軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第12話 俄かシスターの日常

「一週間限定で開いた懺悔室も無事に終わり、屋根の修理は先日つつがなく完了した」

「それはおめでとうございます」

「で。屋根の修理という目的は果たしたが、せっかく整えた懺悔室を期間限定で終わらせるのも惜しいと思ってな。というわけでよろしく」

「……。……。よろしくとは」

「うちのシスターはお前しかいないからな」

おんぼろ教会の屋根の修理代を集めるために企画された『シスターの懺悔室』は、予想外の好評に気を良くした神官様の意向により、週に一回の開催という形で継続されることになった。つまり私の俄かシスター続投が決定したわけである。

「お店のお手伝いがあるから」と断ろうとしたが、父母が「週一なら大丈夫だから、神官様のお手伝いしておいで!」と許可を出してしまった。うちの父母は神官様に甘い。

この小さな教会にやって来る人は少ない。同じ帝都にあると言えども、毎日のように帝国中から大勢の人がやって来る大聖堂とは大違いだ。

けれど、ちょくちょく教会を留守にして町の至る所に顔を出す神官様による宣伝効果か、この教会の懺悔室の存在は割と浸透しており、毎回ちゃんと人が来る。期間限定というお得さ(?)がなくなったためか、前回ほど盛況ではないけれど、それでもそこそこの人が来るから懺悔室は割とニーズがあるらしい。

『懺悔の聞き手は普通、神官が担うんだが、シスターにして正解だったな。神官相手だと偉い人って感じがして緊張して身構えるけど、シスターだと身近な感じがして気安いだろ。そこが勝因だな』というのが神官様の見立てである。なお、この神官様相手に緊張して身構えている市民を見たことはない。人通りの少ない立地にある、あまり賑わっていない穴場的な教会というのが、懺悔をしたい人に受けているのではないかというのが私の見解である。

ともかくバイトを引き受けた以上、そして懺悔室を訪れる人がいる以上、投げやりなことはできない。そんなわけで本日も私はシスター服に身を包み、懺悔用の小部屋で椅子に座っている。

「友達に推理小説のネタバレをして怒らせました」

「女性がぐっと来るプロポーズについて助言をくれないか」

「新作のケーキを桃にするかレモンにするかを決めかねていて」

「別の推理小説をプレゼントしてネタバレ返ししてもらいましょう」

「『毎日美味しい食事と素敵なおやつを約束するよ』とか、ぐっと来ます」

「どちらかなんて言わずに桃のケーキもレモンのケーキも作りましょうよえっ試食持ってきてくれたんですかありがとうございます」

振り返ると懺悔じゃないものが高い割合で混ざっていた気もするけれど、満足そうに帰っていく来訪者を見届ければ達成感もあろうと言うものだ。充実の勤務である。試食のケーキ美味しかった。

お昼になると、神官様が懺悔室にひょっこりと顔を出し、「昼飯にしよう」と言った。扉に「休憩中」の札を立て、天気もいいので気分転換に外で食べることする。少し歩いたところにある木陰の下のベンチに座って、各自のお弁当を広げた。

「リーニャの弁当はなんだ?」

「パンの上にキュウリ、ニンジンのラペ、紫キャベツのラペ、ゆで玉子、鶏肉の蒸したのを載せて、もう一枚パンを載せてぎゅっとしたものです」

「ばえー」

「ばえー?」

「見栄えがいいという意味の褒め言葉らしい。『ばえる』もしくは『ばえー』だ。最近流行っている言葉だと近所の人に教えてもらったから、さっそく使ってみた」

「なるほど。神官様のお弁当は?」

「サボテンは食えるかどうかの検証に作ってみた、サボテンの照り焼きだ」

「……ば、ばえ……」

「いい。無理するな。俺も冷静になった今は暴挙だったと思っている」

お互いばえる昼食を摂り終え、教会への帰り道がてら遠回りをして散歩をしていると、がちゃん、という音がした。

音のした方をそっと窺うと、民家の前で子供たちが騒いでいた。足元にはボールと、割れた植木鉢。ボール遊びをして壊してしまったらしい。

「どうする……?」

「ばれてないし、逃げる?」

「速やかに戦略的撤退を図る?」

子供たちは、器物損壊の現場から黙って逃亡するか否かで、逡巡しているようだった。

「ダメだよみんな! ちゃんと謝りにいこうよ!」

と、子供たちの内の一人が声を上げた。あの子はそう、忘れるはずもない「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」懺悔の幼い少年である。

「こういう時はちゃんと謝りに行くのが『ぶなん』なんだって、教会のシスターが言ってたよ」

「ぶなん?」

「数ある選択肢の中でまあまあ後悔が少ない方という意味の……神の言葉さ」

「やべえ」

「かっけえ」

「まじぱねえ」

無難少年の言葉に、他の子供たちは深く感銘を受けたようで、清々しい表情でお互いの顔を見て頷き合った。

「謝りに……行きますか!」

「「「ぶなんに!」」」

逃亡を止め、植木鉢の持ち主に謝罪をすることに決めた子供たちの背中を見送る胸中に熱いものが込み上げる。

「……ええ子たちやあ……」

「なあリーニャ。あの子供が言ったシスターってお前のことだろ」

「え、どうして分かったんですか?」

「『謝るべき』じゃなくて『謝った方が無難』とか子供に教えるシスターはお前くらいだ」

「無難な教えだったと思うんですけど……」

植木鉢の持ち主に子供たちが謝罪をする声が聞こえる。神官様は「素直なガキどもでよろしいな」と笑って、こう続けた。

「ひねくれた子供だったリーニャとは大違いだ」

謂れのない中傷にムッとして反論する。

「私は小さい頃から大変素直な子だったと父母の折り紙付きですが」

「いやだって初めて会った俺への第一声が『ようじょしゅみのへんたいやろうですか?』だぞ」

初見の神官様につんつんした態度を取っていた自分を思い出し、やや恥ずかしくなりつつも一応の弁解を試みる。

「いやあの時は現場が現場でしたから……」

私が神官様と初めて出会った場所は、盗品やら違法なものが売っている非公式な市場だ。

それは十年以上も前のこと、件の市場にふらりと現れた眼つきの悪い黒髪癖毛の青年、つまり神官様は、売り物の一つとして座っている当時六歳の私を見て立ち止まった。そして青年は売り手と何やかんや相談すると、揃ってどこかへ消えて、半泣きの売り手と共に戻って来た。

後から聞いた話では、賭け場でカード勝負をして、売り手が大負けして、足りない分の代金として私が支払われたらしい。まあ、つまるところ、この神官様にカード勝負でイカサマをさせて右に出るものはいなかったという話である。

助けられたとは気が付いていない私が、手を引く青年を見上げて最初に放った言葉が「ようじょしゅみのへんたいやろうですか?」であり、対する返答が「俺の好みは年上の妖艶な美女だ」だった。恩人との記念すべき初会話がこれだと思うとなんだかしょっぱい気持ちになる、いい思い出である。

なお、なぜ聖職者が違法な市場をうろついていたんだとか、どこでイカサマ賭け事の腕を磨いたんだとか、突っ込みどころ満載の神官様だけれど、未だにその辺りの事情を深く訊ねたことはない。

小さい頃に何度か神官様の過去を聞いてみたことがあるが、伝説の聖剣を抜いたとか、絨毯で空を飛んだとか、氷の大地で竜を倒したとか、聖王様から偉い神官の位を授与されたとか、それはもうモテモテだったとか、いや今もモテモテであるとか、そういう妄言の類を語られたので、聞くだけ無駄だと悟った次第だ。

「しかし時が経つのは早いな。あんなに小さかったお前が今や皇帝に求婚されているという面白事態に痛ぁっ」

にやにや笑う神官様に腹が立ち、ふくらはぎを狙ってローキックを入れた。

「こらリーニャ三十代の繊細なふくらはぎを虐めるんじゃありません……こむらがえりになったらどうしてくれる……」

「まだ求婚はされていないです。然る後に結婚しましょうとは言われましたけど、正式に婚約を申し込まれた訳ではありませんし、まだ然る状況にもなっていません。すでにお城には私の居住用の部屋は用意済みで花嫁衣裳も鋭意制作中みたいですが、まだ結婚をするとは決まっていないです」

「いやその状況ほぼ確定だろ」

「……。陛下は、仲良くなるところから始めると言っていました。結婚の申し込みは、それからだって。今のところ陛下には週に一度のペースで招待状が送られてきてお城に呼び出されていますけれど、ただお茶して帰るだけですし、現状そこまで仲良くはないかと」

「週一でお茶しばいてたら普通に仲良しだろ」

「……。……。私が皇帝陛下と結婚するなんてありえません」

神官様はふくらはぎをさする手を止め、不思議そうに訊ねた。

「なあリーニャ、お前は皇帝のことが嫌いなのか?」

「えっ」

皇帝陛下を好きだとか嫌いだとか、そういう次元で考えたことがなかったので、言葉に詰まってしまった。

「そん……そんなことは……ないですけど……」

「帝国で一番の権力者で、玉の輿確定で、引くほど顔が良くて、あと実際に話した感じ大変よろしい性格をしていて好印象だ。端的に言っていい男だぞ」

ちなみに神官様が人の性格を褒める時は「善良」ではなく「したたか」に対する評価である。

「俺としてはリーニャを嫁に出すに申し分ない相手なんだが……。お前は乗り気じゃなさそうっていうか、頑なに拒否してる感じがあるからさ。皇帝のことが気に入らないのかと思って」

「え、いや、そういうわけじゃ……。陛下、いつも優しいですし……。いつも美味しいもの出してくれるし……。寝間着のまま麻袋に詰められて拉致されたりもしましたけど、そこはもう許していますし……」

「ごめん、後半だけ聞くと拒否するのが普通だなって思った」

「神官様の言う通り、陛下はこの国で一番偉い人で、びっくりするくらい綺麗な人で、稀にきらきら皇帝ですけど……」

「きらきら皇帝……?」

「そんな人が、私を好きになるなんておかしいじゃないですか。何かの勘違いです。いつか陛下だって目が覚めます」

「……」

神官様は私の頭をぽんぽんと撫でて、「お前はそういう奴だもんなあ」と穏やかに言った。

「今度皇帝に会った時に、なんで好きなんだって聞いてみるといい」

「初回で聞きました……納得していません……」

「納得できるまで聞けばいい。そんでコール夫妻みたいに、何度でも答えてもらうといい」

私が黙っていると、神官様は「ほら教会に戻るぞ。懺悔室の午後の部を始めんと。もう一稼ぎだ」と私の背中を叩いた。止まっていた歩みを再開する。

「……神官様」

「なんだ」

「時給上げてください」

「善処はしよう」