軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恋人について

十六歳になり、セレストさんとの関係も変わった──……と思う。

でも、明確に『恋人』になったわけじゃない。

セレストさんと一緒のベッドで眠っているし、一週間前も頑張ってキスした。

翌朝、セレストさんは同じように返してくれたけれど、それ以降そういったことはない。

……キスしようとするとセレストさんが困ったように微笑むから。

多分、セレストさんの中ではまだわたしに対して恋愛感情より、保護欲的なものが強いのだろう。

額や頬にキスはしてくれるのに、唇はあの時だけだった。

……やっぱり、セレストさんから見たらわたしはまだまだ子供なのかな……。

わたしは四年前まで戦闘用奴隷として育ってきた。

その間の記憶はあまり多くはないけれど、いつも寒くて、お腹が空いて、体のどこかが痛くて、ただただご主人様の命令を聞くだけの奴隷だった。

わたしには今のわたしとして生まれる前の記憶があり、そこは別の世界で、わたしは病気のせいで早くに死んでしまった。その記憶を思い出したのも死にそうになったからで。

死にかけていたわたしを助けてくれたのは竜人のセレストさんだった。

この世界には人間以外にも多くの種族がいて、魔法があって、ほとんどの種族が人間より強い。人間は弱くて数が少ないから保護対象で、そして、わたしはセレストさんの 番(つがい) であるらしい。

番とは神様が決めた運命の相手で、特に竜人と獣人はそれを強く感じ取れるそうだ。

わたし達のいた賭博場が摘発されて、奴隷だったわたし達は解放された。

親友でありお姉ちゃんのような存在であった奴隷仲間の十七番と一緒に保護され、セレストさんからわたしはユイ、十七番はディシーと名前をもらった。わたしはセレストさんに、ディシーはヴァランティーヌさんというハイエルフの人に引き取られ、色々と学び、今はこのグランツェールの街を守る第二警備隊で働いている。

ディシーは受付で、わたしは事務員で、この場所で新しい人生を歩んでいる。

セレストさんとの関係も最初は保護者と子供だったけど、セレストさんのことを知って、接していく中で、わたしの中でセレストさんへの想いはいつの間にか大きくなって、十八歳になったら番になりたいと伝えた。

……もう恋愛もできるんだよって伝えたかったのに。

今日も、暖炉の前の揺り椅子に座ったセレストさんの膝の上にいる。

ここが定位置になって、こんなに近くて触れ合っているのに、わたし達は恋人じゃない。

セレストさんと一緒にいると安心する。でも、時々、ドキドキする。

それなのにセレストさんはドキドキしてくれない気がする。

一緒に本を読んでいたが、顔を上げればセレストさんが小首を傾げた。

「ユイ、どうかしましたか?」

いつも通りの穏やかなセレストさんだ。

わたしの膝の上に置かれた本を持つセレストさんの手に、自分の手を重ねる。

「セレストさん……」

見上げれば、金色の瞳が優しく見つめ返してくる。

少しだけ緑がかったその目は綺麗で、吸い込まれそうで、嬉しいけど寂しい。

「わたし、セレストさんと恋人になりたい」

緑がかった金色の瞳が驚いたように瞬いた。

そうして、いつもの微笑みを浮かべるとセレストさんはわたしの頭を撫でた。

「私もユイとお付き合いをしたいと思っています。……ですが、焦る必要はありません。ユイも成人したばかりなのですから、ゆっくりと進んで行きましょう」

セレストさんの手が上に向き、わたしの手を優しく握る。

四年経って成長したはずなのにセレストさんの手は相変わらず大きかった。

わたしが十六歳になって成人しても、小さいから、恋愛対象として見てもらえないのだろうか。

……身長は伸びたけど、痩せてて胸もないし……。

よしよしとセレストさんの手がわたしの頭をまた撫でた。

「セレストさん、この間はキスしてくれたのに……」

「きす?」

訊き返されたので少し考えて「……口付け……?」と言い直せば、セレストさんにギュッと抱き締められた。わたしの肩口にセレストさんが顎を置いて、困ったように微笑んだ。

「すみません、あの時は嬉しさのあまりつい……ただ、ユイが成人したといっても、私の中ではまだ『保護対象』という意識が強くて。ほんの少し前までは傷だらけの子供だったので……」

「もう四年も前も話なのに?」

「竜人にとって、四年前というのはつい最近のことなのですよ」

と、やっぱり困り顔で微笑むセレストさんに寄りかかる。

「もちろん、ユイの気持ちはとても嬉しいです。……私は臆病なので、恋人になってしまったら、際限なくあなたに触れてしまいそうで怖いんです。あなたが十八歳になるまではと決めているのを覆したくなってしまう時もあるんですよ」

「でも、わたしのためだから我慢してるの?」

セレストさんは微笑んでいるだけで答えなかった。

ふと、良いことを思いついてセレストさんに言う。

「じゃあ、少しずつ恋人らしいことをしていくのは?」

セレストさんにとってわたしがまだ保護対象だとしても、少しずつ恋愛感情を強くしていくことはできるはずだ。

だってわたしはセレストさんの番なのだから。

……嫌いになることはない、はず。

「それは良いかもしれませんね。……しかし恋人らしいこと、ですか……」

「今読んでる本にも、きっと載ってるよ」

ディシーから借りた恋愛小説なので、恋愛に関してはこれ以上ない教科書である。

セレストさんがペラリ、ペラリ、と本のページを捲る。

その目が文を追っていたから、わたしも釣られて膝の上の本を見た。

「いつも感じていましたが、人間の恋愛表現というのは分かりにくいですね」

と、セレストさんが言った。

竜人は触れ合うことで匂いをつけ、食べ物を与えたり食事の手伝いをする給餌行為で奉仕して、とにかく貢ぐことで愛情表現をすると本に書いてあった。

セレストさんはかなり理性的な竜人だけど、それでも匂い付けや給餌行為はするし、わたしに色々と買い与えようとする。そういう点では人間の恋愛は分かりにくいと感じるらしい。

「恋人は手を繋ぐ」

「よく繋いでいますね」

基本的に一緒にいて、食事以外ではずっと手を繋いで触れ合っている。

セレストさんもわたしも、そうしていると多分落ち着くのだ。

「抱き締め合う?」

「それもよくしていますね」

今もセレストさんの膝の上にわたしはいる。

一緒のベッドでも寝ていて、お互い気持ちも伝え合っていて──……。

「……実質、恋人同士……?」

わたしの呟きにセレストさんも「ふむ」と考えるような表情になる。

「まあ、他の者から見れば私達は番であり、まだ結婚はしていないので恋人に見えるでしょう」

「……恋人に見えるのに恋人じゃない……?」

それはそれで悲しいが、でも、セレストさんの言いたいことも分かる。

少し前まで守るべき子供だったわたしが成人したからといって、いきなり恋愛対象として見れるかというと難しいだろう。

……セレストさん、すごく真面目だから。

まだわたしはセレストさんの中では子供なのかもしれない。

「分かった」

拳を握り、振り向く。

思ったより近い距離にあるセレストさんの頬にキスをした。

「明日から、セレストさんに女性として見てもらえるよう、がんばる」

セレストさんがキョトンとした顔でわたしを見た。

それから、まるですごく可愛いものでも見るかのように笑った。

「ユイは可愛い女の子ですよ」

「『子』じゃダメ、『女性』がいい」

そのためにも、まずは大人の女性に何から始めたら良いか訊かないと。

今日はもうセリーヌさんもレリアさんも──二人ともこの家の使用人だ──帰ってしまっているので訊けないが、明日は仕事がお休みなので、様子を見て聞いてみよう。

きっと今のわたしに足りないものが分かるはずだ。

* * * * *

膝の上で何やら拳を握っているユイを、セレストは微笑ましく思った。

この四年で成長したユイだが、十二歳まで奴隷として劣悪な環境下で過ごしたせいか思いの外、身長は伸びなかった。だが、小柄で華奢なユイがスカートの裾を揺らして歩く姿は可愛らしい。

最初に引き取った時は俯きがちで言葉も拙かったが、今は言葉にも不自由していないし、笑うことも増えた。普段は相変わらず表情が少ないものの、だからこそ、ニコリと笑うと明るい印象になってやはり可愛かった。

……そう、可愛いとは思っている。

大事にしたい、大切にしたい、そばにいたい、他の誰にも渡したくない。

そんな感情はあるけれど、ではユイと恋人になると考えると急に尻込みしてしまう。

セレストはユイに嫌われたくなくて、この四年間、ずっと言葉遣いや対応を変えなかった。

恋人同士になってからもそうするつもりだが、恋人になることで、自分にかけていた制限が外れてユイに苦労をかけてしまうかもしれない。ただでさえユイはセレストのために異性と触れ合わないようにしたり、物をもらわないようにしたりと気を遣ってくれている。

これ以上ユイの行動を縛りたくない。

大切だからこそ色々な経験をしてほしいし、世界を見て、感じて、楽しく生きてほしい。

それもあって、セレストは自分でユイをあまり女性として見ないようにしていた。

女性として見てしまえば竜人の本能が強く出てしまう。

……ユイは成人したけれど、まだ若い。

心身共にやっと大人になったばかりなのだ。

何より、今のユイと口付けをして感じたのは喜びと後めたさだった。

セレストの中ではユイはまだ子供から抜けておらず、けれども番への執着や想いもあり、どうすればいいのかセレスト自身も考えあぐねている。

……もう少し、やはり十八歳になってから……。

もうしばらくは保護者としてユイと接したほうがいい。

思わずユイの頭を撫でれば、嬉しそうにユイが小さく笑う。

「セレストさんに撫でてもらうの、好き」

……最近、ユイは本当に可愛くなった。

セレストへの好意を隠すことなく伝えてくれることが嬉しい。

それに応えたいと思う気持ちと、まだ早いと止める気持ちとが 鬩(せめ) ぎ合い──……いつも、止める側がギリギリで勝っている。

「私もユイの頭を撫でるのが好きです。……ユイの髪が触り心地が良いですね」

「セリーヌさんが良い香油を買ってきてくれるから」

「そうですね」

しかし、ユイ自身が手入れを怠らないので、それは彼女の努力の 賜物(たまもの) でもある。

ユイの亜麻色の髪を撫でる。

セレストの髪より細くて、柔らかくて、少し癖があってふわふわしている。

引き取った当初から髪の長さは変わらないが、艶が出た。

きちんと食事を摂り、手入れをしたユイの髪を撫でるのが好きだ。

「ユイ、ゆっくりでいいんですよ」

セレストの寿命はまだまだ長い。

ユイは自分の寿命が短いから、駆け足で追いかけてこようとしているのだろう。

その気持ちがセレストは嬉しかった。

「まだ二年あります」

「たった二年、じゃなくて?」

鋭いユイの指摘にセレストは微笑んだ。

「確かに、ユイと過ごす二年はあっという間なのでしょう」

ユイと出会ってからは毎日が以前よりも鮮やかで、充実していて、とても幸せだ。

この四年もまるで時間を駆けてきたかのように一瞬だったように思う。

「それでも、私はあなたを大切にしたいのです」

ギュッと抱き締めれば、小柄なユイはセレストの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

「恋人になったら大切じゃなくなる?」

「そんなことはありません。……しかし、私の要求が酷くなるかもしれません」

「たとえば、どういう感じ?」

こういう時に躊躇いなく訊いてくるユイの豪胆さには驚かされる。

そこで拒絶することなく、まずは聞いてみよう、というユイの前向きさを感じる。

「他の異性を見ないでほしい、と言うかもしれません」

母が以前話していたが、結婚前後の父はそうだったらしい。

セレストはよく見た目も性格も母親似と言われるが、竜人の本能のほうが強くなることもある。

……ユイは努力してくれるだろう。

でも、それはユイの世界を狭めてしまうのではないか。

ウィルジールやシャルルといった交友関係もユイには必要だ。

ユイが考えるように目を伏せた。

「わたしが男の人として見てるのはセレストさんだけって言っても?」

それにハッとした。

細い肩から顔を上げれば、ユイが見上げてくる。

「わたしが好きなのはセレストさんだけ」

そのまっすぐな好意に心の底から喜びが込み上げてきて、またユイを抱き締める。

「……ありがとうございます」

「何でお礼……?」

セレストの言葉にユイが不思議そうな声で呟く。

番に『好き』と言われて喜ばない竜人はいない。

同じ気持ちを返したいのに、大事なあまり、理性で止める自分もいる。

「もう少し待てるので、ゆっくり、一緒に歩いていきましょう」

番が欲しい。けれど、それ以上に大事にしたい。

自分よりも大切で、愛おしくて、何よりも優先すべき存在。

だからこそセレストは耐えられる。

重ねた手が軽く握り返される。

「……うん」

ちょっと不満そうに唇を尖らせながら頷くユイは、やはり可愛かった。

* * * * *