軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第2話 二日目、三日目

翌日。懺悔室バイト二日目。

昨日の今日で皇帝陛下は来るまい。

今日こそは、「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」とか、「弟のプリンを食べたの」とかそういう感じのほのぼの懺悔、一番重くて「親友の彼女を寝取りました」という下種野郎の懺悔が来るはずだ。

断じて「裏切った臣下を一族郎党もろとも血祭りに上げた」などという懺悔は、もう来るまい。

と、懺悔室の扉がノックされた。相手からこちらの姿は見えないわけだけど、やっぱり居住まいを正して、「どうぞ」と入室を促す。

「こんにちは」

聞き覚えのあるというか昨日聞きたての声で挨拶をして、銀髪赤眼美貌の青年が席に着いた。

うん。

昨日の今日で皇帝陛下が来ちゃったよ。

重圧で白目を剥きそうになるのを何とか堪え、マニュアル通りの台詞を口にする。

「神は全てをお許しになります。安心して、あなたがお抱えになった罪をお話しください」

「兄と兄と姉を殺したことがあります」

うん……。

知ってるー……。

皇帝陛下は第三皇子だったころ、十代の少年とは思えない迅速な行動、的確な指揮、冷酷な判断で以て、皇族同士の争いを制した。皇帝の嫡子同士による血で血を洗う権力争いの中、第一皇子を殺し、第二皇子を殺し、第一皇女を殺し、玉座を手にした。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

「俺はその……今、それなりに高い地位にいるのですが。家族間で殺し合った果てに、家督を継ぎました。跡目争いの激しい家だったもので」

「そ、それは、大変でしたね……」

マニュアル1だ。真摯に。真摯に話を聞くんだ。

「兄たちと姉とはかなり年が離れていまして。最初は、辺境の領地を宛がわれた、しかも子供の俺なんか眼中になかったようで、兄たち三人で争っていたのですが、色々あって目を付けられて。結託して俺を殺しにかかる動きを見せたので、 殺(や) られる前に 殺(や) りました」

「そ、そ、そうですか……」

帝国の跡目争いの激しさは有名だ。なぜならその方針は「生き残った者が皇帝の座を継ぐ」である。生き残った者て。皇子皇女同士の殺し合いが前提という恐るべき一族なのである。

「シスター。血の繋がった家族を殺した俺を、神は許すでしょうか」

衝立越しに見る皇帝陛下の表情は、争いに勝利した喜びなど一切見えない暗いものだった。マニュアル2がなくとも肯定して励ましたくなるほどに。

「ええ、もちろん、神はあなたをお許しになりますとも。趣味嗜好で殺戮に走るような下種野郎なら救いはありませんが、あなたはそうではないのですから。殺されるかもしれない苛烈な環境で、殺られる前に殺る選択を取ったあなたを責める権利が誰にありましょう」

「……シスターも俺を責めませんか?」

「はい。むしろ子供相手に三人がかりで攻めてきた相手を返り討ちにした気概と手腕を褒めたい気分ですね」

「……」

うっかりシスターキャラを忘れてほぼ地で答えてしまった。皇帝陛下に向かって「褒めたい」など不敬にもほどがある。言ってしまってから後悔したが、彼は気分を害すでもなく、きょとんとした顔で一拍おいてから、くすくすと笑った。

「それは恐縮です」

「あ、いえ、その、そう神が言っておられたので、はい」

とりあえず発言の責任を神様に丸投げする俄かシスターの私に、皇帝陛下は「シスター、本日もありがとうございました」と礼を言って席を立つ。そして、またしても寄付箱の上に、じゃりんと重そうな音のする巾着を置かれた。

「お、お、お気をつけて……」

皇帝陛下が部屋を出るのを確認してから、「はああああ終わったああああ……」と深い溜め息をついた。

そして今日もやっぱり懺悔室は閑古鳥だったわけだけど、そんなことを知らない神官様は寄付箱の大金を見て「今日も盛況だったんだなあ」と喜んでいた。

「神官様も少しは働いてはどうですか。私がいるからって教会を留守にし過ぎじゃないですか。明日の懺悔室は神官様が聞き手に回ればいいんじゃないですか」

「俺もちゃんと働いてるから安心しろ。花屋の婆さんの膝の調子を聞いたり、菓子屋の新作の相談に乗ったり、ガキどもの喧嘩に加勢したり忙しいんだぞ」

「加勢ではなく仲裁に入りましょう神官様」

「それに今日は行く先々で懺悔室の宣伝をしてきたんだぞ。明日はもっと人が来るに違いない。集客に貢献する俺を褒めろよ」

「宣伝は私がしますから神官様が聞き手に回ってください」

「それは駄目だ。これは『シスターの懺悔室』なんだから、聞き手がシスターじゃなくて三十路過ぎの男だったら懺悔に来た人ががっかりするだろ。頼むぞ、我が教会唯一のシスター」

「……」

上機嫌な神官様にぽんぽんと頭を撫でられ、溜め息をつく。懺悔室バイトを神官様に代わってもらうのは無理そうだ。一度引き受けた以上、やり切るしかない。

明日こそは、平和な懺悔を聞けますように。

翌日。懺悔室バイト三日目。

まさか三日連続で皇帝陛下は来るまい。

とは思いつつ気が重かった。「血染めの皇帝」の逸話はたくさんある。懺悔に事欠かないお人なのである。

しかし、二回の対面(衝立越しではあるが)で皇帝陛下への印象がかなり変わったなあと、しみじみ思う。数多くの血染めエピソードにより抱いていた「冷血な人間」という認識を正す必要があるだろう。

皇室の流儀に則って非情な手段を取ることに躊躇しない、その果断さは尋常ならざるものだけれど、自分の行いに懺悔の念を抱くその心は、人並みの心だ。皇帝陛下は皇帝陛下という生物なのではなく、普通に人類、二十歳そこそこの青年なのである。

と、懺悔室の扉がノックされた。すわ皇帝陛下のご到着か、と身構え、緊張した声で「どどどどうぞ」と入室を促す。

「あの、ええと、こんにちは!」

やってきたのは、幼い少年だった。少年は物珍しそうにきょろきょろしている。

「こ、こんにちは。席にどうぞ」

肩透かしを食らった気分だが、何もここは皇帝陛下専用の懺悔室ではない。そう、町の少年が来ることだってあるのだ。というか来てくれないと困る。着席を促すと、少年は緊張の面持ちで椅子に乗り、「あのね、ぼく……」と口を開いた。

「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」

「……!」

これだよ。

こういうのだよ。

こういう懺悔を待っていたんだよ!

「でも、怒られたくなくて、黙ってるの。ママは猫のせいだと思ってるけど、ほんとはぼくが真犯人なんだ……」

「……っ、う、ふうう……っ」

ついにやってきた平和な懺悔に涙腺崩壊、衝立越しに嗚咽が聞こえたらしく、少年が「えっ」と驚いた。

「や、やっぱり、シスターが泣いちゃうくらい、すごく悪いことだよね? 神様も許してくれないよね?」

狼狽える少年に、私は力強く「いいえ!」と言った。

「悪いことをして、悪いことをしたと思う、その正直な心根を神様はちゃんと見ています。罪悪感に向き合い、懺悔をしにきたあなたを、神様はお許しになりますよ」

「ほ、ほんと?」

「はい。シスターは嘘をつきません」

「あの……ぼく、どうしたらいいかな? やっぱりほんとのこと、言わないとだよね?」

「猫を犯人にしたまま怒られずに過ごすのもあなたの自由、名乗りを上げ心苦しさから解放されるのもあなたの自由です。ただ、シスターの個人的見解としては、ママに正直に話して謝罪した方が無難です」

「ぶなん」

「数ある選択肢の中でまあまあ後悔が少ない方という意味です」

「へえ……! シスター、ぼく、ぶなんに謝ってくるよ!」

「勇気ある選択です。いってらっしゃい」

ぴょんと椅子を飛び降りる可愛らしい背中を見送る。と、少年が慌てて引き返して来た。

「これね、えっとね、きふ」

少年は握りしめた硬貨を寄付箱に落とした。ことん、と平和な音が鳴る。決して、じゃりん、ではない。そして少年は「ばいばい!」と言って、懺悔室を去って行った。

「……ええ子やあ……」

涙を拭い、そっと寄付箱を見る。銅貨が一枚。最高だ。

神官様の宣伝効果か、本日の懺悔室はなかなか盛況で、その後もひっきりなしに人が来た。

「弟のおやつのプリンを食べてしまいました」

「妻帯者ですが隣の奥さんと不倫をしています」

「本当は犬派なのに恋人の趣味に合わせて猫派だと嘘をついています」

「明日のプリンを弟さんに譲りましょう」

「今すぐ隣の奥さんと縁を切って妻に土下座をしましょう拳も甘んじて受けるように」

「犬も猫も同じ食肉目ですから次から食肉目派だと言えばあなたも恋人も傷つかないでしょう」

ああ……。

ごく一般的な町の人々が懺悔に来る……。

血祭りに上げた系ではない平和な懺悔をしに……。

充実の勤務を終え、感動の涙を流している私を見て、神官様がぎょっとした。

「え、な、なんで泣いてるんだ?」

「う、うう……」

神官様は私の手にした寄付箱をそっと見て、「ああ……」と納得の表情を浮かべ、励ますように言った。

「気にすんなよ。客が来ない時もある。一昨日と昨日が繁盛しすぎだったんだ。落ち込むな」

いえ、今日が一番、盛況でした。