軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談:両手いっぱいの花束を

最近、夜会やお茶会の招待状が増えた。

話題の『元ヴァンデール伯爵家の人間』ということもあるのだろうけれど、貴族裁判を傍聴した人々が伯爵家の内情を聞いて『毒婦・エリシア』が紛い物であることを知ったようだ。

それからは色々な意味でわたしは話題に上がっているらしい。

少し前までは『毒婦』と呼ばれていたのに、今は『父親に翻弄された令嬢』という悲劇のヒロイン的な立ち位置に変わったのか、送られてくる手紙はどれも好意的だった。

とりあえず、しばらくはそこかしこで引っ張りだこになってしまうため、フェネオン侯爵家とアルヴィス公爵家の繋がりがある夜会やお茶会にのみ出席している。

……フェネオン侯爵夫妻は本当に良い方々だわ。

わたしの事情を聞いて、快く籍を入れてくれただけではなく、屋敷にわたしの部屋まで用意してくれた。そちらに行くことは滅多にないだろうけれど、それでも「居場所が多いに越したことはありませんから」と夫人は笑っていた。

お茶会でも、あれこれわたしから聞こうとする人々をやんわり諌めてくれて、 晩餐会(ばんさんかい) にもレオンハルト様と共に招かれている。

……わたしが社交をできるよう、フォローまでしてくれる。

本当に素晴らしい人達で、だからこそ時々怖くなる。

公爵家で幸せで、フェネオン侯爵夫妻も優しくて──……でもいつか、この幸せは壊れるのではないかという漠然とした不安に襲われる。

レオンハルト様達を疑っているわけではない。

むしろ、疑っているのは自分自身のことだった。

……わたしはレオンハルト様に相応しい人間なのかしら。

そう思うと途端に不安を感じる。

ランドルフは公爵夫人誘拐の罪に問われたが、ナタリア達に利用されていたこともあり、情状酌量で減刑となりそうらしい。

わたしも、今日は騙していた男性の一人に謝罪をしてきた。

レオンハルト様と話し合い、これからわたしも謝罪と賠償をしたいと告げたら頷いてくれて、少しずつそれを始めている。

……罵倒されるのは当然だわ。

レオンハルト様は「私も行こうか?」と言ってくれたものの、それを断った。レオンハルト様がいては相手も謝罪を受け入れるしかなくなってしまうから。

……それでは押しつけだもの。

馬車の揺れの感覚が広がっていくのに気付いて顔を上げれば、公爵家の門を通り過ぎた。

ゆっくりと敷地内を進み、屋敷の前に停車する。

外から扉が開かれると手が差し出された。

「おかえり、エリシア」

レオンハルト様に出迎えられて驚いた。

「ただいま戻りました」

手を借りて馬車から降りるとユリウスもいた。

そして、二人がそれぞれに赤いバラの花束を持っていた。

「エリシア」

「母上」

二人がわたしの名前を呼び、花束を差し出してくる。

「誕生日おめでとう」と言われて更に驚いた。

「誕生日……」

言われて、そういえば今日がわたしの誕生日であると思い出した。

伯爵家にいた頃は、誰も誕生日など祝ってくれなかった。

わたしにとっての誕生日は『男性達に金品を貢がせるための理由』でしかなかった。

誕生日に贈られた宝飾品も一度着けて相手に見せたら、その後は伯爵夫妻やナタリアに取り上げられてそれっきりだったし、どれも派手なものばかりでわたしの好みではなかった。

「ああ、君の誕生日を祝うために細やかなパーティーも用意してある」

「公爵家の皆しかいないから、気楽に楽しめるよ」

差し出された花束に手を伸ばし、受け取ると、バラの芳醇な香りが漂う。

「……ありがとうございます」

丁寧に棘が取ってあるバラが瑞々しく大輪の花を咲かせている。

「とても綺麗ですね……」

今までも『エリシアに似ているから』と男性達からバラの花を贈られたことはあったが、どうしてか、今日もらったバラが一番美しく、そして愛おしく感じられる。

二つの花束でわたしの両手はいっぱいになった。

「それと、母上。これを……」

ユリウスが差し出したのはあの『何でもお願いを聞く券』だった。

「これからも僕の母上でいてね」

それに喜びが込み上げてきて、わたしは泣きそうになった。

「はい……はいっ、ユリウス……」

「だから、父上と別れるなんて絶対にダメだよ」

「レオンハルト様と別れるなんて、ありえません。ユリウスとも、ずっと家族でいたいです……っ」

こんなにも大切で愛おしい人達がいる。

それはとても幸せなことだった。

「さあ、中に入ろう」

「母上の好きな料理を沢山作ってもらったんだよ」

レオンハルト様とユリウスに促されて公爵邸に向かう。

きっと、今日はわたしの人生で最高に素敵な誕生日になるだろう。

* * * * *

レオンハルト様と結婚してから半年が過ぎた。

穏やかな午後のひとときを過ごしていると、ふと思い出す。

……原作の小説からは変われたのかしら。

原作ではアルヴィス公爵夫妻は不仲で有名だった。

でも、今はレオンハルト様との仲は良好だし、ユリウスとも母子として過ごしている。

それに、ユリウスはまだ十歳なので原作が始まるまで、まだあと七、八年はあるだろう。

ヒロイン・リリエットも今は幼いはずなので、わたしと関わることはない。

……このまま関わらずに過ごせばいいのよ。

そして、もしユリウスとヒロインが関わりを持つことになったとしても、母親として、あまり干渉せず静かに見守っていればいい。

トントントン、と部屋の扉が叩かれる。

「どうぞ」

と、声をかければユリウスが入ってきた。

「母上、良ければ一緒にケーキを食べに出かけませんか?」

「ええ、いいですよ。丁度ティータイムですね」

「美味しいケーキ屋を友達に教えてもらったんです。残念ながら、父上は会議があるので行けませんが」

残念ながらと言いつつ、ユリウスは楽しそうだ。

レオンハルト様とユリウスは時々、わたしの取り合いをしている。

ユリウスの実母は出産後の体調不良で亡くなってしまったので、ユリウスにとって『母』と呼べる存在がいなくて寂しかったのかもしれない。

わたしもユリウスが息子になってくれて嬉しい。

こんなに可愛くて、優しくて、素晴らしい子がわたしの息子なんて。

「ではお土産にあまり甘くないケーキを買いましょうか」

「そうだね、何も買わずに帰ったら父上に恨まれそうだし」

外出の支度をして、ユリウスと護衛の騎士達と共に玄関に向かう。

「父上の許可は取ってるから大丈夫だよ」

と、ユリウスが言う。

心配性なレオンハルト様はわたしが屋敷の中にいても、どこにいるか把握したがるし、外出する時は自分かユリウス、騎士の護衛は必ずつけてほしいということだった。

それでレオンハルト様の気持ちが落ち着くならわたしは構わないし、また何かあるのも嫌なので、素直にその言葉に従っている。

玄関外の馬車に乗り込み、街に出る。

ユリウスも甘いものはさほど食べないけれど、こうして誘ってくれるのが嬉しい。

「最近、知り合いからも母上について探りを入れられるんだよね」

「まあ、そうなの?」

「うん。でも、もちろん、何も教えてないよ。どうせ親に言われて訊いてきてるだけだから」

はあ、と面倒そうな顔でユリウスが車窓の外の景色に視線を向ける。

「教えてもいいですよ? 隠しているわけではありませんから」

「そうかもしれないけど、自分のことを勝手に他人に話されるって嫌でしょ? 僕は母上の嫌がることはしたくない」

「ふふ、ありがとうございます、ユリウス」

レオンハルト様もだけど、ユリウスも気遣いのできる良い子だ。

馬車の速度が落ちて、ゆっくりと停まる。

どうやら目的地に着いたらしい。

ユリウスが先に降りて、手を差し出してくれる。

「今日は僕がエスコートをするよ」

「ええ、お願いしますね」

その手を取り、馬車から降りて店に入った。

店内は広く、ショーケースに沢山のケーキが飾られている。

前世のケーキ屋とよく似ていて、ショーケースの前で食べたいものを選ぶと席まで持ってきてくれるらしい。遠目にもどのケーキも綺麗で、種類も多く、迷ってしまいそうだ。

席に通され、ユリウスと一緒に紅茶を注文する。

ケーキはやはり、ショーケースの前で選ぶ方式のようだ。

「母上、一緒に見に行きましょう」

ユリウスに促されて席を立つ。

ショーケースには本当に色々な種類と見た目のケーキが並んでいた。

こうやって見て選ぶ楽しさというのは嬉しいものだ。

「ユリウスは何にしますか?」

「僕はチーズケーキかな」

レオンハルト様とケーキの好みも一緒らしい。

ケーキをいくつか注文して、席に戻ろうとしていると女の子が横に立った。

茶髪に青い瞳が綺麗な可愛らしい女の子で、ショーケースを見ると悲しそうに眉を下げた。

「あ……あの、このケーキはもうありませんか……?」

女の子が示したのは、わたしが注文したばかりのもので、確か最後の一つだった。

「申し訳ありません、丁度売り切れてしまいまして……」

「そうですか……」

あまりにも悲しそうだったので、つい声をかけてしまった。

「あの」

わたしの声に女の子が振り返り、その顔を見てハッとする。

横顔では気付かなかったけれど、正面から見たら分かった。

……ヒロインのリリエットだわ……!

年齢的にユリウスよりいくらか歳下という感じで、可愛らしい子だ。

急にわたしに話しかけられて、不思議そうに目を瞬かせている。

「はい……?」

「あ、その、よければケーキを交換しませんか? こちらのケーキは今、わたしが注文したばかりなのですが、わたしは他のものでも構いませんので」

「えっ? い、いいんですかっ?」

女の子が驚いた顔でわたしを見上げてくる。

わたしもその場に屈み、女の子に目線を合わせた。

「はい、いいですよ」

「ありがとうございます! 実はお父様がここのケーキが大好きなので、あげたかったんです!」

「きっとお父様は喜ばれるでしょうね」

嬉しそうな表情の女の子にわたしも微笑み返し、立ち上がって店員に声をかける。

話を聞いていた店員はすぐに頷いてくれた。

わたしが別のケーキを選んでいる間、女の子──……リリエットがわたしの横にくる。

「あの、チョコレートケーキなら、こちらも美味しいです!」

「まあ、そうなんですね。では、こちらのケーキを食べてみます。教えてくださり、ありがとうございます」

「いえっ、わたしこそケーキをゆずってくださり、ありがとうございます!」

明るくてハキハキとした雰囲気のリリエットは可愛らしい。

……そうだ、ユリウスは……?

振り向くとユリウスが小首を傾げた。

その視線はわたしに向けられており、リリエットのことは気にしていないようだ。

「母上、早く席に戻ろう」

「え? ええ、そうね。……それでは、お気を付けてね」

リリエットに声をかけると、笑顔が向けられる。

「はいっ」

……さすがヒロイン、とっても可愛い。

ユリウスに促されて席に戻ると、すぐにケーキが運ばれてくる。

「まったく、母上は優しすぎるよ」

と、ユリウスが言う。

「こういう場所なんだから、どれを取るかは早い者勝ちなのに」

「それはそうですが、とても悲しそうだったのでつい……」

「それが母上の良いところでもあるけど、時にはわがままを通してもいいと思うよ」

ユリウスが言いながら、チーズケーキを食べ始める。

わたしもリリエットが教えてくれたチョコレートケーキを食べた。

洋酒が利いて、濃厚なチョコレートの味と甘さが口の中に広がっていく。

……まさかこんなところでリリエットと鉢合わせるなんて。

驚いたけれど、多分、悪い方向には転がらないだろう。

「ユリウス、さっきの子を見てどう思いましたか?」

一応、ユリウスに探りを入れてみた。

原作は王太子──現王太子が国王となっているのでその子供だ──とユリウスがヒロインを巡る話になっていたが、ユリウスはリリエットを見てどう感じたのか気になった。

ユリウスはキョトンと目を瞬かせている。

「どうって……特には何も。しいて言うなら『まだ子供だな』ってところ? ケーキが欲しかったならもっと早い時間に来るか予約しておくべきだし、母上の提案を辞退することもできたのに甘えていたし……まあ、あれくらいの年頃の子ならそんなものだろうなって感じ」

……あれ? なんだかあまり好意的ではない雰囲気ね。

「もしかして、ユリウスはあまりあの子のことが好きではないのかしら?」

「好き嫌いというより、母上が選んだものを横から取っていったことが気に入らないだけ」

それに苦笑してしまった。

「わたしから声をかけたんですよ?」

「横であんな顔をされたら、優しい母上は声をかけてしまうからね。でも、僕は母上に楽しく過ごしてもらいたかったんだ。食べたいケーキを食べて、幸せだって感じてほしかった」

それなのに、わたしがケーキを譲ることになったのが不満らしい。

わたしは微笑み、手を伸ばして、ユリウスの手を取った。

「わたしのために怒ってくれてありがとうございます。こうしてユリウスと一緒にケーキを食べられるだけで、楽しくて幸せなので、心配しなくても大丈夫ですよ」

「本当に?」

「はい、本当です」

頷けば、ユリウスがホッとした様子で微笑む。

「母上がいいなら、いいよ」

手を握り返すユリウスに、わたしも微笑んだ。

「誘ってくれてありがとうございます、ユリウス」

後日、リリエットから感謝の手紙と共に可愛らしい花束が贈られてきた。

……リリエットとの関係は悪くならなくて済みそう。

予想外の 邂逅(かいこう) ではあったものの、良い一日を過ごせた。

ちなみにお土産にチーズケーキを買って帰ると、レオンハルト様が夕食の時に嬉しそうに食べていた。

こんなふうに穏やかな時間を過ごせるのが、とても幸せだった。

……わたしはもう毒婦じゃないわ。

── 毒婦令嬢ですが、幼女になったら嫁ぎ先の公爵家が優しくなりました。(完)──