軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユニヴェール夫妻(3)

……そっか、 番(つがい) になるって、夫婦になるってことなんだよね。

夫婦になれば、当然、そういうこともする。

竜人は男性も女性も長身なので、自然と他の人族とは体格差が生まれやすく、竜人側が男性だった場合は確かに番への負担はかかるだろう。

それを軽減するためにも逆鱗を取り込む必要がある、ということだ。

……うん、やっぱりアルレットさんと話す機会があって良かった。

本には色々と書いてあるけれど、本に書かれていることだけが全てじゃないと再確認出来た。

「セレストとはいつ頃、 番(つが) うか決めてあるのですか?」

両手で頬を押さえているとアルレットさんに訊かれた。

「最低でも十八歳になってから、と話しています」

「十八……。なるほど、それくらいなら心身共にそれなりに成熟しているでしょう」

顔の熱がなかなか引いてくれない。

……まさか好きな人のお母さんと、その、こういう話題をすることがあるなんて思わなかったし……。

でも真面目に話しているアルレットさんを見る限り、これは適当に済ませるような話ではないのだろう。

「あの、一つ訊いてもいいですか……?」

気になっていたことがある。

「何でしょう?」

「蜜月期は竜人の個体差によって期間の長さが違うと本で読んだことがあって、その、セレストさんだとどれくらいになるのかなって思って……」

アルレットさんが目を瞬かせ、そして「ふむ」と考えるように視線を巡らせる。

その仕草はセレストさんとそっくりだった。

「それに関しては正確には答えられませんが、父親であるジスの場合は二月続きました。セスも魔力量で言えばジスとほぼ同じくらいですので、それくらいはあると考えておいたほうがいいでしょう」

ちなみに、その二ヶ月間、ジスランさんは全くアルレットさんから離れず、とにかくアルレットさんの世話を全部したがったそうだ。

小声で付け足される。

「蜜月期の間はずっと愛され続けるので、ユイは体力もつけておいたほうがいいですよ」

ぶわ、と顔が赤くなるのが分かった。

「その、ずっとそばに番がいて、嫌ではなかったんですか? エルフは、えっと、あんまり他種族が好きではありませんよね……?」

「ええ、正直鬱陶しいと思いました。いくら好きだと思っていても限度はあります」

アルレットさんは頷いて「しかし」と続ける。

「蜜月期に冷たくしないほうがいいですよ。私は後半に少し鬱陶しくなって冷たく当たってしまったのですが、恐らくそれもあってジスがその後に暴走気味になってしまったのだと思うのです」

「と、言うと?」

「蜜月期は番と愛情を深め、確かめ合う期間です。その間に番に冷たくされると竜人はその後も不安を感じ、番の行動に制限をかけたがったり、番から離れたがらなくなるのではないかと私は考えています。実際、セスの妊娠後にジスへ訊いたところ、やはり『蜜月期に冷たくされた』ことがずっと心に引っかかっていたそうです」

……なるほど。

蜜月期は想像よりもずっと大切な期間らしい。

だが考えてみれば、それもそうだ。

夫婦になって新婚期間で妻に冷たくあしらわれたり、拒絶されたりしたら、その後にも影響が出るだろう。

「どうしてもつらくて無理な時は、それを隠さず伝えて、そしてセスにとにかく甘えてください。番の世話をすることに竜人は喜びと幸福感を覚えるので」

「……そうします」

頭の片隅にメモをしておこう。

「あ、それと、もう一つ質問してもいいですか?」

「構いませんよ」

これは純粋な好奇心からの質問だ。

「アルレットさんとジスランさんはどうやって出会ったんですか?」

その質問は想定外だったのか、アルレットさんがキョトンとした顔をした。

そうして、ふっと目元を和ませた。

それはどこか懐かしそうな表情だった。

「私の住んでいた村の近くに凶暴な魔獣が出没して、それを討伐するために、当時は騎士だったジスが村を訪れました。そこで私達は出会いました」

ふむふむ、と頷く。

「最初会った時、どんな感じでした?」

「一目見た瞬間に『愛しい人よ』と抱き着かれそうになったので、魔法で吹き飛ばしましたね」

……おお、それはまた、なんというか……。

だけどアルレットさんからしたら、急に見知らぬ男性に抱き着かれそうになったのだから、それはかなり驚いただろう。

でも魔法で吹き飛ばすとは。

「あれ、エルフも番が分かる……んですよね?」

確か、獣人や竜人に比べると弱いけれど、エルフも自分の番を感じ取ることが出来るはずだ。

アルレットさんが「ええ」と頷いた。

「見た瞬間とは言いませんが、その後、ジスが自分の番だと気付きましたよ。ただ、それとこれとは話は別です。番だから何をしても許されるわけではありません」

……ああ、セレストさんの理性的な部分ってもしかしてアルレットさんから引き継がれたのかな。

それかアルレットさんを見て、セレストさんはそうあるべきと子供のうちから学んできたのか。

どちらにしても外見と性格は母親似だろう。

あと、口調も。

「セスはどうでしたか? 初めてユイと会った時、あの子は何か無理強いしませんでしたか?」

それに首を振って否定する。

「いいえ、何も。番だと話してくれたあとも、ずっと普通に接してくれました。……過保護でしたが」

ただ、その時にセレストさんが何を感じ、どう考えていたかはわたしには分からない。

一つ分かることがあるとしたら、セレストさんにつらい思いをさせてしまった、ということだけだ。

一目で己の番を判断出来るということは、わたしを助けてくれた時、きっとセレストさんはわたしを見た瞬間に番だと気付いたはずだ。

その番が目の前で死にかけたら……。

たとえ助けられたとしても過保護になるだろう。

「でも過保護だったのはわたしが死にかけたからで、セレストさんからしたら、それはとても怖かったのだろうと思います」

セレストさんが魔獣討伐に行った時、わたしも、セレストさんのことが心配で、気になって仕方なかったし、寂しかった。

「それについてはセスに同情します。出会った瞬間、番が死にかけているなんて、竜人には悪夢だったでしょうから」

……しかも寿命が違いすぎる人間だし。

「よく、その時にセスが暴走しなかったと感心しています。元々我慢強い子でしたが、あの子は竜人にしては理性的すぎるようですね」

「そうですね、時々、わたしもセレストさんにもっと我が儘を言ってほしいと思うことがあります。言っても、セレストさんは『充分我が儘を言っていますよ』って笑うだけなんです」

アルレットさんからも少し言ってもらえないかとお願いすると、アルレットさんが目を細めて微笑した。

「ええ、それくらい構いませんよ」

「わたしが『もっとセレストさんに甘えてほしいってぼやいてた』と伝えてもらえたら嬉しいです」

「分かりました。そのように伝えておきましょう」

アルレットさんが紅茶を口にする。

そこで、ようやくわたしも飲み物の存在を思い出し、果実水を一口飲んだ。

「ユイ」

名前を呼ばれて顔を上げる。

「息子をよろしくお願いします。あの子を幸せに出来るのは、あの子の番であるあなただけです」

わたしも背筋を伸ばして答えた。

「絶対とはお約束出来ませんが、セレストさんが幸せになれるように努力したいと思っています」

「その気持ちをどうか忘れないでください」

それにわたしは大きく頷いた。

* * * * *

アルレットさんとその後もしばし話をしてから、二階の居間へ戻ると、何故かジスランさんとセレストさんが昼間からお酒を飲んでいた。

……まあ、休日だからいいんだけど。

テーブルの上にゴチャゴチャと何本もお酒の瓶が置かれており、二人とも、もうかなり飲んでいるようで室内にはアルコール臭が漂っている。

アルレットさんはそれを見て少し呆れた顔をした。

「あとで第二警備隊にも顔を出すと言っていませんでしたか?」

それにジスランさんが頷いた。

「これくらいでは酔わない。それに、酒の席でないと話せないこともある」

「それは分かりますが……」

セレストさんに近寄れば、膝を叩かれる。

どうやらわたしを膝の上に抱えたいらしい。

……ご両親の前で?

ちょっと躊躇ったものの、先ほどのアルレットさんとの話を思い出して、セレストさんの膝の上へ座った。

セレストさんが嬉しそうに目を細めてわたしの腰に腕を回した。

少し気恥ずかしいが、アルレットさんは気にしていない風で、ジスランさんは何やらうんうんと納得した様子で頷いている。

「やはり番同士でいるのが一番だ」

と、ジスランさんが言う。

「ジスランさんも、アルレットさんと一緒にいる時が一番ですか?」

そう訊いてみると、それまで仏頂面だったジスランさんがふっと目元を和ませて笑う。

「ああ、もちろん、アリーとの時間は何よりも大事で幸せなものだ」

と、言った。

横に座ったアルレットさんの肩を抱くジスランさんは本当に幸せそうで、アルレットさんも、そんなジスランさんに寄りかかる。

アルレットさんがジスランさんをどう思っているかは訊かなかったけれど、その姿を見れば、ジスランさんに好意を持っているのは明らかだった。

無骨そうだけどアルレットさんが大好きなジスランさんと、一見淡々としてるようでジスランさんをとても信頼しているアルレットさん。

わたし達とは違う雰囲気だけれど、それが二人なりの付き合い方なのだろう。

これはこれで、ありだと思う。

「ユイはどうだ?」

ジスランさんに訊かれ、セレストさんを見上げる。

それからセレストさんにギュッと抱き着いた。

「わたしも、セレストさんと一緒にいる時間が一番好きです。あったかくて、安心出来て、でもちょっとドキドキして、毎日幸せです。セレストさんのいる場所がわたしの帰る場所です」

わたしの言葉にジスランさんが目を細めた。

「良かったな、セス」

セレストさんがわたしを抱き締めながら頷いた。

「人間は番が分からないと聞いていましたが、こうしてセスを選んでくれて本当に良かったです」

「ああ、息子を選んでくれてありがとう」

わたしは首を振る。

「こちらこそ、ありがとうございます。セレストさんがいなければ、きっとわたしは死んでいたでしょうし、こんなに幸せになれることもなかったと思います」

だから、むしろわたしのほうがセレストさんのご両親に感謝すべきなのだろう。

セレストさんがいなければ、わたしは賭博場に第二警備隊が突入した日に死んでいた。

そして、セレストさんに引き取られることもなかった。

もしもセレストさんがいなければ、多分、わたしは保護区の孤児院に引き取られていただろう。

第二警備隊で働くこともなく、もしかしたら誰かを好きになることもなく、全く違う日々を過ごしたはずだ。

……セレストさんと出会えて良かった。

わたしの幸せはセレストさんがいたからこそだ。

「ユイ、ありがとうございます」

セレストさんがそう言って笑った。

それには色々な『ありがとう』が込められていると感じたのは、きっと気のせいではないのだろう。

「あなた達なら、心配はなさそうですね」

アルレットさんがそう、微笑んだ。

それにわたしとセレストさんは顔を見合わせ、どちらからともなく、笑い合う。

ジスランさんがグラスに残ったお酒を一気に飲み干した。

「では、この辺りで帰るとしよう」

「もう?」

セレストさんが驚いた様子で訊き、ジスランさんが頷いた。

「ヴァランティーヌや他の者にも会いたいからな」

……あ、そうか、ジスランさんも第二警備隊で前は働いていたんだっけ。

恐らく今もまだ顔見知りが多くいるのだろう。

顔を出して久しぶりに会いたいはずだ。

それならということで、玄関まで、アルレットさんとジスランさんを見送りに出る。

セリーヌさんとレリアさんも出てきて、全員で見送りをすることになった。

「いつまでグランツェールにいるんだ?」

セレストさんの問いにアルレットさんが答える。

「明日には出ます。王都のほうにも行きたいので」

「イヴとシルにも会っておきたいからな」

なるほど、とセレストさんとわたしは納得した。

イヴォンさんとシルヴァンさんは近衛騎士になる前にこちらへ会いに来てくれたけれど、アルレットさんとジスランさんは会えていないから。

「また適当に旅に出るつもりだ」

「落ち着ける場所を見つけたら、こちらから手紙を出します」

それにセレストさんが苦笑した。

「分かった。でも、たまには旅先でもいいから、手紙を送ってくれ。どこにいるか気になるから」

いくら寿命が長いと言っても、五十年に一度くらいしか手紙がないというのは少し寂しいだろう。

セレストさんの言葉に二人が頷いた。

「ユイ、それではいつかまた会いましょう」

アルレットさんの言葉に「はい」と頷いた。

「息子と幸せに」

ジスランさんの言葉に「お二人も」と返す。

二人は第二警備隊にこれから寄って、夜は宿に帰り、明日の早朝には街を出るとのことだった。

もっと長くいるのかと思ったが、アルレットさんいわく「旅をしているほうが気楽なんです」らしい。

ジスランさんも旅をしている間は二人きりのことが多いので、街に留まっているよりいいそうだ。

それに色々な場所に行くことで飽きないのだとか。

長生きなのに、同じ場所に居続ければ確かに飽きることもあるだろう。

旅の中で大変なこともあるが、二人にとってはそれも楽しみみたいな感じなのかもしれない。

離れて行く背中をセレストさんと見送る。

……次の『いつか』はいつになるかな。

竜人もエルフも長命だから、あまり時間が経つと、次に会った時にわたしは年老いてしまう。

また会えたらいいな、と思う。

……セレストさんとの間に子供が出来たら、会いに来てくれるだろうか。

見上げたセレストさんが微笑んだ。

「母と話は出来ましたか?」

「うん、色々とためになる話が聞けたよ」

特に逆鱗とか蜜月期のこととか。

「何の話をしたか気になりますね」

そう言ったセレストさんの手を握る。

「竜人の番同士の秘密」

セレストさんに話すのは恥ずかしい。

「アルレットさん、セレストさんのこと、すごく大事に思ってくれてたよ」

「親からしたら、きっと子供はいつまで経っても子供なのでしょうね」

「そっか、そうかもね」

アルレットさんとジスランさんに会えて良かった。

そして、多分、番として認めてもらえたのだろう。

ご両親から許可をもらえて嬉しい。

「さあ、中に入りましょうか」

もう、道の向こうに二人の影はなくなっていた。