軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

崩壊

* * * * *

「牢に放り込んでおけ」

狼達が消えた後、王太子殿下はそう言った。

ナタリアは両親と共に騎士達に捕縛され、王城の地下牢に入れられた。

本来、貴族は貴族用の牢に入れられるはずなのに、一般の重罪人が押し込められる地下牢だったことに驚いたが、それよりも、ナタリアはまだ手足に痛みが残っている気がして体が震えていた。

あの漆黒の狼達はナタリアを襲った。

噛みつき、爪で切り裂かれ、踏み潰されるかと思った。

それなのに体どころかドレスすら、何も傷が付いていない。

傷がないのに体は痛むので、あたまがおかしくなりそうだった。

「どうして……どうして失敗したの……っ?」

計画は完璧だったはずだ。

ランドルフ・レイウッドにあの女を誘拐させ、手助けのために王城のメイドも買収した。

メイドから誘拐に成功したと聞いて、アルヴィス公爵に声をかけた。

あの女とアルヴィス公爵が親密な関係を築き始めたと知っていた。

だからこそ、好機だと思った。

国の剣、孤高の黒き狼とも呼ばれるアルヴィス公爵に弱点ができた。

あの女を人質に取ると、アルヴィス公爵は明らかに動揺して、ナタリアの言うことに従った。

王家ですら気を遣うというアルヴィス公爵が、ナタリアの言いなりになっている。

とても心地良くて、最高に愉快だった。

あの女に絆されるなんて公爵も大したことはない、と内心で嘲笑った。

離縁届と婚姻届を書いて、王太子殿下に渡したところまでは上手くいっていたのに。

……どうして公爵は掌を返した?

突然、公爵に突き飛ばされたかと思えば、あの女を私達が攫ったと言い出した。

しかもそれを盾に脅されたと暴露された。

大勢の目の前で届け出をすることで後戻りできないようにと目論んでいたのに、してやられた。

……でも、お姉様の居場所は分からないはずなのに。

公爵は消え、残された三匹の狼達に襲われたことを思い出すとまたブルリと体が震える。

両親も左右の牢に入れられており、ずっと「不当な捕縛だ!」「ここから出してちょうだい!」と騒いでいる。これは両親にとっても想定外なのだと考えなくても分かる。

……どうすればこの状況を、処罰を回避できる?

牢の床に座り込んだまま、ナタリアは爪を噛んだ。

カツ……コツ……と近づいてくる二つ分の足音にナタリアは顔を上げた。

母が「ひっ……」と悲鳴を上げて静かになり、ナタリアの牢の前に二人の人間が姿を現した。

一人は王太子殿下だった。

そしてもう一人はアルヴィス公爵だった。

どちらも夜会の時より軽装で、冷たい眼差しでナタリアを見下ろした。

「殿下っ、これは何かの間違いです……!」

ナタリアは手を伸ばし、牢の鉄格子を掴んだ。

「間違い、ねぇ?」

王太子はほんの僅かに口角を引き上げた。

ナタリアはそれに頷き返し、言葉を重ねる。

「私はお父様の指示に従っただけでっ、お姉様を害そうだなんて……それこそ、王族の方々を謀るつもりなどございませんでした……! 貴族の令嬢が親に逆らうことなどできましょうか……っ!?」

その言葉に、驚いた様子で両親がナタリアの名前を呼ぶが、ナタリアは無視して涙を流す。

「確かに、私はレイウッド男爵令息の手伝いをしてしまいました……っ。しかし、そうせよとお父様に命じられ……っ、本当はあのようなこと、したくありませんでした……!」

両手で顔を覆い、ナタリアは哀れそうに見えるように体を震わせて泣いた。

昔から、泣き真似は得意だった。

何か不都合がある時、姉を悪者に仕立てたい時、ナタリアは涙を流した。

そうすれば誰もがナタリアの言葉を信じ、味方し、優しくしてくれたから。

貴族の令嬢は本来『人前で泣かず』と教えられる。

それ故に、涙を流せば皆『よほどつらい目に遭ったのだろう』と考え、同情する。

「そのわりには、随分な名演技だったがな」

アルヴィス公爵の言葉にナタリアは更に言葉を続けた。

「私もお姉様のように、父に命じられてそうしていただけで……公爵様なら、お姉様についてもご存じのはずです……! 私も、そうしなければ家を追い出されるから……!」

王太子殿下が「ふぅん?」と呟く声がした。

「でも、ヴァンデール伯爵夫妻は君を溺愛していたようだね? 君も、むしろ喜んで姉を虐げていたみたいだが、そこはどうなんだい? 同じ立場であったなら、普通は姉妹で助け合うものだと思うのだけれど?」

「それは……っ、やらなければ、お父様に杖で殴られるから……っ」

ガシャンッと音がして、隣から怒声が聞こえてくる。

「ナタリア!! 何を言っている!? 今まで可愛がってやったのを、恩を仇で返すつもりか!?」

「きゃっ! ごめんなさい、お父様……ごめんなさい……っ!!」

そうして、ナタリアは頭を抱えて体を縮こませて震える。

よく、姉が殴られたり蹴られたりする時に見せる仕草を真似した。

顔を俯かせ、震えながらもナタリアは口角を引き上げた。

……とってもよくできた演技でしょう?

我ながら、きっととても哀れでか弱い令嬢に見えているだろうとほくそ笑む。

だが、聞こえてきたのは冷たい声だった。

「くだらない」

「そうだね、ここまでつまらない芝居もそうはない」

アルヴィス公爵と王太子殿下の言葉に、ナタリアは思わず「え?」と顔を上げた。

鉄格子の向こうにいる二人は無表情であった。

「そんな安い演技で騙せると思われるなんて、僕もまだまだということかな」

「仕方がない。温室育ちの貴族令嬢など、こんなものだろう」

アルヴィス公爵がナタリアに掌を向けた。

その瞬間、公爵の足元から影が伸び、ナタリアを虐げた狼がまた現れる。

それに「ひぃっ……!?」と声が漏れてしまった。

後退ったものの、腰が抜けてそれ以上動けない。

「真実を話せ」

アルヴィス公爵の言葉に、ナタリアは震えながらも返す。

「わ、私は真実しか話しておりません……!」

「おや、意外と粘るようだ。レオンハルト、『素直になる手伝い』をしてやるといい」

「ああ、そのつもりだ」

そして、狼が鉄格子をするりと抜けてナタリアに近づいてくる。

這いずりながら離れようとしたけれど、狼にドレスの裾を踏まれ、身動きができなくなった。

「あの時は随分と私を脅してくれたじゃないか。その礼をしないと、気が済まなくてな」

グルル……と狼が唸り、漆黒の体でナタリアを押し倒した。

ナタリアが悲鳴を上げて押し退けようとしても、狼はびくともしない。

漆黒の毛並みに血のように赤い瞳が恐ろしい。

「ひっ、やめっ……ぁあああぁあああぁっ!?」

狼ががぱりと口を開けて、ナタリアの腕に噛みついた。

右腕に走る激痛に、言葉にならない叫びが口から飛び出していく。

どれほど悲鳴を上げても狼は退かず、王太子殿下とアルヴィス公爵は温度のない目でナタリアを見ているだけだった。

* * * * *

ナタリア・ヴァンデールは、貴族にしてはしぶとい女である。

狼達に襲わせ、既にその恐怖が染みついているだろうに、それでも己の行いを認めようとしない。

左右にいる伯爵と伯爵夫人は青い顔で体を震わせ、自分の番が訪れないことを願っているだろう。

狼が与える痛みは、本物の狼の攻撃よりも遥かに強い設定にしてあるので、貴族の令嬢にとっては本来ならば一生感じることがないような苦痛である。

しばらくは悲鳴を上げ、哀れそうに許しを乞うていたものの、その効果がないと分かると途端にナタリア・ヴァンデールの態度が 豹変(ひょうへん) する。

「っ、お姉様が……っ、あの女を使って何が悪いの……っ!?」

それまでの哀れそうな姿から一変し、憎悪に満ちた表情でレオンハルト達を睨んでくる。

「あなた達もどうかしてるわ! あんな 家畜(・・) のために、ここまでするなんて!!」

「家畜?」

「そうよ……っ、あの女は伯爵家のためにいるだけで、他に価値なんてない、気弱で、頭も悪くてっ、私達に使われることしかできない女なのよ……!!」

アレクセイの問いにナタリア・ヴァンデールが叫ぶ。

そこからのナタリア・ヴァンデールの言い分は酷いものだった。

エリシアは前妻と伯爵との間の子であり、ナタリア・ヴァンデールにとっては異母姉である。

そして、後妻の現在の伯爵夫人もまたエリシアを疎んでいた。

伯爵夫人は元愛人で、伯爵と心から愛し合っていた。

伯爵も伯爵夫人の前妻の子のエリシアを鬱陶しく思っており、扱いが悪かった。

それを見て、これまでの母親の言葉を聞いていたナタリア・ヴァンデールからすれば、異母姉のエリシアは『虐げてもいいもの』『人として扱う必要はないもの』という認識になったようだ。

だからナタリア・ヴァンデールはエリシアを『家畜』と呼ぶ。

母親がそう呼んでいたように、真似して呼ぶのが当然であった。

エリシアは美しく、授業は優秀で──……ナタリア・ヴァンデールはそれが不快だった。

両親は男達の目を引くエリシアの容姿を利用して、金を稼ぐことを考え、エリシアを使った。

いつかは金持ちの資産家に嫁がせ、定期的に家に金を入れさせる予定だった。

それなのに王家の意向でエリシアはレオンハルトと結婚した。

その時、ナタリア・ヴァンデールは婚約の話が出ていたものの、それが流れてしまった。

自分は婚約が流れたのに、大嫌いな姉は公爵家に嫁いだ。

ナタリア・ヴァンデールからすれば酷く不愉快で、受け入れがたいことだったのかもしれない。

伯爵家としても金を得るためのエリシアが嫁いでしまい、金回りが苦しくなった。

それらを何とかするためにはエリシアを取り戻し、王家の意向に従うためにナタリア・ヴァンデールを公爵家に嫁がせ直す。ナタリア・ヴァンデールは社交界で華々しい立場にもなれる。

「あの女でもいいなら、私が公爵夫人になってもいいじゃない……!! 王家の意向はアルヴィス公爵家とヴァンデール伯爵家の婚姻と歩み寄りなのでしょう!?」

と、ナタリア・ヴァンデールが吠えた。

しかし、アレクセイは「確かにそうだけど……」と呆れた顔をする。

「国王陛下も王妃殿下も、もうエリシア・アルヴィスが公爵夫人になることを承認した。そもそも、レオンハルトが妻にと望んだ以上、王家であってもそう易々と離縁させることはできない」

アレクセイの言葉にナタリア・ヴァンデールが顔を歪めた。

「なんでっ、なんでなのっ!? 男を誑し込むしか能のない女のどこがいいっていうの!?」

「お前のように汚れていない。エリシアは他人を使って誰かを貶めようとしないし、自分を良く見せるために家族を利用しないし、己のこれまでの行いを心から反省している。……むしろ、今のお前のどこに選ぶ要素がある?」

「選ぶ、要素……?」

レオンハルトが言えば、ナタリア・ヴァンデールが目を瞬かせた。

生まれて初めて聞く言葉だというようなその様子に、レオンハルトは頭が痛くなる。

「まさか、自分が選ぶ側と思っていたのか? ……伯爵令嬢風情に舐められるとは心外だな」

このナタリア・ヴァンデールという伯爵令嬢は何かがおかしい。

……まるで、この世の全てが自分の意のままに動くと思っている。

それが上手くいかなくて苛立っている子供のように見えた。

アレクセイも違和感を覚えたのか、 訝(いぶか) しげな顔でナタリア・ヴァンデールを見た。

「普通の貴族の令嬢にしては、あまりに傲慢な考えをするね」

「まったくだ」

「一体、どのような教育をすればこうなるのやら」

アレクセイが視線を向ければ、伯爵がビクリと体を震わせた。

貴族の令嬢は立場上、わがままな者や傲慢な者が多いけれど、それでも己の家よりも爵位が上の者に対してはそのような振る舞いをすることはない。

教育の中で『爵位』や『地位』が揺るぎないものであることも刷り込まれる。

それなのにナタリア・ヴァンデールからはそれが感じられない。

こうして王族や公爵の前にいても、恐れがない。

……いや、理解できていないのか。

エリシアのことを考えると、伯爵家の教育方針が悪いのではなく、親子の接し方に問題があったのだろう。虐げられたエリシアのほうがまともに育ち、愛されたナタリア・ヴァンデールは傲慢に育った。

ヴァンデール伯爵はそれなりに知略に長けていると聞いてはいたが、娘の育て方については頭が回らなかったらしい。

「はあ……もういい」

レオンハルトは溜め息を吐いた。

ナタリア・ヴァンデールの言い分を聞いているとこちらまでおかしくなりそうだ。

「へぇ、レオンハルトにしては珍しいね?」

「こんなことより屋敷に帰ってエリシアのそばにいたほうがずっと有意義だ」

「ははっ、そうかもしれないな。では、後はこちらで処理しても?」

「ああ、好きにしてくれ。こんな女、もう関わりたくもない」

レオンハルトはもう一度、溜め息を吐いた。

それにアレクセイが苦笑して「分かったよ」と返事をする。

「ということで、温情が得られて良かったね。……まあ、君達の犯した罪は変わらない。公文書偽造、王家を謀ろうとした罪、アルヴィス公爵夫人の誘拐と公爵への脅迫──……ああ、それから夫人を無理やり利用して多くの貴族達から金を貢がせた結婚詐欺も追加しないといけないかな」

「色々と楽しみだ」と笑うアレクセイは楽しそうだった。

……アレクセイの悪い癖だ。

王家に反意を示した者に容赦がなく、それを理解できない愚か者を嫌う。

ナタリア・ヴァンデールはまさしくそういう人間であった。

* * * * *