作品タイトル不明
146 ヴァイス・ファンセント
「ひゃあああ……ああんっ!!!」
きっかけは、既視感だった。
俺はクソ魔王に殺された。だが気づけば目の前に女性がしゃがみ込んでいた。
いや、正しくは あられもない姿(・・・・・・・) で縄に縛られている。(・・・・・・・・・)
「ヴァイス様、……どうされましたか?」
前を向いたまま横顔だけ振り返った女性が、心配そうに俺に声をかけた。
瞳が輝いて、金色の髪はふわふわで靡いている。どこかで見たことが……。
いや、リリスだ。メイドの、リリス・スカーレットだ。
「お前、なにしてんだ?」
「何が……でしょうか?」
周囲を見渡すと、そこは前に俺が住んでいた屋敷だとわかった。
なぜだ。既に取り壊されたはずだ。
それよりもこの手、この姿、なんで俺は 生きてるんだ(・・・・・・) 。
復活した? 魔王の魔法か?
いや、だったらリリスがいるのはおかしい。
待てよ。
「リリス、服を着ろ」
「は、はい」
「……ゼビスはいるか?」
「は、はい。食事の用意をしていると思わ――」
「ククック、ハッハッハッ」
「ヴぁ、ヴァイス様?」
それから俺は、確かにゼビスと対面した。
それは、 以前(・・) と同じ風貌だった。
俺を裏切りやがったクソ野郎。だが、 今(・) じゃない。
「ヴァイス坊ちゃま……今日の味付けは特別にお気に召したのでしょうか?」
「あ?」
気づけば、俺は食事を平らげていた。
久しぶりに食べたが、悪かねぇ。
「まあな」
「さようでございますか。恐縮です」
「ゼビス、父は?」
「お仕事でございます。何か御用でしょうか?」
「いや、ならいい」
「それより頼みたいことがある」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
「転送、転移、時間魔法について書かれている 魔法書(・・・) を集めろ。どれだけ金がかかってもいい」
「――畏まりました。すぐに手配します」
よくわからねえ、わからねえが、ハッ最高だ。
間違いない。俺は――人生の二度目を味わっている。
◇
翌日、窓の木漏れ日で目を覚ます。
一度死ねば、こんな些細な事にも感謝したくなるとはな。
あのクソ魔王が。
……待てよ。ということは、また俺は同じく殺されるってのか?
あのクソアレンにも舐められるのか。
……気に食わねェ。
その日から俺は、魔術の本を読み漁った。
「ヴァイス様、夜遅くまで大変ですね」
「……ああ」
リリスは変わらない。
風貌も声もだ。
幻術、幻覚の可能性も考えたが、どう考えても変だ。
俺が一度体験した出来事が、まったく同じなのは考えづらい。
そのとき、一つだけ小さく書かれた文献を見つけた。
「…… 時間周遊(タイムループ) だと」
それは、数秒間だけ時間を巻き戻すことができたという、眉唾物の魔法だった。
信憑性はないし、そんなものが存在していることは考えづらい。
だがもしそれが存在し、俺の身に降りかかっていると仮定すれば、この現象に説明がつく。
しかしそれは、やはり俺が魔王に殺されることを意味している。
――負けっぱなしは、性に合わねえなあ。
今まで努力なんてしたことはない。
だが、俺を殺した恨みは許さねェ。
その日から俺は努力ってヤツを始めた。
よくわからねえが、ゼビスに頼んで剣を振り、魔法も覚えた。
難しかったが、面白くもあった。
舞踏会でシンティアにあった。相変わらず綺麗だったが、クソみたいな暴言を吐かれた。
ま、二度と会うことはないだろう。
ノブレスへの入学テストが無事終わった。
結局、アレンのクソ野郎に勝つことはできなかった。
だがこれからだ。本当の戦いは。
やはりポイント制度だ。同じだ。
クソ、周りはどんどん強くなりやがる。
何が足りねえんだ?
「や、やめてよ」
「カルタ、あんた邪魔なのよ」
以前と同じく、カルタが退学になった。
どんどん周りが強くなりやがる。
シャリーが演習で死んだ。うるせえ野郎だったが、強い意思は持っていた。
ま、仕方ない。
シンティアとアレンは相変わらず仲がいいみたいだ。
……気に食わねえ。
「よおヴァイス、元気か!?」
「触んな筋肉」
だがその中でもデュークの野郎はそこまで嫌いじゃない。
なれなれしいが、前と同じで明るい奴だ。
ま、ウザイヤツには変わりないが。
――勝てない、勝てない。
なぜ勝てない。
俺も努力してるはずなのに。
クソが……なんなんだよ。
何とか中級生に上がれたが、既に俺は落ちこぼれだった。
変わらない。どんどん強くなりやがる。
今日、悪事を働いた。
ポイントが増えた。仕方ねェ、こういうことも必要だ。
エレノアとシエラを見ていると無性に腹が立つ。
才能があるくせに怠惰で、何もしない。
――デュークが死んだ。
前と同じだ。下らねえ。仲間を守って死ぬなんて、お前らしいがな。
――オリンが死んだ。
お前も同じだ。仲間の盾になることにの何の意味がある?
――トゥーラが死んだ。
はっ、アレンのことが、そんなに好きなのか。
――セシルが死んだ。
全員を守るなんて、ただの夢なんだよ。
厄災もまったく同じだった。だが俺は何もできなかった。
同級生が死んでいくのを、ただ眺めていた。
けど、俺に何ができた?
何が。
「ヴァイス、やれる。僕たちなら!」
そういって、アレンはシンティアと共にまっすぐ前を見つめていた。
クソ努力野郎。
S級冒険者、ミルク・アビタスも必死に戦ってたが、お前みたいな才能があるヤツに俺の気持ちはわからねえ。
結局、俺は一人だった。少しだけ変わったことは、ゼビスに裏切られなかったことくらいか。
ま、屋敷から出ていったけどな。
けど……。
「ヴァイス様、お元気にしてましたか? 少しやつれましたか?」
「……変わんねえよ」
リリスは、少しだけ優しかった。
前よりも優しかった。
クソ。
――リリスが死んだ。
俺を助けようと、魔族と戦った。
なんだこれは、前はこんなんじゃなかっただろ? 前のが、もっと幸せだったんじゃねえのか。
クソが、クソがクソが。
「軽くなってよかったじゃないか。―― ヴァイス(・・・) 」
そして俺は、 魔王(クソ) 野郎の魔法で殺された。
もっとうまく――できたはずなのに――。
――――
――
―
「ヴァイス様、……どうされましたか?」
「お前、リリスか?」
「はい」
……訳が分からなかった。
三周目、俺はそうノートに記載した。
その後のことは、全部同じだった。
だが入学テストでアレンに勝つことができた。
少しだけ成長した。
何人か生きのびたが、死んだやつもいる。
俺も死んだ。
アレンが、どうなったのか、俺にはわからねェ。
――四周目。
アレンはいつも通りバカ真っ直ぐ野郎だ。
だが結局俺は死んだ。
セシルとは少し仲良くなれたかもな。
あいつ、バトル・ユニバース強すぎんだろうが。
五周目、六周目、七周目、八周目。
あのクソ野郎、魔王に勝てない。
どれだけ頑張っても、同じだ。
全て、同じだ。
――けど、俺には時間がある。
訳が分からねえ。けど、何回でも挑んでやる。
九周目。
「ねえヴァイスくん、あの日、どうして私を助けてくれたの」
「何でもねえよ。虐められてる弱虫を見るのが嫌だっただけだ」
「そう……ありがとう。最後にこんな綺麗な空見れて良かった。飛行魔法、すごくうまくなったね」
「カルタ、 次(・) はもっとうまくやる。だから……ゆっくり眠れ」
「……ふふふ、ヴァイスくんは、いつも、変なこと……いうよね……」
魔王が放った魔法を、俺の代わりに受けたカルタは、徐々に身体が石化していった。
俺は、カルタに空を飛ぶ楽しさを教えてもらった。お前は……いい奴だった。
ありがとな。
十周目。
ふたたびカルタを仲間にした。成績が上位になった。アレンと仲良くなった。
だが、ダメだった。何が足りない? 何が――。
四十五周目。
「おいエヴァ、手を貸せ」
「随分と強気な言い草ね。後輩くん」
「お前がいりゃ勝てる。それに、面白い事だ」
「ふうん、おもしろいことならいいけど?」
シャリーを助ければシンティアが死ぬ。
セシルの代わりにデュークが死ぬ。オリンが死ぬ。カルタが死ぬ。
エレノアが死ぬ。シエラが死ぬ。トゥーラが行方不明になる。
クソクソクソクソクソクソ。
なんでだよ。
なんで、俺はうまくできねえんだ。
死ぬな。死ぬな。死ぬな。死ぬな。
頼むから……死なないでくれ。
百二十五周目。
「ヴァイス! 前ですぎよ!」
「黙ってろシエラ。おいエレノア、姉の手綱をちゃんと握っとけ」
「次、お姉ちゃんの悪口いったら――殺すよ」
「落ち着いて。僕が前に出る。みんな、任せてくれ」
「アレン、無理するなよ」
「ああ、大丈夫だ」
今までで一番良かった。
あの野郎に一歩届きかけた。
だが、ダメだった。
シエラも助けられなかった。
俺は、ふがいねえ。
――千二百四十五周目。
「……リリス、俺と一緒に南の海にいかないか」
「構いませんよ。ヴァイス様とのならどこへでも」
何をしても無駄だった。
結局、俺には才能がない。
一年ほど過ごした穏やかな街で、リリスは魔族の手から子供を助けて死んだ。
「ヴァイス様……ごめんなさい」
「違う。お前は悪くない。俺が、俺が全部悪いんだ……」
たとえ場所が変わっても、結果は変わらない。
何も変えられない。最後は同じだ。
俺の生きる意味はない。
俺じゃ無理だ。
……俺は。
だれか、誰か別の奴なら。
できたんじゃないのか。
誰だ。
誰ならあのクソ野郎をぶっ倒すことができる。
……クソ。
――そして俺は、俺を捨てる決意をした。
それからただひたすらに、魔法の研鑽に費やした。
三百年以上かけて、俺は積み上げた。
「――異世界転生魔法」
俺はそう名付けた。
他人の魂を、俺の身体に定着させる魔法だ。
だがこれにはデメリットがある。
俺の意識が、完全に消滅する可能性がある。
この魔法は、おそらくたった一度きりだ。
理由のわからない 周回(ループ) も消えるだろう。
だが死ぬほどの魔法を込めた。このクソみたいな物語を終わらせることができる野郎が来てくれるはずだ。
お前しかない。
あいつらを、俺の仲間を……助けてやってくれ。
俺はもう十分に生きた。
そして俺は、魔法を詠唱した。
ふたたび、俺は死んだ。
◇
「ひゃあああ……ああんっ!!!」
俺は目を覚ました。
だがまったく同じ光景だった。
魔法は失敗した。できなかった。
しかしなぜ俺は声が出せなかった。
突然、 別(・) の奴が、声を出した。
「どどどどど、どういう……こと……」
……なんだこいつ?
どうやら魔法は成功していたらしい。
だがそいつは、随分と情けない奴だった。
たった一度きりのチャンスが、費えたかに思えた。
だがそいつは、いきなり回復魔法を詠唱した。
次にミルク・アビタスを師匠に迎えて、努力を始めた。
はっ、なんだそりゃ。
お前、どうやってんだ?
実戦テストで、三人の賞金首を叩き潰した。
意外にも肝が据わってやがる。
はっ、いいじゃねえか。
そしてこいつは、あのシンティアを惚れさせた。
さらには俺が習得できなかった光と闇の魔法を編み出した。
「ええと、闇と光は――」
どうやら俺の意識には気づいていないらしい。
たまに声をかけてくるが、俺が口を出すことにメリットはない。
どうせ、俺には無理だった。
「カルタ、お前なら俺をうまく使えるはずだ」
そしてカルタを引き入れた。俺とやり方は似ているが、ま、お前のが随分と優しいな。
エヴァが学園に残った。
そしてあのセシルが仲間になった。
――おもしれぇ。
俺はできなかった。俺は勝てなかった。
だから最後まで見届けさせてくれ。
意識が消えるときがある。記憶がおぼろげだ。
いつか俺は完全に消滅するだろう。
だがシャリーが生き延び、オリンをも助けた。
最高じゃねえか。
はっ、おもしろい。
なんだお前、なんでそんな未来を知ってんだ?
大満月の日、俺が守れなかった姫を、こいつは守ろうと奮闘してやがった。
だが――。
「残念、死んでもらえるかしら。ソフィアちゃん」
随分とマズイ状況だ。
こんなの見たことがない。
確かに、 今(・) のお前じゃきついかもな。
――ったく。
手を貸すのはこれっきりだ。
どうせ、俺が出たところで意味がねえ。
その代わり、あの 魔王野郎(クソ) 絶対に倒せよ。
――先にソフィアを眠らせとくか。
「ねえ、ヴァイスどういう――」
「静かにしとけ。おてんば娘」
「――君は……誰だ?」
アレンの野郎が、俺に気づきやがった。
前しか見てねえ、猪突猛進野郎。
そういうところが、お前らしいよなァ。
そういえば、ノブレス・オブリージュってなんだ?
あー。ま、いいか。記憶が、どうせもたねえ。
「俺か? 俺は、 ヴァイス(・・・・) ・ ファンセント(・・・・・・) に決まってんだろうが」
アレンは呆けていた。ハッ、お前は何週目でもおもしれえ。
「残り時間、俺が奴らの相手をする。お前はその女を見てろ」
「……死ぬなよ、ヴァイス」
「ハッ、今さらそんなことにビビるかよ」
これっぽっちも怖くねえよ。自分の死はな。