軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13話(間奏:クラリノ邸にて)

貴族というものは貴族なのだ。

貴族であるがために生活を保障され、優雅な生を送ることが許されている身分。

貴族が貴族であるということは秩序が保たれた状態であり、貴族が貴族であるということで秩序が保たれる。

……そんな貴族が、『一歩踏み外せば途端に屈辱と死が襲い掛かってくる』などという状況を許していいはずがない。

クリス・ベイ・クラリノは、この半年余り、よくそう考えている。

クラリノ家はオーケスタ王国随一の有力貴族だ。かつて先祖が立てた武勲によって得た身分は、代を重ねて尚堅牢。身分に甘んずることなく結果を出し続けることで、より一層、名家としての身分を確実なものとしてきた。

……であるからして、クラリノ家次期当主たるクリスに掛けられた期待も、それであった。

結果を出し続けること。

クラリノ家が名家たる証明を、し続けること。それがクリスの役割であったのだ。

……それは重圧でもあったが、同時に快くもあった。

幸いにも、能力には不足していなかった。容姿に恵まれ、武術の才にも恵まれ、魔力にも恵まれた。

クリスに敵う者は何所にも居ない。クリスは生まれついての強者として、当たり前に人々の上に君臨する存在であったのだ。

当たり前に様々な事ができたクリスであったが、自分の能力の高さは自覚していた。社交界に出ても貴族の友好試合に出ても、クリスが中心となるのが常だった。そこへ皆が羨望の眼差しを送ってきているのだから、嫌でも自覚させられる。

……そんな優れた能力を持つ自分が、立場を脅かされる日が来るとは思ってもみなかった。

だが、それは着実に迫ってきていたのだ。

『フォルテシアの呪い』。

フルーティエ家を滅ぼし、ホーンボーン家を滅ぼしたその呪いは、次にクラリノ家へ向かってくるだろう。

始めは、フルーティエ家の者達が自滅したのだと思った。

元々、フルーティエ家は財政が傾きかけている家だったのだから、そう思ったのも無理はない。

少々無理のある商売に手を出していたようであったし、ワイナリーがスライムの食害に遭って収入が途絶えた。それでも浪費を止めなかった者が馬車に乗った状態で炎上し、不審死を遂げたとしても、それほど不思議には思わなかった。

……だが、ホーンボーン家の者達が狂ったのを見て、クリスも焦り始めた。

悪魔召喚に手を出した、とされてはいるが、実際のところがどうだったのかは分からない。

それでも、王家のスコーラ王女が悲惨な目に遭った事は事実であるようであったし、ホーンボーン家の次期当主のフォーンが奴隷の身分に落とされたということも事実であろうと思われた。

……そして、気が狂ったホーンボーンの者達は、それぞれに処刑されている。

温情など無く、無残にも火刑に処されたフォーンの末路を知って、実際にフォーンと会って話した間柄であったクリスは背筋が凍るような思いをしたものだ。

……そんな彼らの没落には、フォルテシアの影がちらついている。

1年と少し前、フォルテシア家の娘、ヴァイオリアに王子暗殺未遂の罪を着せたことは記憶に新しい。

強者たるクリスからしてみれば、弱小成り上がり貴族でしかないフォルテシア家に罪を着せて蹴落とすことは、至極当然のことだった。

フォルテシアが滅べばこの国の秩序は保たれる。クリスは自然と納得した。

たかが弱小貴族の分際で、財をため込んでいるのがおかしい。それらは国へ還元されなければならない。その為にフォルテシア家は滅ぼされるべきだった。

……だが、1年と少し前、あの日の玉座の間。

『地獄の底で後悔なさい』と、あの悪魔は言った。

地獄の熾火のような赤い瞳は、まるで呪いの象徴かのようだった。

そして実際に、あの瞳に睨まれた1人1人が、奇妙な不運に見舞われている。あり得ないことに。許され難いことに。

あの赤い瞳は、クリスをも確かに睨んでいた。当時は死にゆく小娘の最後の抵抗だと、憐れにさえ思っていたが……今はあの赤い瞳が、クリスに重圧を与えている。

そう。クリスは失敗できない。

フルーティエ家も、ホーンボーン家も、失敗したところに付け込まれ、没落している。

だからクリスは絶対に失敗できない。

自分の能力をもってして失敗するはずはないと思いつつも、それでもクリスは焦燥に駆られた。

……クリスがもし失敗したなら、きっとそこには悪魔がやってくる。

赤い瞳で嗤いながらクラリノ家もクリスも滅亡へと引きずり落とす、フォルテシアの悪魔が。

……そうしてホーンボーン家の悲劇が時に流されて薄まってきた頃。幸か不幸か、クリスは王家主催の武道大会に招かれた。

クラリノ家、そしてオーケスタ王家の威信をかけた武道大会。当然、クリスに掛かる期待は大きい。

……それでもまだ、クリスは余裕を持っていられたのだ。

今まで負けなしの自分が、こんなところで失敗するわけはない、と。

自分の腕前をもってすれば、武道大会の優勝程度は容易いと思われたのだ。

クリスはそう思っていたし、周囲の者達も、国王さえも、そう信じて疑わない。

……だが。

クリスの前に戻ってきたのは、親戚のリタル・ピア・エスクラン。

彼はたった1年弱で、凄まじい変貌を遂げていた。

戻ってきたリタルと一緒に魔物狩りに出て、すぐに分かった。

リタルと自分がまともに戦ったら、10戦10勝することは叶わないだろう、と。

精々、10戦って7勝てれば御の字。もしかしたら、勝てるのは5か、4か……はたまた、3以下か。

……リタルは無邪気にも、クリスのことを尊敬する本家の長子として憧れの眼差しで見つめていた。『僕も少しはクリス兄様に近づけましたか?』などと、実に恐ろしい事を笑顔で言った。

……クリスはそこでようやく知ったのだ。

自分の強さは、誰かが追いこせる程度のものだったのだ、と。

それから、クリスの疑心暗鬼が始まった。

今まで自分を高く評価していた者達は本当に正しい評価を自分に与えていたのか?

自分の評価の根拠は貴族との交流であったが、その貴族達があまりに低能過ぎただけだったのでは?

リタルを始めとした『何者か』達が、クリスを井の中の蛙と嘲っているのではないか?

……本当に、自分は強いのか?

本当に、自分は勝てるのか?

……そんなクリスの思いを置き去りに、季節は流れ、武道大会が始まった。

そこでピンクスライムの群れが暴れ回っていき……『クリス・ベイ・クラリノが失敗した』などと囁かれるようになった。

指揮を失敗したとは思わない。……否、思いたくない。

自分が失敗したなどと、認めてしまうわけにはいかなかった。自分が失敗したならば、フォルテシアの悪魔がやってくる。

だが、更にクリスを追い詰めるように、武道大会には強者が立ち並んだ。

見た事の無い戦い方をする者達が大勢居た。貴族の中でもそれなりに戦える者達が、有象無象の冒険者達にあっさりと負けていった。

……そしてついに、クリスを驚嘆させたリタルですら、負けた。

魔法に真っ向から突っ込んでいって、強者たるリタルを引きずり下ろす戦士。その姿に、クリスは初めて恐怖した。

自分が勝てない未来が、見えてしまった。

一度見えてしまった未来は、脳裏にこびりついて離れなかった。

国王からも家からも、何よりも自分から期待されておいて優勝を逃すという未来。

それはクリスにとって何よりも耐え難い不名誉である。まさか、そのような不名誉を受け入れるわけにはいかない。

なんとしても、勝たねばならない。なんとしても。どんな手を使っても。

……クリスはそう決意すると、リタルに会いに、部屋を出た。

リタルならば、今日戦った戦士の情報をいくらか持っているだろう。試合の後に会話をしていた様子もあったし、弱味の1つでも零しているかもしれない。

だが、リタルを探しても、屋敷の中にリタルは居なかった。

エスクラン家の屋敷に戻ったのか、と思って召使いに聞いてみるも、何とも使えないことに召使い共もリタルの行き先を詳しくは知らないと言う。

忌々しいことにそれから数人分、召使いに問い質し、ようやくリタルが夜の散歩に出て行った、ということを聞いた。

出て行ったのは少し前だったと聞いて、すぐにクリスも後を追いかけた。リタルの帰りを待っていたら、焦燥と不安に押し潰されそうだった。

そうしてリタルは見つかった。

通りの向こうに、クラリノ家の血筋をよく示した金髪の頭が見えた。

クリスは裏路地を抜けてリタルへ近づこうとし……そこで、はっとして止まった。

……リタルは何者かと話しているらしかった。

声こそ聞こえなかったが、暗がりの中でも姿形はなんとなく分かる。

……そう。顔立ちなどは分からずとも、見えるものはあったのだ。

クリスは浮き立つような心地で屋敷への帰路へついていた。

先程とはうって変わって、クリスは上機嫌だった。

何故なら、自分の勝利への道筋が、垣間見えたのだから。

勝利が手に入るならば、何でも良かった。

たとえそれが、戦士としての勝利でなかったとしても。