軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談:過ぎた欲 / 家族の形

* * * * *

何故、とグレゴリー・ヴァンデールは廊下を進みながら思う。

その両腕には手枷がはめられ、そこから伸びた鎖は騎士が握っている。

数日に一度、家令が衣類などを差し入れに来てはいるものの、まともに入浴もできていないので我ながら少し臭いという自覚もあった。

グレゴリーはただ、家のために動いていただけだ。

貴族派の中で発言力を高めるため、存在感を増すため、金が必要だった。

あちこちで投資をしたり、金を貸したりして、他の家に貸しを作り、頻繁に夜会や茶会に出席することで人脈を広げ、貴族派の中でも有力家と呼ばれるようになった。

数ある伯爵家の中でも、侯爵家に近い位置にいた。

本当ならばエリシアに金を稼がせ、ナタリアに婿を取らせて家を継がせる予定だった。

エリシアに毒婦として振る舞わせ、その美しい容姿と苛烈さで男達を惹きつけ、金品を貢がせる。

それはとても簡単で、確実で、効率の良い金の集め方だった。

何より、前妻との間の子であるエリシアに愛情はない。

普通ならば長女であるエリシアが婿を取り、家を継ぐことになるが、グレゴリーはナタリアに継がせたかったというのもあって、エリシアを毒婦に仕立てた。

家を継がせられないほど問題のある娘となれば、誰もおかしいと思わないはずだ。

ナタリアの評判を上げれば、よりエリシアが継ぐ可能性は潰せる。

そうして、エリシアはできる限り男達から金を貢がせた後に、資産家の男に嫁がせてそちらから金を流させる。伯爵家はその金で発言力を更に高めて確固たる地位を得るのだ。

……そうなる、はずだったのに。

そもそものきっかけは王家から声をかけられた婚姻話だった。

王家派最有力家のアルヴィス公爵家との婚姻。

貴族派の中でも力をつけたからこそ、打診されたもので、誇るべきことでもある。

しかし、それにより稼ぎ頭であったエリシアを公爵家に嫁がせることとなってしまった。

最初は公爵家に嫁げばそちらから金が送られてくるだろうと思ったが、それにも限度があるし、何よりすぐに金が手に入るわけではなかったので少し困った。

まさかナタリアに金を稼がせるわけにはいかない。

結婚式までの間、エリシアには『男達との関係を控えるように』と言うしかなかった。

王家が取り決めた婚姻に何かあっては、それこそ伯爵家の危機である。

だが、やはりエリシアを手元に戻しておきたいと思った。

けれども、もう決まった婚姻を覆すことはできない。

そこで考えたのが『結婚相手の取り替え』だった。

既に決まっているエリシアとアルヴィス公爵との結婚はそのまま進めつつ、裏で動き、ナタリアにバルフェット侯爵令嬢に近づくよう言った。

バルフェット侯爵令嬢はアルヴィス公爵に想いを寄せていると有名だったからだ。

ナタリアが囁けば、バルフェット侯爵令嬢は簡単に黒魔術に手を出した。

結婚祝いの品に黒魔術を忍ばせ、エリシアは幼い姿になる。

子供の姿では公爵夫人としての社交どころか、満足に家のことすらできないだろう。

たとえ政略結婚でも、問題があれば解消される。

そこでエリシアとアルヴィス公爵を離縁させ、ナタリアを新たな公爵夫人に据える。

そうすればエリシアを取り戻し、また男達に金を貢がせることができる上に、ナタリアからも金が入ってくる。今までよりももっと家のために金が使えるだろう。

……それなのに、予定通りにならなかった……。

アルヴィス公爵はエリシアを毛嫌いしているはずだった。

結婚式まで一度も顔を見にくることはなかったし、結婚式でも態度は冷たかった。

だから、簡単に離縁させられると考えていたのに、そうではなかった。

いつの間にかエリシアとアルヴィス公爵は親しくなり、幼い姿になっても公爵は離縁せず、何もかもが予定通りにならなくなってしまった。

このままではいずれ金が尽きて伯爵家は衰退してしまう。

金を得るためにも強硬手段に出るしかなかった。

けれど、それも失敗に終わった。

これまでは何もかもが順調であったから、まさかこんなところで盛大に 躓(つまず) くとは思ってもみなかった。

それも、王家の──……王太子の怒りを買ってしまうとは思ってもいなかった。

ヴァンデール伯爵家の娘なら、どちらだって良かったはずだろう。

グレゴリーは王家の意向に反意を示してなどいない。

それどころか、王家の意向を維持するためにエリシアとナタリアを入れ替えようとした。

毒婦エリシアよりも、社交界で人気の高いナタリアのほうが公爵夫人として相応しく、公爵家も毒婦を妻とするよりかはいいだろう。どちらにとっても良い話になるはずだったのだ。

それが今、どうしてこうなったのか。

王家の怒りを買い、アルヴィス公爵家から睨まれ、エリシアに見限られた。

特にエリシアに見限られたのは衝撃だった。

貴族の娘は親のものであり、親の命令には従順でなければいけない。

結婚したとしても、エリシアにはグレゴリー達の言うことを聞くよう 躾(しつ) けてきた。

そのはずだったのに、エリシアはどういうわけかグレゴリー達を助けず、去っていった。

「……もう、終わりだ……」

これから、グレゴリー達は貴族裁判にかけられていく。

貴族にとって、裁判にかけられるというのはとても不名誉なことである。

たとえ罪に問われることがなかったとしても、そのような疑いを持たれること自体が家の名に泥を塗るようなものであり、周囲の貴族達から敬遠される。

もしも減刑されたとしてもヴァンデール伯爵家は社交界から爪弾きにされるだろう。

もう、どう足掻いても伯爵家は落ちぶれていくしかない。

「立ち止まらず、歩け」

グレゴリーの足が止まりそうになると、騎士が鎖を引く。

貴族裁判は国王が裁判長として裁く。これから、王に謁見するようなものだ。

自然と足取りが重くなるが、それでも騎士は構わずグレゴリーを鎖で引っ張る。

……どこから、間違えたのか……。

何度繰り返し考えても、その答えは分からなかった。

* * * * *

「シア!」

あはは、と楽しそうな笑い声が公爵邸の中庭に響く。

渡り廊下を歩いていたレオンハルトもそれに気付き、思わず足を止める。

楽しそうにシアの姿になっているエリシアとユリウスが、護衛の騎士達と共に中庭を駆け回っている。皆、楽しそうな笑顔だ。公爵邸にこんなふうに子供の笑い声が響くとは思ってもいなかった。

「捕まえた!」

「きゃあっ!」

ユリウスがシアを抱き締め、シアも楽しそうに声を上げる。

ああしていると兄妹に見えるのだが、本来は母と息子である。

少々特殊な関係ではあるけれど、本人達が良ければレオンハルトが口出しをすることではない。

「ユリウスはあしがはやいですね!」

「シアより大きいから、歩幅の違いだよ。今度は二人で騎士達を追いかけよう」

「はーい」

そして、今度はユリウスとシアが騎士達を追いかける。

ユリウスも騎士達も、シアに合わせて軽い駆け足程度に抑えており、一番小さなシアは全力で駆け回っているようだった。小さな体で目一杯、駆け回る姿は可愛らしい。

「……エリシアと私の間に子が生まれたら、エリシアそっくりの娘がいいな」

思わず呟いた自分の言葉に驚いた。

エリシアとは政略結婚であり、ユリウスがいる以上はわざわざ子を生す必要はなかった。

だが、エリシアと想いが通じ合ってからは考えが変わったらしい。

「ユリウスも一人よりいいだろうな」

レオンハルトも兄弟がおらず、幼少期はそれが寂しかった。

今はエリシアがシアとして接しているが、いつまでもその関係を続けられるわけではないだろう。

もうあと一人か二人、子供が増えたらきっと公爵邸は賑やかになる。

ユリウスはあまり他人に興味を示さない 質(たち) なので、せめて弟妹でもいれば、もう少し人との関わり方を覚えるかもしれない。

……現にシアと接するようになってからのユリウスは表情が増えた。

ジッと眺めているとユリウスが視線に気付いたのか振り返る。

「父上!」

それにシアも振り向く。

「れおんはるとさまー!」

シアが小さな手を大きくこちらに振ってくる。

それに振り返せば、シアがユリウスに近づき、その手を取ってこちらに駆け寄ってくる。

「きゅうけいちゅうですか?」

「いや、先ほどアレクセイから使いが来てな、伯爵家の裁判について話を聞いてきた」

「はくしゃくけの……そうですか……」

シアの表情が一瞬、 陰(かげ) ったが、すぐに笑みを浮かべて見上げてくる。

屈み、その頭をそっと撫でた。

「聞くか?」

「いえ、いいです。わたしはもう、あのいえにかかわりたくないので」

「そうか。……そうだな、君はもう公爵家の人間だ」

「はい」

レオンハルトは立ち上がる。

「私はまだ仕事があるから書斎に戻る。何かあれば来るといい」

「はい」

「分かりました」

ついでにユリウスの頭も撫でて、レオンハルトは書斎に向かった。

書斎に戻ると、侍従が話しかけてくる。

「必要な資料の確認はできましたか?」

「ああ」

椅子に腰掛け、やりかけの仕事に戻る。

忙しなくあれこれと書類の確認や承認などをこなしているうちに、時間が過ぎていく。

仕事の一区切りがついたところで、レオンハルトは小さく息を吐いた。

侍従が書類の整理と漏れがないかの確認を行っていると部屋の扉が叩かれた。

「入れ」

声をかければ、入ってきたのはエリシアだった。

「今、お忙しいでしょうか?」

「いや、今日急ぎの仕事は終わったところだ。どうかしたのか?」

元の姿に戻ったエリシアは、今日は薄紫色のドレスを着ている。

赤い髪に薄紫色のドレスがよく似合っていた。

「いえ……その、先ほど中庭でお会いした時にレオンハルト様が物言いたげだったので……」

そう言われてレオンハルトは目を瞬かせた。

……エリシアは人の表情を読み取るのが上手いようだ。

伯爵家での扱いを思えば、周囲の者達の顔色を窺わなくては生きていけなかったのだろう。

ヴァンデール伯爵家のエリシアに対する扱いは本当に酷かった。

前公爵夫妻──レオンハルトの両親──も、良い人間とは言えなかったが、伯爵家はそれを遥かに越えていた。人を人とも思わない所業とはまさにこのことだろう。

……実際、伯爵家はエリシアを都合の良い道具としてしか見ていなかった。

ジッとエリシアに見つめられ、レオンハルトは椅子から立ち上がった。

エリシアのそばに行き、その額に口付ける。

「君は鋭いな。……ユリウスとシアが庭を駆け回っているのを見て、君に似た娘が欲しいと思ったんだ」

レオンハルトが正直に伝えれば、エリシアが目を丸くして見上げてくる。

緑の瞳が二度瞬き、そしてその顔が赤くなる。

「で、ですが、後継者はユリウスがおります」

「ああ、そうだ。後継者問題で言うなら、ユリウスのみいればいい。だが、シアと遊ぶユリウスはとても楽しそうで、もし弟か妹がいれば、あの子も寂しくないだろう」

「なるほど……」

エリシアが納得した様子で頷いた。

そっと伸ばされたエリシアの手が、レオンハルトの頬に触れる。

「レオンハルト様は子供が欲しいですか?」

「欲しい。だが、俺の子がという意味ではなく、君と俺の子なのが重要なんだ」

しかし、とレオンハルトは思う。

「けれど、私と君の間に子が生まれた場合、ユリウスが少し心配だ」

「前妻の子と後妻の子、仲が悪くなることは多いですから──……」

「ああ、確かに……」

事実、エリシアもそうである。前妻の子と後妻の子で、虐げられていた。

「私はユリウスと君との間の子を区別するつもりはない」

ただ、ユリウスは気にするだろう。

母と呼んでいても血の繋がりはないエリシアが、我が子を産めば、自身を子として扱ってくれなくなるのではないかと不安に思うかもしれない。

「わたしもユリウスは大切な家族だと思っています。……息子というより、兄に近い時もありますが」

エリシアが苦笑し、レオンハルトの手を取る。

「これについてはユリウスの意見を聞いてから、考えませんか?」

「そうだな」

ユリウスが頷けば、二人の間に子を授かっても──……。

そこまで考え、ふと気付く。

エリシアはレオンハルトとの間に子を生すことについて拒絶していない。

それどころか『ユリウスの意見を聞いて考える』と言っている。

つまり、レオンハルトとの行為や子供を産むことへの忌避感はない……ということだろうか。

レオンハルトは手を伸ばし、エリシアを抱き締めた。

「君と、そしてユリウスが嫌でなければ──……是非、前向きに検討してほしい」

エリシアに囁くとその頬が赤く染まる。

「わ、分かりました……」

素直なエリシアの反応にレオンハルトは微笑んだ。

……きっと、ユリウスは嫌がらないだろう。

シアに対してでもあのような反応なので、エリシア似の弟か妹が生まれたら大喜びしそうだ。

照れたように微笑むエリシアにレオンハルトは愛情を込めて口付けた。

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