軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜会(1)

そうして一週間後、王家主催の夜会の日。

準備を整えて玄関に向かえば、レオンハルト様とユリウスがいた。

……ユリウスは出かける時にいつも見送りにきてくれるのよね。

だからわたしも、できる限りレオンハルト様やユリウスの外出時はそうしている。

見送る時の『いってらっしゃい』と帰ってきた時の『おかえり』は大切だ。

振り向いた二人が「エリシア」とよく似た顔で笑う。

「普段の君も美しいが、今日は一段と輝いているな」

歩み寄るとレオンハルト様が言う。

今日はレオンハルト様もわたしも、黒地に赤の差し色という装いでまとめている。

レオンハルト様の装いに今回はわたしのドレスを合わせており、少しデコルテや背中が出ていて落ち着かないけれど、綺麗に着こなせて良かった。

ちゅ、と額へのキスを素直に受ける。

「レオンハルト様も素敵です」

レオンハルト様はほぼ黒だが、肩のマントの裏地やクラヴァットなどが赤色なので、重厚でありながらも上品で、長身がよく映える。

どこからどう見てもわたし達は『揃えました』という格好だった。

ユリウスが「いいな……」と呟いた。

「僕もエリシアとお揃いの格好で夜会に出たい」

「あと六年なんてあっという間ですよ。その頃にはきっと、わたしより背が高いでしょう」

「そうかな?」

「ええ、レオンハルト様がこれだけ長身ですから、ユリウスも伸びますよ。それにお茶会なら一緒に行けますから」

原作でもユリウスは長身と描写されていたので、きっとレオンハルトと同じくらい成長するだろう。

……もう原作のように殺されることなんてない、わよね?

レオンハルト様とユリウスとの仲は良好で、少なくともユリウスにいきなり殺されるようなことはないはずだ。あとはヒロインのリリエットと関わらないように気を付けなくては。

そんなことを考えているとレオンハルト様に声をかけられる。

「そろそろ行こう」

「はい。……ユリウス、行ってきますね」

「いってらっしゃい、父上、エリシア」

ユリウスに見送られて公爵邸を出て、侍女も一人連れて馬車に乗った。

ゆっくりと動き出した車窓の外の景色を眺めていると、横にいたレオンハルト様に抱き寄せられる。

ガタゴトと微かに揺れる馬車の中は沈黙に包まれているが、つらくはない。

「夜会にはヴァンデール伯爵家もいるだろう。……大丈夫か?」

心配する声に胸が温かな気持ちに包まれる。

……大丈夫。わたしはもう一人ではないから。

それに現代の わたし(・・・) の記憶もあるから、今度は伯爵家に何を言われても臆せず言い返すつもりだ。もうやられっぱなしでいる気はない。

「はい、今度は言い返してみせますわ」

「無理はするな。私もそばにいるから、つらくなったら言ってくれ」

こうして心配してくれる人がいることが、どれほど得難いことか。

「ありがとうございます」

でも、いつまでも言いなりになっているままではいけない。

公爵夫人がただ夫に守られているばかりではダメだ。

レオンハルト様の手を握り、大丈夫だと微笑み返す。

そうして馬車が王城の門を抜けて、到着する。

レオンハルト様が先に馬車から降りて、いつも通りその手を借りて降りる。

使用人の案内で舞踏の間へ向かう。

途中で侍女は控え室に下がる。

……不思議な気分ね……。

結婚前、わたしが『毒婦エリシア・ヴァンデール』と呼ばれていた頃にも何度も通っている道なのに、何故かドキドキと心臓が高鳴っている。

「緊張しているのか?」

わたしの様子に気付いたのかレオンハルト様に問われ、頷き返した。

「はい、少し……レオンハルト様と初めて出席する場なので」

「君の心配事はそっちか」

何故かレオンハルト様が小さく笑った。

「君は夜会の間、ずっと私だけ見ていればいい。君のこれまでのことやシアになっていた時のことなど、好奇心で話しかけてくる者には黙って適当に微笑んでおけ」

「適当にって……」

「君が気を遣う相手は同じ公爵家と王族だけだ」

扉の前に立ち、レオンハルト様が僅かに口角を引き上げた。

「今日は三度続けて君と踊る栄誉を、私にくれるんだろう?」

優しく見つめてくる赤い瞳に緊張が解れる。

「はい、せっかくの夜会ですから楽しみましょう」

「ああ、そうしよう」

そして、レオンハルト様とわたしの名前が呼ばれ、扉が開かれる。

白に近い柔らかなアイボリー色の舞踏の間に足を踏み入れれば、大勢の視線が集まるのを感じた。

けれどもレオンハルト様が横にいてくれるからか、それほど気にならない。

背筋を伸ばし、堂々としながらも、あまり気が強く見えないように目を伏せる。

ふと近くにいたご令嬢と目が合ったのでニコリと微笑み返すと、酷く驚いた顔をされた。

会場に入り、人に紛れると少し視線が減る。

「エリシア、余所見は感心しないな」

と、レオンハルト様がわたしの頬に触れる。

それに少し、周りがざわついた。

「ごめんなさい、目が合ったからつい……」

「君は美しいから人目を引いてしまう。だが、その微笑みは私だけに向けてほしい」

「まあ、それではユリウスが拗ねてしまいますね」

「違いない」

わたしの言葉に公爵が小さく笑うと、更にざわめきが広がった。

最後に王族の方々が入場したことで視線がわたし達から外れ、わたしとレオンハルト様も周りの人々と同じ方向に顔を向けた。

この国の国王陛下と王妃殿下、王太子殿下がいる。

……王太子妃殿下がいらっしゃらないわね。

「皆、今宵は集まってくれたこと感謝する。まず、本日は皆に伝えたいことがある。王太子アレクセイの妃、ツェザーリアが第二子を授かった。この良き日に、皆に伝えられることを嬉しく思う」

全員が祝福の拍手を送る。

国王陛下が手を上げるとすぐに拍手が止んだ。

「これより社交期に入る。是非、今宵を楽しんでいってもらいたい。さあ、初々しい若芽達を待たせてしまっているので、夜会を始めよう!」

国王陛下の言葉にもう一度拍手が湧き起こる。

そして、社交期を告げる最初の夜会が始まった。

王家主催のこの夜会は、十六歳を迎えて社交界に出る若い男女が初めて出席する夜会でもある。

国王陛下が手を叩くと音楽が再開し、出入り口とは別の扉が開けられ、十六歳になったばかりの若い少年少女が入場してくる。初めての夜会に緊張している様子が伝わってきて可愛らしい。

デビュタントを迎える彼ら彼女らのファーストダンスから夜会は始まっていく。

その後、王族への挨拶が行われる。

初々しい子達のダンスは可愛くて、輝いていて、本当に微笑ましい。

しばらく眺めていたけれど、レオンハルト様に声をかけられ、移動する。

椅子に腰掛けている王族の前に行き、レオンハルト様とわたしは片膝をついて礼を執った。

普段はカーテシーだが、着席している王族の前では立った状態では見下ろす形となってしまうのでこちらが膝をついて目線を下げる。

「アルヴィス公爵家当主、レオンハルト・アルヴィスがご挨拶申し上げます」

「レオンハルトの妻、エリシア・アルヴィスがご挨拶申し上げます」

国王が「うむ」と呟く声がして、すぐに「面を上げよ」と許可が出る。

顔を上げながらも王族の方々と目線が合いすぎないように少し目は伏せ気味だ。

「アレクセイから話を聞いたが……アルヴィス公爵よ、夫人とは良い関係を築いているそうだな」

「はい、陛下のお導きにより成った婚姻にて彼女と出会うことができ、感謝いたします」

「ほう、公爵がそこまで言うとは珍しい。だが、我々としてもそなた達の関係が良好であるのは望ましいことだ。……公爵夫人よ、事情は既に聞き及んでいる。公爵家にて心穏やかに過ごすが良い」

国王陛下の言葉に喜びと感謝の気持ちがあふれてくる。

「お心遣い、感謝申し上げます……」

気持ちのままに微笑めば、レオンハルト様に手を取られた。

ジッと見つめられ、わたしも見つめ返せば、満足そうにレオンハルト様も微笑む。

「はっはっはっ、公爵は存外、愛妻家であったのだな」

「アルヴィス公爵にも良いご縁となって幸いでした」

「まったく、見せつけてくれるね」

と、国王陛下と王妃殿下、王太子殿下がおかしそうに笑う。

二人でもう一度深く頭を下げ、礼を執って下がる。

……やっぱり王族の方々への挨拶は緊張した。

まさか声をかけられるとは思わなかったが、わたしの事情を王家が把握してくれているということにホッとした。王太子殿下に以前話したので、それが国王陛下と王妃殿下にも伝わったのだろう。

挨拶を終え、ホッとしたところでレオンハルトに声をかけられた。

「エリシア」

顔を上げれば、レオンハルトがわたしに向き合う。

「私と踊っていただけますか?」

差し出された手に、わたしは躊躇わずに自分の手を重ねた。

「はい」

二人でダンスの輪に加わり、踊り出す。

一週間と短い間だったけれど、レオンハルト様と何度もダンスの練習をしたので不安はない。

それにエリシアの体がダンスを覚えていて、レオンハルト様のリードもあるので、むしろ踊ることはとても楽しいと知った。

……以前のエリシアはダンスが嫌いだったのよね。

踊っている間に密着することも、愛を囁かれることも、嫌がっていた。

けれどもレオンハルト様との踊りは楽しくて、幸せな気分になる。

「今日はブラックダイヤモンドを着けてこなかったのか?」

からかうように言われて、わたしは苦笑した。

「あんなに高いものだったなんて知らなかったので……どうして購入する際におっしゃってくださらなかったのですか?」

「言えば、君は断っただろう? 愛する君には素晴らしいものを贈りたかったんだ」

そう言うレオンハルトの胸元にはピジョンブラッドのルビーが輝いている。

ブラックダイヤモンドも、ピジョンブラッドも、とても希少な宝石だ。

それをあんな簡単に購入するとは想像もしていなかったから、侍女達がブラックダイヤモンドを見て話しているのを聞いた時は本当に驚いた。

「でも、今度からはきちんと言っていただけると嬉しいです」

「そうしよう。それで、ブラックダイヤモンドを着けて来なかった理由は?」

「……傷付けたり、壊してしまったりしたら怖いですから」

それにレオンハルト様が笑う。

「あれはもう君のものだ。傷付けても、壊しても、好きにすればいい」

「レオンハルト様からいただいたものを壊すなんて嫌です」

「だが、私としては贈ったものは使ってほしいんだが……まあ、いい。君のものになった以上は、どう使うかも君の自由だからな」

一曲目が終わり、二曲目を踊り始める。

今度はお互いに無言だったけれど、視線が合う度に自然と笑顔になる。

そのまま三曲目も踊るとさすがに少し疲れたが、とても楽しかった。

二人でダンスの輪から離れ、給仕から飲み物を受け取って飲みつつ休憩する。

しかし、すぐに他の貴族から声をかけられ、わたしは言われた通りほとんど黙って微笑んでいた。

必要なことはレオンハルト様が話すし、答えても問題ないことは相槌を打つ。それでも、元々レオンハルト様は怖がられているからか、短い挨拶でそそくさと離れていく者も多かった。

レオンハルト様も慣れているのか、逃げるように去っていく人達を気にした様子はない。

「レオンハルト、夫人」

声をかけられて振り向けば、王太子殿下がいた。

「アレクセイ、どうかしたのか?」

「少し向こうで話せるかい? この間の件のその後についてちょっとね」

というので、三人でバルコニーに出る。

会場からは見えにくく、ガラス戸を閉めれば中の人々に声は届かない。

薄暗いため、中には男女の密会場所として使われることもあるが。

「それで、この間の……バルフェット侯爵令嬢だけど、公爵夫人を害した罪と魔術書の違法売買の罪で処罰された。あ、処罰の内容について聞く?」

「いや、必要ない。二度と私達の前に現れないなら、それでいい」

「そう。まあ、バルフェット侯爵は娘に甘いところがあったけど、今回の件でさすがに思うところがあったんだろう。言葉通り令嬢を籍から抜いて平民にした上で、西の修道院に入れたそうだよ」

「そうか」

レオンハルト様は全く興味がないというふうに返事をする。

……こういう時、どういう反応をすればいいのかしら。

心境としては気まずい。自分が関係することで誰かが罰されるというのは、たとえそれが自分の責任ではなかったとしても、なんだか罪悪感を覚える。

ふわりとレオンハルト様に抱き寄せられた。

「エリシアが気にするようなことではない。バルフェット侯爵令嬢は法に則って罰を受けただけだ」

「それはそうかもしれませんが……」

上手く表現できないが、やっぱり少し気まずい。

「被害者の君は怒って当然だったのに、捕縛の時も何も言わなかったじゃないか」

「確かに、夫人は何も言わなかったね。どうしてだい?」

何故と訊かれても、あの時は怒る必要がなかったからだ。

「レオンハルト様とユリウスが怒ってくれたので。二人がとても怒ってくださったから、わたしはそれが嬉しくて、怒りも嫌な気持ちも吹き飛んでしまいました」

むしろ、あの侯爵令嬢には同情する部分もあった。

ずっと想いを寄せてきた相手に何度も婚約の打診を断られ、再婚した相手は『毒婦』と呼ばれる人間で、きっとすごく腹立たしかっただろう。その上で恐らくヴァンデール伯爵家に利用された。

そう思うと、怒りは湧いてこなかった。

……わたしが同じ立場だったとしても、絶対に腹が立っていたわ。

それで、どうにかしてレオンハルトから引き離したかったのだと思う。

本当にただそれだけで、王家への反意なんて欠片もなかったはずだ。

レオンハルト様と王太子殿下が目を瞬かせ、小さく笑う。

「エリシア、君は本当に愛らしい人だ」

「レオンハルトやユリウスが溺愛する理由が分かったよ」

「しかし、時には怒ることも大事だ。君はもう何かを我慢をする必要はないのだから」

レオンハルト様がわたしの額にキスをする。

それに、わたしは笑顔で頷き返した。

「わたし、公爵家に来てからずっとわがままばかりですよ?」

「君の可愛いお願いなんて『わがまま』のうちに入らないさ」

ギュッと抱き締められ、わたしもレオンハルト様の背中に腕を回す。

甘やかされすぎると本当に悪女になってしまいそうだった。