ドレスじゃねえ時も多いけど」
「そうですわねえ……。なんだかんだ、甲冑着ちゃうのが一番手っ取り早く安全な変装なんですのよねえ……」
……エルゼマリンの裏通りに女王が居る訳にはいきませんもの。そういうところにお出かけする時には当然、変装する必要がありますわね。
まあ、甲冑は本当に見つかりたくない時だけにしてますけど……多少人目についても問題無いような時には、今みたいなちょいと大人しいドレスで誤魔化してますわ。まあ、こういうのもちょっとした楽しみですわね。
「はい、また着替えましたけど、今度はどうかしら?私がどういう人間に見えるかしら?」
はい。続いてまた着替えて戻ってきましたわ。人参色のデイドレスですわ。……今度は、アクセサリーにもこだわりましたの。
「あー……?」
「……エルゼマリンに、こういうかんじの女の子、結構居たでしょうよ。あ、当然、表通りの方ね」
チェスタが目を凝らして首を傾げてますわ。まあ、難しいでしょうね。薬中が町を観察できていたとは思えませんものね……。
「……あー!学生ってことかぁ!」
でも、ジョヴァンのヒントでようやく正解できましたわね。よかったですわ。チェスタもこれくらいは分かるってことで、本当によかったですわぁ……。
「私、宝石を1つも身に着けていませんわね?金や銀も。でも代わりに、リボンやレースを要所にあしらっておりますの」
「あー……首にリボン巻いてあるなあ」
ええ。リボンとレースをちょっと使ったチョーカーを身に着けていますの。髪にもリボンを飾っていますけれど、宝石も金細工も無しですわ。
「こうしていると、資産の無い家の出の学生、という風に見えますでしょ?」
「あんま気にしたことねえけど、そっかぁ……へー……」
……チェスタにはイマイチ分からないかもしれませんけど、でもまあ、私、この恰好で歩くこともありますのよ。やっぱり、自分の身分をぱっと見で誤解してもらえるっていうのは、それだけでやりやすくなることがありますもの。おほほほ。
「じゃあ次はどうかしら?」
また着替えましたわ。今度は……。
「すっげえキラキラしてるじゃん」
「ええ。ふんだんにアクセサリーを身に着けておりますものね」
……今度は、深紅の薔薇が咲いたようなドレスに、沢山のアクセサリー。小さなダイヤモンドを沢山繋ぎ留めた七連のネックレスには大粒のルビーが輝いていますし、揃いのダイヤモンドとルビーの耳飾りも、髪飾りも……実に華やかですわね。
「いやあ、俺の目に狂いはなかった!これはやっぱり、お嬢さんの為のアクセサリーだ!」
「ええ。気に入りましたわ。全部買うからよろしくね」
ジョヴァンが嬉しそうにしてますけど、私も嬉しくってよ!これ、今回ジョヴァンが持ってきてくれたものの中でもかなりのお気に入りですの!何せ……華やかで、豪華で、今の私に必要なものですもの!
「ねえ、チェスタ。これ、いかがかしら?」
「うん。強そうだよなあ」
「ええ、そうなんですの!」
チェスタの感想に、ちょっぴり嬉しくなりますわね。
そう……この格好、私の臨戦態勢なんですの。
「殴る蹴る以外の戦い……言葉や威厳で戦う時には、こういう恰好をしておくべきですわね。特に私は、年若い女王ですもの。舐めてかかられないように、こうした恰好で印象付ける必要がある時も、ありますのよ」
「へー……あー、確かになあ。舐められねーように、ってのは、なんか聞いたことあるぜ。俺の場合は腕で大体、舐められねえようにできるけどさあ」
チェスタはチェスタで、なんだか自分の経験に照らし合わせて考えてますわね。素直な生徒で大変よろしくってよ。
「なら逆に、相手を油断させたい時にはあなた、長袖を着ればよくってよ。ついでに皮手袋でもしてしまえば、義手は見えませんものね」
チェスタは『ふーん』なんてやってますけど……ちょっとは興味が出てきたかしら?
「そーね。どう、チェスタ。折角だしお前も一式、揃えといたら?」
ここぞ、とばかりにジョヴァンもチェスタにぐいぐいやり始めますわねえ。彼の場合、商魂たくましい、ということでもあるのでしょうけれど。おほほ。
「あー?なんか前、着たのあったじゃん。舞踏会燃やした時の」
「あそこまで畏まった奴じゃなくて、普段着の話だぜ?そのくたびれたシャツよりはもうちょっとマシなの、あってもいいんじゃあないの」
「そうかぁー……?」
まあ、チェスタはめんどくさがってますけど……ここはもう一押し、かしら。
「ねえ、チェスタ。私、装うことが好きよ」
身に着けた豪奢なネックレスを外してジュエリーボックスにしまいながら、私、チェスタに教えてやりますの。
「服って、なりたい自分になるための道具ですもの。『人からどう見られるか』を簡単に変えられるのが、装いですわ。そして同時に、『自分がどうありたいか』を定めるのも、装いですのよ」
くるり、とターンしてドレスの裾を翻してみれば、深紅の絹がふわりと広がって、ああ、なんとも華やかなことですわね。私が『かくあれかし』と思う私自身の姿ですわ。
「自分が常に目指すものを確かめることもできますし、そうして自分を形作っていくこともできますわ。それから、ほんの一時、『なりたかったけれどなれなかった自分』になることだって叶えてくれますの。それが、装うということですわ」
私のドレスの裾を目で追いながら話を聞いていたチェスタは、ふと、ピンときた様子で顔を上げて……。
「……何色着るかで変わる、んだよな?」
……そんなことを言いましたわ。
「そうよ。覚えていましたのねえ」
「まあな。……んだよ、悪いかよ」
「いいえ?ちょっぴり嬉しかっただけですわぁ」
随分前になりますけれど、確かに私、チェスタとそんな話もしましたわねえ。薬中が覚えていた、っていうことにちょいと驚きですけど……ま、嬉しいことですわね。おほほほ。
「なら……折角ですし、これ、あげますわ」
ということで、最初のドレスに合わせようかちょっぴり迷ってやめといた、緑色のリボンを持ってきて、チェスタの髪に結んでやりましたわ。
「あなた、緑色が似合いますのね」
「葉っぱの色だから、ってか?」
「あら、どうかしら」
チェスタはうなじのあたりを触って、蝶結びになってるリボンをぴょこぴょこ触って、『なんか変なかんじだなー』とかなんとかやってますわねえ。でも、ま、中々似合いましてよ。本当に。
「ということで、チェスタ。あなた、何か1着2着くらいは、服を選んでみなさいな。あなた、自分で服を選んだことなんて、ほとんど無いんじゃなくって?」
「あー……適当に、そこらへんにあるの着るばっかりだからなあー……」
チェスタは『めんどくせえ』なんて言ってますけど、ジョヴァンはすっかり商魂たくましく『じゃ、俺が適当に見繕って持ってってやるから選びな』なんてやってますし、これは間違いなく、数着は買うことになるのでしょうね。
……チェスタがどんな服を選んで、どんな装いをするのか。ちょっぴり、楽しみでしてよ。
……と、やっていた一週間後。
「ヴァイオリアー」
「ああ、はいはい。窓から入ってくる時はそこの呼び鈴を……あら?」
執務室の窓から入ってきたチェスタはいつも通りに見えますの。なんですけど……妙にによによと誇らしげな笑みを浮かべつつ入ってくるチェスタを見て、その服装を見て……ピンときましたわ。
「……もしかして、あなた、服、自分で選びましたの?」
「おう!選んだ!」
……繰り返しますけど、チェスタはいつも通りに見えますわ。ちょっとくたびれたシャツとズボンにブーツ、って具合ですわ。それだけですわ。
でも、見たことが無いものですし……何より、チェスタが誇らしげなんですのよねえ。だから分かりましたの。
「俺がなりてえ自分って、考えてみてもコレだったわ」
「そうなんですのね。なら、それはそれでいいんじゃありませんこと?」
「ジョヴァンにはつまんねーって言われたけどな!」
「ああ、彼としてはそうでしょうねえ……」
ジョヴァンが嘆く姿が目に浮かぶようですわあ……。でもまあ、チェスタ自身が、なんとなく嬉しそうですもの。それに……そうね。
「あなた、なりたいものになれてるんですのね」
「ん?うん。多分な」
チェスタが今、楽しいならそれでよくってよ。外から色々言うのは野暮ってもんですわね。まあ、いつかピッチリ盛装させてみても面白いと思いますけど。おほほ。
……だなんて、思っていたら。
「あら。うふふ……」
……ふと、振り返ったチェスタを見て、私、ちょっと笑っちゃいましたわ。
だって、チェスタの髪……いっつもうなじで大雑把に括られているそれに……見覚えのある、緑色のリボンが結んであるんですもの!
「それ、気に入りましたの?」
「ん?まあなー」
チェスタはちょっとるんるんしながら、勝手に私の戸棚を開けて勝手にワインを物色し始めましたけど……ま、今日のところは、チェスタが装うということを学んだ記念に一本、許してやりましょうね!
ということで皆様ごきげんよう!
皆様もどうぞ、装いをお楽しみになって頂戴ね!