軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3

促されるままに別の部屋に移動すると、俺のすぐ後にテネブラエ公爵もやってきた。

誰も、挨拶のようなものすら口にしなかった。

背後に控える侍従や近衛達も、普段ならばあり得ないほど息を潜めていた。華やかな王宮の一室であるというのに、室内はまるで処刑場の控え室のようだった。

テネブラエ公爵は、俺の方を見なかった。

いや、誰の方も見ていないように思えた。整えられた髪も、家格に相応しく整えられた服装もいつものままだ。だが、その顔には、数日のうちに十年分老いたような疲弊が刻まれていた。

愛する夫人を喪ったばかりだ、当然だろう。

いや、愛娘の体にその犯人がいるかもしれないと知らされた心労の方が大きいだろうか。俺には測れない。

ユーリスは、テネブラエ公爵の隣に着座している。顔色は悪い。ユリアと同じ色をしている目は昏く、絨毯の上に視線を落としていた。

先ほど俺が自分の悲劇に酔って吐いたのを叱咤した姿はない。それが、余計に俺の胸を締め付けた。

「ボヌフォワ公爵ご夫妻も間もなく到着するとのことです」

部屋に入って来た使用人から何事か伝えられた侍従が低い声でそう告げる。その言葉に、室内の空気がわずかに動いた。

ボヌフォワ公爵夫妻――マリアンヌの両親。

彼らは、自分達の娘が何をしたのかをこれから知らされるのだ。

いや、違う。まだ断定は出来ない。そう思いたかった。

だが、ここまでに集められた証言、アシュベル叔父上の推理、ケリーという使用人の証言、そして何より――俺自身が今になって思い返してしまった数々の違和感がそうはさせてくれない。

それらは全て、同じ場所を指していた。

俺が愛していると思っていたユリアは、ユリアではなかった。

俺が見ようとしなかった相手の中に、本物のユリアがいた。喉の奥が焼けるように痛んだような気がした。

やがて、ボヌフォワ公爵夫妻を待つ間に、重々しい足音とともに父上が入室した。頭も体も泥のように重いが、部屋にいた全員が姿勢を正す。こんなときでも、こんな時でも、王族として体に刻み込まれた作法は勝手に俺を動かす。

現れた父上からは、いつものように威厳に満ちた圧を感じなかった。王冠を戴いていなくとも王であると分かる人だ。だが今は、王である以前に、この事態を前にして疲れ果てた一人の人間に見えた。父上にとっても、この異常事態は堪えるのだろう。

久々に父上も人なのだなと思い返すと共に、その姿に疑問を感じた。父上の隣に、王妃……母上の姿がない。

「王妃殿下は」

自分でも、冷えた声だったと思う。

父上は一度だけ俺を見て、深く息を吐いた。

「王妃にはまだ知らせていない」

「……何故です」

「衝撃が大きすぎる。あれは、こういった話を聞いて平静でいられる性質ではない」

言葉は穏やかだった。だが、その瞬間、俺の中で目の前が白くなるような熱がカッと沸き上がった。

あれ。

父上は今、一国の王妃をそう呼んだ。王妃としてではなく、守られるべき、悪い報せを伝えない方が良い、脆い存在として。

それを、俺は許せなかった。

――その頼りない女を王妃に据えたのは、誰だ。

胸の底から、どろりとした怒りが湧き上がった。

国の頂点に立つ男の隣にいる女が、国の根幹を揺るがす話から遠ざけられる。ショックが大きいから。耐えられないから。取り乱すだろうから。

そんな女を、王妃にしたのは誰だ。

そんな母を持つ王太子として、俺はどれだけのものを背負わされてきた。過去の苦労がいくつも思い返される。

そのせいで俺の婚姻にも、後継にも、ユリアの人生にも、その影は落ちたのではないのか。子を一人しか産めなかった王妃の他に側室を迎えようとせず、唯一の跡取りになってしまった俺はたった一人の愛する女性以外との子作りを要求される。

父上が王妃を大切にしていたのは知っている。

だが、その大切にする形が、いつも誰かへの負担になってきたのではないか。俺にユリア以外の女と子を成せと国が望むなら、なぜ父上がそれをやらなかったのか。

言ってはいけない。

今、俺が怒るべき相手は父上ではない。

そう分かっているのに、怒りは消えなかった。

俺は拳を握り締めた。爪が掌に食い込む痛みだけが、わずかに理性を繋ぎ止めてくれた。

「……父上、では王妃殿下には、全てが確定してからお伝えになるのですね」

「ああ」

「承知しました」

それ以上は言わなかった。

言えば、王太子としてではなく、ただの息子として父を責めてしまいそうだった。

父上も俺の怒りを察したのだろう。

けれど何も言わず、部屋の中央に置かれた長卓の上座に腰を下ろした。

アシュベル叔父上が静かに口を開く。

「陛下。ボヌフォワ公爵ご夫妻、ならびにマリアンヌ嬢が到着次第、まずは現在分かっている事実と推測を整理してお伝えします」

「分かった。……だが、推測だけで人を裁くことは出来ぬ」

「承知しております。ですから、今から来る彼女の証言が必要です」

彼女。マリアンヌの体に入った、本物のユリアの事だ。

そう思った瞬間、胸がまた締め付けられた。

俺は彼女を、見ていたはずなのだ。

何度も。

学園で、あの姿の彼女に向けて怒りをぶつけた。罵倒した。拒絶した。ユリアに危害を加えた女だと信じて疑わなかった。

でも今思うと、様子がいつもと違ったではないか。普段は俺を粘着質に見ていた目は、怯えたように揺れていた。開けばユリアの悪口を喋っていた唇は何かを言いたそうにして、それでも言葉を失って俯いていた。あの女の演技だと決めつけてまともに取り合わなかった自分を殴りたい。

今思えば、違和感はあった。

あったのだ。

だが俺は、ユリアの姿をしたマリアンヌが俺に甘えてくることに、愚かにも満たされていた。その喜びが違和感に蓋をしてしまっていた。こうなって指摘されて初めて認識するなんて。

病弱だったユリアが、自分を求めるようになったのだと。やっと俺を愛してくれるようになったのだと。そう思い込んで、疑うことをしなかった。

「レオンハルト」

低く、ユーリスが俺の名を呼んで俺は顔を上げた。ユリアと同じ色の瞳が俺をまっすぐ見つめる。

「……今はまだ、嘆く時ではないよ」

責める言葉ではなかった。励ます言葉でもない。ただ、今この場で俺がすべきことを突きつける声だった。

「ああ」

それだけ返すのが精一杯だったが、何とか振り絞った。

……声は震えていなかっただろうか。みっともなくもそんな事を心配していると、扉の外で足音が近付いてきた。複数の人間の足音と、囁き声で連絡を交わす侍従の声。

室内にいた全員がそちらを見た瞬間、扉前にいた使用人がタイミングを計ったように扉を開いた。

現れたボヌフォワ公爵夫妻は、二人共戸惑った顔をしていた。当然だ、まだテネブラエ公爵夫人が亡くなった事も――それによって発覚したこの一連の出来事は伝えられていないのだから。恐らく火急の用件で、と詳細を知らされずに登城を命じられて困惑しているのだろう。

そして、その後ろ。

マリアンヌ・ヘクト・ボヌフォワの姿をした少女が、静かに部屋へ入ってくる。

その瞬間、俺の呼吸が止まった。

金の髪。かつて俺が、忌々しい女だとしか見ていなかった顔は大きな目の美しい少女の姿になっている。以前よりずっと痩せ、身の内側から整え直されたような真っすぐ伸びた背筋。

だが、俺が見たのはその容姿ではなかった。

目だ。

説明のしようがない。もちろん見た目はマリアンヌのものだ。けれどその目は、確かにユリアのものだった。

ああ。

どうして、分からなかった。こうして見れば、ユリアではないか。

姿が違う。声も違う。髪も、体も、何もかも違う。それなのに、その目はユリアだった。

俺がずっと見ていたはずの、優しくて、ほんの少し臆病で、でも人を常に気遣おうとする、あのユリアの目だった。

「……ユリア」

気付けば、声が漏れていた。違う名前で娘を呼んだ俺を見てボヌフォワ公爵夫妻が怪訝そうな表情を浮かべる。

だが、俺にはもう、それを気にする余裕などなかった。

俺は椅子から立ち上がった。

誰かが制止する声を上げたかもしれない。だが耳に入らなかった。

マリアンヌの姿をしたユリアは、俺を見上げて一瞬何かを言おうとした。だがその唇は震えるばかりで、すぐには声にならない。

気が付くと俺は、その体を抱きしめていた。

貴族の礼節も、婚前の触れ合いを律する気持ちも、今この場にいる者達の視線も、全て頭から抜け落ちていた。

ただ、本物が目の前にいるのだと、それしか分からなかった。

「ユリア……ユリア、すまない……!」

声が震えた。誰かに絞められたように喉が詰まり、胸が痛くて……押し寄せる感情は上手く言葉に出来ない。

「俺は……俺は、君を……」

何を言えばよかったのか分からなかった。

守れなかった。信じられなかった。見抜けなかった。傷付けた。どれも本当で、しかしどれも到底足りない。

腕の中の彼女は、最初、ひどく戸惑っていた。

それはそうだろう。俺はかつて、この体をした彼女に怒りを向けたのだ。憎しみを向けた。ユリアを害する者として遠ざけた。

今さら抱きしめて、ユリアと呼ぶなど、どれほど身勝手なのか。

それでも彼女の体から、しばらくしてからわずかに力が抜けたのが分かった。

「……レオン様」

その呼び方に、俺はまた胸を抉られた。

ユリアだ。本当に、ユリアだ。

「殿下……?」

ボヌフォワ公爵夫人の困惑した声が聞こえた。

「これは、一体……どういうことでございますか。何故、殿下が娘をユリア様と……」

俺は答えられなかった。

腕が、彼女を離さなかった。それに、今何かを喋ろうとしてきちんと説明が出来る気がしない。それに、少しでも動いたら涙がこぼれてしまいそうだった。けれど、この場で俺が取り乱していては、彼女の立場をさらに悪くするだけだ。

何とかこの衝動を抑え込もうとしていると、アシュベル叔父上が俺の代わりに一歩前へ出た。

「ボヌフォワ公爵、公爵夫人。落ち着いて聞いてください」

叔父上の声は静かだった。

だが、その静けさの奥に、王族としての重みがあった。

「今、殿下が抱きしめている彼女――マリアンヌ嬢の体の中には、ユリア君の魂が入っている可能性が極めて高いのです」

「え……?」

そのあまりにも衝撃的で、とっ拍子もない内容に室内の空気が凍った。

ボヌフォワ公爵夫人の唇が震える。公爵は一瞬、言葉を理解できなかったように瞬きをした。

「……何を、仰っているのですか」

それは、ボヌフォワ公爵の声だった。

怒りではない。困惑と恐怖の混じった声だった。

「……何故、それを……ご存じなのですか」

ユリアもまた、俺の腕の中で大きく目を見開いていた。しかし、震える声で口にしたのは肯定する言葉だった。

その言葉で、推測は確信へ変わった。アシュベル叔父上が、静かに息を吐く。

「やはり、そうだったんだね、ユリア君」

「は、はい……私はユリアで……あっ……」

俺は腕の中の彼女を見下ろした。ユリアは返事をした後、何故か、自分でも言葉が出たことに驚いたような仕草を見せたのだ。

「どうして……」

彼女は喉元に手を当てる。

「言える……? 何故……今まで、言おうとすると、喉が……」

「口封じされていたのか。闇魔術か?」

アシュベル叔父上が呟くと、ユリアは小さく頷いた。

「多分そうだと思います。マリアンヌである私がユリアを切りつけたとされる傷害事件の時です……あの時本当は、怪我をさせられたのは私で、その時この事を喋れなくなるような魔術をかけられました」

「何ですって?!」

ボヌフォア公爵夫人は声を上げた。恐らく、マリアンヌがまたユリアに加害したと思って酷く叱ったのだろう。中身がユリアで、彼女の方が被害者だったなんて知らずに。

いや、俺もそうだ。本当のユリアがマリアンヌの中に入っているなんて思わず、酷い言葉を向けてしまった。

「今までずっと入れ替わりのことを話そうとすると、声が出なくなってしまっていたのです……何度も誰かに言おうとしたのですが、喉が締め付けられるようで……書いて伝える事も出来ませんでした」

「それでもどうして、助けを求めてくれなかったんだ」

気付けば、俺はそんなことを言っていた。

口にしてすぐ、自分の愚かさに気付いた。ユリアの顔が、痛ましげに歪んでいる。

「レオンハルト」

その俺の愚かさを叱咤するように、ユーリスの声が鋭く飛んできて俺は唇を噛んだ。

助けを求められなかったのだ。

そのための呪いだった。

それを、今さら俺が問い詰めるなど。

それに、助けを求められたとして……あの時の俺がマリアンヌだと思ってる人物の言う事をまともに取り合ったか? 中身が誰かなんて気付かないまま、自分に甘えるユリアを可愛いと思っていたのは誰だ。

「すまない……違う、責めたかった訳では……」

「ええ……分かっています」

ユリアはそう言った。だが、その優しさが余計につらかった。

アシュベル叔父上が、話を戻すように状況を整理して説明した。

「おそらく、その黒魔術は既に効力を失っている。黒魔術というものは、効果が強い分、制約も強い。今回は黒魔術で封じていたその秘密が第三者に正しく看破されたため、術式の前提がほころんでユリア君にかけられていた術が解けたのでしょう」

「ほころび……」

「ああ。一箇所でも破れれば、強固な魔術ほど一気にほどける。……おそらく、テネブラエ夫人が、ユリア君ではない者がユリア君の体に入っていると見抜いた。その時点で、黒魔術が封じていた秘密は秘密でなくなったからだ」

ユリアの瞳が大きく揺れた。

「お母様が……」

母親が、魂が別人と入れ替わってしまった我が子に気付いた。きっと、それだけを聞けば感動的な話だろう。

ユリアが自分の母親へ向けた愛情を込めた声に、部屋の中の空気が痛ましいものに変わった。

彼女は、まだ知らない。

テネブラエ夫人が、もうこの世にいないことを。

ユーリスが目を閉じてつらそうに天井を仰ぐ。テネブラエ公爵の肩が、初めて震えた。

だが、今はまず彼女の証言が必要だった。

この先にある言葉は、彼女を傷付けるかもしれない。そう分かっていても、真実を避けることはできない。

アシュベル叔父上は静かに椅子を勧めた。

「ユリア君。つらいでしょうが、まずは話せる範囲で教えて欲しい。口封じの呪いをかけられた時のこと。そして、君が見つけたという痕跡について」

ユリアは、俺の腕からそっと離れた。

その動きに、俺は胸の奥に空白が出来たような気がした。だが、もう彼女を自分の感情だけで縛ってはいけない。

彼女は椅子に腰掛け、両手を膝の上で握り締めた。

「……入れ替わった直後は、偶然だと思っていました。ベッドの天蓋にかけられていた紐で、この体は首を吊っていました。けれど天蓋の枠が折れて、私は床に落ちて何とか命が助かりました。だから私はマリアンヌ様が、その……命を絶とうとされて、不思議な事が起きて何故か私と入れ替わってしまったのだと思っていたのです。その時部屋には遺書もあったので……入れ替わりの事は伝えようとしましたが、マリアンヌ様がついている嘘と思われて、信じてはいただけませんでした」

ボヌフォワ公爵夫人が、小さく息を呑む。

「けれど、学園で私の体に入ったマリアンヌ様と二人きりになった時……それは、彼女が行ったことだと本人から聞かされました。そして私を刃物で切り付け、オブムテスキテ ウェルバ……と聞きなれない呪文を唱えて、その血を付けた魔法陣が黒い炎で燃え上がって……それからは、入れ替わりについて話そうとすると声が出なくなりました。この事件も、私が切りかかった事になっていましたが」

「血を使った呪いだな……古い言葉を使うものか。強力な黒魔術だ」

アシュベル叔父上の表情が険しくなる。

「あと、マリアンヌ様の部屋で……絨毯の下に、魔法陣を見つけました。血のようなもので描かれていて……私が目覚めた場所、ちょうど、折れた天蓋の枠の真下です。あれはおそらく、私とマリアンヌ様が入れ替わるために使われたものだと思います」

「おそらく、それが魂を入れ替える禁術の一部だな」

アシュベル叔父上の言葉に、ボヌフォワ公爵が顔を真っ白にした。

「……そんなものが、娘の部屋に」

ボヌフォワ公爵夫人は力を失い、背もたれに崩れるように身を預ける。

「では……あの子がまともになったのでは、なかったのね」

声は、ほとんど泣き声だった。

「私達が見ていたあの子は……心を入れ替えて素晴らしい令嬢になってくれたと思っていたのはマリアンヌではなく……」

彼女は両手で顔を覆い、震えた。ユリアは、何か言おうとして口を開きかけた。

だが、その時ふと、周囲を見回した。

「皆様が、ここに集まっていらっしゃるのは……私とマリアンヌ様の魂が入れ替わっていると気付かれたからですか?」

問いは、あまりにも無垢だった。

知らないのだ。彼女はまだ、母の死を知らない。

余りの痛ましさに俺が視線を逸らしそうになった時、ユーリスがゆっくりとユリアの前へ歩み出た。

その顔は、兄の顔だった。周りが何も言えなくなるほど、苦しみを押し殺した顔だった。

「ユリア」

ユリアの瞳が、揺れた。

「お兄様……?」

「落ち着いて聞いてほしい」

その言葉だけで、ユリアは何かを察したようだった。とても悪い報せを。

けれど、察することと、受け入れることは違う。

ユーリスは一度だけ息を吸った。

「母上が、亡くなったんだ」

時間が止まったようだった。自分の呼吸音すら酷くうるさく響いている気がした。

しばらくユリアは、何も言わなかった。ただ、瞳だけが大きく見開かれる。

「……え」

「殺されたんだ……調査の結果、犯人は……ユリアの体に入っていたマリアンヌである可能性が高い」

ユリアの顔から、色が消えた。

「うそ……」

唇が震える。

「お母様が……?」

次の瞬間、彼女の体が崩れ落ちた。ユーリスが、それを抱き着くように受け止める。

マリアンヌの体をした妹を、まるで壊れ物を抱くように抱き締めていた。

「お母様……いや……いやよ……」

その声は、聞いていられないほど幼かった。

「どうしてお母様が……いやぁ……お母様ぁ……!」

嗚咽が部屋に響く。あまりの衝撃的なその内容にボヌフォワ公爵夫妻も言葉を失っていた。

自分達の娘が、人を殺したかもしれない。しかも、目の前で泣き崩れる少女の母を。

だが彼らはまたしても言わなかった。

いかにマリアンヌと言えどそんなことをするはずがない、と。

その沈黙こそが、何よりもこの状況を表しているように見える。

俺は、その場に立ち尽くしていた。

ユリアの泣き声を聞きながら、ただ、何度も同じ言葉を胸の中で繰り返していた。

どうして。

どうして俺は、もっと早く気付けなかった。

どうしてあの女が中に入っている事に気付けなかったのか。

どうして、こうなる前にユリアを救えなかったのか。