軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの話

* * * * *

「最近、ユイがより可愛くなったの!」

休憩時間に会いに来たディシーの言葉に、シャルル=ラクールは苦笑した。

恋人のディシー=バルビエは明るく、元気で、可愛い人間の少女で、シャルルの同僚であるセレスト=ユニヴェールの番であるユイはディシーの妹分だった。

二人は違法賭博場で戦闘用奴隷として酷い扱いをされていたためか、互いのことをとても大事にしており、親友であり、姉妹のような存在であり、仲間でもあるといった様子だ。

それもあってディシーは交友関係が広がってもユイが一番らしい。

「そうなのか」

「うん! 前はフリルとかリボンのある可愛い服が多かったけど、最近はレースのちょっと大人っぽい服を着るようになって、ユニヴェールさんのために背伸びしてる感じがすっごく可愛い!」

……そうなのか。

言われて思い返してみれば、最近のユイはどこか雰囲気が変わった気がする。

「それにユイ、ユニヴェールさんにグイグイ行くようになったと思う」

「ああ、セレストとユイの距離が近くなったのは分かった」

「でもユニヴェールさんはちょっと離れちゃったよね」

ディシーが自分の髪の毛先を指に巻きつけて遊んでいる。

「離れた? そうは見えないが……?」

むしろ以前にも増して番であるユイを可愛がっている。

昼食の時もべったりで、普段でも常に一緒で、緑がかった金の目はユイを見つめていた。

「何て言うんだろう? うーん……ユニヴェールさん、多分我慢してるのかなって」

「……よく分からないんだが……」

「私もよく分からないけど、ユニヴェールさん、ユイが成人してからべったりしてるし、触れ合いも増えてるけど、あえて子供扱いもしてるっていうか……」

ディシー自身も首を傾げつつ、言葉を探しているようだった。

……セレストは単に番を可愛がりたいだけではないか?

「いや、子供扱いをしていたら、あそこまで匂いはつかないだろう?」

「匂い?」

ディシーが不思議そうに首を傾げたので、シャルルは『そういえば人間は嗅覚も弱いんだったな』と思い出す。人間は他の種族より五感も力も体の頑丈さも弱いのだ。

その中でもディシーはなかなかに強いが。

ユイもディシーほどではないが、人間にしては強いほうだろう。

「ユイから常にセレストの匂いがしている」

「それは二人がいつも一緒にいるからだよね?」

「確かにそうだが……セレストもユイも綺麗好きだ。毎日入浴して、その後は寝るだけだろう? それなのに互いの匂いがしっかりついているのは、夜は共寝しているということだ」

ただ、だからといって番ったわけではないのだろう。

もしも番になっていたとしたら、竜人のセレストは蜜月期に入り、出仕などしてはいられない。

そういう点ではただ単に同じ寝床で寝ているというだけだとは思うが。

ディシーが「え!?」と口元に手を添えて顔を赤くする。

「そ、そっか、そうだよね、ユイとユニヴェールさんは同じ家で暮らしてるんだし、そういうこともあってもおかしくないんだよね……!」

「落ち着け、ディシー。恐らく共寝はしているが、それだけだ。竜人が番ったら蜜月期に入って巣にこもるものだ。それがないということは、まだ正式な番にはなっていない。……本人達もユイが十八歳になるまで待つ、と言っていただろう?」

「あれってそういう意味だったの!?」

酷く驚いた様子のディシーが、はあ〜っ、と息を吐いて寄りかかってくる。

「十八歳になったら結婚しますって意味だと……」

「どちらも同じ意味だ」

「……種族が違うと同じ話を聞いてても、全然捉え方が違うなあ」

「種族特性を知っていないと確かに察しにくいかもしれない」

シャルルが尾をディシーに巻きつけると、ディシーが嬉しそうに尾に優しく触れる。

リザードマンにとって鱗と尾は特別なものであり、尾は結婚相手にしか触らせることはない。

今はまだディシーとは恋人関係だが、いずれ、ディシーと結婚するだろう。

人間の寿命は百年もないので、どうしてもシャルルのほうが長生きしてしまう。

いつか来る別れは悲しく、つらいが、だからこそ共にいられる時間を愛おしく思う。

恐らくセレストにとってもそうなのだろう。

ユイもディシーも、その儚い命を燃やして輝き、生きている。

「まあ、でも、ユニヴェールさんは紳士だから心配はしてないけど」

と、ディシーが抱き着いてくる。

リザードマンの硬い鱗など気にしていないようだ。

「竜人の中であれほど理性的な者は非常に稀だ」

「そうだよね、ウィルジールさんはもっとこう『俺は自由〜』って感じだし」

「……あれは破天荒なだけだ」

ディシーはウィルジールと関わることがそれほどないが、受付などでたまに話すらしい。

竜王の子であるウィルジールはこの国の王子なのだが、継承権争いを避けるために王都から離れたグランツェールに来て以降二百年近く暮らしている。

昔はグランツェールの竜人ウィルジールと言えば、子供達の中心的な人物で、何かと悪戯や危険な遊びをしていたので良い意味でも悪い意味でも有名である。

それもあってか、今でもウィルジールの交友関係は広い。

「……私ももっとしっかりお化粧しようかなあ」

と、呟くディシーを抱き寄せる。

「ディシーはそのままでも可愛いと思うが」

「ふふっ、ありがとう、シャルルさん!」

ディシーがギュッと抱き着いてくる。

……きっと、セレストにとってもユイは癒しなのだろうな。

シャルルがそうであるように。

爪で傷付けてしまわないよう気を付けながら、シャルルも抱き締め返したのだった。

* * * * *

「それで、セスは番とどこまで進んだんだ? 同じベッドで寝てるんだろ?」

休憩時間に立ち寄った第三救護室。

ウィルジールは椅子に座りつつ、そう問えば、親友のセレストがテーブルの上の魔力回復薬を取り落とした。カチャーンッと大きな音を立てて小瓶が他の小瓶にぶつかった。

……何でそんなに動揺してるんだ?

片手で口元を覆い、親友が小さく息を吐いた。

「……やはり気付いていましたか」

そう言った親友の目元が僅かに赤く染まっている。

いつも落ち着いている親友が照れるなんて珍しい。

「そりゃあ気付くだろ」

「そうですよね……すみません、ユイには言わないでいただけますか? 私達が共に寝ていることは誰も知らないと思っているようなので……」

「ああ、人間はそんなに嗅覚も良くないんだったか」

親友の番からはいつだってセレストの匂いがしている。

それだけ常に二人は一緒にいて、触れ合っているという証拠なのだが、人間は五感が弱いから気付いていないのだろう。あれほど竜人の匂いをさせていれば他の者も『竜人の番』だと分かる。

「で? 番は成人したんだろ? 口付けくらいはしたか?」

ぐふっ、と親友がむせる。

それに棚の片付けをしていた第三救護室の者が「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけてきた。

セレストは大丈夫だというように手を上げたものの、まだ咳き込んでいる。

……そういえば、セスって浮いた話は全くなかったよな。

昔から理性的な竜人だと思ってはいたが、そういうことには全く関心がなさそうだったので、ウィルジールもその手の話題はあまり振らなかった。

ウィルジール自身も特定の『誰か』を作ったことはないが。

「……まさか、何もしてないのか? あんなにべったりしておいて?」

咳が治まった親友がぽつりと呟く。

「口付けは……二度、だけ……」

「少なっ!」

「おや」

ウィルジールがそう返せば、灰色の毛並みにメガネをかけた第三救護室の獣人も思わずといった様子で反応した。

「何で二回だけなんだよ」

「その……ユイが口付けてくれたので、お返しはしたのですが……色々と本能的にまずいと思い、それ以降は控えています。……あまり何度もすると自分でもどうなるか分からないのです」

親友は番のことを考え、番が十八歳になるまでは正式に番わないようにしている。

以前は親友のほうが番を囲って、大事に慈しんでいたが、最近は番のほうが親友を押していた。

そんな様子に親友もどことなく嬉しそうだったのでウィルジールは口を挟まなかったが、たまに親友が困ったような顔をするのだけは実は引っかかっていたのだ。

……なるほど、竜人の本能は強いからな。

親友は竜人の中でもとても理性的で、本能を上手く抑え込んでいるが、やはり番のこととなると本能のほうが強く出ることもあるのだろう。

「今までは可愛くて、慈しみたくて、大切にしたいだけだったのですが、ユイが成人を迎えてからは独占欲が酷くなったと言いますか……あまり可愛いことをされると抑えが効かなくなりそうで……」

「番が目の前にいたら、竜人としては普通の反応だろ?」

「それはそうかもしれませんが……」

親友は番を本当に大事にしているし、番に対してもできる限り寛容になろうとしている。

それについては番のいないウィルジールであっても、素直にすごいと思う。

「でも、一緒に寝てるってことは少しずつ解禁していく感じか?」

「ええ……ただ、最近のユイは本当に可愛くて……私と恋人になりたいと、釣り合うようになりたいと努力してくれる姿がいじらしくて、何度触れたいと思ったことか……」

両手で顔を覆った親友が大きく、はあ〜……、と溜め息を吐く。

ウィルジールとしては本能に従えばいいのにと思うのだが、番を何より大事にしている親友からすればそんなことはしたくない、というのが正直な気持ちなのだろう。

ふと疑問が湧いた。

「そのわりに、口付けは返したんだよな?」

「ユイからしていただいたのですから、それは当然でしょう?」

「ん? …………あー、そういうことか」

ウィルジールは束の間考え、そして理解した。

口付けをしてもらった時、自分も返す必要はない。

だが、そういえば親友の両親は唇だろうと額だろうと『口付けを必ず返していた』気がする。

親友の父親が竜人で、母親はエルフで、やはり父親が母親にべったりしていて、よく額や頬に口付けていた。思い返せば、親友が番にしているのはそれと全く同じである。

つまり、親友は『口付けはしてもらったら自分も同様に返すもの』と認識しているのだ。

「セス、言っとくけど、口付けは返す必要ないからな?」

「え?」

案の定、親友がキョトンとした顔をする。

「セスの親はそうだったけど、口付けしてもらったから返す、っていう常識はない」

数秒、親友が目を瞬かせ、そしてその顔が赤くなる。

また両手で顔を覆っているが、今度は耳まで赤いので相当恥ずかしがっているようだ。

「父は『番にしてもらったら返すものだ』と言っていたのですが……」

「おじさん、竜人の中でも本能強いほうだからなあ」

その息子である親友は竜人の中では驚くほど理性的というのは少し面白い。

「……ああ、なるほど……」

顔から手を離し、前髪をかき上げた親友が言う。

「私からも一度したことで、ユイは『口付けはしていいもの』と思ったのでしょうね……」

「セス、それちゃんと説明しておけよ? 番が不安になるぞ」

「そうですね、これについては私が全面的に悪いです」

親友の番は頭も良いし、察しもいいが、元は奴隷だったから常識に疎いところがある。

特に恋愛面についてはヴァランティーヌや親友が教えられるわけではないので、番も親友も手探りなはずだ。

……こんなに大事に想ってて、番も成人してて、それでも手を出さないとかすごいよな。

時々、親友は本当に竜人なのかと疑いたくなる。

それくらい、親友は理性的だった。

「まだ恋人にはならないのか?」

番は成人しているのだから、付き合っても問題はない。

「本能は番を求めていますが、理性で言えば、まだ慈しむ心のほうが大きいのです。……ユイにはあれこれと制限をかけているくせに、いざユイが成人すると尻込みしてしまうなんて恥ずかしい話ですが」

「もっと気楽に考えればいいのに、セスは理性的すぎるんだよ」

街に住む竜人達の中でも親友は『理性の強い竜人』として密かに有名になっている。

番を見つけ、引き取り先を番に選ばせ、いまだに番のために耐えている。

普通の竜人だったらここまで気は長くない。

「ユイを傷付けたくないんです」

親友が己の手を見つめ、静かにそれを握る。

「彼女の世界を狭めたくない。もっと色々なものを見せてあげたい。自由に、健やかに生きていくユイをそばで見守りたいのです。ユイは優しいから、私の嫌がるようなことはしないでしょう。でも、それは私のためであって、彼女のためにはなりません」

竜人は番至上主義と言っても過言ではない。

番のためなら何でもするし、自分の全てを差し出すことも 厭(いと) わない。

それで愛を得られるなら竜人は喜んで番に従うだろう。

だが、愛情や愛し方にも種類がある。

……セスの場合は『番を縛りたくない』ってところか。

その上で、自分を選んで愛してほしいのだろう。

他の竜人とは少し方向性は違うものの、十分、面倒な性格である。

「竜人は面倒な生き物だって俺自身も思うけど、セスもやっぱ竜人だな」

ウィルジールの言葉に親友が苦笑した。

「私はこう見えて、とてもわがままなのかもしれませんね」

* * * * *