作品タイトル不明
019 魅せられた者たち
「これが一ヵ月のポイントです。群を抜いているのは、やはりヴァイス・ファンセント。彼は……異常です」
学園長室、いつもは表情を一切崩さないクロエだが、恐れの表情を浮かべている。
今まで多くの生徒を担当した彼女からみても、圧倒的な才を放っているからだ。
「確かに下級生とは思えないポイントだのう。それに退学者が半数以上も……過去最高じゃな」
「闇と光の創造魔法は学生が到達する限界を既に超えています。剣術においても、あのミルクが指導していただけあって私ですら舌を巻くほどです。それと驚いたことに、リリス、シンティア両名が入学当初からは考えられない速度で成長しています。これは……よくわかりません」
クロエは幼い頃から他者の資質を見極める能力に長けていた。
それは、彼女の生まれの出が関係している。
とある小規模国家で誕生した彼女は、後に宗教と断定される能力至上主義の強制信仰者の中で育った。
他人を蹴落とし、親友でさえも躊躇なく切り捨てる事を団体から学んだクロエは、誰よりも冷徹なまま成熟を迎えた。
だがある日、大規模戦争により国家が壊滅し、全てを失う。
その後、己の能力を生かした経験則から得られる傭兵軍師の仕事で成り上がり、ノブレス学園の教員に任命されるまでになった。
だがそんな彼女ですらも、リリスとシンティアの成長速度は理解が出来ずにいた。
「魅せられたことはないかのう、クロエ」
「……どういう意味でしょうか」
「崇拝、盲信、心酔、狂信、――信頼。まれにいるんじゃよ、圧倒的な才能に引っ張られる者たちが」
「もちろんそれは……わかります。ですが、資質はその人間が持つ全てです。例外はありません。――と、今でも思っていますが……」
「ふむ、そいでアレンはどうじゃ?」
学園長の突然の質問に、クロエは戸惑いを見せる。
平凡、平民のアレン、なぜ退学せずに残れているのかもわからない。
ただ時折見せる力は、クロエも不思議に思っていた。
だが、彼女からすれば興味は一切湧かない程度のものだ。
「最下位とまではいいませんが、特に秀でた所は見られません。希有な才能を持つカルタやシャリーような生徒もいますが、アレンは特殊な魔法もありませんし」
「ふむ……まだまだじゃの。クロエ、魅せられるのは何も近しい存在だけではない。きっとヤツは化けるぞ」
クロエには信じられなかった。アレンが学園長の強い後押しで異例の合格になったことも、彼の指導にあたっていた、普段は人を決して褒めないダリウスが、声高らかに凄くなるぞと言っていたことも。
まだ、この段階では――。
▽
一方、シンティア嬢とリリスは、密かに訓練に励んでいた。
ノブレス学園地下、下級生の高ランク者が使える闘技場施設である。
試験時にも利用されることもあって、簡易的な観客席が設置されているが、今は誰もいない。
中心を囲むように防音、防魔法がかかっているので、誰にも邪魔されずに訓練することが可能。
「 氷槍(アイスランス) !」
シンティアが、対面のリリスに遠慮なく魔法を放った。
透明で視認しづらい鋭い槍、直撃すれば大怪我を負うことは免れない威力。
だがリリスは、あえて真正面から駆ける。
寸前――刹那――氷の切っ先が頬に触れるギリギリで回避し、距離を詰めた。
二人は対照的な攻撃スタイルである。
リリスは 暗殺者(サイレントウィッチ) の異名を持つほど優れているが、得意とするのは近接戦。
対してシンティアは正反対、遠距離からの魔法攻撃が主だ。
彼女の持つ氷は、四大属性の水が進化した希有な魔法である。
幼い頃から自然と習得していた彼女は、生まれながらにして自他共に認める 天才(・・) だった。
それ故に努力をすることもなく、何もかもが退屈だった。
だが、ヴァイスと出会ってから全てが変わった。
現状に満足せず、ただひたすらに高みを目指すその姿に心を打たれたのだ。
「ハァッ!」
リリスは、暗器ナイフをシンティアの頬に全力で突き刺そうとする――だが、シンティアは一歩も動かず 氷壁(アイスシールド) を部分的に展開させた。
しかしリリスもその隙を見逃さない。
左足でシンティアの脇腹を蹴りつけ体勢を崩し、更に追い打ちを仕掛ける。
先手を受けたシンティアは顔を苦痛に歪めるも、悲鳴はあげない。
わずかに吐息を漏らしながら無詠唱で氷を錬成し、地面から出現させた氷の刃でリリスの右肩を突き破る――。
訓練というにはあまりにも危険な行為。
だがこのぐらいじゃないと無意味だとわかっていた。
ヴァイスに――追いつくためには。
「はあっはあっ、やりますわねリリス」
「……はあっ、シンティア令嬢こそ」
それからも二人は、命を懸けた訓練を続けた。
「リリス、あなたはどうしてそこまで頑張るの?」
長い戦闘訓練が終わり、お互いの身体を回復魔法で癒している最中に、シンティアが訊ねた。
ヴァイスの為、だということは前提だが、それにしても理解が出来なかった。
シンティアは婚約者という肩書があるものの、破棄されてしまえば終わり。
だがリリスは、メイドとして傍に居続けることができる。
「……努力を続け、信念を持っているヴァイス様を見ていると、このままじゃいけないと思ったんです。初めはただ傍にいたいだけでした。それだけで幸せでした。でも、今は違います。ヴァイス様に危険が及んだ時、私は頼られる存在でありたい。だから、強くなりたいんです」
「そう……立派ね。ただ間違ってるのは、今でも強いわよ? 私なんかよりもね」
「そんなことないですよ。シンティア様の魔法は……凄いです。私なんかよりも、全然……」
シンティアは、静かに首を振る。
「ただ運が良かっただけ。私は自分の才能なんていう偽りのものに自信を持ちすぎていた。今はただ……感謝してる。ヴァイスのおかげで、どう能力を生かせばいいのかもわかった。私も、彼の傍で、彼が見る景色を見たい。添え物じゃなくて、誇れる存在として」
「ふふふ、シンティア令嬢、私たちも頑張りましょうね。いつかヴァイス様に、「助けてくれないか?」って言わせましょう!」
「リリス、それいいわね。じゃあ、身体が癒えたらもうひと勝負しましょ。次のタッグ戦、一位を目指すわよ」
「はい! 頑張りましょう!」
ヴァイス・ファンセント、たった一人の存在が、世界を大きく改変している――。